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【非公開記録150】情弱カルテット

佐藤美子(26歳)の脳内ディレクトリには早稲田大学卒という名の「高解像度・特権パッチ」が永続的にインストールされていた。彼女にとって、家事、育児、推し活、そして深夜のゲーム(FPS)を並列処理(並行コンピューティング)することは、優秀な自分に課せられた当然の「仕様」だった。

「早稲田の政経を出た私の処理能力なら、この程度のマルチタスクは余裕。
育休明けのキャリアと、推しの限定ガチャとランクマッチの勝率は、すべて等価にコンパイルできるのよ」

しかし、彼女のOSは限界を迎えていた。

朝5時にログイン。子供のオムツを替えながら、左手でスマホを操作し、推しの「SSR・聖夜の騎士」を引くために課金。9時には会社という名の「不毛なサーバー」に接続し、時短勤務という名の「低速回線」で、周囲の「情弱な同僚」たちを冷笑しながらタスクを回す。

夜20時、帰宅。離乳食を電子レンジで解凍(展開)しながら脳内では「今夜のレイドバトルの戦略」をシミュレーション。そして23時。子供がスリープモードに入ると同時に、彼女はゲーミングPCの電源を入れ「戦士」へとジョブチェンジした。「あは、画面が揺れる。これが宇宙のバイブス……。あ、またガチャで爆死した。いいのこれは将来の『徳』への先行投資だから」

深刻な睡眠不足(メモリリーク)により、彼女のバリデーターは完全に崩壊していた。彼女は、子供の鳴き声を「ゲームの効果音」だと誤認し、夕食のカレーを「推しへの供物」としてキーボードにぶちまけた。

彼女の脳内では家事も育児もすべてが
「経験値稼ぎのミニゲーム」へとダウングレードされていた。

一週間後。

ついに佐藤美子の脳内CPUが臨界点を突破した。彼女は、一睡もしないまま、よだれを垂らして路上に這い出した。彼女の視界には、もはや現実の風景(HTML)は映っていない。

通行人はすべて「敵プレイヤー」か「ガチャのハズレ枠」に見えていた。

「……あぁ、この通行人……レア度が低いわね。私の『早稲田スキン』でデバッグしてあげる」

彼女は目の前を歩いていた、身長190センチ、体重120キロのプロレスラー志望の男、鈴木一郎に向かってプラスチックのガラガラを武器として振りかざして意味不明な「早稲田の校歌(スクリプト)」を絶叫しながら突撃した。

しかし、鈴木のOSに「早稲田卒」というブランド価値は1ビットも登録されていなかった。鈴木にとって、佐藤はただの「挙動の不審なバグ」でしかなかった。「わせだ、わせだ、わせだ、わせだ、わああああせだあ!」

「……邪魔だ、このバグが!」

鈴木の生存本能という名の実行コマンドが、最速で入力された。彼は、突っ込んできた佐藤の腰をガシリと掴むと、そのまま垂直に持ち上げた。

佐藤が最後に見た景色は、逆さまになった新宿のビル群と、鈴木の太い腕だった。次の瞬間、鈴木の全力の「パワーボム」が、コンクリートという名の「硬い物理レイヤー」に佐藤を叩きつけた。

「あははははは!た、たたたかぃ、都の西北ー!あわわわ!あべし!」

佐藤美子の背骨(マザーボード)が、物理的な衝撃で粉砕された。彼女の「早稲田卒ワーママ」という誇り高いナラティブは、一瞬で「ただの肉塊」という名のRaw Dataへと変換された。彼女の網膜には、もはや推しの顔もゲームのスコアも映らずただ暗黒のコンソール画面に、一行だけのメッセージが空しく明滅していた。

Critical Error: System Physical Destroyed. (Cause: Powerbomb)

彼女の死体は誰からも優秀なワーママとして認識されることなく「通行人に絡んで自滅した不審物」として清掃業者によって淡々と処理された。(完)

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