『わたしだけの形』
放課後の教室は、いつもと違って静かだった。
ミオは一番奥の窓際の席で、ノートパソコンを慎重に開いた。夕日が差し込む教室には、まだ数人の生徒が残っている。宿題をする子、友達とおしゃべりする子。そして、クラスのあちこちに、みんなのARペットが浮かんでいる。
タクマの肩には銀色のドラゴンがとまり、時々首を振って周囲を見回している。ナオの机の上では小さな狐が軽やかに跳ね回り、教科書の間を縫うように駆け回っていた。アイカの膝の上には、ふわふわの白いうさぎがまどろんでいる。
学校に自分のペットを連れてくるのは、この時代では当たり前だった。2045年の小学生にとって、ARペットは文房具のような日用品だった。
でも、ミオにはまだペットがいない。
いつも友達の後ろで、その尻尾が揺れるのを眺めているだけだった。市販のペットを買う余裕もないし、何より、みんなが持っているような既製品は欲しくなかった。
「ねえ、ミオちゃんはペット飼わないの?」
アイカが振り返って聞いてきた。膝の上のうさぎがぴょこんと耳を動かす。
「うーん、まだ決めてないんだ」
本当は、自分で作ってみたいと思っていた。でも、そんなこと言ったら笑われるかもしれない。
「5時からTENTOの授業があるから、また今度ね」
ミオはヘッドセットをつけて、小さな声でログインした。
「こんにちは、ミオ。今日は特別な授業だよ」
リオ・カナメ先生の声が、ヘッドセット越しに届く。先生のホログラムが、ミオのノートパソコンの画面に現れた。教室の他の生徒には見えない、ミオだけの先生だった。
「今日は初めての3Dモデリングの授業だ。君だけのARペットを作ってみよう」
ミオの心臓がドキドキした。まさに、自分がやりたかったことだった。
「本当ですか?私でも作れますか?」
「もちろん。モナカも一緒に手伝ってくれる」
AIアシスタントのモナカが、やわらかい声で挨拶した。
「ミオちゃん、一緒にがんばろうね」
ミオの画面の中に、真っ白なポリゴンが浮かんだ。立方体のような、何の特徴もない形。
「まずは基本の形から始めよう。伸ばしたり、削ったり、分割したり。君の思うままに」
指先でマウスを動かすと、ポリゴンがぐにゃりと変形した。ScratchやProcessingのコードとは違って、形がすぐに立体になるのが少し怖くて、でもワクワクした。
「どんな子を作りたい?」リオ先生が聞いた。
「えーっと…」
ミオは周りを見回した。タクマのドラゴンはかっこよくて、ナオの狐は賢そうで、アイカのうさぎは可愛い。でも、どれも自分らしくない気がした。
「思ったより、かたちにならないな…」
30分ほど格闘していたが、なんだか変な形になってしまった。耳が長すぎたり、足が短すぎたり。
モナカがささやく。
「誰かと同じ形じゃなくていいんだよ。この世界には、まだいない形を作るのが、君の役目だから」
その言葉を聞いて、ミオは手を止めた。
そうか。みんなと同じである必要はないんだ。
ふわり、とミオの指が動く。今度は、他の誰かのペットを真似しようとせず、自分の心の中にある「何か」を形にしようとした。
丸くて、でも完全な円じゃない。耳が長くて、でもうさぎほどじゃない。尻尾はふわふわで、でも狐ほど大きくない。
まだ名前もない影が、ディスプレイの奥で息をし始めた。
「あ…動いてる」
ミオが作った生き物が、画面の中でゆっくりと歩き始めた。不器用だけど、一生懸命に足を動かしている。
「素敵じゃない」リオ先生が微笑んだ。「この子には、どんな名前をつける?」
「ぽんぽ」
なぜかその名前が、自然に口から出てきた。
「ぽんぽ、いい名前だね」
教室では、だんだん人が少なくなってきた。でも、ミオはまだ画面に夢中だった。ぽんぽに色をつけたり、歩き方を調整したり。
「できました!」
ついに、ぽんぽが完成した。薄いピンクと水色のまだら模様で、耳は片方だけ折れている。完璧じゃないけれど、それがかえって愛らしかった。
「AR投影してみる?」モナカが提案した。
「はい!」
ボタンを押すと、ぽんぽがミオの机の上に現れた。本物がそこにいるみたいに、教科書の上を歩き回っている。
「すごい…本当にいるみたい」
残っていたアイカが気づいて、近づいてきた。
「わあ、ミオちゃん、可愛い!この子、どこで買ったの?」
「作ったの」
「え?作ったって、自分で?」
アイカの目が丸くなった。
「すごいじゃん!私のうさぎと友達になれるかな?」
ミオは、そっと笑った。
次の登校日、この子を肩に乗せて行こう。わたしだけの形を、クラスに連れて行くんだ。
教室の窓から見える夕焼けが、ぽんぽの薄いピンクの毛色と同じ色に染まっていた。放課後の静かな時間に生まれた小さな命が、明日からミオの新しい日常を彩ってくれる。
「ありがとうございました、先生、モナカ」
「どういたしまして。ぽんぽを大切にしてね」
ノートパソコンを閉じた後も、ミオの心は温かかった。初めて、本当に自分だけのものを作れた気がした。
※本作はフィクションです。
実在の人物・団体とは関係ありません。
本作は、プログラミングスクールTENTOの活動をもとに発想した創作ショートショート連作です。
登場する人物・団体・出来事はすべて架空のものであり、実際の生徒・講師・保護者・スタッフ等との関係はありません。
TENTOの教育活動や理念を題材に、「子どもたちとテクノロジーの物語」を描いています。
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