【登山記】北の果ての名山たち
人生で「趣味に夢中になれる期間」というのは有限である。
ぼくが結婚し、子供が生まれるというとき、これまで続けてきた登山も今まで通りできなくなることが分かった。
さすがに幼い子を残して毎週登山をしている時間はない。次の登山が終わったらしばらくは育児に専念する必要があることがぼくを焦らせていた
そんなときに声をかけてくれたのがK太である。彼は北アルプスの山々を共に歩いた信頼のおける友人だ。区切りをつけるための登山としての相棒にふさわしい。
登山先として選んだのは、北海道の「阿寒岳」、「斜里岳」、「羅臼岳」の三山である。
「最後に、思いっきり山を楽しんでこいよ。」
そう言ってK太が提案してくれたのが、北海道の三山――「阿寒岳」「斜里岳」「羅臼岳」を巡る旅だった。
計画の始まり
北海道の山々は、ぼくにとって未踏の地だった。これまでの登山経験は主に本州のアルプスや雪山だったので、広大な景色が広がる北海道は未知の世界に思えた。K太の提案に心が踊ったぼくだが、同時に計画の難しさも感じていた。
「行くなら、完璧な準備が必要だよな。」
そう言いながら、ぼくらは日程を調整し、必要な装備をリストアップし始めた。夏の北海道は天候が変わりやすく、道中の移動も簡単ではない。移動手段、宿泊地、食料の調達――準備することは山積みだったが、それでもぼくはその過程すら楽しく感じていた。
虹の雨あがりの阿寒岳
7月末、ぼくらは北海道へと向かった。新千歳空港に降り立ったとき、空は晴れ渡り、冷たい風が心地よかった。レンタカーを借りてまず向かったのは阿寒岳だ。

オンネトーと呼ばれるこの地では、温泉が川のように湯気を出しながら流れていた。アイヌ語で「大きな沼」という意味を持つそうで、雌阿寒岳の噴火でできた湖だそうだ。
活火山である阿寒岳の周辺の地形は歴史を感じさせた。

前日は雨だったため、濡れた高山植物が光っていた

稜線に出ると虹が見えた。まるでぼくらの北海道登山を応援してくれているかのように見えた

ところが山頂に近づくにつれて霧が出てきた。どうやら山頂だけ雲の中のようだ。

真っ白な中であったが、無事に山頂に立つことができた。
遠くに同じように山頂を目指してきた団体も見える。皆、北海道という地での登山に喜び、浮足だっているように見えた。きっとぼくも彼らからはそう見えただろう。

下山するとすぐ近くの野中温泉が目に入る。

このご時世に400円とは安すぎると驚きつつ、温泉に入る。自然の温泉感漂う居心地の良い空間だ。(残念ながら訪問後、火事で焼失してしまったが、もし再建するならもう一度行きたい温泉である)
北海道 雌阿寒岳の麓、野中温泉の脇には、
— ヤマノ@アウトドア道具オタク (@yamaloglist) July 28, 2022
水色の湯が流れている。
野中温泉 別館は400円でこの湯が味わえる。
簡素な作りで内湯と露天があるだけですが、とても良い湯でした。
また行きたい pic.twitter.com/dDDPyFLwyr

北海道といえば海鮮ということでじょっぱり亭で海鮮丼を頂く。
「じょっぱり」は、青森県津軽地方の人々の気質を表す言葉だ。
「我慢強い」「ねばり強い」「諦めない」「信念を貫く」などの意味合いがあるらしく、登山者のウケが良さそうな名前だ。

翌日は大雨であったのでゆっくり過ごす。この日は店主が仲間たちと自力で建てたという変わった宿だ。DIY感が男心をくすぐる。

防音性がなく、外の車の走る音は聞こえるが、男2人なら気にならない。
K太も庭先のテーブルが気に入ったらしく、くつろいでいた。

北海道らしいトマト酎ハイや北海道ビール片手に語り合った。

家の細部に工夫があり、照明を覗き込むとトトロがいたりする
どんな思いをもってこの家を建てたのか、日誌がおいてあった。家1つ建てるなんてどんなに大変だったのか気になって仕方なかった。

増水の沢登りが楽しい斜里岳
翌日は観光で1日過ごし、その次に挑んだのは斜里岳だ。前日の大雨の影響で、靴が完全に埋まるくらい水に使って進むので、ほとんど川を歩いているようだった。

登り始めてすぐに道が川になった。これをみた瞬間ぼくは濡れずに登るのはあきらめた。

滝のような道を悲鳴を上げながら進む。岩の上は苔があり、滑りやすいのだ。かといって足元だけ見ていると頭上の木の枝に頭をぶつける。

アクアステルス底の沢登り用の靴でなくても、苔がない川底なら意外と歩けることが分かった
— ヤマノ@アウトドア道具オタク (@yamaloglist) July 24, 2022
ただ渡渉に集中して歩いていると頭をぶつけて痛かったw
着用していたのはスポルティバのTX4https://t.co/HwORMu3IkG pic.twitter.com/lIL1xt38a9
水しぶきで幻想的な道歩いていく



滝を登るのは初めてだ。なんだか冒険している感じがして楽しくて仕方がなかった

山頂近くになると急に水の気配が消え、緑が広がる

山頂からは昨日の雨が嘘のように綺麗な雲海が広がっていた

下山して困ったのは靴だ。明日も登山だと言うのにこの一足しか持っていない。このときほど8月のアスファルトに感謝したときはない。

北海道 斜里温泉湯本館では入浴券がガチャガチャで購入できる。
— ヤマノ@アウトドア道具オタク (@yamaloglist) July 20, 2022
400円で日帰り入浴できるので、登山帰りでもおすすめ pic.twitter.com/ggIbfdOOBF
この日の宿は世界遺産、知床の木下小屋だ。ぼくらの他には年配のご夫婦一組がいるだけだ。この小屋は昭和初期に知床連山を開拓した木下弥三吉の名から採られている。

山小屋だと言うのに温泉があるということで、45度くらいありそうなお湯に入っては熱さに悶えながらも汗を流した

その後は看板うさぎがかわいくて、水を飲む様子を眺めたり、宿泊する部屋を散策していた。

山と渓谷の1991年号があった。歴史を感じられる。

夕食は談話室で、宿泊者みんなで囲むことになった。山の静けさの中で、知らない者同士が自然と会話を交わし、同じ時間を共有する。その温かい空気が心地よかった。
小屋番さんはもともとは東京に住んでいたという。あるとき自転車で日本を旅し、北海道を巡る中でこの木下小屋と出会った。気づけば小屋の建て替えを手伝い、やがて「ここを継がないか」と声をかけられた。そして彼は、その誘いを受け、小屋の管理人として北海道に移り住んだのだ。
「この小屋が好きでさ」と、小屋番さんは少し照れくさそうに笑った。彼の言葉には、旅人から"小屋を守る人"へと変わっていった時間の重みが滲んでいた。この小屋に泊まった人が楽しそうに話している様子を見るのが好きと語る彼の話を聞けば聞くほど、自分の生き方がどこか薄っぺらく感じる。
それでも、そんなふうに人生を賭けられる場所と出会えた彼が、少しうらやましかった。
年配のご夫婦もいた。2人で北海道の百名山を巡っているらしい。穏やかに微笑み合いながら、次に登る山の話をする姿は、なんとも素敵だった。
ぼくにも、もうすぐ子どもが産まれる。ふと、妻と自分の未来を想像する。何十年後かに、こんなふうに夫婦で旅をする日が来るだろうか? それとも、どこかですれ違ってしまうのだろうか?
すべてはこれからの自分次第だ。今をどう生きるか、どんな時間を積み重ねていくかで、未来は変わる。
だからこそ、まずはこの旅を思い切り楽しもう。目の前にある景色を、出会う人たちとの時間を、大切に味わおう。そう思いながら、ぼくは湯気の立つ夕食に箸を伸ばした。
ヒグマの住処、北の果ての羅臼岳
最後の山、羅臼岳ではさらに険しい登山道が待っていた。知床の自然を全身で感じながら歩く道のりは、簡単ではなかったが、それ以上に満足感を与えてくれるものだった。

羅臼岳はヒグマの生息地だ。それは頭ではわかっていた。だが、いざ山に入るとなると、漠然とした不安がじわじわと広がる。
小屋で借りた熊対策スプレーを収めたホルスターを確認し、心の準備をする。
見通しの悪い登山道が続き、周囲は深い森に包まれている。木々が風に揺れるたびに、何かが動いたように感じて心臓が跳ねる。
ぼくらはこの日、一番乗りで山に足を踏み入れた。つまり、この道にはまだ誰の気配もない。熊鈴の音が響くたびに、"本当にこれで大丈夫なのか?"と自問する。
「もし出会ったらどうする?」K太が冗談めかして言うが、その声の端にはわずかな緊張が滲んでいる。
大自然の中の中で自分の小ささを、これほど意識したことはなかった。熊がいるかもしれない。その現実を飲み込むたびに、慎重に一歩ずつ進んでいく。

道中は霧がかかり、景色はあまり見えない。羅臼平のテント場には、食料をしまうフードコンテナがあり、ここがヒグマの住処であることを強調している。

雪渓を登り、最後の岩場を抜ければ山頂だ

あたりはまだ真っ白だ。どこからヒグマが来てもおかしくない

ようやく山頂に到達すると、嘘のように雲が晴れ、絶景がぼくらを待っていた。
ぼくとK太は、ずっとその景色を見ていた。

これでこの旅も終わりだ。「またな」と山に誓う
北海道三山を巡る旅が終わり、帰りの飛行機に乗ったぼくは、これが一旦の登山の区切りになることを感じていた。しかし、不思議と後悔はなかった。むしろ、限られた時間の中で全力で山に向き合えたことが誇らしかった。
「趣味に夢中になれる期間」は確かに短いのかもしれない。しかし、だからこそ、その時間を全力で楽しむことができるのだと、この旅を通じて感じた。
K太がふとぼくを見て言った。
「落ち着いたら、また一緒に山に行こうな。」
ぼくは笑顔でうなずいた。
「もちろんだ。これで育児も頑張れるよ」と
続く
