前編:研究紹介── EMOTIONAL URBAN DESIGN
地域想合研究室.noteでは、NTTアーバンソリューションズ総合研究所(以下、NTT US総研)とPLP Architecture(以下、PLP)が、都市における人の「感情」をテーマに取り組む共同研究「EMOTIONAL URBAN DESIGN」を前後編にわたって紹介しています。
前編である本記事では、2024年度の研究内容を要約してお届けします。前編では詳細に触れていない調査・分析の内容や、2024年時点における本研究の街づくりへ応用するための提言なども、ここでご紹介します。
後編では2024年度の研究参加者による座談会の模様を収録しました。都市の「感情」をテーマとした経緯から、その扱いの難しさ、研究を実務へ繋げるための取り組みや、2025年度以降の展望まで、研究に関わったNTT US総研およびPLPメンバーの生の声をまとめています。
記事の本編に進む前に、まずは2024年度の研究内容を、3分間の動画にまとめた動画をご覧ください。
背景と目的
「ひと」中心の街づくりを目指して
NTTアーバンソリューションズ総合研究所では、街づくりの中心は「ひと」であるべきとの考えに基づき、そのまち固有の魅力を生かし、人々が「住み続けたい」「訪れたい」と感じる価値創出をめざしています。
近年、都市空間の価値観は自動車中心から人間中心へと移行し、歩道拡張や駅前広場の再整備など、ウォーカブルな街づくりが国内外で進んでいます。日本では、2019年の政策検討会議「都市の多様性とイノベーションの創出に関する懇談会」(国土交通省)の発足や、2020年の「都市再生特別措置法等の一部を改正する法律」の成立を大きな契機とした官民連携による「居心地が良く歩きたくなる」まちなかづくりが具体的な事例として各種支援制度のもとで全国に広がりつつあります。
人の感情と都市空間の関係性から街づくりを紐解く
本研究の目的は、人中心の街づくりの実現に向けて、「都市空間において人々が快適さを感じる要素」を明らかにすることです。では多様な人々が集う現代のまちにおいて、人はどのような空間に「居心地の良さ」を感じるのでしょうか。
従来の都市の評価は、交通利便性や商業施設などの都市機能の充実度といった物理的要素が主であり、「居心地の良さ」といった人の感情に基づく評価はあまり語られてきませんでした。この研究のきっかけは、それに対する疑問にありました。
本研究では、「居心地が良い空間」を「人がポジティブな感情を抱ける空間」と仮定し、人の感情と都市空間の関係性から街づくりを紐解いていきます。

研究対象エリアの設定
東西三キロ内に多様な都市要素が混在する福岡市・天神エリアに着目
本研究では、地方中枢都市に分類される「札仙広福」の中でも、福岡市の博多・天神エリアを調査対象としました。福岡市は、地方中枢都市の中でも経済成長、交通インフラの整備、研究開発や人材育成の中心地、国際交流などの要素を生かし持続的な発展が期待されている都市です。
調査対象エリアは、天神エリアから大濠公園の東西3km程度の範囲です(図参照)。この範囲内には、大街区開発・小規模商業集積・住宅地・自然環境・史跡といった多要素が混在しており、人の感情をはかる上で適したエリアだと考えました。

調査・分析
感情の設定──Emotion Wheelを応用し測定する感情を6つに絞り込む
本研究では、アメリカの心理学者ロバート・プルチック(1927-2006)が提唱した、感情の構造や相互関係を視覚的に理解するためのモデルである「Emotion Wheel」を応用し、最終的に、本研究で測定する6つの感情=「EXCITED(ワクワクする)」「PLEASANT(気持ちが良い)」「CALM(癒される)」の3つのポジティブな感情および、「BOARD(つまらない)」「SCARED(近寄りがたい)「ANNOYED(うっとうしい)」の3つのネガティブな感情への絞り込みを行いました。

フィールド調査・デスクトップ調査──現地観察とオープンデータの双方からエリアの特徴を抽出
調査対象エリア内に多数存在するパス(Path)から本研究の分析対象とするパスを選定すること、そして、感情に影響を与えうる都市の要素を抽出することを目的に、フィールド調査とデスクトップ調査を実施しました。
フィールド調査では、路面店、ボラード、歩行空間、交通量(歩行者・自動車・自転車)、シェアサイクル、植栽、ベンチ、緑視率、天空率、アクティブファサード率、熱環境などの路上観察を実施しました。
デスクトップ調査では、エリアに対するオンライン上の口コミ情報のほか、道路幅員、建物高さ、歩行者交通量、車交通量などの都市情報に関するオープンデータを中心に収集しGISを用いて視覚化しました。
上記の調査を経て、対象パスの選定と、感情に影響を与えうる要素の抽出についてのディスカッションを重ねました。

幅員・建物高さによる道路の分類──研究対象を6つの通り=パス(Path)に絞り込む
まず、エリア内のパスについて、道路の幅と建物の高さを規模別に、XL・L・M・Sの4つに分類しました。

続いて、上記の分類とエリア内の特性を踏まえて、研究対象とする6つの通りを抽出しました。

空間構成要素へのデザインパターン設定──「ファサード」「路面」「植栽」の3つのデザイン要素に着目
本研究では、人の感情と都市空間の関係性を、街路空間を構成する要素の変化が人の感情に与える影響を読み取ることで明らかにしようと考えました。既存空間でもデザインを施すことができ、感情に作用する要素を検討した結果、「ファサード」「路面」「植栽」の3つの要素に着目しました。
それぞれの要素を、「ACTIVE FRONTAGE=賑わい活性化」「PEDESTRIANISED=歩行者空間化」「GREENERY=緑化」の3つのデザインパターンに落とし込み、さらに3つ全てを合わせた「ACCUMULATIVE=統合化」のデザインパターンも設けました。

アンケート調査──6つのパスに対して、3つのデザイン要素の変化が、6つの感情に与える影響を計測
上記で挙げた6つの感情、6つのパス、3つのデザイン要素が人の感情に与える影響を分析するために、アンケート調査を行いました。
アンケートでは「性別」「年齢」「居住地域」「世帯構成」「子どもの有無」「一日どれくらい家の外で過ごすか」「研究エリア(大濠公園~天神中央公園)を訪れたことがあるかなどの回答者の属性について前段で尋ねました。
続いて、6つのパスに対して既存の状態および4つのデザインパターンを施した画像を見て印象について尋ねました。

結果と考察
回答者の属性
回答者は合計603人。居住地は福岡市内居住者(44%)が最も多く、福岡県以外の国内(27%)、日本以外(18%)、福岡市以外の福岡県内(11%)と続きました。
年代は、20-29(20%)、30-39(24%)、40-49(24%)、50-59(20%)と、20-59歳についてはバランスよく分布しています。
世帯構成は、配偶者・子どもと同居(38%)が最も多く、一人暮らし(28%)、配偶者と同居(夫婦のみ, 22%)と続きました。

渡辺通り(XLクラス)

<アンケート結果>
Active frontageはネガティブな感情の改善が見られるものの、他のデザインと比べるとその割合はかなり低く、影響力は限られている。
GreeneryはActive frontageよりも効果的であるが、Pedestrianisedほどの効果は示していない。
Pedestrianisedの円は最も大きく、影響度も高い。特に20代においては、ワクワク感に影響を与える傾向がある。
<考察>
Active frontageの影響が限定的である理由は、道路の幅や車両の通行に関連している可能性がある。ファサードからの距離があることや、通過交通の印象に影響され、改善効果が薄いことが考えられる。
一方で、幅員が広く、車両の交通量が多い状況で全体を歩行者専用にすると、通りの印象が大きく向上する可能性が高い。これが、歩行者専用化が効果的であった理由の一つと考えられる。
エル通り(Lクラス)

<アンケート結果>
Active frontageは、Greeneryよりもわずかに効果的で、主にワクワク感を高めている。
Greeneryは、50代の方や日本以外の人々に心地よさを提供している。
Pedestrianisedは、Active frontageやGreeneryよりも若干効果があり、ワクワク感を引き出している。また、日本以外の方には心地よさを与えている。
<考察>
現在、通行目的の道路としての役割が強い通りであり、いずれのデザインも一定の効果を発揮しやすい状況にあると考えられる。他の通りと比較して、Greeneryの影響も顕著である。これは、広場との連携したデザインが一因となっている可能性がある。
Pedestrianisedが楽しさを生む要因となっている点についても、広場との連続的なデザインが寄与している可能性がある。
きらめき通り(Mクラス)

<アンケート結果>
Active frontageのポジティブな影響(主にワクワク感)が増加したと考えられるが、他デザインと比較するとその割合は小さいため、全体的な影響は限定的である。
Greeneryは、Active frontageよりも強い効果を持ち、特に40代の人々に癒しを提供している。
Pedestrianisedは、Active frontageやGreeneryよりも効果的で、心地よさを感じさせる要素がある。日本以外の人々にも癒しをもたらしている。
<考察>
すでに一定の活気を感じるファサードが形成されていることが、Active frontageの影響が小さい理由と考えられる。一方で、現在も一定の車両交通が存在する中で、歩行者専用化が進められている。
AccumulativeとPedestrianisedは、期待感と同時に、心地よさや癒しを促進する要因となっていると考えられる。
さらに、現状では緑の量が少ない中でも、Greeneryに関しては一定の効果が見受けられる。
大名おほり通り(Sクラス)

<アンケート結果>
Active frontageは、GreeneryやPedestrianisedに比べて、より大きな円を描き、効果的である。主にワクワク感を増幅させ、20代や日本以外の人々には心地よさを提供している。
Greeneryは、わずかにPedestrianisedよりも効果的で、心地よさをもたらしている。
Pedestrianisedは、効果が小さく、心地よさを提供するものの、単身世帯に対しては親しみやすさを向上させている。
<考察>
繁華街に位置しているにもかかわらず、現行のファサードは賑わいを感じさせない状態にあり、Active frontageが評価の低下を防ぎつつ、ワクワク感を高める効果に寄与していると考えられる。
大街区部分ではセットバックにより一定の歩行者空間が確保されているため、Pedestrianisedの効果は限定的である。
一方で、Greeneryは、歩行空間を過度に妨げることなく、現状の賑わいの少なさにも若干の改善をもたらす効果があり、効果的に機能していると思われる。
養巴町通り(Sクラス)

<アンケート結果>
Active frontageは、各デザインの中で最も効果的で、心地よさをもたらしている。
Greeneryは、Pedestrianisedよりも効果があるものの、それほど大きくはない。
Pedestrianisedは、全体のデザインの中で最も効果が少ない。
<考察>
賑やかさを感じさせるファサードが多いためか、現状において他の通りと比較してワクワクの評価が高い点が特徴的である。このことが、各デザインによって変動する感情がワクワク以外のものとなっていることに繋がっていると考えられる。
また、Active frontageが良好な感情の向上に効果を発揮している点も特徴である。これは、現状の幅員やファサードから感じられる賑わいと印象、およびその向上策としての道路側への滲み出しとの相性が良かったためと判断される。
一方で、Pedestrianisedもデザイン次第では賑わいの向上に寄与する可能性があるが、既存の印象との相関が重要と考えられ、今回はその効果が限定的であった(ワクワク感の低下や、うっとおしさを増加させる要因となった)。GreeneryについてもPedestrianisedと同様の影響が見受けられ、ワクワク感を低下させる要因となっていた。
赤坂826号線(Sクラス)

<アンケート結果>
Active frontageはワクワク感を提供している。
Greeneryは、各デザインの中で最も効果が低く、退屈さをわずかに軽減している。
Pedestrianisedは、Active frontageより効果がやや高く、主にワクワク感を提供し、40〜50代の夫婦世帯には心地よさを与える。
<考察>
繁華街に位置しているにもかかわらず、現行のファサードは賑わいを感じさせない状態にあり、Active frontageが評価の低下を防ぎつつ、ワクワク感を高める効果に寄与していると考えられる。
大街区部分ではセットバックにより一定の歩行者空間が確保されているため、Pedestrianisedの効果は限定的である。
一方で、Greeneryは、歩行空間を過度に妨げることなく、現状の賑わいの少なさにも若干の改善をもたらす効果があり、効果的に機能していると思われる。
結果と考察に関するまとめ
人の属性(年齢、性別、居住地等)による傾向として、年代や生活環境によって同じデザイン要素に対しても異なる感情反応があることが確認されました。
一方で特定のデザイン要素(例:緑を増やす)が必ずしも一律に特定の感情(例:心地よい)に結びつくわけではないことや、同じ空間サイズであってもどのデザイン要素がどの感情に作用するのかは場所によって異なることが確認されており、空間デザインと感情の間には単純な因果関係・共通性は見出せないという当初の想定とは異なる重要な発見もありました。これは、同じデザイン要素であっても空間固有の雰囲気や周辺環境との調和、細部の質によって喚起される感情の種類や強度が異なる可能性を示していると考えられます。
逆に、最も効率的な「そのまちならではの街づくり」というのは、画一的なデザインや他事例をそのまま転用していくことではなく、エリアの個性を読み解き、どのようなターゲットに対してアプローチしていくかを的確に捉えて実行すべきということがあらためて明確になりました。
提言
ポジティブな感情を引き出すデザインプロセス
本研究では、街路空間デザイン・都市情報(街路幅)と人の属性・感情との関連性を整理しました。この結果を踏まえ、感情および都市情報に基づいた「居心地の良い空間」や「ポジティブな感情を引き出す空間」の形成を目指したデザインプロセスを提案します。
具体的には、人流分析ダッシュボードから得られる「人の属性」や「街路の幅」をもとに、通りにおける感情を導き出し、感情をポジティブに変えるための街路空間デザインの提案につなげることが可能と考えています。そして、このデザイン・プロセスは、地域に開かれた連続空間の形成にもつながると考えています。

福岡2050への適応と提言
都市の主要な魅力ポイントを強化し、その弱点(課題)を軽減することは、2050年以降の福岡の持続可能な発展にとって重要です。本研究でのデザイン提案も、第9次福岡市基本計画(2024年)におけるいくつかの政策目標に貢献していると考えています。


課題と今後の展開
より詳細な都市情報と感情との関係性を探る
本研究では、都市情報を視覚化しながら、感情との関係性の検討を行いましたが、都市情報としては、SIZE:街路の幅に留まっています。
今後の研究では、SIZE:街路の幅以外の建物高さ、歩行者交通量、車交通量、緑視率、天空率、アクティブファサード率などのより詳細な都市情報と人々の感情の関係性を整理する必要があると考えています。
感情の測定方法のチェック
本研究では、写真を用いた質問紙によって、街路空間が感情に与える影響(印象)のアンケート調査を実施しました。しかし、感情の測定には様々な手法があります。
今後の研究では、アンケート調査(経済的)を基礎にするものの、まちを歩き、得られたバイタル情報から、感情を推定するウェアラブル端末調査と言った測定方法の動向もチェックしていく必要があると考えています。
より多様な街路空間デザインの検討
本研究では、街路空間のデザイン手法として、以下のパターンで検討を行いました。
Active Frontage :建物のファサードを活用し、歩行者とのインタラクションを促進するデザイン
Pedestrianised :車両の通行を制限し、歩行者専用の空間を創出するデザイン
Greenery :緑化を取り入れ、環境に配慮したデザイン
これらの手法は、特定の条件下で有効であるものの、街路空間の多様なニーズに対応するには限定的であると考えています。
今後の研究では、都市空間において人々が快適さを感じ滞留したくなる公共空間について、国内外の事例調査を踏まえながら、人の感情に影響を与える多様なデザインを探求する予定です。また、本研究でのデザイン手法が、環境面でどのような影響を与えるのか、熱環境、空気環境のシミュレーション等も合わせて解析できれば、都市空間において人々が快適さを感じる要素がさらに明確になるのではないかと考えています。さらなる深化を図り、共に実践する仲間づくりや、行政への提言などに繋がる研究となるよう、引き続き取り組んでいきます。
お問い合わせ
本要約記事では、研究の内容を抜粋してお届けしました。より詳細な情報をお求めの方は、下記のお問い合わせフォームより、お気軽にお問い合わせください。
後編では、研究参加者による座談会をお届けします。こちらもぜひご覧ください。
最後に、本記事の元となった報告書の目次をここに記載いたします。
EMOTIONAL URBAN DESIGN
NTT-USRI & PLP JOINT RESEARCH REPORT
目次
研究概要
研究の背景・目的
研究手法
研究プロセス
エリア設定
中規模都市“札仙広福” → 福岡市
博多・天神エリア
福岡市の基礎情報
天神の成り立ち
近年の動き 天神ビッグバン
まちの課題感と可能性
天神エリア〜大濠公園
調査・分析1 感情の設定
人の感情と活用
対象とする感情の設定(都市空間に対する6つの感情への絞り込み)
補足資料:人の感情に関する定義・既往研究
調査・分析2 フィールド調査・デスクトップ調査
フィールド調査・デスクトップ調査
デスクトップ調査によるエリアイメージの共有
フィールド調査で得られたエリアの特徴
幅員による街路の分類
エリア内での代表的な街路の抽出
空間構成要素へのデザインパターンの設定
研究対象とする都市空間要素の抽出 〜まとめ〜
調査・分析3 アンケート調査
アンケート調査
アンケート設計
アンケート実施概要
アンケート資料
補足資料:感情を測る手法
分析結果
アンケート集計の分析フロー
回答者の属性
通りごとの集計結果
渡辺通り(XL)
エル通り(L)
きらめき通り(M)
大名おほり通り(S)
養巴町通り(S)
赤坂826号線(S)
属性からの分析結果
居住地での特徴
福岡の訪問経験での特徴
年齢層での特徴
性別での特徴
世帯構成での特徴
感情変化からの分析結果
感情別の結果
各通り・各施策に対する感情の大きさ
各施策の累積による感情変化(ポジティブ)
各施策の累積による感情変化(ネガティブ)
各施策が感情に及ぼす影響度の比較
分析結果まとめ
考察
渡辺通り(XL)
エル通り(L)
きらめき通り(M)
大名おほり通り(S)
養巴町通り(S)
赤坂826号線(S)
EXISTING:人の属性から見た特徴的な感情
DESIGN:人の属性から見た特徴的な感情の変化
街路空間デザイン×都市情報×感情の関連性
提言
感情と都市情報からアプローチするデザイン提案
福岡2050への適応
福岡2050の政策と提言
課題と今後の展開
都市情報・感情の計測・街路空間デザイン
おわりに
