「発信する」と「届ける」は、違う話だった。
私がキャリア孔明さんを知ったのは、Substackを登録してすぐに流れてきたおすすめ欄だった。 最近Xで見かける事が増え、「どんなものだろう」と軽い気持ちで登録した。
……とは言え、この時点でフォロワー10万人超の孔明さんを知らなかったので、
「自分は本当にXをやっていたのか?」
「小文字のxだったのでは?」
という疑問が頭をよぎった。
私が発信を始めたきっかけは、息子のために書いた物語だった。
小2の頃、音読が苦手だった息子のために、続きが気になる物語を1日1ページずつ書いて渡していた。すると少しずつ読む速度が上がり、最後には「次まだ?」とせがむようになった。
役目を終えた物語はそこで止まっていたが、数年後、AIとの壁打ちをきっかけに「また書きたい」と思うようになった。そこでnoteを始め、気づけば夢中で書いていた。
書いた、書いた、書いた。
久しぶりに、時間を忘れる感覚だった。
ただ、書くと今度は読んでほしくなる。
ChatGPTに相談すると「Xで発信してみたら」と言われ、見る専だったSNSを半分ゲーム感覚で始めた。
でも最初は無風。
「本当に人いる?」と思うほど静かだった。
それでも少しずつ反応が返ってきて、初めてフォローやいいねが付いた時は、お腹の辺りがじんわり温かくなる感じがした。
少しずつXにも慣れてきた頃、今度は別の悩みが出てきた。noteを読んでほしくてXをやっているのに、noteリンクを貼るとインプレッションが落ちると言われている。「外へ出す」行為が不利になる構造。
それを知った時、
「自分は何のために発信しているんだろう」
と少し分からなくなった。
そんな中、Substackで見つけたのが孔明さんだった。驚いたのは、単なるノウハウ発信ではなく、
「みんなで盛り上げよう」
という熱量だった。
フォロバ企画も、始めたばかりの人への発信も、「まず動いてみよう」と思わせる力があった。
そしてSubstack自体も面白かった。
NotesはXのように交流できる。
でもそのまま長文を書き、登録してくれた人へ届ける事もできる。
SNSとnoteとレターが自然につながっている感覚があった。
「発信する」と「届ける」が分断されていない。これは自分がモヤモヤしていた部分にかなり近かった。
正直、最初は登録だけして様子を見るつもりだった。
でも孔明さんの熱量を見て、「せっかくだし参加してみるか」と思えた。
まだ始めたばかりで手探りですが、
「届ける」
を試しながら、しばらくここで遊んでみようと思っています。



