<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss xmlns:webfeeds="http://webfeeds.org/rss/1.0" xmlns:note="https://note.com" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom" xmlns:media="http://search.yahoo.com/mrss/" version="2.0">
  <channel>
    <title>うり</title>
    <description>50代、まだまだ子育て中。30年看護師として働いてます。最近、離婚と父の介護を経験し、人生の後半のあり方を日々考える毎日。看護師の経験から伝えたい事、家庭内や自分の事も発信しています。猫2匹に日々癒され、ヨガ、ピラティスで気持ちを整えています。SNSカウンセラー取得しました。
</description>
    <link>https://note.com/uribou1103</link>
    <atom:link rel="self" type="application/rss+xml" href="https://note.com/uribou1103/rss/"/>
    <copyright>うり</copyright>
    <webfeeds:icon>https://d2l930y2yx77uc.cloudfront.net/assets/default/default_note_logo_202212-f2394a9e5b60c49f48650eee13f6e75987c8c4f1cfa7555629a9697dc6015cd9.png</webfeeds:icon>
    <webfeeds:logo>https://d2l930y2yx77uc.cloudfront.net/assets/default/default_note_logo_202212-f2394a9e5b60c49f48650eee13f6e75987c8c4f1cfa7555629a9697dc6015cd9.png</webfeeds:logo>
    <webfeeds:accentColor>249F80</webfeeds:accentColor>
    <webfeeds:related layout="card" target="browser"/>
    <webfeeds:analytics id="UA-48687000-1" engine="GoogleAnalytics"/>
    <language>ja</language>
    <lastBuildDate>Mon, 13 Apr 2026 23:07:10 +0900</lastBuildDate>
    <item>
      <title>父の再入院から三週間ー確信した日ー</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/267020623/rectangle_large_type_2_011d1bc5e64db9182b7b04d01f63ae02.png?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<p name="A04DF042-945F-42F8-BFE1-79B2674D5D82" id="A04DF042-945F-42F8-BFE1-79B2674D5D82">父の面会後は、毎日父の様子が気がかりだった。<br><br>入院して三週間。<br>心不全や感染は落ち着いているようにみえるが、衰弱が激しく、意欲が見られない。<br><br>これでは食べることもできない。<br>回復は難しいことは、看護師の私はよくわかっていた。<br><br>医師から病状説明はないが、<br>理解している自分がいた。<br><br><br><br>5日ぶりに、母と面会に行く。<br>前回よりも、さらに気持ちがざわつく。<br><br>今日行ったら、少し元気になっていますように…。<br><br>そんなわずかな望みをもって、病室へ向かった。<br><br><br><br>酸素が外れていた父。<br>酸素飽和度は正常値だった。<br><br>ああ、心不全は改善しているんだ。<br><br><br><br>マスクが外れた父は、<br>声をかけると目を大きく開け、うなづいた。<br><br>時々、何か話そうとするかすれた声。<br>そして、首を横に振る。<br><br><br><br>でも、頬はかなりこけ、顔色もよくなかった。<br><br>拘束衣の上から触れた身体は、<br>肋骨がはっきりとわかり、<br>お腹はへこみ、手足は痩せ細っていた。<br><br><br><br>この時、私ははっきりと<br>父が長くないことを確信した。<br><br><br><br>点滴は、なかなか刺せなくなっているのだろう。<br><br>抑制を外そうとしたり、左手でベッド柵をつかみ、起き上がろうとする。<br>何か声をかけても、首を横に振る。<br><br>もういいよ。<br>自由になりたい。<br><br>そう言っているように感じた。<br><br><br><br>思い返せば、父はよく言っていた。<br><br>「ピンピンコロリがいい。延命処置はしない」と。<br><br><br><br>心原性脳塞栓になった7ヶ月前。<br>助からない状態だった父に、延命処置はしないと伝え、覚悟した。<br><br>それでも父は、命をつないだ。<br><br>少しでも動けるようにと、リハビリ病院へ転院した。<br><br><br><br>父は高次脳障害となり、<br>自分で判断することも、家族の記憶も失っていた。<br><br>それでも、わからないながらも言葉を発し、<br>たくさん話そうとしていた。<br><br>これが続けばいいと願った。<br>父とやりたいことが、まだたくさんあった。<br><br><br><br>でも、今思う。<br><br>父はもう元気にはなれない。<br>十分すぎるほど、頑張っている。<br><br>この辛さから、解放してあげたい。<br><br>その気持ちが、強くなっていた。<br><br><br><br>看護師さんに父の様子を聞くが、<br>「担当ではないので」と言われる。<br><br>今の時代、看護師の判断で病状を伝えることはできない。<br>トラブルになるからだ。<br><br>それは、よくわかっている。<br><br><br><br>一週間前の記録が部屋に貼ってあり、<br>ゼリーを少し食べたという記載以降は、何もなかった。<br><br>その日は土曜日で、主治医はいない。<br>話を聞けないことも、わかっていた。<br><br><br><br>看護師だからこそわかってしまう病院事情が、<br>自分の判断を邪魔する。<br><br>そこが、もどかしかった。<br><br><br><br>母も、父の変化を理解していた。<br><br>「お父さん、つらいね。点滴も痛いね。大丈夫だよ」<br><br>そう声をかけていた。<br><br><br><br>訪室した看護師さんが、血糖測定に来た。<br><br>父は、指を触られた瞬間、<br>こんなに大きな声が出るのかと思うほど<br><br>「嫌だー、痛いー」と叫んだ。<br><br><br><br>言葉が出ない父が、はっきりと。<br><br>私たちは、ただつらかった。<br><br>血糖なんて、もういい…。<br><br>そう思った。<br><br>でも、それを言っても、医師の指示である以上仕方がない。<br><br><br><br>それからの父は、つらい表情しか見せなかった。<br><br><br><br>次に来るのは、3日後の平日。<br>その時に主治医に伝えようと思った。<br><br>看取りの方向でいいことを。<br><br><br><br>帰り道、母にもう回復はないことを話した。<br>母も理解していた。<br><br>父が「痛い」と大きな声を出していたことが、<br>つらかったようだった。<br><br><br><br>なるべく穏やかに。<br><br>それからは、いつ病院から電話がかかってくるのか、<br>そればかりが気になる毎日だった。<br><br>お読みいただきありがとうございます。</p><figure embedded-content-key="emb8ad3546e6d67" embedded-service="external-article" data-src="https://note.com/uribou1103/m/m5bd91178364f" contenteditable="false" name="749FC4C9-1119-4C11-9F25-20810A0C26C2" id="749FC4C9-1119-4C11-9F25-20810A0C26C2">    <div class="fude-iframe-container">        <div class="fude-iframe-container-external-article">            <span><div class="external-article-widget">
<a href="https://note.com/uribou1103/m/m5bd91178364f" rel="" target="_blank"><strong class="external-article-widget-title">📘 父の突然の病と家族の記録｜うり｜note</strong><em class="external-article-widget-description">父の突然の病をきっかけに始まった、家族の記録です。 看護師であり、娘でもある私が見た現実、感じた葛藤、そして小さな希望。</em><em class="external-article-widget-url">note.com</em></a><a class="external-article-widget-image" href="https://note.com/uribou1103/m/m5bd91178364f" rel="" style="background-image: url('https://assets.st-note.com/production/uploads/ext/251249f210188fca45670e4df506f2446a676540e3b1f118f5769845e15b.jpeg?x-type=ogp');" target="_blank"></a>
</div></span>        </div>    </div></figure><br/><a href='https://note.com/uribou1103/n/n376be32b3b59'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/221844584/profile_a92f63c93ae3c7109454d7af10acfc06.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>うり</note:creatorName>
      <pubDate>Mon, 13 Apr 2026 08:57:24 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/uribou1103/n/n376be32b3b59</link>
      <guid>https://note.com/uribou1103/n/n376be32b3b59</guid>
    </item>
    <item>
      <title>父にまた来るね、と伝えた日</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/266359587/rectangle_large_type_2_ced8f0af1c8f4a5d0fdb8c42e1b8f382.jpg?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<p name="6D4470D2-7A7C-42F6-B379-4F5CDA426F4A" id="6D4470D2-7A7C-42F6-B379-4F5CDA426F4A">いつも父シリーズを読んでいただきありがとうございます。<br>この記事を書いていましたが、なかなか書き進めることができませんでした。<br>読んでくださっていたみなさまには、ご心配をおかけいたしました。<br><br>4月7日 23時56分、父は亡くなりました。<br>4月10日無事父を見送る事ができました。</p><p name="D9F281D1-4E19-43B3-95EF-C6CFFF960633" id="D9F281D1-4E19-43B3-95EF-C6CFFF960633">今、色々な思いが溢れています。<br>これからも、父のことを書いていきたいと思います。<br><br>⸻<br><br>5日ぶりに父に会いに行った。<br>母と一緒に、病室へ向かう道中、どんな状況なのかを考えると胸が苦しくなる。<br><br>部屋に入ると、父は変わらず酸素マスクをつけ、点滴をしている手にはいくつもの内出血。<br>そして、両手は抑制されている。<br><br>目を閉じ、呼吸は苦しそうだった。<br>それでも酸素は10Lから4Lに下がっていた。<br><br>声をかけると、父はゆっくり目を開けてくれた。<br>けれど力はなく、首を横に振る。<br>何かを伝えようとしているのに、声にならない。<br><br>入院してから食事がとれていない父は、明らかに衰弱していた。<br><br>心不全は少し良くなっているのだろう。<br>でも、以前のように戻るのは難しいかもしれない。<br><br>訪問看護師として、そして34年看護師をしてきた自分には、<br>この先の父の姿が、なんとなく想像できてしまう。<br><br>父の手を握りながら、声をかけた。<br><br>「苦しいね、頑張ってるね」<br>「大丈夫だよ、そばにいるよ」<br><br>小さく、細くなった父の手。<br>それでも、左手でしっかり握り返してくれた。<br><br>「また来るね」と伝えると、<br>目を閉じたまま、小さくうなずいた。<br><br>次に来られるのは、また一週間後。<br>そのとき、父はどうなっているのだろう。<br><br>母は週に2回、病院へ来ている。<br>そして、父の妹たちは、ほぼ毎日面会に来てくれている。<br><br>なかなか来られない私にとって、叔母達の存在は本当にありがたい。<br>兄妹の深い絆を感じる。<br><br>父は、高次脳障害になった9月からは叔母たちのこともわからない。<br>それでも叔母たちは、兄として父に話しかけ、触れ続けてくれる。<br><br>6人兄妹の長男だった父。<br>今は、2人の妹だけが残っている。<br><br>元気な頃は、頻繁に会っていたわけではない。<br>それでも今、何度も足を運んでくれている。<br><br>叔母さん、本当にありがとうございます。<br><br>そして母とともに思う。<br>もう、これ以上苦しんでほしくない。<br>もう十分に頑張ったよ。<br><br>次に来るときは、どうか少しでも楽になっていますように。</p><br/><a href='https://note.com/uribou1103/n/nb2d0a2579636'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/221844584/profile_a92f63c93ae3c7109454d7af10acfc06.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>うり</note:creatorName>
      <pubDate>Fri, 10 Apr 2026 18:30:21 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/uribou1103/n/nb2d0a2579636</link>
      <guid>https://note.com/uribou1103/n/nb2d0a2579636</guid>
    </item>
    <item>
      <title>父の再入院から二週間　——願うことは、ひとつだけ</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/262692918/rectangle_large_type_2_81a1eed2a349ca0c3c22b793caaa9b81.png?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<p name="016B32CC-BC75-459D-8355-404881DB1B7A" id="016B32CC-BC75-459D-8355-404881DB1B7A">父が再入院してから、二週間が経った。<br>父の容態は、低空飛行が続いている。<br><br>慢性心不全の急性増悪と、何らかの感染症。<br>特養から救急搬送され、そのまま入院となった。<br><br>週末は気がかりで、何度も面会に通った。<br>酸素マスクをつけ、喘ぐような呼吸。<br>熱い体、朦朧とした意識。<br>日に日に、衰弱していくのがわかる。<br><br>酸素も、はじめは4Lだったが、3日目には10Lに上がっていた。<br><br>なかなか厳しい状況の中、<br>入院して5日目、主治医から病状説明の連絡があった。<br><br>心不全の治療を続けているが、肺のうっ血はなかなか改善しない。<br>さらに強い利尿をかけている状態。<br><br>炎症の原因も、肺炎の可能性はあるものの、<br>肺うっ血の影響で特定が難しい。<br>抗生剤を使用しているが、CRPは13から12へと、わずかな改善にとどまっている。<br><br>他の原因も調べているが、<br>改善には時間がかかる、もしくは悪化する可能性もあるとのことだった。<br><br>——予測していた言葉だった。<br><br>施設から「延命処置はしない」と伝わっているため、その確認もあった。<br><br>「延命処置はしないでいいです」と答える。<br><br>何度、この返事をしてきただろう。<br>何度伝えても、そのたびに胸がざわつく。<br><br>点滴や酸素を外してしまうため、<br>手の抑制や拘束衣も使われている。<br><br>血圧が下がった場合、昇圧剤を使うかと聞かれ、<br>それも使用しなくていいと答えた。<br><br>酸素がさらに必要になった場合、<br>NPPV（非侵襲的陽圧換気）まではどうするかと説明を受けた。<br><br>「本人が楽になる可能性がある」と言われ、<br>それで楽になるなら、とお願いした。<br><br>ここ数日、父の様子を見てきて思う。<br><br>昨年8月、心原性脳塞栓で倒れた父。<br>あのときは命の危機に直面し、<br>「もう助からないかもしれない」と覚悟した。<br><br>でも今の気持ちは、あの時とは少し違う。<br><br>命を繋いでもらった父は、<br>高次脳機能障害が残り、<br>自分のことも、家族のことも理解できなくなった。<br><br>父は、何を目標にして<br>あのつらいリハビリを頑張っていたのだろう。<br><br>家に帰りたいという認識も、<br>家族と暮らしたいという希望も、<br>自分のために、という気持ちも——<br>私たちにはわからなかった。<br><br>それでも2ヶ月半、懸命にリハビリを続け、<br>できることが少しずつ増えていった。<br><br>やっと穏やかな生活が始まるはずだった。<br><br>それが、わずか三週間で<br>また振り出しに戻ってしまった。<br><br>そう思うと、<br>「これ以上頑張って」とは、とても言えない。<br><br>自分だったらどうだろう。<br>これ以上、どう頑張ればいいのか。<br>頑張って、その先に何があるのか。<br><br>「もういいよ…」<br>そう思ってしまう気がする。<br><br>苦しそうな父に、<br>「頑張って」とは言えない。<br><br>声をかけると、<br>言葉にはならないけれど、<br>何かを伝えようとしている。<br><br>私には——<br>「もういい」と言っているように感じてしまう。<br><br>だから私は、<br>「お父さん、頑張ってるね」<br>「早く楽になるといいね」<br>としか言えない。<br><br>“楽になる”という言葉には、<br>自分の中でいくつもの意味が重なっている。<br><br>はじめて倒れた時とは違う、この感情。<br>特養に入所し、少し安堵したあの時の気持ち。<br><br>桜を見に散歩しよう。<br>一緒にうなぎを食べに行こう。<br>そんなことを思っていた。<br><br>でも今、それは叶わなくなっている。<br><br>満開の桜が嬉しい季節。<br>今年は、その美しさの中に、<br>嬉しさとつらさが入り混じっている。<br><br>父が、穏やかでいられることを——<br>ただ、それだけを願っている。<br><br>今日は、5日ぶりに父に会いにいく。<br>静かに手を握り、<br>「大丈夫だよ」と声をかけようと思う。<br><br>いつも、読んでいただきありがとうございます。<br></p><figure embedded-content-key="emb28c5d6dcc1c4" embedded-service="external-article" data-src="https://note.com/uribou1103/m/m5bd91178364f" contenteditable="false" name="59953669-63AE-487F-99D1-EB612892D943" id="59953669-63AE-487F-99D1-EB612892D943">    <div class="fude-iframe-container">        <div class="fude-iframe-container-external-article">            <span><div class="external-article-widget">
<a href="https://note.com/uribou1103/m/m5bd91178364f" rel="" target="_blank"><strong class="external-article-widget-title">📘 父の突然の病と家族の記録｜うり｜note</strong><em class="external-article-widget-description">父の突然の病をきっかけに始まった、家族の記録です。 看護師であり、娘でもある私が見た現実、感じた葛藤、そして小さな希望。</em><em class="external-article-widget-url">note.com</em></a><a class="external-article-widget-image" href="https://note.com/uribou1103/m/m5bd91178364f" rel="" style="background-image: url('https://assets.st-note.com/production/uploads/images/229913989/c7b32a8a4f737fdc62079efe392ab0bd.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;height=1024&amp;quality=85&amp;width=1024');" target="_blank"></a>
</div></span>        </div>    </div></figure><br/><a href='https://note.com/uribou1103/n/nb7a0ae08a7b5'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/221844584/profile_a92f63c93ae3c7109454d7af10acfc06.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>うり</note:creatorName>
      <pubDate>Sat, 28 Mar 2026 09:07:32 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/uribou1103/n/nb7a0ae08a7b5</link>
      <guid>https://note.com/uribou1103/n/nb7a0ae08a7b5</guid>
    </item>
    <item>
      <title>父の再入院― もし、もっと早く会いに行っていたら ―</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/259915663/rectangle_large_type_2_6a0d1a50cce0d018799db13d50605d62.jpg?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<p name="F9A23B9D-CD9A-4EDC-9958-2CAF5A286F3C" id="F9A23B9D-CD9A-4EDC-9958-2CAF5A286F3C">特養に入り、これでひと段落。<br>どこかで、ほっとしている自分がいた。<br><br>仕事でなかなか面会に行けず、<br>「明日こそ行こう」<br>入所して3週間。<br>そう思っていた、矢先のことだった。<br><br>仕事中、母からの電話。<br>母からの電話は、いつも胸がざわつく。<br><br>「朝、お風呂に行こうとしたら熱があって…<br>呼吸も苦しそうで、酸素が低いから救急搬送になるって」<br><br>午前中の訪問をあと1件終えて、急いで病院へ向かった。<br><br>そこは、6年前に自分が働いていた市民病院。<br>車を走らせながら、私は考えていた。<br><br>――たぶん、心不全。<br><br>看護師としての私は、冷静に状態を組み立てていく。<br>でもその横で、娘としての私は、ただ祈るしかなかった。<br><br>救急外来に入ると、見知ったスタッフの顔。<br>少しだけ、気持ちが緩む。<br><br>そして、そこにいたのは<br>酸素マスクをつけ、意識が朦朧としている父だった。<br><br>8月末、心原性脳塞栓で倒れたあの日と重なる。<br><br>あんなにリハビリを頑張って、元気になってきたのに。<br><br>「心不全と、何らかの感染があります」<br>医師の言葉は、想像していた通りだった。<br><br>CRPは13。正常は0.3以下。<br>数値を見た瞬間、頭の中で重症度を測ってしまう。<br><br>酸素6L、SpO₂ 93％。<br>呼吸は荒い。<br><br>――よくない。<br><br>そう判断してしまう自分がいる。<br><br>でも同時に、<br>「大丈夫であってほしい」と思う自分もいる。<br><br>もともと父は、心房細動からの脳塞栓。<br>心臓の根本治療はしていない。<br><br>心不全になるリスクは、ずっとあった。<br><br>施設では、朝まで変わりなかったという。<br>でも、右足の強い浮腫。<br><br>看護師として見れば、兆候はあったはずだと思ってしまう。<br><br>特養では、常に看護師がいるわけではない。<br>それは理解している。<br><br>理解しているのに――<br><br>「もっと早く気づけたんじゃないか」<br>そんな思いが、どうしてもよぎる。<br>仕方ない、仕方ない施設はそういうとこだと自分にいい聞かせる。<br><br>そして、それは施設に対してだけじゃない。<br><br>「私が、もっと早く会いに行っていたら」<br><br>そんなふうに、自分にも向いてくる。<br><br>父の手を握る。<br><br>「お父さん、また苦しいね」<br><br>そう声をかけながら、<br>頭の中では、これからの経過や予後を考えている。<br><br>娘として寄り添いたいのに、<br>看護師として先を読んでしまう。<br><br>どちらにも、なりきれない。<br><br>病棟に上がり、主治医の説明を待つ。<br><br>現れたのは、かつて一緒に働いていた医師だった。<br><br>「慢性心不全の急性増悪と感染。<br>心不全治療と抗生剤でみていきます」<br><br>簡潔な説明。<br><br>――それだけ？<br><br>延命治療の話なないんだ。<br>今は、治療をする段階だからなのか。<br><br>でも同時に、頭のどこかで考えている。<br><br>今回、乗り越えられるのか。<br>もし回復しても、食事はどうなるのか。<br>また、胃ろうの話になるのか。<br>寝たきりになってしまうかもしれない。<br><br>ここまで、少しずつ前に進んできたのに。<br><br>一気に、振り出しに戻されたような感覚。<br><br>お父さん、あんなに頑張ったのに。<br><br>その「頑張り」を支えてきたつもりだった。<br>でも――<br><br>ここまで頑張らせてきたことは、<br>本当に父にとって良かったのだろうか。<br>苦しんでいる父をみると、娘として辛い。<br><br>看護師として考える「最善」と、<br>娘として願う「穏やかさ」が、ずれていく。<br><br>その間で、私は揺れている。</p><figure embedded-content-key="embb3a81cae7401" embedded-service="external-article" data-src="https://note.com/uribou1103/m/m5bd91178364f" contenteditable="false" name="DD7803AC-6A6E-4B85-A942-CAE1316EC794" id="DD7803AC-6A6E-4B85-A942-CAE1316EC794">    <div class="fude-iframe-container">        <div class="fude-iframe-container-external-article">            <span><div class="external-article-widget">
<a href="https://note.com/uribou1103/m/m5bd91178364f" rel="" target="_blank"><strong class="external-article-widget-title">📘 父の突然の病と家族の記録｜うり｜note</strong><em class="external-article-widget-description">父の突然の病をきっかけに始まった、家族の記録です。 看護師であり、娘でもある私が見た現実、感じた葛藤、そして小さな希望。</em><em class="external-article-widget-url">note.com</em></a><a class="external-article-widget-image" href="https://note.com/uribou1103/m/m5bd91178364f" rel="" style="background-image: url('https://assets.st-note.com/production/uploads/ext/a2f895ab0f1a4b1c05144a75a1f369926b893f43ae73dc72cd1357f036f6.jpeg?x-type=ogp');" target="_blank"></a>
</div></span>        </div>    </div></figure><br/><a href='https://note.com/uribou1103/n/n2b4323b7e978'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/221844584/profile_a92f63c93ae3c7109454d7af10acfc06.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>うり</note:creatorName>
      <pubDate>Tue, 17 Mar 2026 21:41:15 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/uribou1103/n/n2b4323b7e978</link>
      <guid>https://note.com/uribou1103/n/n2b4323b7e978</guid>
    </item>
    <item>
      <title>吹奏楽部。もしかして金属アレルギー？</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/259106469/rectangle_large_type_2_3bac38c11aa9552344e31d40af7d99ba.png?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<p name="5A7248B9-E744-4CD9-BDE7-E9262246F01C" id="5A7248B9-E744-4CD9-BDE7-E9262246F01C">中学2年の末っ娘は、吹奏楽部でホルンをやっている。<br>でも本人いわく、<br><br>「吹奏楽、そんなに好きじゃない。」<br><br>最近は学校の部活が縮小されて、かわりにクラブチームで活動する流れになっている。<br>娘の学校も同じで、吹奏楽部の顧問が市内のクラブチームを立ち上げている。<br><br>娘はよく言う。<br>「だって先生、金管好きじゃないんだもん。<br>木管ばっかり可愛がってる。モラハラなんだから。」<br><br>そんなある日、顧問の先生から電話がかかってきた。<br><br>「練習中に唇と手足が腫れてきまして…。<br>心配なので帰らせます。」<br><br>え？<br><br>今までそんなこと一度もなかったのに。<br><br>もしかして——<br>金属アレルギー？<br><br>調べてみると、吹奏楽の金管楽器で金属アレルギーが出る人はいるらしい。<br>プロでも金属以外のマウスピースに替えて演奏している人もいるとか。<br><br>そういえば学校の楽器はかなり年季が入っている。<br>マウスピースの金属も、少し剥がれている。<br><br>急に発症したのだろうか。</p><p name="B50B016E-9CBA-428C-BBC0-4DDEEB043075" id="B50B016E-9CBA-428C-BBC0-4DDEEB043075">——————</p><br/><a href='https://note.com/uribou1103/n/nb0ffc2e04ee3'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/221844584/profile_a92f63c93ae3c7109454d7af10acfc06.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>うり</note:creatorName>
      <pubDate>Sat, 14 Mar 2026 21:12:17 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/uribou1103/n/nb0ffc2e04ee3</link>
      <guid>https://note.com/uribou1103/n/nb0ffc2e04ee3</guid>
    </item>
    <item>
      <title>父の入所の日ー 新しい生活のはじまり</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/258690383/rectangle_large_type_2_940f6d9b47131693d24f8aec3872a8c4.jpg?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<p name="6D4DE584-7BF0-46AB-9EFB-27248BC11673" id="6D4DE584-7BF0-46AB-9EFB-27248BC11673">2月中旬。<br>リハビリ病院の退院と、特別養護老人ホームへの入所日が決まり、<br>いよいよ退院の日を迎えた。<br><br>その日、私は緊急電話の当番で、昼も夜も仕事を抜けることができなかった。<br><br>そのことを施設に伝えると、<br><br>「大丈夫ですよ。退院の対応はこちらでしますから」<br><br>そう言ってくださった。<br><br>そんなふうに対応していただけるとは思っていなかった。<br>本当にありがたかった。<br><br>退院当日に行けないため、事前に病院へ挨拶に行った。<br><br>「2ヶ月半、本当にありがとうございました。<br>2ヶ月前は寝たきりで覇気もなかった父が、ここまで動けるようになり、<br>自分で食事もできるようになりました。<br>それはスタッフのみなさんのおかげです。」<br><br>そう伝えると、スタッフの方が<br><br>「お父さまも、ご家族もよく頑張りましたね」<br><br>と言ってくださった。<br><br>その言葉を聞いた瞬間、<br>今までのことが一気に思い出され、自然と涙があふれてきた。<br><br>やっと、ここまで来た。<br><br>⸻<br><br>そして退院の日。<br><br>仕事をしていても、なんとなく落ち着かない。<br><br>今ごろ退院したかな。<br>もう施設に着いたかな。<br><br>そんなことを、何度も考えていた。<br><br>夕方、施設からメールが届いた。<br><br>「無事に入所されました。」<br><br>すぐにでも会いに行きたい。<br>でも行けない、そのもどかしさ。<br><br>急に環境が変わり、父が混乱していないか心配だった。<br>父はきっと、よく理解しないままここへ来たのだから。<br><br>でも、もうお任せするしかない。<br><br>どうか、穏やかに過ごせますように。<br>そう祈るばかりだった。<br><br>⸻<br><br>私と母が施設に向かったのは、<br>3日後の土曜日。<br><br>テレビやタンスなどの荷物を車に積み、施設へ向かった。<br><br>相談員さんが手伝ってくださり、一緒に部屋へ運ぶ。<br><br>父のいるユニットへ行くと、<br>デイルームに車椅子で座っている父がいた。<br><br>少し、けげんそうな顔。<br><br>声をかけると、<br><br>「おっ」<br><br>と、穏やかな表情になった。<br><br>父が私や母を家族だと認識しているのかは、<br>正直よくわからない。<br><br>「娘だよ」<br><br>そう言うと、笑いながら首をかしげる。<br><br>でも、病院でも施設でも、よく言われる。<br><br>「ご家族が来ると、表情が変わりますね」<br><br>よくわかる顔。<br>大切な人。<br><br>そういう感覚は、残っているのかもしれない。<br><br>それだけで、十分だと思った。<br><br>⸻<br><br>父の部屋で荷物を整理する。<br><br>母は、家から写真立てをいくつか持ってきていた。<br>家族や孫、そして昔かわいがっていた犬の写真。<br><br>「ほら、これ」<br><br>母が父に見せる。<br><br>父は写真立てを手に取り、<br>じっと見つめていた。<br><br>そして母に、何か話しかけている。<br><br>父は、どんな気持ちで見ているのだろう。<br><br>その時間は、<br>久しぶりに家で父と過ごしているような、<br>そんな気持ちになった。<br><br>ここで、穏やかに暮らしていけたらいいな。<br><br>⸻<br><br>ユニットのみなさんにも挨拶をする。<br><br>とてもアットホームな雰囲気で、<br>少しほっとした。<br><br>私の家からは、以前より遠くなった。<br>でも面会の制限はあまりない。<br><br>できるだけ会いに来よう。<br><br>桜の季節になったら、<br>車椅子で散歩をして、<br>そのまま実家まで行ってみようか。<br><br>家を見たら、父はどんな反応をするだろう。<br><br>そして、<br>大好きなうなぎを一緒に食べられるかな。<br><br>去年の6月、父の日。<br>母と3人でうなぎを食べに行った。<br><br>父が食べたかった肝焼きは売り切れで、<br><br>「また今度食べよう」<br><br>と話していた。<br><br>一緒に食べられるかな。<br><br>⸻<br><br>いろいろな気持ちが重なった日だった。<br><br>父の、新しい生活が始まった。<br>そして、<br>私たち家族にとっても、<br>新しい時間が始まったのだと思う。</p><p name="457B3513-04D6-4C1E-9525-E5AC8C5C9494" id="457B3513-04D6-4C1E-9525-E5AC8C5C9494">できるだけ会いに来よう。<br><br>何気ない時間を、<br>また少しずつ積み重ねていけたらいい。</p><br/><a href='https://note.com/uribou1103/n/n39d088f65ca1'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/221844584/profile_a92f63c93ae3c7109454d7af10acfc06.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>うり</note:creatorName>
      <pubDate>Fri, 13 Mar 2026 08:25:38 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/uribou1103/n/n39d088f65ca1</link>
      <guid>https://note.com/uribou1103/n/n39d088f65ca1</guid>
    </item>
    <item>
      <title>看護師という仕事に、私は救われてきた話</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/257232849/rectangle_large_type_2_3def01d9a15676d1ad183f7c05c99c1e.png?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<p name="D24E6646-2597-4FA4-9E02-F641FCBF56F4" id="D24E6646-2597-4FA4-9E02-F641FCBF56F4">私は看護師になって34年になります。<br><br>この仕事は、私の人生を何度も支えてくれました。<br><br>看護師の仕事は、決して楽ではありません。<br>体力的にも精神的にも大変です。<br>４人の子育て中は、途中でパートに切り替えていましたが、訪問看護師になってからは、また正規で働いています。<br><br>緊急電話当番で、夜中に何度も連絡があり<br>緊急訪問することもあります。<br>55歳の体にはかなりこたえます…<br>「もっと楽な仕事がしたいな」と思ったことも、正直何度もあります。</p><p name="5D91317B-CD30-49D1-9821-EF79D3A63E07" id="5D91317B-CD30-49D1-9821-EF79D3A63E07">実は一度だけ、看護師を離れたことがあります。<br>元夫の会社を手伝った一年間です。</p><br/><a href='https://note.com/uribou1103/n/ndb795de147a7'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/221844584/profile_a92f63c93ae3c7109454d7af10acfc06.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>うり</note:creatorName>
      <pubDate>Sat, 07 Mar 2026 16:25:44 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/uribou1103/n/ndb795de147a7</link>
      <guid>https://note.com/uribou1103/n/ndb795de147a7</guid>
    </item>
    <item>
      <title>組長をやり切った日、私はやっと泣けた</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/255530053/rectangle_large_type_2_d3478eefc1f99c556587c312f3655890.png?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<p name="2518F777-CE71-4545-985A-33DCD1467BA5" id="2518F777-CE71-4545-985A-33DCD1467BA5">私は今年、町内の組長だった。<br>そして今日、その役目を終えた。<br>……と言っても、まだ引き継ぎはあるけれど。<br><br>この地に引っ越して20年。<br>前回やったのは、引っ越して3年目。<br>組は20世帯ほど。<br>ちょうど2周目がまわってきた。<br><br>昨年、順番が回ってきたとき、<br>まさかこんな1年になるとは思っていなかった。<br><br>末っ娘が受験生になる前の今の方がいいかな。<br>そのくらいの気持ちだった。<br><br>3月の引き継ぎ会は、元夫が出席した。<br>2人で分担してやるつもりだった。<br><br>でも4月中旬、<br>夫は突然家を出ていった。<br><br>自己破産のためだった。<br>……いや、それ以前に夫婦関係は破綻し、<br>なるべくしてそうなった。<br><br>それでも私にとっては急だった。<br><br>「また家族に戻れるかもしれない」<br><br>どこかで、そんな都合のいい解釈をしていた。<br><br>5月のはじめ。<br>「このまま別々に生きていこう」と言われた。<br><br>急ではない。<br>でも、心が追いついていなかった。<br><br>⸻<br><br>組長。<br><br>1人で1年間やり切れるだろうか。<br><br>毎月の組長会。<br>行事。<br>地域のパトロール。<br><br>近所には、離婚したことは話していない。<br>世帯主はまだ元夫のまま。<br><br>向かいの老夫婦に<br>「お父さん元気？最近見ないけど」と聞かれれば、<br><br>「長期出張で」と答えている。<br><br>組長会の名札も、元夫の名前。<br><br>会に出るたびに、<br>離婚した現実が胸にのしかかった。<br><br>ほとんどが旦那さんの出席。<br>出られないときは奥さん。<br><br>私は、いつも1人だった。<br><br>それでも、<br>「絶対にやり切る」と決めた。<br><br>意地だったのかもしれない。<br><br>でも、全部出た。<br>全部やった。<br><br>⸻<br><br>今日、任務が終わった。<br><br>組長手当をいただき、<br>会長から「ご苦労さま」と言われた。<br><br>ああ、終わった。<br><br>やり切った。<br><br>最後のパトロールで、<br>70代の男性に言われた。<br><br>「お父さんは忙しいんだね」<br><br>一度も顔を出していないのだから、そう思うよね。<br><br>「なかなか出席できなくて、私ばかりでした」<br><br>やっぱり、そう答えた。<br><br>少しだけ、後ろめたい気持ち。<br><br>⸻<br><br>私のプライドが高いのかな。<br><br>熟女の会では笑って話せたのに、<br>まだ地域では言えない。<br><br>1年前、こんな未来は想像していなかった。<br><br>もうすぐ1年経とうとしている。<br><br>色々な感情があふれて、<br>自然に涙が出た。</p><p name="D201BBCC-1C1A-4C37-BB03-0A1DEBF5B166" id="D201BBCC-1C1A-4C37-BB03-0A1DEBF5B166">やっぱりまだ揺れている。<br>普段の生活は落ち着いているし、気持ちも前より安定している。<br><br>それでも、まだ時間は必要なんだな。<br><br>これからも<br>揺れる気持ちを押し込めず、<br>なかったことにせず、<br>ちゃんと認めながら進んでいこう。<br><br>1年間、よくやった。<br>本当に、よくやった。<br>まず自分を褒めてあげよう。<br><br>その日、私はやっと泣けた。<br>どんな涙なのかは自分でもわからないが…<br><br>今の気持ちを書いてみました。<br>読んでいただきありがとうございます😊</p><br/><a href='https://note.com/uribou1103/n/n3fb6ec1842e8'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/221844584/profile_a92f63c93ae3c7109454d7af10acfc06.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>うり</note:creatorName>
      <pubDate>Sun, 01 Mar 2026 10:20:46 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/uribou1103/n/n3fb6ec1842e8</link>
      <guid>https://note.com/uribou1103/n/n3fb6ec1842e8</guid>
    </item>
    <item>
      <title> 2時間半の説明と、何枚もの同意書</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/255327410/rectangle_large_type_2_63ee29364ef91d4f21b34568fd107e5f.jpg?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<p name="4383D58E-4648-4033-9602-B413E5594FB8" id="4383D58E-4648-4033-9602-B413E5594FB8">父の退院と施設入所日が決まり、<br>病院と施設からそれぞれ連絡があった。<br><br>まずは、入所の申し込み手続きに来てくださいと施設から言われ、<br>母とふたりで向かった。<br><br>パンフレットに沿った施設の説明。<br>面会時間、持ち物、生活の流れ。<br><br>そして費用の説明。<br><br>加算について一つひとつ説明があり、<br>それだけで約2万円。<br><br>介護保険の負担は1割。<br>要介護5で約29,000円。<br><br>部屋代 2,000円 × 30日。<br>食費 1,450円 × 30日。<br>日用品費、10000円<br><br>合計、およそ月16万円。<br><br>数字で聞くと、現実味が増す。<br><br>相談員さんから<br>両親は弟の扶養に入っているため課税世帯。<br>もし世帯分離をすれば、条件によっては減額対象になる可能性があり、<br>月に3万5千円ほど安くなるかもしれないという説明もあった。<br><br>その代わり、メリットもあればデメリットもある。<br>それには、市役所で世帯分離、減額申請が必要。<br><br>一つひとつが、決断。<br>でも、母の負担が減るのならと考える。<br><br>そして同意書だ。<br><br>延命治療の希望。<br>搬送先の病院。<br>どこで看取るか。<br>写真掲載の可否。<br>色々な同意書が次々に出される。<br><br>看護師の私は、必要性は理解している。<br>いまは何でも同意書を取らねばならない。<br>でも母は、説明を聞きながらどんどん疲れていき、<br>「もう、全部あなたがサインして」と言い出すほどだった。<br><br>最後に、入居するユニットと部屋を確認。<br><br>気づけば、2時間半が過ぎていた。<br><br>さすがに、母も私もぐったりだった。<br>色んな説明があるが、どこまで母は理解しているだろう。<br>高齢になればなるほど、わからないままサインしている人もいるだろうとつくづく感じた。<br><br>これでひと段落という安堵と、<br>ここまで来るのにかかった時間と迷いを、ふと振り返る。<br><br>私は訪問看護師として、<br>在宅生活が難しくなり施設へ入る方を何人も見てきた。<br><br>「自宅で無理なら、施設のほうが安心ではないか」<br><br>そう、どこかで客観的に思っていた。<br><br>でも実際に当事者になるとわかる。<br><br>費用のこと。<br>制度のこと。<br>手続きのこと。<br>家族の気持ち。<br><br>入りたくても入れない人がいる理由が、<br>今さらながら胸に落ちた。<br><br>これで終わったわけではない。<br><br>きっと、これからも迷う。<br><br>その都度、揺れながら、<br>その時の最善を選んでいくしかないのだと思う。<br>家族としての経験が、看護師としての私の学びになった。</p><p name="4EEC68B1-44A8-46FF-BC82-BF2C56ECD531" id="4EEC68B1-44A8-46FF-BC82-BF2C56ECD531">今回も父シリーズをお読みいただきありがとうございました♪<br></p><br/><a href='https://note.com/uribou1103/n/n4dabc5609981'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/221844584/profile_a92f63c93ae3c7109454d7af10acfc06.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>うり</note:creatorName>
      <pubDate>Sat, 28 Feb 2026 16:25:32 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/uribou1103/n/n4dabc5609981</link>
      <guid>https://note.com/uribou1103/n/n4dabc5609981</guid>
    </item>
    <item>
      <title>フォロワーさま1000人ありがとうございます♪</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/253669119/rectangle_large_type_2_0c16e850e7875f96ed64216e6567ee4e.png?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<p name="33F8BBA2-F0A2-4514-B02E-9F8DB611E87B" id="33F8BBA2-F0A2-4514-B02E-9F8DB611E87B">気づいたら、フォロワーさんが1000人をこえていました。<br>数ではないと思いながらも、それだけ読んでいただき、共感していただけたのだと思うと、やっぱり嬉しいです☺️<br><br>でも、この数字を見るたびに、少し不思議な気持ちになります。</p><p name="86B9D3A3-FADE-458E-9224-91836D67ABCE" id="86B9D3A3-FADE-458E-9224-91836D67ABCE">特別なことを書いてきたわけでもなく、<br>上手な文章でもなく、<br>ただ、そのときの私を、正直に置いてきただけ。<br><br>父のこと。<br>子どもたちのこと。<br>50代の揺れる気持ち。<br><br>それを読んでくださる方が、こんなにもいるなんて。<br><br>静かに読んでくださっている方へ。<br>スキやコメントで背中を押してくださった方へ。<br><br>本当にありがとうございます。<br><br>1000は通過点。<br><br>これからも、<br>派手ではないけれど、<br>自分に嘘をつかない文章を、続けていきたいと思います。<br><br>どうぞ、これからもよろしくお願いします。<br></p><br/><a href='https://note.com/uribou1103/n/n13479208853e'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/221844584/profile_a92f63c93ae3c7109454d7af10acfc06.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>うり</note:creatorName>
      <pubDate>Sun, 22 Feb 2026 12:45:32 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/uribou1103/n/n13479208853e</link>
      <guid>https://note.com/uribou1103/n/n13479208853e</guid>
    </item>
    <item>
      <title>ご飯のおかずになる？ならない？〜母のつぶやきシリーズ〜</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/253368008/rectangle_large_type_2_bb9a096c909730e625cbb8481c3a6f3e.png?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<p name="92528409-C756-4318-A1E9-6B54BB17691C" id="92528409-C756-4318-A1E9-6B54BB17691C">たまに出る、我が家の話。<br><br>晩ごはんの献立を毎日考えるのは、<br>主婦歴26年でも、やっぱり大変だ。<br><br>SNSを開けば、<br>美しく整列した小鉢たち。<br>副菜も汁物も、完璧な彩り。<br><br>……え、何時から仕込んでるの？<br>これを毎日？<br><br>私はいま、<br>冷蔵庫の前で5分、固まってましたけど。<br><br>⸻<br><br>そして、ときどき始まる<br>我が家の会話。<br><br>本日の議題。<br><br><b>・シチュー<br>・おでん<br>・餃子<br>・焼きそば</b><br><br>テーマはひとつ。<br><br><b>「それは白ご飯のおかずになるのか。」</b><br><br>また出た、この問題。<br><br>⸻<br></p><h3 name="99E26CAE-AF36-49FD-9B16-0D1EF9CCF2CD" id="99E26CAE-AF36-49FD-9B16-0D1EF9CCF2CD">シチュー問題</h3><br/><a href='https://note.com/uribou1103/n/n24fda5e92a98'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/221844584/profile_a92f63c93ae3c7109454d7af10acfc06.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>うり</note:creatorName>
      <pubDate>Sat, 21 Feb 2026 09:06:37 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/uribou1103/n/n24fda5e92a98</link>
      <guid>https://note.com/uribou1103/n/n24fda5e92a98</guid>
    </item>
    <item>
      <title>父の居場所が決まった日</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/251855019/rectangle_large_type_2_23ddd8ca351e279cfcd7b37490dc6745.png?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<p name="F759928D-A33A-4649-83F9-50E42356824F" id="F759928D-A33A-4649-83F9-50E42356824F">その日は、急にやってきた。<br><br>父の施設が決まった。<br>まだまだ先になると思っていた。<br><br>申し込みをしていた特別養護老人ホームの相談員さんから電話があった。<br>実家から近く、温かみがあって、<br>一番父に合っているのではないかと思っていた施設だ。<br><br>「お部屋が空きました。<br>前向きに受け入れを考えています。」<br><br>1ヶ月ほど前に申し込み、<br>1年待ちを覚悟していた。<br>老健を経なければ難しいとも聞いていた。<br>まだまだ先が見えない状況だった。<br><br>思いがけない連絡に、ただ驚いた。<br><br>⸻<br><br>リハビリ病院とその施設は同じグループだ。<br><br>翌日、病院の相談員さんからも連絡があった。<br>思わず私は聞いてしまった。<br><br>「父がご迷惑をかけていて、<br>受け入れ先に困っていたから、早く入れたのでしょうか。」<br><br>まだ待っている人がいただろうなと、看護師の私は考えてしまう。<br><br>「タイミングだと思いますよ。<br>ご家族が早く動かれ、私の名前も伝えてくださっていたので、<br>話がスムーズだったのだと思います。」<br><br>優しい言葉だった。<br><br>それでも私は、<br>もしかしたら順番というより、<br>いろいろな事情が重なったのかもしれない、と感じている。<br><br>理由はどうであれ――<br><br>父があちこちを転々とせずに済む。<br>家族も落ち着ける。<br><br>そのことに、まず安堵した。<br><br>⸻<br><br>高次脳機能障害で、<br>声を出したり、意思疎通が難しい父。<br>介護拒否もある。<br><br>けれど最近は、内服調整で、<br>眠りすぎることなく、<br>少しずつ精神的に落ち着いてきた。<br>それだけでも、安心できる。<br><br>数日後、正式に受け入れの連絡があった。<br><br>退院と入所は1週間後。<br><br>あまりの早さに、<br>気持ちが少し置いていかれるようだった。<br><br>⸻<br><br>父が倒れて6ヶ月。<br><br>急性期3ヶ月。<br>回復期3ヶ月。<br><br>心原性脳塞栓で、命に関わる状態だった。<br><br>延命治療はしないという父の希望。<br>食べられるかわからず<br>胃ろうは作らないと決めた日。<br>鼻から管を入れて栄養を入れることも父の意思に反するかと迷ったこと。<br>これでよかったのかと迷い、何度も考えた。<br>結果的に、食べられるようになった父。<br><br>リハビリ病院での選択は最善だったのか。<br>父は本当に納得しているのかと思ったこと。</p><p name="922A3C78-B521-4B52-9F4B-18FA2697897E" id="922A3C78-B521-4B52-9F4B-18FA2697897E">父の頑張り、リハビリ病院のスタッフのサポート。</p><br/><a href='https://note.com/uribou1103/n/n3b95c6dd23d9'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/221844584/profile_a92f63c93ae3c7109454d7af10acfc06.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>うり</note:creatorName>
      <pubDate>Sun, 15 Feb 2026 10:44:20 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/uribou1103/n/n3b95c6dd23d9</link>
      <guid>https://note.com/uribou1103/n/n3b95c6dd23d9</guid>
    </item>
    <item>
      <title>熟女の会</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/253723090/rectangle_large_type_2_9f59ff3cde27eeffc847470c2644b3e3.png?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<p name="0869B651-067B-4657-A004-6C1597543F75" id="0869B651-067B-4657-A004-6C1597543F75">「熟女の会って、どんな会？」<br>ちょっと怪しい名前だけれど、ただのママ友との飲み会です。<br>でも私にとっては、50代の心をそっと救ってくれる場所でもあります。<br><br>長女26歳、次男20歳。<br>子ども同士が同級生だったご縁で、同じ町内、子ども会の役員も一緒にやってきた3人。<br><br>小学生の頃は頻繁に顔を合わせていたけれど、<br>中学生になる頃から、少しずつ会う機会は減っていった。<br><br>彼女たちの末っ子は20歳。<br>私の末っ子は、まだ14歳。<br><br>みんなが子育てを終えつつある中、<br>私はまだ“現役の中学生ママ”。<br><br>末っ娘の親の世代も若返り、<br>気づけば20代のママもいる。<br>話はするけれど、どこか埋まらない距離を感じることもある。<br>やっぱり、世代って大事なのかもしれない。<br><br>⸻<br><br>「熟女の会」は、3人だけのLINEグループの名前。<br>1年に1回、<br>「ひさしぶりー」<br>「また飲み会やろー」<br>そんな軽い一言から始まる、ゆるやかな約束だ。<br><br>今回は1か月前にLINEが届いた。<br>半年前にも話は出ていたけれど、体調や仕事で流れてしまっていた。<br><br>今回はすんなり決まった。<br><br>近所だから、普段もまったく会わないわけではない。<br>スーパーでばったり会ったり、<br>犬の散歩中に車ですれ違って手を振ったり。<br>でも、腰を据えて話すのは、やっぱり年に一度の特別な時間。<br><br>私はLINEで、<br>「いろいろあったよー。また話すね」<br>と、意味ありげに送っていた。<br><br>この会で、離婚したことを話そうと思っていた。<br>どう思われるだろう。<br>でも今なら、落ち着いて話せる気がしていた。<br>――同情はいらないな、とも思っていた。<br><br>⸻<br><br>久しぶりでも、待ち合わせた瞬間から会話は自然に始まる。<br>50代とは思えないほどキャピキャピしながら、近くのお店まで歩く。<br><br>乾杯のあと、<br>「で、何があったの？」<br>と、真っ先に私の話を聞いてくれた。<br><br>会社の倒産、<br>元夫の自己破産、<br>離婚のこと、<br>父のこと。<br><br>自分でも驚くくらい、私は笑いながら話していた。<br>これまでは、こういう話をすると涙が出てきたのに。<br><br>「もしかして厄年じゃない？」<br>そんな冗談を言い合いながら、みんなで笑う。<br><br>そこにあったのは、同情ではなく共感。<br>深刻になりすぎない、ちょうどいい距離感。<br><br>「うちも離婚したいくらいだよー。お金があったらね」<br>「旦那とは同居人。1階と2階の住人みたいなもの」<br>「一人暮らしの娘に、“今日お父さんと喋った？”って聞かれるんだよね」<br><br>――熟年ならではの、リアルな会話。<br><br>本心かどうかはわからない。<br>私に気を遣ってくれている部分もあるのかもしれない。<br>それでも、私にとっては心から居心地のいい時間だった。<br><br>そのあとは、何もなかったかのように、<br>子どもたちの近況、健康の話、老後の話へ。<br><br>気づけば1軒目で「そろそろ…」と言われ、2軒目へ。<br>結局、4時間半、笑いながら話し続けていた。<br><br>⸻<br><br>私は昔から、<br>“集団のママグループ”の輪に入るのが苦手だった。<br><br>保育園の迎えは、仕事で遅いため<br>忙しく帰るのが習慣だった。<br>話すのは、遅迎えのママと少しだけ。<br><br>たまに早く迎えに行くと、<br>早迎えママたちが輪になって盛り上がり、<br>「○○ちゃんの家に行く？」なんて話している光景があった。<br><br>挨拶はするけれど、輪の中には入らない。<br>子ども同士で遊ぶ約束が出ると、なぜかこちらが恐縮してしまう。<br><br>たぶん私は、<br>2〜3人くらいの関係のほうが落ち着くタイプなのだと思う。<br>子育てをしていると、苦手な人や気を遣う人<br>がいるが、無理に合わせたりしなければいけない事もたくさんあった。<br>子供のために、と合わせたり<br>なんだか輪に入れていない自分を惨めに感じたりもした。<br>でも、今は違う。<br>無理をしていない人間関係にストレスを感じないし、これでいいと思える。<br>だからこそ、「熟女の会」は心地いい。<br><br>⸻<br><br>50代になって、ようやくわかってきた。<br>これからの人生をともに歩みたい<br>「大切な人」とは、こんな存在なのかもしれない。<br><br>・会うと心から笑える人<br>・弱さを見せても受け止めてくれる人<br>・自分の話だけでなく、こちらの話にも耳を傾けてくれる人<br>・久しぶりでも、時間の空白を感じない人<br>・新しい刺激をくれる人<br><br>今そばにいる人も、<br>昔からの友人も、<br>世代の違う人たちも。<br><br>年齢や立場に縛られず、<br>「本当に一緒にいたい人」との時間を大切にしていきたい。<br><br>⸻<br><br>また1年後、<br>「ひさしぶりー、そろそろどう？」とLINEが届くのを、私は楽しみにしている。<br>それだけで、<br>50代の人生は、少し穏やかで優しい。</p><p name="C788EBF5-17F4-47C1-B77E-EFCEE65C349E" id="C788EBF5-17F4-47C1-B77E-EFCEE65C349E">50代では、昔の友人に会う事を実現したい。<br>うりを知ってる友人達に会い、<br>昔に帰り、思い出を語り合いたいと思っている</p><br/><a href='https://note.com/uribou1103/n/n630de61f376f'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/221844584/profile_a92f63c93ae3c7109454d7af10acfc06.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>うり</note:creatorName>
      <pubDate>Wed, 11 Feb 2026 09:17:04 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/uribou1103/n/n630de61f376f</link>
      <guid>https://note.com/uribou1103/n/n630de61f376f</guid>
    </item>
    <item>
      <title>シックスパック育成中</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/249759091/rectangle_large_type_2_5a33f2078f4e0135970587958b1548a5.png?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<p name="C33A5304-7A8F-42B6-8887-D07878B7CB9C" id="C33A5304-7A8F-42B6-8887-D07878B7CB9C">たるんだお腹の奥に、シックスパックの赤ちゃんがいます😆<br><br>ヨガとピラティスを始めて、1年半。<br>おかげで、私は体だけでなく、心まで救われている。<br><br>もともとは、体型の変化をどうにかしたくて始めた運動だった。<br>ウォーキングをしてみたけれど、なかなか続かないし、効果も実感できなかった。<br><br>コロナ前には、1年ほどヨガをやっていた。<br>けれど、看護師という職業柄、「<b>密</b>」は避けざるを得ず、いったん離れることに。<br><br>コロナが落ち着き、<br>「さて、次は何をしよう？」と考えた。<br>テニス、ダンス…どれも魅力的。<br>でも、飛んだり、走ったりは、どうも苦手分野だった。<br><br>看護師として働くなかで、日々感じていることがある。<br>ロコモティブシンドローム、フレイル。<br>年齢とともに足腰が衰えるのは、誰にでも起こる。<br><br>病気にならない体でいるためには、<br><b>柔軟性と筋肉量</b>が大事。<br><br>元気だった人が、転倒をきっかけに安静を強いられ、<br>そこから一気に寝たきりへ向かうこともある。<br>転ぶことは、最大の敵。<br>姿勢の悪さは、腰や膝の不調にもつながる。<br><br>そう考えたとき、<br>ヨガとピラティスは、今の自分にぴったりだと思えた。<br><br>仕事をしながら通える距離と、無理のない金額。<br>条件に合うスタジオを探していたある日、<br>車で15分の場所に新しいヨガスタジオがオープンするという広告が目に飛び込んできた。<br><br>「これだ！」<br><br>私は直感を信じるタイプ。<br>すぐに体験レッスンを申し込んだ。<br>一人で行くのは平気だけれど、<br>運動不足を気にしていた長女にも声をかけてみた。<br><br>「私も行こうかな」<br><br>二人で参加したホットヨガ。<br>短い体験だったけれど、びっしょり汗をかく心地よさに驚いた。<br>汗と一緒に、心の中のドロドロした何かまで流れ出ていくような感覚。<br><br>まるで『千と千尋の神隠し』に出てくる<br>ドロドロの神様が「良きかな〜」と言うような気分だった。<br><br>その日のうちに入会を決めた。<br><br>2年縛りで安くなるプランもあったけれど、<br>「そんな先のことはわからない」と思い、<br>まずは1年、フリーの無理のないプランを選んだ。<br><br>子どもの塾の送迎や、電話待機で行けない日もある。<br>それでも、できる限り通うようにしている。<br>自分の時間をつくりたいが<br>家族に負担をかけすぎないようにする――<br>それが、私なりの小さな意地でもある。<br><br>時間があるとダラダラしてしまう私。<br>21:00〜のレッスンに行くために、サクサクと家事をして1時間のレッスン。<br>時間も大事に使えるようになった。<br><br>気づけば、平均週3回。<br>月に12〜13回はヨガやピラティスに通えている。<br>これまでの参加回数は232回。<br>目標は300回。<br><br>体力がついた。<br>体重も落ちた。<br>姿勢も良くなった。<br>メンタルも整えられる。<br>体型を隠す服を選びがちだったが、気にしなくなった。<br><br>何よりも、<br>汗をかき、自分と向き合い、目標を持つ時間が<br>今の私にはとても合っている。<br><br>スタジオには、<br>若い娘ほどの年齢の人もいれば、60代くらいの方もいる。<br>インストラクターさんの美しいプロポーションに刺激を受けたり、若い子に負けたくないと<br>勝手なライバル心…💦<br><br>ぽっこりお腹でも素敵なウェアを堂々と着ている人を見ると、恥ずかしさは関係なくなる<br>スタジオの大きな鏡に映るはみ出た脇腹をみるとくびれさんに会いたいと思う。<br>はじめた頃のプルプルしたうちわのような二の腕はなくなり、ノースリーブも気にならなくなってきた。<br>変化を感じることで、さらにやる気もアップする。<br><br>「自分磨きって大事だな」と素直に思える。<br><br>4人産んだお腹には、<br>たるんだ皮膚と脂肪がしっかりついているけれど、<br>よく見ると、うっすらシックスパックの“赤ちゃん”がいる気もする😆<br>ピラティスでインストラクターさんが必ずいう</p><p name="00E17A02-2F6D-4780-A2A6-DD177EBDB3AF" id="00E17A02-2F6D-4780-A2A6-DD177EBDB3AF"><b>「おなかにコルセットをするように360°締めて〜」<br>これを意識して日々過ごしている。</b><br>この子を、これから大切に育てていこう。<br>シックスパック育成中の、今日この頃。</p><br/><a href='https://note.com/uribou1103/n/n10c4332b8e2d'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/221844584/profile_a92f63c93ae3c7109454d7af10acfc06.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>うり</note:creatorName>
      <pubDate>Sat, 07 Feb 2026 09:39:18 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/uribou1103/n/n10c4332b8e2d</link>
      <guid>https://note.com/uribou1103/n/n10c4332b8e2d</guid>
    </item>
    <item>
      <title>新聞をやめただけなのに</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/249425721/rectangle_large_type_2_fa6e62eee67d9e791d875f4589f87a4a.png?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<p name="8014DE67-4136-46E8-9514-579EE9B9919C" id="8014DE67-4136-46E8-9514-579EE9B9919C"><b>25年間取り続けていた新聞を、やめました。<br>節約のためのはずが、思いがけず色々な感情と向き合うことになりました。<br>小さな出来事ですが、私にとっては“ひとつの時代の終わり”そんな気持ちになりました。</b></p><p name="F3DACE97-F306-43E6-AB20-4C5E262DCDE7" id="F3DACE97-F306-43E6-AB20-4C5E262DCDE7">先日、25年間取り続けていた新聞をやめた。<br><br>10年前、一度やめようと電話をしたことがある。<br>そのときは「わかりました」と言われたのに、後日、新聞屋さんが家まで挨拶に来た。<br><br>時代とともに新聞をやめる人が増えているのだろう。<br>玄関先で頭を下げられ、私は強く断ることができなかった。<br><br>あれから10年。<br><br>我が家の新聞は、<br>私が気まぐれにめくるか、<br>掃除で使うか、<br>子どもたちの習字をのせるか。<br><br>いつの間にか「読むもの」ではなく、<br>暮らしの片隅にある“紙の束”になっていた。<br><br>読まれない新聞はたまり、資源回収に持っていく。<br>新聞代は3000円から、いつの間にか3400円に。<br><br>節約を考えたとき、<br>真っ先に浮かんだのは新聞とスマホ料金だった。<br><br>それでも、なかなか電話ができなかった。<br>10年前、頭を下げていた新聞屋さんの姿が、<br>どうしても心から離れなかったからだ。<br><br>⸻<br><br>新聞には、たくさんの思い出がある。<br><br>子どもと新聞紙で兜を作ったこと。<br>丸めてボールにして投げ合ったこと。<br>一緒に間違い探しをしたこと。<br>学校の宿題で切り抜きを持たせたこと。<br>年賀状のお年玉当選番号を確かめたこと。<br>チラシの裏に、たくさんの落書きをしたこと。<br><br>やめようと決めた途端、<br>そんな何気ない記憶が次々と浮かんできた。<br><br>新聞はただの紙ではなく、<br>我が家の時間や、<br>子育ての記憶や、<br>もう戻らない朝を<br>そっと挟み込んできた存在だったのかな。<br><br>⸻<br><br>昨年、会社の倒産、夫の自己破産、離婚、そして物価高。<br>お金と向き合わざるを得ない出来事が続いた。<br><br>贅沢をしてきたわけではない。<br>ブランドに興味があるわけでもない。<br><br>それでも55歳迎え、<br>「後悔しない暮らしとは何か」を<br>考えるようになった。<br><br>3400円。<br>1年で約40,800円。<br><br>まずはここから。<br>そう思い、月末を前に、ようやく電話をかけた。<br><br>引き止められる覚悟で。<br><br>⸻<br><br>「長い間、ありがとうございました。お引越しですか？」<br><br>電話口の明るい声に、少し拍子抜けした。<br><br>「いえ、ずっと読んでいなくて…」<br><br>そう伝えると、<br>「わかりました。明日からお止めしますね。<br>また1か月からでも購読できますので、よろしくお願いします。」<br>と、あっさりと受け止められた。<br><br>思っていたよりも、<br>ずっと静かな終わりだった。<br>長い間、新聞を配達してくれた人達にも<br>今までありがとうという気持ちになった。<br><br>⸻<br><br>翌日から、<br>夜中2時に聞こえていたバイクの音はなくなった。<br><br>郵便受けを開けても、当たり前にあった新聞はない。<br><br>たかが新聞。<br>そう思っていたのに、<br>心に小さな空白が生まれた気がした。<br><br>新聞をやめただけなのに、<br>節約以上のものを手放したような気がした。<br><br>子どもと過ごした時間。<br>慌ただしかった日々。<br>何気ない朝の風景。<br><br>25年分の記憶が、<br>静かに一区切りついたような感覚。<br><br>少しさみしい。<br>でもきっと、これは終わりではない。<br><br>固執を少し手放して、<br>今の自分に合った暮らしへと<br>歩き出すための小さなアップデートなのだと思う。<br><br>新聞をやめた日は、<br>さみしさと何かが軽くなった日だった。</p><br/><a href='https://note.com/uribou1103/n/n65e4978220db'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/221844584/profile_a92f63c93ae3c7109454d7af10acfc06.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>うり</note:creatorName>
      <pubDate>Thu, 05 Feb 2026 21:46:00 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/uribou1103/n/n65e4978220db</link>
      <guid>https://note.com/uribou1103/n/n65e4978220db</guid>
    </item>
    <item>
      <title>父の施設探しが始まった ― 終の住処を探す現実</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/248037120/rectangle_large_type_2_396f8c37efb6e0bbde83bfe7382764b5.jpg?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<p name="A6DC4807-CADB-428B-81EE-D54C8F9687AF" id="A6DC4807-CADB-428B-81EE-D54C8F9687AF"><b>「終の住処を探す</b>」<br>その言葉を、自分が現実として使う日が来るとは思っていなかった。<br><br>父の施設探しが始まった。<br><br>リハビリ病院には、疾患別に入院期間の上限がある。<br>60日、90日、150日、180日。<br><br>父は、高次脳機能障害を伴う重症脳血管障害に該当し、<br>**最長150日（約5か月）**の対象となった。<br><br>11月初めに入院したとき、<br>「1月に入ってから探せばいいかな」<br>どこかで、まだ時間があると思っていた。<br><br>けれど実際には、<br>施設探しは“家族が主役”にならなければ進まない。<br><br>見学の予約、情報収集、申し込み。<br>仕事をしながら進める日々は、想像以上に慌ただしく、心も追いつかなかった。<br><br>⸻<br></p><h3 name="0978A63A-AADD-41D4-9123-A67CD235F820" id="0978A63A-AADD-41D4-9123-A67CD235F820">特養は「待つ」のが前提</h3><br/><a href='https://note.com/uribou1103/n/n2eb572a14dd1'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/221844584/profile_a92f63c93ae3c7109454d7af10acfc06.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>うり</note:creatorName>
      <pubDate>Sat, 31 Jan 2026 17:26:35 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/uribou1103/n/n2eb572a14dd1</link>
      <guid>https://note.com/uribou1103/n/n2eb572a14dd1</guid>
    </item>
    <item>
      <title>フォロワーさま900人ありがとうございます♪</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/246834425/rectangle_large_type_2_03ed79bc7e6b72eef5f1e8a026c16e84.jpg?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<p name="FEFB1F66-1FA6-4DA1-96CA-C6FCA60FA542" id="FEFB1F66-1FA6-4DA1-96CA-C6FCA60FA542">900フォロワー✨ありがとうございます。<br><br>気づいたら、900人になっていました。<br>重たい話も、日常の小さな気づきも、<br>ここまで一緒に読んでくださって本当にありがとうございます。<br><br>看護師としての想い、<br>父のこと、家族のこと、<br>正解のない気持ちをそのまま書いていますが、<br>受け取ってくださる方がいることが<br>書き続ける力になっています。<br><br>1000人までは、もう少し。<br>これからも、<br>ざわつきながら、立ち止まりながら、<br>今の私の言葉で書いていけたらと思っています。<br><br>引き続き、よろしくお願いします😊<br></p><br/><a href='https://note.com/uribou1103/n/nc15edc36dd90'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/221844584/profile_a92f63c93ae3c7109454d7af10acfc06.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>うり</note:creatorName>
      <pubDate>Mon, 26 Jan 2026 22:49:54 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/uribou1103/n/nc15edc36dd90</link>
      <guid>https://note.com/uribou1103/n/nc15edc36dd90</guid>
    </item>
    <item>
      <title>次男ダイエット 〜20歳、神はゆっくり降りてくる？〜</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/246430670/rectangle_large_type_2_bac834275fdb07613f9b91c324c4db9e.png?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<p name="2018284B-1343-4D14-A1BC-BC38A932C4DE" id="2018284B-1343-4D14-A1BC-BC38A932C4DE">最近ちょっと重たい話が続いたので、今日は少し軽めの話を。</p><p name="968F810C-4BF4-4BBB-ADD5-09E44A2CD030" id="968F810C-4BF4-4BBB-ADD5-09E44A2CD030">次男は20歳の大学生。<br>子どものころから、ややぽっちゃり体型だ。<br><br>中学生の部活時代に一度だけスッキリしたが、<br>高校は帰宅部。<br>その後、体型は順調に“成長”した。<br><br>高校3年生の秋。<br>事件は起きた。<br><br>制服のお尻が、破れた。<br><br>卒業ギリギリで2サイズ大きい制服を買い直す<br>こりゃ痛い出費だな。<br>そして、嫌な予感。<br><br>大学生になると、すべてが自由になる。<br>登校時間も、夜更かしも、食べる時間も。<br><br>夜中のスイーツ。<br>夜中のラーメン。<br>そりゃ太る。<br><br>バイトを始め、自由に使えるお金も増えた。<br>気づけばコンビニが日課。<br>冷凍庫には大好きなアイス。<br><br>もはや、我が家の冷凍庫は<br>「アイス専用庫」と化していた。<br><br>……大丈夫か？<br>母の不安は増える一方。<br><br>ダイエットの神は、なかなか降りてこない。<br>ダイエットの話をすると、<br>わかりやすく嫌な顔をされる。<br><br>見なかったことにしようか。<br>いや、無理だ。<br><br>秋頃、ついに切り出した。<br><br>「成人式にスーツ入らなかったら困るよ？」<br>大学入学で買ったスーツを着せてみた。<br><br>かろうじて、入った。<br>ただし、ウエストにはお腹がしっかり乗り、<br>雰囲気は“中年サラリーマン”。<br><br>上着のボタンを留めると、<br>後ろのスリットが全力で開く。<br><br>……これはもう、デザインではない。<br><br>「これ、かっこよくないよね。<br>かっこよく着るには痩せなきゃね。<br>新しいスーツは買えないよ？」<br><br>「うん」<br><br>うん、とは言った。<br>でも、生活は変わらない。<br><br>12月。<br>母は焦る。<br><br>だって、年末年始は<br>食べるイベントのオンパレード。<br><br>このままじゃ、<br>ダイエットの神どころか、<br>食欲の神が大暴れだ。<br><br>そんなある日。<br>私の知らないところで、元夫が次男を肥満外来に連れて行っていた。<br><br>次男　身長180cm、体重95kg。<br><br>採血結果は、<br>中性脂肪やや高め。<br>肝機能やや高め。<br>尿酸も高め。<br><br>「やや」が多い。<br>おそらく、皮下脂肪も内臓脂肪多め。<br>あら脂肪肝。<br>痛風も心配だ。<br><br>この結果を見て、さすがに本人も現実を知った。<br><br>「このままじゃダメだよ」<br>「就活でも不利になるよ」<br><br>——そしてついに。<br><br>ダイエットの神が、<br>ゆっくり、そっと、降りてきた。<br><br>急激な変化はない。<br>でも、コンビニ通いは減った。<br>ご飯の茶碗は小さくなった。<br>私は、ついつい今までの癖で<br>「ご飯足りる？」<br>いけない、いけないこの言葉は禁句だ。<br>「足りるよ」の返事にホッとした。<br><br>スイーツはゼロではないけれど、<br>「たまに」になった。<br>水を飲む量が増えた。<br>小さな変化だけど、大きな一歩。<br><br>「ちょっと痩せた？」<br>「いいじゃん」<br>「背が高いんだから痩せたらイケメンじゃん」<br><br>母は全力で、褒める。<br><br>成人式10日前。<br>慌ててコートを買う。<br><br>スーツは少しパツっとしているが、<br>コートを羽織ってごまかそう作戦<br><br>とりあえず、誤魔化せそうだ。<br><br>息子のダイエットは、これから。<br><br>神は降りた。<br>でも、まだ居座ってはいない。<br><br>母は今日も、<br>冷凍庫に1個あるアイスが増えないか<br>見守っている…</p><br/><a href='https://note.com/uribou1103/n/n4ab77e09fd56'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/221844584/profile_a92f63c93ae3c7109454d7af10acfc06.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>うり</note:creatorName>
      <pubDate>Sun, 25 Jan 2026 09:29:40 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/uribou1103/n/n4ab77e09fd56</link>
      <guid>https://note.com/uribou1103/n/n4ab77e09fd56</guid>
    </item>
    <item>
      <title>リハビリ病院にいる父。恐れていた不安が現実になった日</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/246198451/rectangle_large_type_2_1df84e78a5e3dc06e82b47cc78a52b0e.jpg?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<p name="5FAA88CC-9F30-4647-A82B-A16068B753FA" id="5FAA88CC-9F30-4647-A82B-A16068B753FA">リハビリ病院に転院して2ヶ月<br><br>どこまでリハビリで回復するのだろう。<br>自宅に帰ることが難しい可能性が高い中で、<br>リハビリは、どこまで必要なのだろう。<br><br>そんな葛藤が、ずっとあった。<br>正解がわからないまま、毎日が過ぎていた。<br><br>リハビリを始めた頃の父は、表情も辛そうで、<br>「父はこれを望んでいるのだろうか」<br>そんな気持ちになることもあった。<br><br>けれど、1ヶ月を過ぎた頃から、<br>父は明らかに変わってきた。<br><br>少しずつ動けるようになり、<br>気分がいい時には笑顔も見られるようになった。<br>左手で食事をすることもできるようになってきた。<br><br>話すことが好きだった父は、<br>言語療法の効果もあり、よく話すようになった。<br>機嫌がいい時には、話が止まらないこともある。<br><br>ただ、言葉がはっきりしないため、<br>何を伝えたいのかが分かりにくいことがほとんど。何を話したいのかわからないが、うんうん適当にうなずくしかない。<br>父は思いが伝わらないことで、<br>イライラしてしまう様子もある<br>会話のキャッチボールは簡単ではない。</p><p name="C39DD39D-A455-4566-86D0-70CC14C265FB" id="C39DD39D-A455-4566-86D0-70CC14C265FB">高次脳機能障害により、感情にムラがあり<br>急にスイッチが入ってしまうと、介護拒否や左手足で威嚇する。<br>大きな声をだす。<br>理性が効かないのだ。<br>そうなると、1日1食しか食事をしない事もある。<br>気持ちを落ち着かせるため、リスパダールの内服も始まった。<br>昼夜逆転になる事も多く、眠剤も効かない時もある。</p><br/><a href='https://note.com/uribou1103/n/naeb2efeff546'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/221844584/profile_a92f63c93ae3c7109454d7af10acfc06.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>うり</note:creatorName>
      <pubDate>Sat, 24 Jan 2026 11:33:27 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/uribou1103/n/naeb2efeff546</link>
      <guid>https://note.com/uribou1103/n/naeb2efeff546</guid>
    </item>
    <item>
      <title>私の看護師としての原点― 看護師2年目にいただいた一通の手紙</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/244880823/rectangle_large_type_2_013ad1ec547877456a5768460cb8c556.jpg?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<p name="13F84CD4-CA9E-4E38-B7DE-0596E46D35C0" id="13F84CD4-CA9E-4E38-B7DE-0596E46D35C0">私の原点<br><br>――看護師2年目にいただいた一通の手紙<br><br>看護師になって、35年が経ちました。<br>その節目に、ふと心に浮かんだ出来事があります。<br><br>それは、看護師2年目の頃、<br>ある患者さんからいただいた一通の手紙です。<br><br>私の心の片隅に、いつもある記憶。<br>何かの折に、ふと思い出す大切な思い出。<br><br>長い間、大事にしまってあったその手紙を、<br>久しぶりに開きたくなりました。<br><br>⸻<br><br>Aさん。<br>当時60代後半の男性の患者さんでした。<br><br>病名は「脊椎カリエス」。<br>同世代の方なら聞いたことがあるかもしれませんが、<br>今ではあまり耳にしない病名です。<br><br>結核菌が脊椎に感染する病気で、<br>肺結核や腎結核などのあとに発症することがあります。<br><br>Aさんは背中の強い痛みと発熱があり、<br>自分で体を動かすことができませんでした。<br><br>排泄や食事の介助が必要で、<br>ナースコールも多い方でした。<br><br>⸻<br><br>治療が進み、症状が改善して退院されたあと、<br>私はAさんから手紙をいただきました。<br><br>宛名は、私の旧姓。<br><br>色あせた便箋の中には<br>退院後の近況、<br>病気に対する不安、<br>そして私たち医療者への感謝の言葉が<br>震える字で綴られています。<br><br>手紙を書いたあと、<br>呼吸困難で再入院したことも書かれています。<br><br>封筒を開けると<br>23歳の私に引き戻されました<br>懐かしく、なぜだか胸の奥が締め付けられました…<br>⸻<br><br>封筒の中には、手紙だけではなく、<br><br>・一緒に撮った写真<br>・詩<br>・テレフォンカード<br>・私が生まれた年の万博記念切手<br><br>が、いただいた当時のまま入っています。<br><br>手紙の中で<br>退院前、Aさんは<br>コンパクトカメラを持ってきたそうですが<br>断られるだろうと思っていたと書いています。<br>私は、たまたまAさんの担当で朝の環境整備で伺い一緒に写真をとりました。<br><br>いただいた写真には、<br>若かりし頃のナースキャップを被った私と、<br>少し緊張した表情のAさんが写っています。<br><br>⸻<br><br>そして、添えられた詩は<br>私を初心に帰らせてくれます。<br><br><b>「明日へ歩こう」</b><br><br><b>ある日、きんさん、ぎんさんがいいました<br>「うれしいような、かなしいような」<br><br>ーそれが人生<br><br>八月、ことしも百日紅の花が色あざやかに咲いた<br><br>むなしさの旅路に　瞳の奥を<br>真赤に染めて－<br><br>魂の冴えかえる　明日の風に<br><br>白衣の蝶が舞う<br><br>あなた<br><br>砂漠の中の　泉のように<br><br>明日へ歩こう<br><br>失意の日にも　悦楽の日にも<br><br>胸の奥底で　流転する<br><br>思い出のアルバム<br><br>心の空洞を埋めるものは<br><br>愛と言葉の優しさです<br><br>あなたの手のぬくもりを<br>いつまでも　忘れないために<br><br>わたしも　あなたについて<br><br>生命あかあかと　燃やして<br><br>明日へ　歩こう。<br></b></p><figure data-align="left" name="33FBA1DB-60A3-47A7-BD05-7F72FC9004F3" id="33FBA1DB-60A3-47A7-BD05-7F72FC9004F3"><img src="https://assets.st-note.com/production/uploads/images/244876847/picture_pc_4fed4c447c2cb531cdcb1afb934ffdc9.jpg" width="620" height="826" id="image-33FBA1DB-60A3-47A7-BD05-7F72FC9004F3"><figcaption></figcaption></figure><br/><a href='https://note.com/uribou1103/n/n90a411f49610'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/221844584/profile_a92f63c93ae3c7109454d7af10acfc06.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>うり</note:creatorName>
      <pubDate>Sun, 18 Jan 2026 23:00:17 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/uribou1103/n/n90a411f49610</link>
      <guid>https://note.com/uribou1103/n/n90a411f49610</guid>
    </item>
    <item>
      <title>ご飯作ろうか。その言葉が嬉しい今日この頃</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/244429575/rectangle_large_type_2_14da39cad59664c0b43adf98ad667926.png?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<p name="1B906453-704E-43E1-9ABA-A6D3B22F87C4" id="1B906453-704E-43E1-9ABA-A6D3B22F87C4">ご飯作ろうか。<br>その言葉が、今日はやけに嬉しい。<br><br>最近、長女がたまに言ってくれる言葉。<br><br>今日も、<br>「何作る？」と聞かれて、<br>「んー、オムライスかな」と答えると、<br>「わかった。あと麻辣湯も作るわ」と返ってきた。<br><br>「お願いしますー♪」<br><br>手際よく作る娘。<br>「あー、卵に穴開いちゃった。くちゃくちゃだー」<br>そう言って笑っている。<br><br>⸻<br><br>思い返せば、<br>私は娘と一緒に料理をすることが、ほとんどなかった。<br><br>娘が小学生の頃、私は看護師で三交代制勤務。<br>息子たちもいて、生活はいつもバタバタ。<br>完全にワンオペ状態だった。<br><br>娘が生まれたとき、はじめての我が子。<br>一緒にあれもしよう、これもしよう。<br>そんなふうに、純粋に思っていた。<br><br>でも、忙しい毎日の中で、<br>「自分でやった方が早い」<br>いつの間にか、料理は片付け仕事になっていた。<br><br>⸻<br><br>娘が高校生のとき、言われた言葉がある。<br>今でも胸に刺さったまま。<br><br>「ママは、私が手伝おうとすると<br>　いいや、いいや、自分でやった方が早いって言った。<br>　だから、やる気がなくなったんだよ」<br><br>はっとした。<br>そうか、やる気を奪っていたのは、私だったんだ。</p><p name="8A639043-0A86-4CB5-95AF-DB38FBF733C1" id="8A639043-0A86-4CB5-95AF-DB38FBF733C1">娘がキッチンに立たなかったのは、<br>私への反発だったのかもしれない。<br><br>トラウマになっていないだろうか。<br>そんなことまで考えた。<br><br><br>⸻<br><br>バレンタインのお菓子作りは手伝ったけれど、<br>いわゆる「おふくろの味」を教えたことはない。<br><br>私は母と一緒に料理をして、<br>味を教えてもらって育った。<br>母には感謝している。<br><br>私は、それを娘にしてあげられなかった。<br><br>今は料理アプリもあるし、<br>教えなくても何とかなる。<br>そう思うしかなかった。<br><br>⸻<br><br>だから、<br>「ご飯作るよ」<br>この言葉は、私にとって本当に嬉しい。<br><br>離婚し、仕事も忙しい私を気遣ってくれている。<br>最近は彼氏ができて、料理を作ってあげているらしい。<br><br>今まで料理の「り」の字もなかったのに、<br>アプリを見ながら振る舞い、<br>「美味しいって言ってもらえた」<br>「次は何にしようかな」<br>「これ作るんだけど、どの肉がいいかな」<br>そんな話や相談をしてくれる。<br><br>ああ、よかった。<br>料理が嫌いにならなくて。<br><br>⸻<br><br>卵がくちゃくちゃになったオムライス。<br><br>「こうすると上手くいくよ」<br>自然に一緒にキッチンに立った。<br><br>フライパンはしっかり熱すること。<br>穴が開きにくいコツ。<br>お皿に移すときのちょっとしたコツ。<br><br>「そうなんだー」<br>「できたー」<br><br>恥ずかしいけれど、<br>初めて、親として教えた気がした。<br><br>アプリは素晴らしい。<br>アプリをみれば料理は作れるかもしれない<br>でも、アプリでは伝えられないことがある</p><br/><a href='https://note.com/uribou1103/n/n3b5c90f442ce'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/221844584/profile_a92f63c93ae3c7109454d7af10acfc06.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>うり</note:creatorName>
      <pubDate>Sat, 17 Jan 2026 09:59:46 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/uribou1103/n/n3b5c90f442ce</link>
      <guid>https://note.com/uribou1103/n/n3b5c90f442ce</guid>
    </item>
    <item>
      <title>うり、という名前に詰まった青春</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/243221233/rectangle_large_type_2_138e8a825006911e60a47abb4f629e28.png?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<p name="73A8CB9C-CBC8-4981-AFC3-58C215006AEB" id="73A8CB9C-CBC8-4981-AFC3-58C215006AEB">うりって。<br><br>私の「うり」という名前の由来。<br>実は、短大時代のニックネームです。<br><br>某県立の看護短大に通っていた頃、<br>私は学生寮に入っていました。<br><br>実家は県内でしたが、<br>交通の便が悪く、寮生活を選びました。<br><br>⸻<br><br>寮は、<br>先輩と2人部屋か4人部屋。<br><br>代々、<br>先輩が後輩にニックネームをつける<br>そんな文化があって、<br><br>私につけられたのが<br>「ゆうり」。<br><br>親しい友だちからは、<br>いつの間にか<br>「うり」と呼ばれるようになりました。<br><br>⸻<br><br>寮生活は、<br>今思い返しても<br>本当に楽しかった。<br><br>携帯電話なんてない時代。<br>寮にある電話は2台だけ。<br><br>一人10分。<br>電話当番がいて、時間を測り<br>「はい、10分」と声をかける<br>先輩には声かけづらかったな💦<br>名前を書き、順番を待つ<br>かかってきた電話には、寮内放送で呼ばれる<br><br>「あ、先輩、彼氏からだな」<br>そんなことがわかってしまう<br>私は彼氏がいなかったから、<br>ちょっと羨ましかったな。<br><br>⸻<br><br>門限は夜10時。<br>寮母さんが2人いて、<br>チェックも厳しかった。<br><br>外泊する友だちに<br>「外泊簿、書いておいてね」<br>なんて頼まれたこともある。<br><br>テレビは食堂に1台だけ。<br>23時まで。<br><br>観たい番組があると、<br>みんなで食堂に集まって<br>ワイワイ一緒に観ていた。<br>今は考えられない光景だ。<br><br>⸻<br>友達と、恋愛のこと、友達、学校のこと<br>色々語り合った。<br><br>私にとって、<br>その3年間は<br>今振り返っても<br>いちばんの青春の思い出。<br><br>県外から来ていた子も多く、<br>卒業後はバラバラになった。<br>そして数年後、大学になる事をきっかけに<br>寮は閉鎖された…<br><br>それでも、<br>年賀状で近況を知らせ合ってきた。<br><br>子どもや家族の写真を見て、<br>「元気なんだな」と思いながら、<br><br>一年に一度、<br>18歳から21歳の頃に<br>ワープするような気持ちで<br>懐かしんでいた。<br><br>⸻<br><br>最近は、<br>子どもたちも成長して、<br>年賀状に写真はなくなってきた。<br><br>「元気？」<br>「また会いたいね。」<br><br>そんな言葉を<br>書き続けて、<br>気づけば30年。</p><p name="584AC84D-1474-4657-B33E-CFE28A0B3A03" id="584AC84D-1474-4657-B33E-CFE28A0B3A03">そして、年賀状からLINEが主流になり<br>年賀状も今年は2枚に…<br>⸻<br><br>近くに住む寮時代からの友だちとは、<br>8年前に会ったのが最後かな。<br><br>6年前まで同じ病院で働いていた友だちは、<br>就職してから勤続34年。<br>最近、看護部長になった,<br><br>コロナもあり、<br>この数年は<br>会う機会も、<br>年賀状も、<br>少しずつ減ってきて繋がりが少なくなった。<br><br>⸻<br><br>「うり」という名前は、<br>私の中の大切な思い出。<br><br>何かの折に、<br>ふっと顔を出す<br>昔の私。<br><br>だから私は、<br>知らず知らずのうちに<br>この名前を使っている。<br>私にとっては<br>自分軸で生きていた時代だ<br><br>⸻<br><br>50代で、<br>やっておきたいことの一つに、<br><br>昔の友だちに会うこと<br>がある。<br><br>今年はぜひ、<br>みんなに連絡をして、<br><br>懐かしい時間を語ったり、<br>これからのことを話したり、<br>刺激し合えたらいいなと思っている。<br><br>色々ある中で、こんな事あったな、懐かしいな、なんていう気持ちで書いてみました。<br>あなたも、青春時代の思い出ありますか。<br>よかったら教えてくださいね♪<br>読んでいただきありがとうございました😌</p><br/><a href='https://note.com/uribou1103/n/ndd17839083f2'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/221844584/profile_a92f63c93ae3c7109454d7af10acfc06.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>うり</note:creatorName>
      <pubDate>Mon, 12 Jan 2026 10:46:22 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/uribou1103/n/ndd17839083f2</link>
      <guid>https://note.com/uribou1103/n/ndd17839083f2</guid>
    </item>
    <item>
      <title>2026年、ざわつきと一緒に前へ</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/242949487/rectangle_large_type_2_a9229083a8ff20f335feeefec6826b66.jpg?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<p name="2674602B-9A83-4666-A5BA-28E796CAAF73" id="2674602B-9A83-4666-A5BA-28E796CAAF73">2026年<br>前へ、前へ進んで行こう。<br>ざわつきと一緒に。<br><br>そう思っていた。<br><br>でも、<br>なかなかそう簡単にはいかないものだ。<br><br>⸻<br><br>今年になって、<br>またざわつくことがあった。<br><br>元旦那の病気を知らされた。<br><br>「私にはもう関係ない」<br>そう思う気持ちと、<br><br>お互いに別々の道で<br>人生の後半戦を歩もうと<br>前向きになろうとしていた矢先の病。<br><br>早ければ5年、<br>頑張っても10年という期限。<br><br>ざわつかないわけがない。<br><br>一瞬で、<br>離婚してざわついていた<br>あの頃の自分に引き戻された。<br><br>⸻<br><br>父の病が不整脈からきているため、<br>彼には<br>「あなたも不整脈があるから気をつけて」<br>と話した。<br><br>今まで、<br>私が健康の話をしても<br>聞いてくれなかった。<br><br>でも父のことは、<br>彼にとっても<br>大きなショックだったようで、<br>病院に相談したようだ。<br><br>胸部大動脈瘤があり、<br>首の血管も狭いと診断され<br><br>手術するか、<br>様子を見るか。<br>それによって寿命も変わる。<br><br>父の病が、彼が病を知るきっかけになった事は本当によかった。<br>残された時間を、どのように生きるか考える時間になったから。<br>でも、いろんな意味でも<br>ただ突き進むというわけにはいかなくなった⸻<br><br>自分の体はどうするか自分で決める。<br>他人軸で生きてきた人生。<br>彼はもう人に気を遣って<br>生きていきたくないそうだ。<br><br>誰にも<br>迷惑をかけたくない思いが強い。<br><br>⸻<br><br>「私には関係ない」<br>そう思ったあとで、<br><br>彼の人生のつらさを<br>自分の責任のように<br>感じてしまい、苦しくなった。<br><br>親や親戚からの借金を会社ごと背負い<br>家族で必死ここまできた24年間だった<br>ここにきて<br>会社の倒産、<br>自己破産、<br>今の仕事<br>生活のこと<br><br>私たちのことも<br><br>彼はきっと、病気がわかった今<br>どう生きたらいいのか<br>考えているのだと思う。<br>後悔の人生、もう後悔したくない<br><br>もう私にも、<br>子どもたちにも<br>迷惑をかけたくない。<br>その気持ちが強いのだろう。<br>彼の後悔…<br>24年歩んだ私にとって、私の事も含まれているのではと一瞬胸に突き刺さる。<br><br>⸻<br><br>干渉されずに生きて行くから、自分のことは心配しないでくださいという<br><br>私は、<br>気持ちはわかるが<br>それでも<br>一人では生きていけないと思っている。<br>「助けが必要なときはいつでも連絡してください」<br><br>そう伝えることしか<br>できなかった。<br><br>⸻<br><br>また今年も、<br>ざわつくスタート。<br><br>一瞬、<br>気持ちは引き戻された…<br><br>⸻<br><br>でも、<br>過去に引き戻されたところで仕方ない。<br>今の私にできることを考える。<br><br>以前の私だったら、<br>「どうしよう」という気持ち、落ち込む気持ちが長く続いていたと思う。<br><br>でも今は、<br>「どうしよう」より先に、<br><br>「今、私は何ができる？」<br><br>そんな問いに、<br>気持ちが引っ張られるようになった。<br><br>⸻<br><br>前向きに考えようとしたら、<br>涙が溢れた。<br><br>悲しさでも、<br>つらさでもない。<br><br>これは、<br>どんな感情なのだろう。<br><br>⸻<br><br>自分を責めず、<br>彼の気持ちを理解する。<br><br>彼は、<br>心の扉を閉めてしまっている。<br><br>私は、<br>小さな扉を<br>開けておこう。<br><br>非常口になればいいんだ。</p><br/><a href='https://note.com/uribou1103/n/n8b35114450ab'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/221844584/profile_a92f63c93ae3c7109454d7af10acfc06.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>うり</note:creatorName>
      <pubDate>Sun, 11 Jan 2026 09:33:43 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/uribou1103/n/n8b35114450ab</link>
      <guid>https://note.com/uribou1103/n/n8b35114450ab</guid>
    </item>
    <item>
      <title>リハビリ病院で見た、現実</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/242414599/rectangle_large_type_2_1cbc6ea6d6fcbf269cf7b84dc94d287c.jpg?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<p name="842C3CD0-FDC2-44FB-AD19-90075CA204E4" id="842C3CD0-FDC2-44FB-AD19-90075CA204E4">リハビリ病院に転院して、1か月半が経った。<br><br>理学療法士（PT）さんから<br>「実際のリハビリを見ながら、今後の計画についてお話ししたいので、病院に来てください」<br>と言われ、母と一緒に病院へ向かった。<br><br>父の部屋に入ると、そこには男性スタッフが3人。<br>父は機嫌が悪く、オムツ交換を拒否しているところだった。<br><br>父は左脳の 3分の2にダメージ があり、<br>認知機能障害と失語、記憶の欠如がある。<br><br>元気だった頃の父は、勉強が好きで博学。<br>頑固なところはあったけれど、理性のある人だった。<br><br>でも今は、病気によって<br>その「理性」がうまく働かなくなっている。<br><br>⸻<br><br>オムツ交換をしようとすると、拒否して手足が出てしまう。<br><br>動く左手、左足は力が強く、<br>抑えるのも簡単ではない。<br><br>この日も、何かのスイッチが入ってしまったようだった。<br><br>最近は1人介助で車椅子に乗れる日もあるらしい。<br>けれど、こうなってしまうと<br>男性3人でも車椅子に移すのは大変だ。<br><br>廊下にいた私と母のところまで、父の声が聞こえてきた。<br><br>「痛い！痛い！ヤダ！」<br><br>“痛い”を、叫び続けていた。<br><br>⸻<br><br>これが現実なんだ。<br><br>胸が締めつけられるような辛さと、<br>申し訳なさでいっぱいになった。<br><br>ようやく車椅子に座り、部屋から出てきた父は、<br>険しい表情で、何かわからない言葉を発していた。<br><br>母が<br>「お父さん、どうしたの？」<br>と手を差し出すと、急にニコニコし始める。<br><br>「あ、わかるのかな」と思ったのも束の間、<br>また突然怒り出す。<br><br>感情のコントロールが、できない。<br><br>⸻<br></p><h3 name="C7814181-7BAF-4430-95C3-9347E0DD2824" id="C7814181-7BAF-4430-95C3-9347E0DD2824">PTさんと一緒にリハビリ室へ。</h3><br/><a href='https://note.com/uribou1103/n/n2b5152ffae4c'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/221844584/profile_a92f63c93ae3c7109454d7af10acfc06.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>うり</note:creatorName>
      <pubDate>Fri, 09 Jan 2026 08:54:01 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/uribou1103/n/n2b5152ffae4c</link>
      <guid>https://note.com/uribou1103/n/n2b5152ffae4c</guid>
    </item>
    <item>
      <title>目や耳にも出る怖い帯状疱疹▶︎ 早めの予防で後悔を防ごう</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/241052348/rectangle_large_type_2_7ba3baf6af28de5c765ef0d4127e8e21.png?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<p name="53E2FDA1-A68B-4D07-AED0-546F54994EB5" id="53E2FDA1-A68B-4D07-AED0-546F54994EB5">最近、テレビや自治体のお知らせで<br>「帯状疱疹」という言葉を目にすることがあり<br>知っている人も多いですよね。<br><br>なんとなく知ってはいるけれど、<br>	•	どんな病気なのか<br>	•	なぜ年齢を重ねると増えるのか<br>	•	何がそんなに怖いのか<br><br>そこまでは知らない、という方も多いと思います。<br><br>今回は、看護師として、<br>そして身近な人の経験を見てきた一人として、<br>帯状疱疹についてお話しします。<br><br>⸻<br><br><b>帯状疱疹は「昔かかった水ぼうそう」が原因です。</b><br>帯状疱疹は、<br>子どもの頃にかかった水ぼうそう（水痘）ウイルスが原因で起こります。<br><br>水ぼうそうが治ったあとも、<br>ウイルスは体の中の神経の近くに眠っています。<br><br>そして、<br><b>•	年齢を重ねたとき<br>	•	疲れやストレスがたまったとき<br>	•	病気や入院などで体力が落ちたとき<br></b><br>免疫力が下がると、そのウイルスが再び目を覚まし、帯状疱疹として症状が出てきます。</p><p name="6EA9D890-D857-4932-B2EB-E7CC92129B01" id="6EA9D890-D857-4932-B2EB-E7CC92129B01">最近は若い人でも増えています。<br>50歳以上は要注意。<br>80歳以上の３人に一人はかかると言われています。<br>それだけ身近な病気なんです。<br>⸻<br></p><br/><a href='https://note.com/uribou1103/n/nf1c2d34ed934'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/221844584/profile_a92f63c93ae3c7109454d7af10acfc06.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>うり</note:creatorName>
      <pubDate>Sat, 03 Jan 2026 16:57:25 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/uribou1103/n/nf1c2d34ed934</link>
      <guid>https://note.com/uribou1103/n/nf1c2d34ed934</guid>
    </item>
  </channel>
</rss>
