『フレームの向こう側』
レンズを覗くなんて、今ではすっかり古い習慣だ。
この小さなデジタルカメラは、おじいちゃんが使っていたもの。去年の夏、おじいちゃんが亡くなった後、遺品整理で引き出しの奥から見つけた。古いCanonのロゴが、長年の使用で少し薄くなっている。
「もうバッテリーは死んでるよ」と父に笑われた。「それに、今どき写真なんて、ARゴーグルで360度スキャンすれば一瞬でしょ?」
でもミオはあきらめなかった。
このカメラには、思い出があった。小さい頃、おじいちゃんがいつも首からぶら下げていたカメラ。公園で遊ぶミオを、「ほら、こっち向いて」と言いながら撮ってくれた。桜の花びらが舞い散る中で笑うミオの写真。夏祭りで浴衣を着たミオの写真。
「写真はな、ミオ。その瞬間の気持ちも一緒に写るんだよ」
おじいちゃんの声が、まだ耳に残っている。
古いパーツを外して、小さな基板をつなぎ直す。バッテリーパックを現代の充電式に交換し、昔のSDカードをエミュレートするモジュールを付ける。TENTOのオンライン教室で教わったちょっとした回路の知識が、こんなふうに役立つなんて思わなかった。
「リオ先生、古いデバイスを修理するときのコツって何ですか?」
「ミオ、それは素晴らしい質問だね。古いものには、作った人の魂が込められている。その魂を理解することから始めるんだ」
モナカも手伝ってくれた。
「このカメラ、大切な思い出があるのね」
「うん。おじいちゃんが、私をたくさん撮ってくれたの」
3日かけて、ついにカメラが生き返った。液晶画面が点灯した瞬間、ミオの胸が高鳴った。
今の時代、何でも一瞬でスキャンできる。ARゴーグルをかぶれば、空間全部を丸ごと保存できる。AIが最適なアングルを自動選択し、美しく補正してくれる。友達のナオは、毎日何百枚もの写真をAIに撮らせている。
でも、カメラの小さなフレームで切り取る景色は、どこか特別だった。
ファインダーを覗くと、世界が四角い枠の中に収まる。どこを写すか、何を写さないか、すべて自分で決めなければならない。
最初に撮ったのは、窓辺の小さな観葉植物だった。
カシャ。
押した瞬間の音。シャッターを切る自分の息。少しだけブレた光。その音が、おじいちゃんとの思い出を呼び覚ました。
「上手に撮れたな、ミオ」
まるで、おじいちゃんの声が聞こえるようだった。
次の日から、ミオは毎日カメラを持ち歩いた。朝の陽射し、友達の笑顔、雨上がりの水たまり。ARペットのぽんぽが机の上で眠っている様子も撮った。
その一枚一枚が、**全部、"わたしが選んだ世界"**だった。
「ミオちゃん、それ何?古いカメラ?」
クラスメイトのアイカが興味深そうに聞いてきた。
「おじいちゃんの形見なの。自分で修理したんだ」
「えー、すごい!でも、ARスキャンの方が簡単じゃない?」
「うん、でもこっちの方が、なんか特別な感じがするの」
夜、ミオは撮った写真をメタバースの小さな部屋に並べた。壁一面が、フレームで埋め尽くされていく。おじいちゃんが昔作ってくれた写真アルバムみたいに、一枚一枚を大切に配置した。
部屋の中央には、おじいちゃんが撮ってくれたミオの写真も飾った。桜の下で笑う5歳のミオ。その隣に、今日撮った桜の写真を並べる。
同じ桜、でも全然違う視点。おじいちゃんはミオを主役にして撮ったけれど、ミオは桜の花びら一枚一枚に焦点を当てた。
「おじいちゃん、私も写真が好きになったよ」
誰かに見せるためじゃない。自分の中に残すための、小さなギャラリー。おじいちゃんとの繋がりを感じるための、特別な空間。
ギャラリーの一番奥に、もう一つ写真を飾った。カメラの修理をしているミオの手元を、父が撮ってくれた写真。回路基板とドライバーに囲まれて、真剣な表情で作業するミオ。
「技術と心が出会う瞬間だね」リオ先生がコメントしてくれた。
明日もまた、祖父のカメラを持って、どこかの一瞬を探しに行こうと思った。
おじいちゃんが教えてくれた「その瞬間の気持ちも一緒に写る」という言葉の意味が、少しずつわかってきた気がした。
カメラを握りしめながら、ミオは静かに微笑んだ。形あるものはいつか壊れてしまうけれど、そこに込められた愛情は、こうして受け継がれていくのかもしれない。
※本作はフィクションです。
実在の人物・団体とは関係ありません。
本作は、プログラミングスクールTENTOの活動をもとに発想した創作ショートショート連作です。
登場する人物・団体・出来事はすべて架空のものであり、実際の生徒・講師・保護者・スタッフ等との関係はありません。
TENTOの教育活動や理念を題材に、「子どもたちとテクノロジーの物語」を描いています。
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