【そして戦争が始まった】Countdown 418 ~1940年(昭和15年)10月16日 経済制裁~[2208文字]

 太平洋戦争までの道のりを出来事で振り返っています。
 引き続き日米交渉編です。

 特定の事件・国家・組織・人物を賞賛や批難するものではありません。
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  1940年(昭和15年)9月27日午後1時(ドイツ時間)、日独伊三国同盟の調印がベルリンのヒトラー総統官邸閣議室にて行われた。

 日本では9月27日午後9時になる。
 調印が無事に終了したという電話を受け、東京永田町の外相官邸で祝賀会が催された。
 駐日ドイツ大使オットーは、シャンパングラスを高く掲げ、『天皇陛下バンザイ」と言い、松岡外相と乾杯をした。
 
 あちらこちらで『日本バンザイ』、『ヒトラー総統万歳』、『イタリア皇帝万歳』、『ムッソリーニ首相万歳』と、連呼が続いたという。

 独伊にとってはアメリカを日本によって牽制させ、欧州での戦争に参戦させないための同盟、日本にとっては仏印・蘭印を得るための同盟であった。

 尚、日独伊三国同盟締結について、内務省は新聞各社に、書いてはいけないこととして、下記内容を伝えていた。

①条約締結により利益を受けるのは独伊だけ
②これでは日中戦争の解決にならないのではないか
③締結にあたって日本の政府部内に意見の対立があった
④日ソ国交調整は転向者の陰謀
⑤条約が経済界に及ぼす影響は大きい

「戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗」 加藤陽子:著より

  日本と戦争を続けていた中国国民政府の蒋介石は、日本は石油を得るために南下の野心を持っていることを理解していた。
 日本の野心に乗じ、中国にとって有利な条件で、(日中戦争の)講和を結ぶことも悪いことではないと考えていた。

 そのように考えた理由として、加藤陽子氏は『イギリスとフランスが、中国に戦略物資を運んでいた援蒋ルートを、日本の要求に屈して閉鎖したこと』と日中戦争が続くとことで、中国共産党が勢力を広げていることをあげている。

 日独伊ともに資源を持たざる国あることから、戦争継続に必要な戦略物資をもつ中国と繋がるために、ドイツ外相のリッベントロップは、駐独中国大使に三国同盟に加わらないか、日本と講和しないか、と伝えていた。

 1940年(昭和15年)11月21日、蒋介石は駐独中国大使に打電し、講和の前提として『中国の領土に侵略した陸海空の軍隊の撤兵』『日本側の傀儡政権である汪兆銘政権の承認の無期限停止』を日本側が認めるようにドイツ当局から日本に伝えるように命じた。

 1940年(昭和15年)11月23日、日本から五相会議で軍の撤退と汪兆銘政権承認の無期限延期を認めるとした、という連絡を蒋介石は受け取った。

 しかし、日中戦争はいくつもの和平の可能性があったものの、そのすべてが実を結ぶことはなかった。

 今回も、1940年(昭和15年)11月30日に日本が汪兆銘政権を承認し、自ら受け入れた和平の前提となる条件を潰している。

 一方、中国国民政府を支援しているアメリカは、日独伊三国同盟締結の以前から、日本に対して経済制裁を行っていた。

 1940年(昭和15年)7月2日。
 
輸出管理法を制定し、国防上の重要物資の輸出を許可制にした。

 1940年(昭和15年)7月26日(7月25日?)。
 
航空用燃料、潤滑油、鉄、重屑鉄鋼の輸出許可の制限を行った。
 潤滑油の輸出許可が出ないことで、鉄道省は「東海道本線が動かなくなる」と悲鳴をあげたという。(交渉がなされた結果、輸出は許可されている)

 1940年(昭和15年)9月26日。
 屑鉄・鉄鋼の対日輸出の全面禁止命令が出された。

 しかしアメリカに対し、首相の近衛文麿と外相の松岡洋右は、強気の姿勢を崩さなかった。

 日独伊三国同盟締結後、首相の近衛文麿は京都での記者会見で、『アメリカが日独伊の立場を了解せず、三国同盟を敵対行為として対抗するならば、三国は敢然これと戦うこととなるだろう』と発言した。

 外相の松岡洋右もまた、アメリカ人記者に対し『もしアメリカがその恵まれた国情にもかかわらず、頑迷かつ盲目的に、太平洋の現状維持を固執するならば、われわれはアメリカと戦わざるを得ない」と語っている。

 1940年(昭和15年)10月16日。
 アメリカは屑鉄・鉄鋼の日本への輸出を全面的に輸出禁止とした。この日以降、屑鉄および鉄鋼はイギリス・西半球諸国以外には輸出されなくなった。

 アメリカの日本大使館から、首相・外相の不謹慎な発言に対して自重を促されると、近衛文麿と松岡洋右は、それぞれ歯切れの悪い釈明をするのだった。
 しかし、不用意な発言が結果として国益を損なった一因となったことは否めない。

 外交官の森島守人は、この時期に知人のアメリカ人から、こう言われている。

 『日米関係が重要、機微な時機に直面している際、すでにできあがった三国同盟は如何ともし得ないだろうが、せめて日本の政治家としては、いらぬおしゃべりだけは慎むほうがよい』 

「真珠湾・リスボン・東京」 森島守人:著

🔲参考・引用資料
「ゾルゲ事件80年目の真実」 名越 健郎:著
「ゾルゲ 東京を狙え」   ゴードン・W・プランゲ:著
「日米開戦への道」     大杉一雄:著
「大東亜共栄圏-帝国日本のアジア支配構想」 安達 宏昭:著
「御前会議: 昭和天皇十五回の聖断」     大江 志乃夫:著
「真珠湾・リスボン・東京」         森島守人:著
「戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗」 加藤陽子:著


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