パパの手は冷たい
「パパの手は冷たいからやだー」
最近子どもたちによく言われるこのセリフ。
どうしても家事をして水仕事をしていると冷たくなる。もともと冷え性だというのもあるのだけれど。
子ども達が着替えるのを手伝ったり、頭をなでたり、触れ合う時にその冷たさが伝わってしまうみたい。
子どもたちのその声を聞いて自分の母が手荒れしていたことを思い出した。
子どもの頃の記憶
私の実家は田舎ののんびりとした町村にあった。
家の近所には田んぼがあり、畑があり、娯楽も少ないけど、子どもが遊びまわるにはのびのびとできるそんな環境だった。
盆地だったので夏は蒸し暑く、冬は底冷えするような土地柄。
母は学校の先生だった。仕事で毎日出かけて、家には夕方に帰ってきて、そこから家事や育児をしてくれていた。
当時食洗器もなければ、ゴム手袋を使うという発想もなかったので、母の手はひどく荒れていた。
特に冬場になると手がカサカサになっていた。
それでも食事を作り、食器を洗い、洗濯物をする母の手はたくましいなと子どもながらに感じた。
母は温厚でめったに怒ることはなかった。その手でいつも頭をなでてくれた。
母とつないだ手はカサカサで、痛々しい時もあったけれど大好きな手だった。
手が伝えてくれる人間性
「わしらの姫さまはこの手を好きだと言うてくれる。働き者のきれいな手だと言うてくれましたわい」
このセリフを覚えている人も多いのではないか。
これはジブリ映画『風の谷のナウシカ』の名言のひとつ。
風の谷で城の守りについている老人のひとりであるゴルが、自分の手を見せてトルメキア軍のクシャナにこう言い放つ。
あくまでアニメの1シーンだけど、いつも思い出すこのセリフ。
自分も大人になって、手を使うことが増えて思い返す。
母方の祖父はもうなくなってしまったけど、農家としてずっと野菜や果物を育てていた。
朝は暗いうちに起きて作業をして、昼間暑くなるくらいに一度帰ってくる。
祖父の手も土を触ることが多くて爪は黒くなり、手はごつごつとしていた。
その手もまた働き者の綺麗な手だと子どもながらに思っていた。
そしてふと思う、果たして私の手は働き者の綺麗な手なのだろうかと。
手と手を繋いで
母や祖父の手とは違う。でも私が家事や育児に向き合っていることは間違いなく事実であり、そのことは子どもたちも良くわかってくれていると思う。
外で仕事をしていようが、家事育児に専念していようが、その両方であろうが、それぞれの人がそれぞれの環境で頑張り働いている。
お金を稼ぐことだけが仕事じゃない。
その意味で自分の手は「働き者の綺麗な手」だと誇っていいと思う。
息子と手をつないだ時に「パパの手は冷たい」と言われたら、「働き者の手だからね」と伝えようと思う。
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