北里柴三郎の失敗と向き合わず過ちを繰り返す無反省な医学会
コッホと北里柴三郎によるツベルクリン治療をめぐる歴史的事実、現代の医師による擁護、そして現代の医学界の姿勢
1. ツベルクリン治療の歴史的事実と失敗
治療薬としての完全な否定:1890年にロベルト・コッホが発表したツベルクリンは、当初結核の「特効薬」と期待されました。しかし、直後から激しい副作用や死亡例が相次ぎ、発表の翌年には治療薬としては完全に失敗・否定されました。情報の流通、拡散に時間がかかる当時の日本であってもすでに同じ年の1891年の帝国議会で危険と建議されツベルクリンの危険性は理解されていた。
北里柴三郎の固執:北里はコッホの直弟子であったため、この薬剤に強い思い入れを持っていました。世界的に否定された後も、「微量から始めれば効果がある」と主張し、大正期まで自身の施設でツベルクリン療法を試み続けました。しかし、結核菌を死滅させることはできず、治療薬としての道は完全に潰えました。
北里の失敗は結核菌を死滅させることができなかったことだけではなく、当時はカルテの開示義務や医療事故の報告制度がなかったため、投与によって病状が悪化したり死亡したりした患者は「ツベルクリンの副作用」ではなく「結核の自然進行による病死」として処理され、相当数の病状悪化や死が隠されたという深刻なものまで含まれます。
北里らの推奨の結果は大きな影響がありました。結核で苦しむ石川啄木は1912年1月においても尚、医師が非常に効力ありと言うツベルクリン注射を打ちたいと姉夫婦の山本千三郎・とみ子らに金の無心をする手紙をだしていたくらいです。啄木が山本夫婦に送った1912年1月24日付の書簡です。石川啄木の妻は、その手紙で1911年12月には評判の無蛋白ツベルクリンを打っていることがわかります。妻は1913年5月5日肺結核という死因をつけられて死去しています。ツベルクリンの悪影響が考えられます。
後に、結核の「診断薬」という全く別の用途で再評価されることになります。それもBCGが普及し、他の検査方法が発達した結果、偽陽性があるとして他の検査方法にとって代わられつつあります。
2. 現代の医師による「北里の擁護」とその矛盾
「仕方のないこと」という活字表現:医師であり作家の某氏は、近年の著書や寄稿の中で、北里の失敗について「医学の進歩が至らなかった時代、仕方のないことだった」「現代の知識で非難するのはアンフェア」と明確に記述し、擁護しています。
医学界の二重基準(ダブルスタンダード):北里の「ツベルクリンへの固執」に対しては「師への忠実さ」や「時代の限界」としてトーンを和らげています。この姿勢には、医学界特有の「身内の権威に対する甘さ」が透けて見えます。
3. 「医学界は無反省」と言える理由
「他に治療薬がなかったから仕方のない悲劇だった」という擁護論には、以下の通り医療倫理上の重大な欠陥があり、医学界の「無反省さ」の象徴となっています。
「当時すでに危険」という事実の黙殺:後から危険性が分かったのではなく、当時リアルタイムで有害性が実証され否定されていたにもかかわらず、師弟の情実や権威のために投与を続けたのは、時代の限界ではなく明確な「人災(判断ミス)」です。
医療原則の逸脱:効果がなく害になる薬剤であれば、「投与を止める(患者に害を与えるな)」ことが医療の鉄則です。「他に薬がないから」という理由で有害な治療を続ける正当性はどこにもありません。
現代に続く隠蔽と自己保身の体質:過去の明確な加害性や過失を「時代ゆえの不可抗力」と言い換えて免罪符を与える論理は、現代の医療界における「身内かばい」「医療ミスの合理化・隠蔽体質」と完全に地続きの構造です。
北里柴三郎について東大医科研の敷地内にある近代医科学記念館には多数の資料がありますが、ツベルクリンについての失敗の言及はありません。
2024年に北里柴三郎は1000円の新紙幣の顔になっています。その際に、医学会や政府が北里の功績にのみ焦点を当てて、北里が1910年になってもツベルクリンを推奨し失敗を繰り返し続けてきたことを議論した形跡はありません。北里柴三郎講述『肺の健康法』1910(明治43)年廣 文堂書店刊には 「ツベルクリンは唯一の結核療 法」 として掲載されています。今でも尚、北里が紙幣になったことについて政府や医師たちによる批判はなく、失敗と向き合ってないことがわかります。
この歴史的検証を通じて、過去の医療権威の過ちを「仕方のないこと」として美化・肯定しようとする現代の医師や知識人の言論こそが、医学界が本質的な反省を拒み続けている証左であるといえます。
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