光と陰、両方受け入れた人がうまくいく
どうも、ともぞうです。
あの夜が夢のように少し
素敵すぎてしまった
そうか これはその罰だろう
夢を見終えた暗闇なんだろう
これはポルノグラフィティの
『素敵すぎてしまった』
という曲の歌詞です。
この曲を初めて聴いたのは
(この歌詞を読んだのは)
僕がまだ24歳くらいのとき。
当時のこの曲の印象は
「なんか暗くて嫌」
でした。
ポルノグラフィティの曲も
歌詞も大好きだけど、この歌詞は
なんか受け入れられない
そう思っていました。
『素敵すぎてしまった』を改めて聞いた感想
先日、『素敵すぎてしまった』を
たまたま聞き返す機会がありました。
そしたら、あんなに嫌だと
思っていた、受け入れられなかった
この曲(の歌詞)が37歳になった今
すごく腑に落ちるようになってましたね。
具体的には
「光があれば陰もあって、
光だけじゃなく陰の部分も
受け入れないことには光の部分も
受け取れないんだな」
と思うようになりました。
理想を手にいれるためには必ず壁が立ちはだかる
例えばなんですが、、、
コンテンツ販売で稼いで
もっと自由な生活がしたい!
という願望(光)があったとします。
時間もお金も自由に使えたら
どんな生活を送ろうか
って考えると
ワクワクしますよね。
でも、その生活を
実現するためには
・覚えなきゃいけないこと
・やらなきゃいけないこと
が山積みなわけです。
これは陰の部分だとします。
多くの場合、陰を無視して
光の部分だけを欲しがるから
途中で挫折します。
「こんなに大変だなんて
思ってなかった」
「こんな大変な思いをするなら
別に稼げなくてもいいや」
と、辞めていってしまうんですよね。
一方で、
最初から「陰」の部分も
受け入れている人は、
または、途中から陰も
受け入れると決断した人は
遅かれ早かれ結果を出します。
光も陰もどちらも受け入れなきゃね
まぁ、冒頭の歌詞の話とは
少しずれてしまった気はするけど
なんにせよ
楽しかった思い出が
あるからこそ寂しさを感じるし
寂しさを受け入れるからこそ
楽しい思い出が作れる
理想の生活を手に入れたいと思うからこそ
やらなければいけない壁にぶち当たるし
やらなければならない壁にぶち当たるからこそ
理想の生活を手にいれるための道筋が見える
ということですね。
この世は光も陰もセットで
光だけ受け取りたいと
思っても上手くいかない。
光が欲しいなら陰も
一緒に受け入れるしかない。
『素敵すぎてしまった』
を久しぶりに聞いて
そんな風に思いました。
という話でした。
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