【三寸の舌の有らん限り】[77]~バルチック艦隊04~ (2039文字)
※ 【三寸の舌の有らん限り】は、日露戦争期にアメリカに渡り、日露講和に尽力した金子堅太郎、資金調達に奔走した日銀副総裁・高橋是清らの軌跡をたどっています。戦争を肯定・賛美するものではありません。
1904年(明治37年)10月22日午前1時頃。
北海のドッガー・バンクで、暗闇の中で水雷艇の影を目撃したバルチック艦隊の旗艦・クニャージ・スヴォーロフ号は砲撃を行った。
サーチライトで照らすと、トロール船が光の中に浮かび上がった。
水雷艇の姿は認められなかった。
しかし、司令長官のロジェストヴェンスキーは、漁船団の中に日本の水雷艇が紛れ込んでいると判断し、その場を離れたのだった。
バルチック艦隊が攻撃したのは、英国のトロール漁船団であった。
謝って砲撃し、被害者が出ていたにも関わらず、バルチック艦隊は救助することなくその場を去って航海を続けたことが、10月24日の英国の新聞に掲載され、イギリスでは反ロシアの感情が国民の間で一気に高まった。
英マスコミは、だれ彼かまわず噛みつく「狂犬艦隊」と名付け、バルチック艦隊の不当な行為を批判した。
各紙とも一致して賠償金と謝罪をロシアに要求し、責任者を処罰するよう主張する。
要求が受け入れられなければ、英海軍を総動員して、艦隊を勾留するようにイギリス政府に迫った。
イギリスも強硬的な態度を示し、海軍に戦闘配備を命じている。
イギリス海峡の防衛に当たる海峡艦隊(チャネル・フリート)を、地中海の入り口にある英海軍基地ジブラルタルに急派させた。
そして戦闘準備を整え、命令があるまで各艦に待機するよう指示した。
一方、バルチック艦隊は10月26日に、スペイン北西部にある港湾都市ヴィーゴに停泊した。
10月27日、イギリスはバルチック艦隊がヴィーゴに停泊しているという情報を得て、10月29日に詮議の為に英国巡洋艦5隻を急行させた。
ロシア・バルチック艦隊とイギリス・海峡艦隊が砲火を交える危険性が高まった。
が、ロシア政府が迅速に対応し、騒動の幕を引いた。
この危機に直面して、ロシア政府の対応は素早い。
ロジェストヴェンスキーは漁船団の中に水雷艇がいたと強調した。
だが、ペテルブルクはこの事件を、ハーグの常設仲裁裁判所に付託するこをに同意し、その決定に従うことを表明した。
実質上ロシアは、賠償金の支払いと公式な謝罪を受け入れたことになる。
国際調査委員会を開くにあたり、ロシア士官4名を証人として参加させることにして、ヴィーゴで下船させた。
こうして、ロシアとイギリスの戦争という最悪の事態は回避された。
イギリスは決着がつくまで、バルチック艦隊の出航を認めない腹積もりだったが、妥協して巡洋艦による追尾を続けるだけに止めた。
11月1日、バルチック艦隊はヴィーゴを出航し、南に向かった。
🔲引用・参考資料🔲
●「金子堅太郎: 槍を立てて登城する人物になる」 著:松村 正義
●「日露戦争と金子堅太郎 広報外交の研究」 著:松村 正義
●「日露戦争・日米外交秘録」 著:金子 堅太郎
●「日露戦争 起源と開戦 下」 著:和田 春樹
●「日清・日露戦争における政策と戦略」 著:平野龍二
●「世界史としての日露戦争」 著:大江志乃夫
●「世界史の中の日露戦争」 著:山田 朗
●「韓国併合」 著:森 万佑子
●「新史料による日露戦争陸戦史 覆される通説」 著:長南 政義
●「児玉源太郎」 著:長南 政義
●「二〇三高地 旅順攻囲戦と乃木希典の決断」 著:長南 政義
●歴史群像2020年6月号『再検証 旅順攻囲戦』 著:長南 政義
●「坂の上の雲 5つの疑問」 編:ゲームジャーナル編集部
●「小村寿太郎とその時代」 著:岡崎 久彦
●「高橋是清自伝(下)」 著:高橋 是清
●「日露戦争、資金調達の戦い」 著:板谷敏彦
●「明石工作: 謀略の日露戦争」 著:稲葉 千晴
●「バルチック艦隊ヲ補足セヨ」 著:稲葉 千晴
●「海戦からみた日露戦争」 著:戸高 一成
●「日露戦争」 著:半藤一利
●「日本海海戦の深層」 著:別宮暖朗
●「露探」 著:奥武則
●「写説 日露戦争」 編:太平小戦争研究会
●「写真が記録した日露戦争 旅順攻囲戦」 著:平塚 柾緒
●「ソ連から見た日露戦争」 著:I・I・ロストーノフ
●「ベルツの日記」 編:トク・ベルツ
●「兵士たちがみた日露戦争」 著:横山篤夫、西川寿勝
いいなと思ったら応援しよう!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?