短編小説「そこにいる人の話」
「そこ、座らないほうがいいよ」
わたしが言うと、あなたは靴を脱ぎながら振り返る。
「え、またそれ?」
“またそれ”で片づけるな。
こっちは日常だ。
「いるの」
「うん、見えないやつね」
軽い。
軽すぎる。
ポテチか。
リビングに入ると、その人は今日もソファの真ん中にいる。
真ん中。
どセンター。
センター試験なら満点ポジション。
ちょっとは遠慮して端に寄れ。
「ほら、そこ」
わたしが指さすと、あなたは迷いなくそこに座る。
「はい、着席」
「いやいやいや!!人の上にログインするな!!」
「なんの話!?」
ログインて。
あなたが座った瞬間、その人はすっと少しだけ端に寄る。
無言で、自然に。
「……ほら、どいた」
「どこが!?」
「いや、どいたよ今!」
「見えねえって!」
「見えなくてもどいてるの!礼儀!!」
礼儀を守るのは見えない側だけかよ。
その人は怒らない。
というか、リアクションが薄い。
でも、たまにすごく人間っぽい。
あなたが仕事の愚痴を言うと、ちょっと前のめりになる。
「いや今、めっちゃ共感してる人いるよ」
「どこに?」
「ここに」
「だからどこに!?」
このやり取り、もはや様式が美。
しかも、ちょいちょい生活に介入してくる。
テレビのチャンネル、勝手に変わる。
「ちょ、今いいとこ!!」
「俺触ってないけど!?」
「じゃあこの人!!」
「誰だよ!!」
説明のたびに信用が減っていくシステム、どうにかして。
夜。
あなたはいつものようにベッドに倒れ込んで、すぐ寝る。
寝つき早すぎて逆に怖い。
スイッチか。
わたしはすぐ寝れなくて少しだけ起きている。
暗闇に目が慣れてくると、その人がドアの近くに立っているのが見える。
入ってこない。
最初からずっとそう。
「……遠慮すな」
いや、むしろありがたい。距離感の神。
「おやすみ」
小さく言うと、その人はほんの少しうなずく。
……いや、うなずいたよね?今の判定むず。
VAR入れたい。
次の日の朝。
あなたはコーヒーを飲みながら言う。
「やっぱこの家、落ち着くなあ」
「でしょ、三人暮らしだからね」
「増えてる増えてる」
冷静に訂正するな。
その隣で、その人も同じように座っている。
ちゃんと少し距離をあけて。
気遣いが見える。いや見えてるのわたしだけか。
「ねえ」
わたしは聞く。
「もし、もう一人いたらどうする?」
あなたは少し考えて、肩をすくめる。
「静かな人なら、まあいいかな」
わたしは思わず吹き出す。
「ほら、採用されたよ」
「誰が!?」
「その人!」
「だから誰だよ!!」
その人が、ほんの少しだけ笑った気がした。
いや、気のせいかもしれない。
でもまあ。
見えなくても、
どいてくれるし、気も遣うし、
勝手にチャンネル変えるけど。
——悪いやつじゃない。
「ほら、ちょっと詰めて」
「え、俺?」
「違う、そっちの人」
「だから誰だよ!!」
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。
短いお話ではありましたが、ほんのひとときでも楽しんでいただけていたら嬉しいです。
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