[いだてん噺]会議は進まず【昭和5年】(2108文字)

 [いだてん噺]は、日本人女性初のオリンピックメダリストである人見 絹枝さん[ひとみ きぬえ 1907年 (明治40年) 1月1日~1931年 (昭和6年) 8月2日]の生涯を、自伝等の資料に基づいて辿っていくものです。


 1929年(昭和4年)を振り返り、絹枝は自伝に『昭和4年(1929)の一年は、私のスポーツの生活中で最も大きなものを得さしめた年であった』と、記している。

 しかし、頂点に達した時は、いつまでも頂点に達してそのまま止まることは出来得ないらしい。

 また、来た道に帰らなくとも、また、反対の道をとって降って行かねばならないのである。

 それを思えば、頂点を指した時がまたなつかしいものではないだろうか。
 その時こそ実もあり花もある期であると思えば、淡い淋しさも湧かないことはない。 
 年の暮れも迫った。いよいよ迫った。

『人見絹枝―炎のスプリンター (人間の記録)』人見 絹枝:著より

 1929年(昭和4年)の年末に、日本女子スポーツ連盟は年末例会を開いた。
 会長を含んで役員総数は10名程度の小さな組織であったが、翌1930年(昭和5年)にチェコスロバキアのプラハで開催される第3回世界女子競技会に向け、『日本代表選手派遣の可否』、『派遣するのであればその方法』等について、夜遅くまで議論がなされた。

 10名の役員の頭にも、次第にオリンピックに対する大々的の計画の外廓が宿っていることを認めた私は、うれしくてならなかった。
 
 いよいよ多忙な年がやってくる。光明に輝く1930年がやって来る‥‥。
 私も24になるのだ。アディユー 1929年!

『人見絹枝―炎のスプリンター (人間の記録)』人見 絹枝:著より

 そして年が明け、日本女子スポーツ連盟の新年宴会を兼ねた役員総会が、1930年(昭和5年)1月中旬に開かれた。

 昨年末の議題であった『一.(第3回世界女子競技会への)日本から選手派遣の可否』についての連盟の意見は、以下の通りであった。

 過去2回、人見選手の遠征によって、外国スポーツ界に対する日本スポーツの位置も確立した。

 更に第3回世界女子競技会に対しては、人見選手以外にも多くを送り、更に日本女子スポーツの地位の確立と、より以上の親密さを加えたい。
た。

『人見絹枝―炎のスプリンター (人間の記録)』人見 絹枝:著より

 また『二.選手派遣は可能なりや』についての連盟の意見は以下の通り。

 最初から、優勝するという考えはぬいて、日本の将来のためにも、この際は、人見選手以外にも諸嬢を送る要あり。

 更に、人見嬢以外に欧米選手に対して、勝利の称えられ得るものは他になきことは、今から分っていること。

 ただ日本からリレーレースに人見嬢を加えて参加すれば、入賞圏内に入り得る可能性は十分見越し得る。
 [略]
 以上をもってリレーチームの参加を切望し、同時に選手遠征は可能なり。

『人見絹枝―炎のスプリンター (人間の記録)』人見 絹枝:著より

 しかし、『三.その経費は如何にしてなし得るか』で、役員たちは頭を抱えることになる。

 一人分、過去人見嬢の経験により三千円を見積り、リレーチーム4名に監督1名、5名分1万5千円を最小限度とする。
 その経費捻出方法は如何にすべきかに至って、議事は侵攻せず、甲論乙駁(こうろんおつばく)大混乱となった。

 一文の蓄えもないところに1万5千円の巨額を言い渡されてみると、役員10名の頭にはその方法も、そうすぐには浮かんでこない。

 大会(第3回世界女子競技会)9月上旬にと決まっている以上、日本選手に出発は7月中。
 こう考えれば、金は早速今から着手して、半年のうちに作りあげねばならない。

 1時間ばかり議題は練られたが、立派な案も出ず、2月上旬に臨時会議を開くとして、それまでに各人で十分に考え、それを持ち寄るようにして、その夜は更けて幕を閉じた。

『人見絹枝―炎のスプリンター (人間の記録)』人見 絹枝:著より

 絹枝を含む日本女子スポーツ連盟の役員たちは、1万5千円の金策に頭を悩ませることになった。

 (敬称略)


■参考・引用資料(引用は適宜改行しています)
●『人見絹枝―炎のスプリンター (人間の記録)』人見 絹枝:著、 織田 幹雄 ・戸田 純:編集
●『二階堂を巣立った娘たち』 勝場勝子・村山茂代:著
●『はやての女性ランナー: 人見絹枝讃歌』三澤光男:著
●『短歌からみた人見絹枝の人生』 三澤光男:著
●『KINUEは走る』      小原 敏彦:著
●『不滅のランナー 人見絹枝』 田中良子:著
●『1936年ベルリン至急電』   鈴木明:著
●『オリンピック全大会』    武田薫:著
●『陸上競技百年』       織田幹雄:著
●『織田幹夫 わが陸上人生』  織田幹雄:著
● 国際女子スポーツ連盟 - Wikipedia アリス・ミリア - Wikipedia
●『前畑ガンバレ』 著:兵藤秀子
●『昭和 ― 二万日の全記録 (第1巻)』 講談社:編
●『紀元2600年のテレビドラマ』 森田創:著
●『日本スポーツ放送史』    橋本一夫:著
●『紺碧の空に仰ぐ感激の日章旗』南部忠平:著
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