人生の7割を酒と女に捧げた。それでも、今が一番幸せだと言える理由【マダオの人生論】
人生の7割を酒と女に捧げた。それでも、今が一番幸せだと言える理由
【序章】
最初に言っておこう。
これは自叙伝でもなければ、反省文でもない。
武勇伝でもないし、説話集でもない。
ただただ、人生の多くを酒と女に捧げてきたからこそ、見えてきた「何か」を、この50という年齢の節目に書き落としたい。
そうした衝動に突然駆られて記したものだ。
休日の朝なのに、早くも酒が飲みたい気分を抑えながら、筆を執る。
その世界の果てに何が見えるかも、予想せぬままに。
別に今が不幸なわけじゃない。
空虚なわけでもない。
むしろ今こそが、資産も準富裕層を突破しているし、仕事も充実。
一回り年下の彼女もいれば、健康の悩みもない。
今までの人生を振り返れば、今が一番幸福だと言っても過言ではない。
なのに、なぜかこうしたものを書き下ろしたくなる衝動もまた、今の自分に内在している。
究極は・・・自分と向き合うことなのだろう。
その先に進むべき道について語ることが、今の私にできる幸福論なのだと思っている。
私は決して誠実でも、清廉でもない。
聞いていて不快な気分になるような暴露も含むだろう。
それを覚悟で、私の生き様を生々しく、赤裸々に記した。
ただ1つだけ。
そんな私だが、少なくとも幸福を追求していく姿勢については、嘘はないつもりだ。
ちょっと聞いてみようかな・・・
と思う方は、立ち寄ってみて欲しい。
【第一章】「チーター」としての刹那の生き様
私の半生を振り返ってみると、ほぼほぼ「短距離~中距離走」だったように思える。
(1)受験戦争
まずは勉強。
私は中学までは虐待・不登校児であったため、勉強の面では大きく出遅れていた。
高校1年生の時の偏差値は40。
我々氷河期世代はまだまだ学歴社会・受験戦争が激しかった頃だった。
誰かを出し抜きたい、蹴落としたいとまでは思わないが、負け犬にはなりたくなかった。
憐れみを受けて見下されるような人生だけは送りたくなかった。
そうしたモチベーションを糧に受験勉強を開始。
1年足らずで偏差値を30以上上げ、そのまま早慶クラスの大学に現役合格した。
ここだけ切り取れば
・ビリギャルみたいなドラマ
・結局自慢っすか?
・自分語り乙ー
くらいの感想だろうし、きっと自分がこんな話聞かされても、そう思う。
問題はその後だ。
私は「何かを学びたい」「学問を追求したい」なんて志は、これっぽっちも持っていなかった。
単に、合格できた大学の中で一番偏差値が高いところを選んだだけだ。
別に法律に興味があったわけではない。
大学に入ってから目的を見失う「燃え尽き症候群(バーンアウト)」というものがあるが、それとも少し違う。
恐らく高校時代の自分は「本来の自分が持つパフォーマンス以上のものを、無理に出し続けていた」のだと思う。
要するに、ダッシュし過ぎて疲れ切ってしまったのだ。
そう、チーターのように。
チーターは初速では動物界最速のスピードを出せるが、持続力がない。
やせ我慢の反動が、ここになって現れたのだった。
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