【掌編小説】昼寝のあとで
昼寝から目を覚ましたとき、妙な感覚が残っていた。
朝、起きたときのような気分だった。
体の奥に、もう一日を終えたあとの、あの静けさがある。
でも、カーテンの隙間から差し込む光は、どう見ても夕方だった。
「まだ、今日か」
そう呟きながらも、不安が消えない。
本当に、今日なのか。
自分でもおかしいと思いながら、リビングへ向かう。
テーブルの上に置かれていた新聞に、手を伸ばした。
日付を、確かめるために。
ぱらりと紙をめくる音が、やけに大きく響く。
そこに印刷されていたのは、やはり「今日」の日付だった。
ほっとしたはずなのに、胸の奥のざわつきは消えなかった。
夢を見ていた気がする。
けれど、内容は思い出せない。
ただ、誰かと話していた。
そして、何かを後悔していた。
その感情だけが、はっきり残っている。
リビングの奥で、母が夕飯の支度をしていた。
「起きたの? ずいぶん長く寝てたね」
「うん」
返事をしながら、違和感が胸に引っかかる。
この会話を、もう一度なぞっているような感覚。
「今日、帰り遅いって言ってたでしょ?」
母の言葉に、心臓がわずかに跳ねた。
そうだ。
明日、私は、あの人と会う約束をしていた。
そして夢の中で、私はそれを断っていた。
理由は思い出せない。
ただ、断ったあと、取り返しのつかない後悔に沈んでいた。
新聞を持つ手に、わずかに力が入る。
確かに今日は、まだ終わっていない。
なら、やり直せる。
「ねえ、お母さん」
「なに?」
「明日、やっぱり出かけるね」
母は少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに「そう」とだけ言った。
それだけで、なぜか救われた気がした。
部屋に戻り、スマホを開く。
指が一度止まる。
でも、今度は迷わなかった。
『明日、楽しみにしてる』
送信ボタンを押すと、胸の奥のざわつきが、少し静まった。
窓の外は、ゆっくりと夜に変わっていく。
けれど私の中では、もう一度だけ与えられた「明日」が、静かに始まっていた。
今度は、ちゃんと選ぶために。
いいなと思ったら応援しよう!
いつもありがとうございます。よろしければ応援をお願いします。これからも分かりやすい記事の投稿に努めてまいります。