支援につながれない子どもたち――貧困家庭の不登校を考える
35万人時代の衝撃――不登校と貧困の深い関係
35万3970人。2024年度、小中学校で不登校となった子どもの数だ。12年連続の増加であり、過去最多を更新した。これは四国4県の全小中高生に匹敵する規模だ。
「35人のクラス」で考えると、小学校では1クラスに約0.7人、中学校にいたっては「1クラスに2人以上」が不登校の状況にある。
子どもの数そのものは減っている。不登校は逆に、この10年で小学生は5.5倍、中学生は2.2倍に増えた。
不登校はもはや一部の家庭の問題ではない。日本社会全体の課題だ。
さらに深刻なのは、不登校が貧困と密接に結びついていることだ。
滋賀医科大学などの研究チームが約1900世帯のデータを分析した研究(白片ほか、2021)によると、ふたり親世帯のうち子どもの不登校を経験した割合は、世帯年収1000万円以上では2.8%であるのに対し、200万円未満では15.0%に達する。実に5倍以上の差だ。ひとり親世帯では、200万円未満では15.7%にのぼる。
不登校の問題は、教育格差の問題であり、貧困の問題であり、そして日本の将来に関わる問題でもある。
私がこの問題に取り組んできたのは、そのためだ。
超党派「こどもの貧困対策議員連盟」の教育格差ワーキングチーム(私が座長)で、この問題に取り組む民間団体、文部科学省、こども家庭庁、国会議員が一堂に会し、議論を行った。

このワーキングチームでは、政府批判に終始しないことを常に心掛けてきた。政府を批判して留飲を下げても、子どもたちの環境は良くならない。昨日もそれぞれが立場を超え、解決策を考える有意義な議論ができたと思う。
不登校が貧困を深刻化させる
不登校になると、家庭の負担は一気に重くなる。
私学へ転校できる家庭は多くない。教育支援センターなど公的な施設を利用する場合でも、送迎や昼食の準備が必要になる。
子どもが自宅にこもってしまうと、特に母子家庭では、仕事を続けること自体が難しくなるケースもある。
その結果、貧困が不登校を生み、不登校が家庭の負担を重くする。さらに学習機会や社会経験の不足が将来の就業リスクを高め、成人後の低所得につながるという負の連鎖が起こる。
不登校対策は教育政策であると同時に、貧困対策でもある。
「学校に戻す」から「学びを保障する」へ
文部科学省は2023年、「COCOLOプラン」を策定した。
従来のように、学校へ戻すことだけを目標にするのではなく、子ども一人ひとりの学びを保障する方向へと政策の軸足を移した。
https://www.mext.go.jp/content/20230418-mxt_jidou02-000028870-cc.pdf
私はこの政策転換を高く評価している。
私自身、この数年間、公立学校、私立学校、オルタナティブ教育、通信教育の現場を見てきた。また、発達障害やギフテッドの子どもたちや保護者からも話を聞いてきた。
その中で感じるのは、多様な子どもたちを一つの教育システムだけで支えることには限界があるということだ。
日本の公教育には大きな価値がある。しかし、それに合わない子どもたちが現実に存在する以上、多様な学びの選択肢を認める社会へ転換していく必要がある。
広がる支援の選択肢
現在、文科省を中心に様々な取り組みが進められている。
第一は「校内教育支援センター」だ。
学校には行けるが、自分のクラスには入りづらい子どもたちの居場所だ。昔で言えば保健室登校に近いが、今では多くの学校で校内に安心して過ごせる空間が整備されている。
第二は「学びの多様化学校」だ。
柔軟なカリキュラムを組み、従来の学校環境になじめない子どもたちが通いやすい環境を整えている。私自身も静岡県内で公立の学びの多様化学校の設置を後押ししている。
第三は各市町村の「教育支援センター」だ。
私も地元の施設を訪問したが、教員OBなどによる丁寧な個別指導や相談支援が行われていた。
第四はオンラインを活用した取り組みだ。
静岡県ではメタバース空間を活用した支援が行われている。当初、私は本当に子どもが集まるのだろうかと半信半疑だったが、予想以上に多くの子どもたちが利用し、その中から学校に戻るケースも出てきている。

文科省の取り組みは確実に前進していると感じる。
支援につながれない子どもたち
課題も残されている。最大の問題は、支援につながれていない子どもたちの存在だ。
教育支援センターにつながっている不登校の子どもは、全体の1〜2割程度。文科省によると、不登校の子どもの3人に1人は、民間を含めた専門的支援の枠外に置かれている。
課題は学習だけではない。
学校で培われる友人関係や集団生活、行事への参加など、成長に必要な経験を得られないことも大きい。
貧困家庭の場合、食事の問題も深刻だ。
2026年4月から給食費無償化が実施されたことを受け、自治体の判断で教育支援センターなどに通う子どもへの支援を行える環境は整いつつある。しかし、取り組みはまだ始まったばかりである。
民間との連携なくして解決なし
文科省の取り組みを評価する一方で、欠けているパーツがある。
公教育につながれない子どもたちの受け皿として、各地でフリースクールなどの民間団体が活動している。
受け皿となる民間団体は各地に生まれているが、貧困家庭にとって月数万円の利用料を負担することは容易ではない。
自治体の中には先進的な取り組みもある。
長野県や鳥取県では民間団体への支援が行われ、一部自治体では利用家庭への補助制度も設けられている。ただ、国の制度がないため、地域による格差は広がっている。
長野県などには教育環境を求めて移住する「教育移住」も起きている。それ自体は悪いことではないが、貧困家庭にとって移住のハードルは高い。
フリースクールなどに通う子どもを財政的に支援する仕組みは国にはない。

支援を受けられる子どもと、受けられない子どもが、住む場所によって決まる社会はおかしい。
子どもへの投資は成長戦略だ
公立小学校の児童一人あたりには年間100万円を超える公費が投入されている。その恩恵を受けることができていない子どもたちが、10万人を超える規模で存在するのだ。
しかも、その中には、公的支援を必要とする貧困家庭の子どもたちが、多く含まれている。
私は、公教育に投入されている予算の一部を活用し、国が一定の財政支援を行うことで、子ども自身が学びの場を選択できる仕組みを検討すべきだと考えている。教育バウチャーは、そのための有力な手段になり得る。
この話をすると、「不登校は親の責任だ」「学校に行かない子どもを税金で支援する必要はない」という意見を耳にすることがある。
日本の公教育には大きな価値がある。AI時代だからこそ、日本の公教育が培ってきた規律や基礎学力の価値はむしろ高まるだろう。
しかし同時に、その仕組みに合わない子どもたちがいることも事実だ。そうした子どもたちを無理やり同じ枠組みに押し込むことは、もはや限界に来ているのではないか。
言い古されたことだが、資源の乏しい日本にとって最大の資源は人だ。
私が教育格差や不登校の問題に取り組むのは、社会的な不公正を是正するためだけではない。子どもたちへの教育投資は、日本の未来をつくる最も重要な成長戦略だからだ。
昨日のワーキングチームでは、政府、民間団体、国会議員が同じテーブルについて熱心に議論した。課題はまだ多い。しかし、関係者が垣根を越えて知恵を出し合う中で、光は確かに見え始めている。

支援につながれない子どもたちを一人でも減らすために。そして次の時代を担う子どもたちの可能性を閉ざさないために。
子どもたちへの投資は、福祉ではない。日本の未来への投資だ。
私はそのための結果を出していきたい。
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