こんにちは。らふぁえるです。
突然ですが今回は歯(特に前歯)について、それがなぜチャーミングと感じるのか?を解説したいと思います。
コンプレックスとしての歯
まずもってチャーミングな前歯は、コンプレックスとしての歯と表裏一体です。それは歯がおそらく顔の中でも、普段は「見えなくされている」部位だからでしょう。
有名な例を挙げると、「史上最高の歌手」とも称されるフレディ・マーキュリー(Freddie Mercury)は自身の容姿のうち、特にその飛び出した前歯にコンプレックスがあったと言われています。
彼の半生を再現した映画『ボヘミアン・ラプソディ』でも、自分は「過剰歯」(extra teeth)であり、それゆえに声域が広いのだと口にするシーンがありました。(ただし、これは誤訳ないし事実の誇張という指摘があります。)
実際、彼は人前では手で口元を覆ったり、上唇で歯を隠すようにしていたと言います。他方で友人たちと一緒にいるときには、歯のことを気にすることなく豪快に笑ったそうです。
フレディは派手なファッションと独特のパフォーマンスでもよく知られていますが、その「出っ歯」は子どものとき以来、彼の中にある西洋中心主義的な美意識に反するものだったのかもしれません。
精神分析的解釈における歯
本人のみならず他者の目からも、前歯の飛び出た顔貌、歯を剥いたような表情というのは、見る人に強い印象を残すようです。なぜでしょうか?
ひとつには、歯がもつ原初的な攻撃性というものがあるでしょう。つまり歯は対象を噛み、砕き、ちぎるための体の器官です。同時に、それは乳児が世界と関わるためのインターフェースのひとつでもあります。
ジークムント・フロイト(Sigmund Freud)の初期の精神分析理論に、幼児性欲理論(infantile sexuality)というよく知られた理論があります。この中で子どもの発達段階として5段階ある最初に口唇期(oral stage)が提示されています。

歯は乳児にとって、母乳という命の糧を得るための愛の表現手段であると同時に、その母の体を食い破って壊しかねない諸刃の剣である。その現実を調停することこそが、発達における最初の通過点である、とフロイトは言っているのです。
歯の攻撃性とそれに対する根源的な恐怖は、別の形でも表現されます。神話学や現代アートにおける「ヴァギナ・デンタタ」(vagina dentata)つまり歯の生えた女性器は、逆の仕方でこれを表現したものと言えるでしょう。
日本文化における歯
日本においては、前歯はもとより口元全体が文化的・社会的に低い位置づけを与えられてきました。
まず平安時代の絵巻物からして、人物の口はきわめて小さく描かれています。眉の太さと大きさとは対照的です。さらに扇で口元を隠す所作は、典型的な平安貴族のイメージとして広く定着しています。
絵画や芸術におけるこうした傾向は、現代のポップカルチャーでもわりと最近まで見られました。ゼロ年代のアニメ・ゲームの美少女キャラクターは、その大きな目に比して、まるで顎が存在しないかのように小さな口を描くのが一般的でした。
文化比較論の文脈では、欧米文化が口元で表情を判別するのに対し、日本では目元がより重視されることが、顔文字を例に取り上げられることがあります。ただしこの傾向は、近年のSNSのグローバル化によって、ややあいまいになっているようにも思えます。

社会的ステータスとしての歯
歯はまた、社会的ステータスを反映するものでもあります。綺麗に生え揃った前歯は、しばしば矯正器具によって人為的に揃えられたものです。噛み合わせを改善する矯正歯科に対して、審美歯科はむしろ美容整形外科に近いと言えるでしょう。周知のように、審美目的の歯列矯正は保険が適用されないため、医療費としてはそこそこ高額になります。
面白いのは、このような矯正器具をつけている子どもが、その間かえって自身の口元を意識するに違いないことです。そして東アジア、特に日本には出っ歯の人が多いのであって、そんな歯を矯正したいと親が願うのはどちらかというと女の子でしょう。それで前歯にワイヤーを装着した女性が前歯を隠そうとして口をすぼめるその顔貌と、心が解けて破顔一笑したときに口が大きく開かれたときの表情が、私のなかでは強く印象に残っているようなのです。
このようにして話はフレディ・マーキュリーに戻ってきます。プラトン『饗宴』の中で、美青年アルキビアデスがソクラテスの容貌を、シレノスあるいはシレノイ(Σειληνοί)と呼ばれる醜い彫像にたとえます。ソクラテスが醜男だったことは当時から有名でしたが、この半人半獣の姿をした醜い彫像は二つに割って開く箱のような構造をしていて、その中には目も眩むほど美しい神々の像が収められていると言われています。
つまりアルキビアデスは、「ソクラテスの外見は醜く、いつもおどけた話ばかりしているが、ひとたび彼の内面を開いてみれば、最高に美しい真理が詰まっている」と絶賛したのでした。軍人アルキビアデスにとってソクラテスは心酔の対象であり自身の「教育係」でしたが、これは両者が同性愛(少年愛)の関係にあったことを示しています。
「真理」はギリシア語でアレーテイア(ἀλήθεια)と言いますが、この語はア(ἀ)+レーテー(λήθη)と分解できて、直訳すると「覆いが除かれたもの」、すなわち隠されていたものがあらわになることを表現しています。
言葉は目に見えませんが、それを発しようとする口は目に見えます。『星の王子さま』でキツネが諭すように、「大切なものは目に見えない」のですが、隠された前歯があらわになるとき、その人の真理に触れた気がするのかもしれません。
私が人の前歯に惹かれる理由が、これでおわかりいただけたでしょうか?
参考文献
uDiscoverMusic | 洋楽についての音楽サイト » マネージャーが明かすフレディ・マーキュリーのソロ作『Mr. Bad Guy』制作秘話とミュンヘンでの生活 https://www.udiscovermusic.jp/stories/freddie-mercury-munich-phoebe-interview
心理性的発達理論 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83%E7%90%86%E6%80%A7%E7%9A%84%E7%99%BA%E9%81%94%E7%90%86%E8%AB%96
Lethe - Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/Lethe






興味深い記事で一気に読みました!
なぜなら私は前歯に
とてもとてもコンプレックスがあるので……。
(っ◞‸◟c)
またあとからゆっくり読もう……✨