Substackで感じた小さな居心地の良さ。数字より人の気配が残る場所
数字は増えても、なぜか満たされない。そんなSNS疲れの中で感じた、Substackの小さな安心感。
こんばんは、リンファです。
最近、SNSを開いたあとに、少しだけ気持ちが重くなることがあります。
別に、何か大きな事件があったわけではありません。
誰かに嫌なことを言われた、という話でもありません。
ただ、タイムラインを眺めているうちに、
なんとなく息が詰まるような感覚になることがあります。
SNSを開くたび、少し疲れるようになった
作品を見てもらえるのは嬉しいです。
反応をもらえることも、フォローしてもらえることも、本当にありがたいです。
それは間違いありません。
でもその一方で、
「あれ、少し疲れているかも」と感じる瞬間も増えてきました。
特にThreadsやXのような場所では、
投稿がものすごい速さで流れていきます。
目に入りやすいのは、強い言葉。
立ち止まらせるための文章。
焦りや不足を刺激するような投稿。
「このままだと損する」
「今すぐ変わらないと遅い」
「まだそれをやっているの?」
そんな空気の投稿が、前より増えてきたように感じます。
もちろん、それが悪いという話ではありません。
SNSでは、まず見てもらわないと始まらないですし、
たくさんの投稿の中で埋もれないためには、
ある程度、引きの強さも必要なのだと思います。
でも、ずっとそこにいると、少し疲れます。
見たいものを見ているはずなのに、少し息苦しい
見たかったわけではないのに、目に入る。
興味があったわけではないのに、少し立ち止まってしまう。
すると、いつの間にか似たような投稿が増えていく。
「あれ、私こんな話題を見たかったんだっけ?」
そんなふうに思うこともあります。
タイムラインは便利です。
でも、こちらの気持ちよりも先に、反応したものを覚えていく感じがあります。
少しだけ見たもの。
少しだけ止まったもの。
少しだけ引っかかったもの。
それが次のタイムラインを作っていく。
気づいたら、自分が選んだというより、
選ばされたような情報の中にいることがあります。
そして、投稿もどんどん流れていきます。
昨日の投稿も、数日前の投稿も、
反応が終われば、少しずつ見えないところへ流れていく。
数字は残る。でも、それ以外はどうだろう
残るのは、数字です。
いいねの数。
フォロワー数。
表示回数。
それらは確かに積み上がっていきます。
私自身、Threadsではフォロワー数が5000人だった頃があり、
1万人になり、今は1.9万人まで増えました。
そこまで見てもらえたことは、本当にありがたいです。
ただ、不思議なことに、
数字が増えるほど、少しだけ虚無感のようなものも出てきました。
「たくさんの人に届いた」
それは嬉しい。
でも、その先に何が残ったんだろう。
誰とどんな会話をしたんだろう。
自分の中に、何が積み上がったんだろう。
そんなことを考える時間が増えました。
たぶん、しんどいのは「伸びないこと」だけではないのだと思います。
伸びているのに、手触りが薄い。
数字は増えているのに、人の気配が遠い。
投稿しているのに、会話になっている感じが少ない。
そこに、少し疲れていたのかもしれません。
Substackを使い始めて感じた、少し違う空気
そんな中で、最近Substackを使い始めました。
Substackは、日本ではまだ新しい場所という印象があります。
すごく整っているというより、
良い意味で、まだ少しごちゃごちゃしています。
ノウハウ系の発信もあります。
伸ばし方を考えている人もいます。
でもその横に、日常の小さな投稿や、なんてことないつぶやきも流れてきます。
すごく作り込まれた文章もあれば、
「あ、今こういうことを感じているんだな」と分かるような、
温度の残った投稿もあります。
その雑多さが、今の私には少し心地よく感じました。
きれいに整いすぎていない。
正解が決まりきっていない。
まだ場所そのものが育っている途中のような感じがする。
そこに、少し安心感があります。
コメントや引用に、人の温度を感じる
そしてSubstackで特に印象的だったのは、
コメントや引用での交流です。
Threadsでは、どうしても広く浅く届く感覚が強くなりがちでした。
もちろんコメントをいただくこともあります。
それはとても嬉しいです。
でも全体としては、一方的に投稿して、
反応がついて、また次の投稿へ流れていく。
そんな感覚が強くありました。
一方でSubstackでは、
コメントや引用を通して、もう少し人の気配を感じます。
「この人は、こういうふうに受け取ってくれたんだな」
「こういう考え方をしているんだな」
「この文章に、このイラストに、ここで反応してくれたんだな」
そういう、数字だけでは見えない部分に触れられる感じがあります。
数字ではなく、温度。
反応ではなく、会話。
流れていく投稿ではなく、少し残る言葉。
まだ始めたばかりですが、
Substackにはそういう居心地の良さがある気がしています。
Substackが正解、という話ではなくて
もちろん、Substackが絶対に正解という話ではありません。
合う人もいれば、合わない人もいると思います。
まだ分からないことも多いですし、
これから変わっていく部分もあるのだと思います。
でも、今のところ感じているのは、
Substackには「人の温度」が残りやすいかもしれない、ということです。
広く届く場所ではなく、
少し深く届く場所。
一瞬で反応を集める場所ではなく、
あとから読みに来てもらえる場所。
数字を積み上げる場所というより、
言葉を置いておける場所。
そんな違いを、少しずつ感じています。
広く届くことと、心地よく続けることは少し違う
SNSは、たくさんの人に届く場所としてとても強いです。
作品を知ってもらうには、やっぱり大切な場所です。
私もこれから使っていくと思います。
でも、発信を続けていると、
「広く届くこと」と「心地よく続けられること」は、
必ずしも同じではないのかもしれないと思うようになりました。
広く浅く届く場所も必要。
でも、少し深く言葉や作品を置ける場所も必要。
一瞬で流れていく投稿も楽しいけれど、
あとから読み返せる文章があることも、やっぱり大切。
たくさんの数字に支えられることも嬉しいけれど、
ひとつのコメントから人の気配を感じられることも、
同じくらい嬉しいのだと思います。
自分にとって心地いい距離感を探していく
今はまだ、私も探している途中です。
Threadsも使います。
他のSNSも使います。
そしてSubstackにも、少しずつ言葉を置いていきます。
どこかひとつを正解にするというより、
自分にとって心地いい距離感を探していく。
それくらいのゆるさでいいのかもしれません。
もし最近、SNSに少し疲れている人がいたら、
発信する場所や、言葉の置き方を少し変えてみるのもありだと思います。
たくさんの人に届かせるための場所。
ゆっくり読んでもらうための場所。
誰かと少し深く話すための場所。
それぞれに役割があって、
自分の状態に合わせて選んでいけたら、
発信はもう少し楽になるのかもしれません。
たぶん、今の私がSubstackで感じているのは、
「逃げ場所」というより、
少し呼吸を整えられる場所に近いです。
数字を追いかけるだけではなく、
人の気配を感じながら言葉を置いていく。
まだ始めたばかりですが、
この小さな居心地の良さを、もう少し大事にしてみたいです。
P.S.
あなたが感じている「Substackの好きなところ」も、よければコメントで教えてください。
人によって、心地いい場所や距離感はきっと違うと思います。
だからこそ、いろんな人の感じ方を聞いてみたいです。





リンファさん、こんにちは✨
初めて、コメントさせていただきます。
いつも、素敵な作品の数々、拝見しております🥰
私も、SNS疲れちゃってた族で、サブスタックに居心地の良さを感じています。
好きなところはたくさんあるのですが、中でもいいなと思っているのが、好きと思うものをジャンル問わず何でも出せるところかと思います。
他のSNSだとどうしても統一感を求められるところがあると思うんですが、サブスタックは自由に好きな表現ができる気がしていて良いなあと思います🥰
プロンプトをあやつる魔法使い🧙がたくさんいるSubstackは勉強になるし、まさしく出来上がってくる画像に癒されたりしてます。
そしてこうして作者の方々にコメントできるという夢のような場所でもあります。
私にとっては脳トレの場所でもあるかもです。