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開発経験ゼロの「元トリマー」がインディーゲーム開発チーフになった話 ─ぺぺごあ開発日記①

こんにちは!
ぺぺごあ開発チームのユキです。

"ぺぺごあ"こと『Pain Pain Go Away!』は、7月末に体験版をリリース後、製品版リリースにむけて鋭意開発中です。

▼体験版はこちらから遊べます!

現在は、リリースにむけてシナリオの見直しや仕様書のアップデート、そして開発をどんどん進めています。ゲームが形になっていくと、あれもしたいこれもしたい…とこだわりポイントがいくつも増えていくのを感じます。

ぺぺごあは、体験版リリースまで2年半かかりました。あっという間だったような、長かったような…。製品版リリースはまだ先なのに、これまでの道のりを思うとなんだか感慨深いです。

というのも、私は現在ぺぺごあの「開発チーフ」なのですが、ゲーム開発は完全未経験からのスタートでした。

「ゲームは好き。でも詳しいわけじゃないし、開発経験もゼロ」

そんな私が、シナリオも仕様書も手探りで形にしていくのは、当然ながら壁だらけでした。ディレクター、デザイナー、エンジニア、開発メンバーに支えられながらなんとかここまで来られた…という感じです。

では、未経験の私がどうやって開発を進めてきたのか?
なぜチーフを引き受けることになったのか?

ぺぺごあ開発日記」では、開発の舞台裏を色々とつづっていきます。
この日記を通じて、作品に込めた想いや、これからゲームを作る方へ何か参考になることが伝えられたらうれしいです!


--あらためて自己紹介--

まず今回は私ユキのことについて、少し書かせていただきます。「自分語り乙」と言わずにお付き合いください。

私は2023年にストーリーノートに中途で入社しました。前職は「トリマー」です。トリマーとは、簡単にいえばワンちゃんネコちゃんの美容師。ゲーム業界とはまったく関係ないお仕事をしていました。

高校卒業後、動物の専門学校に進学しそのままトリマーになりました。3年間トリミングサロンで働いたあと、ストーリーノートに入社。まったくの異業種から転職してきたので、当然ゲーム開発は未経験でした。

トリマー時代から一緒に過ごしているころちゃんです。かわいいので自慢させてください

--転職の理由--

シンプルに、エンタメが好きだったからです。
トリマーになってからも、休みの日は早朝に家を出て映画を観ていました。ガラガラの映画館でひとり観る映画は、限界トリマーの心によく沁みました。

ずっと映画や音楽・ゲームなどのエンタメは好きでした。幼いころからピアノも習ってたので、音楽を仕事にしたいと考えたこともありましたが、そうした業界に進む人は大学で専門的に学べる経済環境や、そういったものに理解がある家庭環境が大事だと思っていました。なので、高校生くらいから「エンタメ業界で働く」というのは私には縁のないものだと思い込んでいました。

エンタメと同じくらい動物が好きだったのでトリマーになったのですが、ある時ゲームのシナリオ制作会社の求人を見つけました。

「学歴不問・未経験歓迎」
その文字は、私の目に輝いて映りました。

専門卒の自分でも応募ができる。大卒が応募条件なことが多い世の中で出会ったその求人に、おおげさでなく運命に似たものを感じました。

ただ、未経験OKといっても趣味で同人誌を書いているとか、文学系のサークルに入っていたとかそういった経験は必要なんじゃないかなと内心は思っていました。なので、あまり期待せず応募しました。書類選考で落とされることも覚悟だったのですが……書類が通ったんです。

この時点で「この会社は本当に学歴や経験だけで判断しないんだ」と確証が持てました。その後は千と千尋ばりの「ここで働かせてください」精神で採用試験や面接を受けました。その思いが伝わったのか、今こうしてストーリーノートで働くことができています。

--ぺぺごあとの出会い--

そうしてトリマーから転職し、ストーリーノートに入社しました。
完全に未経験だったのに、入社後すぐにとあるゲームのシナリオを書くプロジェクトに入れていただきました。

なんにもわからなかったのですが、先輩社員に手取り足取り教えていただきながら、ブック(ストーリーノート社内ではセリフを含むシナリオ本文のことをこう呼びます)を書きました。入社後すぐにブックを書かせてもらえるなんて、ありがたすぎる…としみじみしながら取り組んだのをよく覚えています。

私の入社からすぐに、ぺぺごあのプロジェクトは発足しました。といっても、プロジェクト立ち上げ時に私はメンバーではありませんでした。はじめは同期2人がメインとなって進めていました。

初期の企画書の一部です。まだぺぺごあという名前はありません。

私はこの時、社長に「自分がやりたかった」と月次報告で伝えたのを覚えています。「タイピングゲームを作りたかった…」というよりは、同期の2人が新プロジェクトに抜擢されたことに嫉妬していました。

その後、半年くらいは別のプロジェクトを担当していました。ですが、ある時とつぜんディレクターから「タイピングプロジェクトのシナリオやってみる?」と言われました。

その時は"シナリオを書く担当"として声をかけられたんです。二つ返事で「やります!」と言い、こうして私はぺぺごあのプロジェクトに入りました。

--その後チーフになるまで--

冒頭で壁だらけだったと書きましたが、第一の壁がそのシナリオ制作でした。
シナリオ制作についてのお話は、次回以降もうちょっと掘り下げてお話しますね。

シナリオ担当として入った後、Unityをいじったり、naninovelをいじったり、BGMを作ったり、仕様書をつくったり、プロモーションを考えたり、とにかくなんでもやってきました。

そしてある時、ディレクターと一緒にファミ通さんにインタビューをしていただきました。

そんな本作のプロデューサー兼ディレクターを務めるのは、ストーリーノート代表の藤澤仁氏。これまで“第四境界”のARG(※)などにおいて“既存のメディアに収まらない物語体験”を追求してきた氏が、コンピューターゲームの物語体験の原点とも言えるアドベンチャーゲームでやろうとしていることは何なのか。開発チーフを務める虎渡由姫氏とともに、その制作意図をうかがった。

ファミ通さんのインタビュー記事より

虎渡由姫というのが私のことなのですが、できあがった記事を読んで「私が開発チーフなんだ」と改めて認識しました。それまでは自分の役割について考える間もなく、ただ「ぺぺごあ」を作り上げたい一心で走り続けていたので、チーフとしての自覚は強くありませんでした。
「開発チーフ」の文字を見て、より一層ぺぺごあへの愛が深まったことを覚えています。

シナリオ担当としてアサインしてから、開発チーフを自覚するまで約2年が経っていました。ぺぺごあは社内でも小さめなプロジェクトなので、とにかく「自分たちでなんでもやる精神」でやってきました。私も開発のことを知らないなりに、さまざまなことに挑戦してきました。

初めのうちはもちろん上手くいきませんでした。未経験から開発チーフになるだなんて、なんだかすごいことのように聞こえるかもしれません。けれど、決して華々しいものではなく泥臭く続けてきた結果だと思っています。

その泥臭い開発期間を書き始めると長くなってしまうので、次回以降に細かく分けて書いていこうと思います。


ここまで読んでくださりありがとうございました!
次回はさっそく第一の壁「シナリオ制作」について書こうと思います。

次回以降も読んでいただくと、ゲーム制作のヒントやぺぺごあの豆知識がゲットできるかもしれません。何もかもはじめてなので、こういったnoteを書くことも慣れていないのですが、温かく見守っていただけるとうれしいです。

それでは、またお会いしましょう~🦀

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