時事通信選挙班の喜怒哀楽【政界Web】
2021年10月22日
ふとした不安
私は選挙班長の時、公示日が近づくにつれ、ふとした不安に襲われた。もし選挙報道システムに問題が発生した場合はどうなるか、最悪のケースも想定しておくべきではないか。そうした思いが強くなったのは、公示日のほんの数日前だった。私は事務局長のS記者に相談した。
「システムが動かなくなったらどうする? 手書きで候補者名簿を用意して、事前につくっておいた方がよくないか」
S記者は少し考え、次のように答えた。
「その時はあきらめましょう」
潔い返事に聞こえた。「もうそんな労力をかける必要はない」というのである。確かにそうだと思った。当時の候補者数は約1400人。手書きの名簿づくりは冷静に考えれば、あり得ない余計な作業である。でも、もし白紙の候補者名簿になったらどうしようか。その時はその時、腹をくくるしかなかった。
しかし、私の心配は杞憂(きゆう)に終わった。公示日に候補者名簿は無事に配信された。他社が報じた党派別候補者数と時事の候補者数もぴったり一致。「この時ほどホッとすることはない」と語った選挙班経験者の気持ちはよく分かる。
この経験者は「公示日が無事に終われば、選挙班の仕事は70%終わったも同然」と語る。なるほど、その通りだと思う。
かつて、他社の選挙報道システムが公示日にうまく作動せず、一部の候補者名簿が白紙になったと聞いたことがある。万に一つとはいえ、トラブルはあり得るのだ。
当確の誤報は禁物
運命の投開票日。候補者にとっては、勝つか負けるか、生きるか死ぬかが決まる日とも言える。
メディアにとって最も重要なことは、正確に、できるだけ速く、「当確を打つ」ことだ。「当確を打つ」とは、当選確実という速報を出すことである。
「速く、正確に、簡潔に」は時事通信記者が最初にたたき込まれる速報と記事出稿の3原則だが、選挙で当確の打ち間違いは許されない。不正確な速報は全く意味がない。人の生死についての誤報は特に重大な責任問題となるが、候補者の当落はいわば「候補者の生死」に関わる報道なのだから、誤報は絶対に避けなければならない。接戦区の場合は当確判定が遅くなっても仕方ない。
政治部に入ってまだ間もない頃、1993年衆院選で、私は九州ブロック担当になった。中選挙区制での最後の選挙だ。投開票日は、九州の各記者から送られてくる選挙区の当確速報を私が確認し、当確を打つか打たないかを最終的に判定する役割と責任があった。
九州ブロックには、私以外、他部から数人の補佐が応援要員に着いた。ファクスや電話で開票速報の連絡や票数が次々に入り、当確を打つときは「当確!」と手を挙げ大声で叫ぶと、アルバイトがやって来て、候補者名に当確の付いた短冊を渡す。大部屋中央でそれを集計し、政治部の大先輩記者が選挙本記を書いていた。
この時、NHKは大分2区と熊本1区で当確の誤報を出した。特に大分2区は全国最初の当確者として、岩屋毅氏の「万歳」を報道した。開票速報の数字はまだ各候補とも横一線。支局記者も私も当確を打てる根拠はなく、見送った。
それから1、2時間ぐらいしただろうか、岩屋氏の当確はいつの間にか報道されなくなり、各選挙区の当確判定で忙しくなっていた時、政治部長が血相を変えて九州ブロックのデスクにやってきた。
「お前、大分2区と熊本1区の当確打ったか」
「ちょっと待ってください。…いや、まだですが」
それを聞いた政治部長は、「でかした!」と言って、私の肩をバーンとたたいた。誤報を出していないことを確認し、喜んで自分の席に戻っていったのだ。
あぜんとする私。何もしていないことで上司に褒められたのは、たぶんこれが最初で最後だ。あくまで昔の話である。当時も事前取材や調査で優劣がはっきりしている「無風区」は、早めに当確を打っていたが、今は各報道機関が出口調査を基に「ゼロ打ち」(開票率0%)で当確を一斉に出す時代となった。
開票速報で最後に残るのは比例代表候補の当選・当確だ。小選挙区比例代表制では、小選挙区の候補者が先に全員決まり、比例代表の開票は深夜から翌日未明の遅くまで及ぶ。比例代表最後の当確者の一人を打ち間違えた某新聞社の誤報は今も記憶に残る。時事通信も過去、中選挙区制時代に鹿児島で当確者の誤報を出したことがあり、これは時事が出版した書籍にも記載され、痛恨の教訓となった。
選挙班打ち上げの席
選挙班の仕事は開票日翌日まで続く。徹夜となり、開票が終わった後は、選挙担当の分析班の出番だ。応援要員は開票作業が済めば、解放されるが、分析班は開票日翌日の夕刊用と、さらに次の日の朝刊用に、当選者のあらゆる分析記事を、開票結果を見ながら手分けして書きまくる。
開票の100%確定の結果を待ち、一連の選挙報道が終了すれば、後は人のいなくなった大部屋の片付け作業だ。「祭りの後」のようで何となく寂しい。やがて次の選挙班が発足し、いつもの小部屋で今度は参院選の準備作業に入る。選挙班にとって最大の恐怖は、衆参同日選だ。可能性があれば準備しなければならない。
選挙班長当時、選挙後に一部関係者が集まって打ち上げを行った。政治部、システム関係者らのコアメンバー10人程度の飲み会だった。会の冒頭か最後か、私があいさつした後、一人ひとり順にあいさつしてもらった。
私は、事務局長S記者と選挙システム担当者(故人)の功績をたたえ、「今回の選挙報道はこの2人のおかげです」と言って、出席者に拍手をお願いした。ワーッと拍手喝采。今でも覚えているが、この後、順番が来てあいさつに立ったS記者は、「政治部に入って、こんなにうれしいと思ったことは、ありません。ありがとうございました」と、おえつを漏らしながら語ってくれた。
【筆者紹介】村田 純一(むらた・じゅんいち) 1986年早大法卒、時事通信社入社。福岡支社、政治部、ワシントン特派員、政治部次長兼編集委員、総合メディア局総務、福岡支社長を経て、2020年7月より現職。政治部では首相官邸、自民党、民社党、公明党、防衛庁、外務省などを担当し、政治部デスク歴は約7年。時事通信「コメントライナー」の編集責任者で政治コラム等も執筆。
(2021年10月22日掲載)

















