君はなぜホルンを吹くのか
中学生のとき、私はホルンと出会いました。
ピアノは、気づいたときにはもう家にありました。
ホルンも、気づいたときには私のところにやってきました。
だから私は、そのまま音楽の道へ進みました。
音楽高校、音楽大学、そして海外へ。
やがて私はドイツの音楽大学で学ぶことになります。
そこで出会った問いがあります。
「君はなぜホルンを吹くのか」
この問いを、私は何度も聞くことになりました。
問いかけてくれたのは、トランペットの教授だった(故)Prof. Beetzです。
私の直属のホルンの師ではありません。
けれど、私にとってとても大きな存在でした。
彼は、神の音色を持つ人だと感じるような方でした。
現役を退いたあとも、ただ静かに衰えていくのではなく、むしろ成長し続けているように見える人でした。
世界中から、彼の音を聴きたい、彼に学びたいという人たちが集まってきました。
けれど、その門はとても高かった。
私は、日本にいた頃に一度、師との会話の中でその名前を聞いたことがありました。
そのときは特別に意識していたわけではありません。
けれど、約10年かけて、気づけば私はその人のいる場所へ流れ着いていました。
Prof. Beetzの問いは、やさしい励ましではありませんでした。
「君は音楽家として、今最高の宝物を手に入れようとしている。
それと向き合うことが、プロの歩みだ。これは簡単なことではない。
日々、自分に問うのだ」
そして、彼はこう問いました。
「君がホルンを吹くのはなぜだ?」
西洋の楽器。
西洋の音楽。
キリスト教の文化。
自分が生まれ育ったものとは違う歴史と背景。
「君はキリスト教徒でもない。持っている文化も違う。
それでも、なぜこの楽器を学ぶのか。君にとってホルンとは何なのか」
そして、こうも言われました。
「ホルンを吹く理由が“好きだから”なら、今日辞めなさい」
今の言葉だけを見ると、とても厳しく聞こえると思います。
実際、厳しかったです。
映画で見る軍隊のような緊張感がありました。
その場にいるだけで、手に汗を握る。
額から脂汗が出る。
私は、あまりの緊張感に失神しそうになるほどでした。
けれど、私はなぜか思いました。
私は、これをやる。
もちろん、好きだから始めたのだと思います。
好きでなければ、続けられなかったと思います。
でも、専門として学び続けるうちに、「好き」は入口でしかなくなっていきました。
なぜ、この音を出すのか。
なぜ、この楽器で語ろうとするのか。
なぜ、自分とは違う文化の音楽に、自分の人生を使おうとするのか。
その問いから逃げることはできませんでした。
技術を磨くことは、指や唇や呼吸だけの問題ではありません。
身体の使い方。
精神のあり方。
文化への理解。
自分が何を見て、何を聞き、何を経験してきたのか。
そういうものが、すべて音に出てしまう。
ここでもまた、後に私の大切な言葉になる「ゼンブツナガッテイル」につながっていきます。
音楽は、音楽だけではできていません。
身体と精神。
文化と歴史。
自分と他者。
舞台の上と、日々の暮らし。
全部がつながって、ようやく一つの音になる。
Prof. Beetzは、顔を見るたびに、いくつもの言葉を私に投げかけました。
「トウダイモトクラシ」
これも、彼が私に何度も言ったカタカナの魔法のような言葉です。
灯台下暗し。
知っている言葉です。
意味もわかります。
でも、それを自分の人生で体現することは、簡単ではありません。
人間としてのりえ。
ホルン吹きとしてのりえ。
音楽家としてのりえ。
芸術家としてのりえ。
そして、異国の地に立つ日本人としてのりえ。
自分の足元にあるものを、ちゃんと見ているのか。
自分がすでに持っているものを、軽く扱っていないか。
外にばかり答えを探していないか。
その問いも、ずっと私の中に残っています。
もう一つ、忘れられない言葉があります。
「生徒は先生、先生は生徒」
これは、ただ立場を逆にすればいいという話ではありません。
教える人と学ぶ人。
導く人と導かれる人。
親と子。
先輩と後輩。
支える人と支えられる人。
本当は、その関係は一方通行ではありません。
相手を通して、自分が映し出される。
相手の成長を見ながら、自分も学ばされる。
目線を合わせるというのは、単にやさしくすることではなく、相手の存在と本気で向き合うことなのだと思います。
この考え方は、後に私がホルン教師として働くときにも、大きな支えになりました。
私は、舞台に立つことも経験しました。
オーケストラ奏者として働くことも経験しました。
けれど、人を教え、支え、誰かが伸びていく姿を見る中で、少しずつ自分の役割が変わっていきました。
自分が前に出ることだけが、音楽ではない。
誰かが自分の力を発揮できる場を作ることも、音楽につながっている。
今、Prof. Beetzはもうこの世にはいません。
去年、彼が亡くなったことを知りました。
だからこそ、彼の言葉は、今また強く私の中にあります。
「君はなぜホルンを吹くのか」
これは、過去の厳しいレッスンの記憶ではありません。
今も私に向けられている問いです。
そしてたぶん、この問いは形を変えて、今の私にも続いています。
君はなぜ、伯耆町へ行くのか。
君はなぜ、人と場をつなげたいのか。
君はなぜ、音楽だけではない活動を始めようとしているのか。
答えは、ひとことで言えるものではありません。
でも私は、問い続けることをやめたくないと思っています。
好きだから。
楽しいから。
できそうだから。
それだけではなく。
私が見てきたもの、聞いてきたもの、経験してきたもの。
出会った人たち。
受け取った言葉。
痛かったこと。
うれしかったこと。
その全部を持って、私は今の場所に立っています。
ホルンを吹く理由を問われ続けたことは、私にとって、人生を問われ続けることでもありました。
そして今も、その問いの先を歩いています。
(故)Prof. Beetzの音に触れたい方へ。
私にとって、今も問いを残してくれている方です。
今から40年前の動画。この時まだ20代前半。来日もしていたそうです。



