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    <title>竹林秋人</title>
    <description>事業企画の会社員 × ライター × コーチ × podcast編集者。
batons writing college1期生 / 銀座コーチングスクール認定コーチ/podcastの学校6期生。
週末は6歳の息子に付き従い、公園で網を振るう日々。</description>
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    <copyright>竹林秋人</copyright>
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    <lastBuildDate>Sat, 27 Jun 2026 06:37:00 +0900</lastBuildDate>
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      <title>ギリシャの師弟関係にロマンを感じる</title>
      <description><![CDATA[<p name="8a217a54-d366-4388-b260-650209706506" id="8a217a54-d366-4388-b260-650209706506">　最近、読んだ『百冊で耕す』（近藤康太郎）の影響で、主要な哲学者の本を時系列で読んでみたいな、と思った。何か自分に強制力がなければ絶対に読まない。『百冊で耕す』の推奨が、各人を読み込むのではなく「どんなことを出張した人なのかを理解する」「著作も読むべきだが、補助線で入門書を読むのも良い」というやや低いゴール設定なのも、ありがたい。まだプラトンで2-3冊、アリストテレスで1冊という程度だけど、そもそもの人間関係が結構面白い。<br>　<br>　プラトンは、全ての著作を自分の師匠であるソクラテスの言行録として描いている。自分の本なのに、自分の師匠の一人語りで書く。しかも、一冊だけではなくて、生涯書いた全ての本がその形式。普通、そんなことするだろうか？　<br>　プラトンとソクラテスの別れも劇的だ。子供のころからの付き合いがあり、誰よりも「正直」に言葉を発すると尊敬していた人が、「国家への不敬罪」として死刑に処される。<br>　この死が間違っているという怒りがその後の著作に影響した。それは多分間違いないのだと思う。<br>　この二つをつなげてみた時に、物語のようなドラマ性を感じる。なんとなく、イエス=キリストが無くなった後にその言動を聖書に記した福音書の書き手と、プラトンが似て見える部分もある気がする。<br> <br>　そうして、ソクラテスを主人公として様々な哲学書であり対話篇を書いたプラトンが学校を作り、また弟子が出来る。その一人のアリストテレスは、思想を対比して語られるほどプラトンと考え方が大きく異なる。プラトンが物事の裏側にある本質、イデアを重んじる理想主義者と呼ばれる一方で、アリストテレスは現実をよく観察し、分類することを重んじる。<br>　正反対というのは明らかに言いすぎだろうけど、師匠の考えを批判的に受け継いだ側面が多くあるといのうのは間違いないだろう。プラトンがソクラテスを見る姿勢とは大きく異なる。<br> <br>　こういう全然違う師弟関係の系譜が、今のかなり多くの哲学のルーツになっているというのが、人間臭くもあり、ロマンでもある。</p><br/><a href='https://note.com/taketake25/n/nde5eb1870a9d'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>竹林秋人</note:creatorName>
      <pubDate>Sun, 31 May 2026 21:50:40 +0900</pubDate>
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      <title>花の名前</title>
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      <description><![CDATA[<p name="48e6aaf0-d13b-40c2-aa59-d547f3a63fb2" id="48e6aaf0-d13b-40c2-aa59-d547f3a63fb2">　息子が小学生にこの4月からあがって、まず変わったのは朝のルーティンだった。保育園まで一緒に送ることはなく、家を出て道の角まで送ったらそこで終わり。息子は「一人で行く！」と言っていたが、私がついて来たら次の角に曲がるまでずっと振り返って手を振っていた。一人で行きたいが、来たら来たで嬉しいのだろう。いろいろ楽しめる子なのは良かった、と思う。<br>　同じ登校する道には小学生が溢れている。息子と同じ黄色のランドセルカバーをつけた子供は母親に手を引かれている人が多い。忘れ物をしたのか、慌てて道を引き返す親子もいる。入学したての4月は忙しない。<br><br>　子供を小学校に送り出して、少し余裕がある日だったので、そのまま少し散歩をした。八重桜は散ったが、牡丹桜はまだ咲いていて花のトンネルを作っている。四季の中で最も色鮮やかな季節だと思う。<br>　家の側には40年ほど前に開発されたマンション群がある。子育ても前提になっているため、その中には噴水がある公園や小さな丘まである。そこには花壇も多くある。ピンク、オレンジ、青、様々な色の花が絵の具のパレットのように1箇所にまとめられて、こじんまりとでも確かに咲き誇っている。<br>　散歩を中断してじっくり見てみると、不思議に思う。なぜ、一つ一つの花はこれほど形が違うのだろう？　また、同じ形なのに色が違う花があるのはなぜなのか？　一つの花で、花びら毎に色が紫とピンクと異なっているのはなぜ？<br>　花の絵が描けたら、とふと思う。絵を描くトレーニングをすると、まず物を捉える目が鍛えられるという話を聞いた。絵描きはこうしてぼんやり自分が花びらや茎、葉を眺めているよりも解像度高く形を捉えられるのかもしれない。<br>　花の名前もほとんど分からない。「花の名前を覚えている人は感じが良い」というのを何かで読んだが、確かに余裕がある人でなければ花に興味を持たないかもしれない。</p><p name="6b037884-03df-4095-b108-3c076459e2a4" id="6b037884-03df-4095-b108-3c076459e2a4">　15分ほどして戻ると、小学生の群れはもう消えていた。犬を連れている老人が、街で立ち止まっていた。彼は帰って仕事はないのかもしれない。勝手にそう思う。<br>　仕事がないのもつまらなそうだが、仕事と家事で予定が埋まりすぎるのも余裕がない。どちらかではなく、週3ぐらいの労働を、歳を取っても働き続けられる方が生活としてはバランスが取れているのかもしれない。<br>　</p><br/><a href='https://note.com/taketake25/n/n286d5f02d279'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>竹林秋人</note:creatorName>
      <pubDate>Tue, 14 Apr 2026 08:59:32 +0900</pubDate>
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      <title>くだらないの中に</title>
      <description><![CDATA[<p name="429f9d87-246d-4b6e-ae87-0ad1d3d8a813" id="429f9d87-246d-4b6e-ae87-0ad1d3d8a813">　最近の息子のお気に入りはポケモンだ。『ポケモンフレンダ』というゲームセンターで遊べるゲームにはまっており、朝の保育園に行くときもそのゲームの話ばかりしている。<br>　パパにポケモンを3匹選ばせて架空のバトルを常にしている。技名を言って、バーンとかドーンとかの擬音を出して、「こうかがばつぐんだ！」とかいろいろとコメントしている。<br>　あまりに同じやりとりが繰り返されているので、こちらの集中力もほとんど保たれておらず半分頭の中で考え事をしながら登園の道を歩いている。</p><p name="a8a8e1be-eb82-4f93-ac3a-78b92a2abfce" id="a8a8e1be-eb82-4f93-ac3a-78b92a2abfce">　息子を保育園に入れたのは0歳の時だったので、登園は6年程度繰り返されたことになる。特に仕事上支障がなければ、保育園まで子供を送っていく。0歳の時は当然歩くことが出来ず抱っこ紐で子供を運んでいたはずだ。2歳頃は子供が転ばないように注意しながら歩いていたと思う。虫が好きになった4歳は、道の脇にある植え込みの中に何がいるかを探りながら歩いた。やたらと時間がかかった。カミキリムシがいて驚いたりもした。<br>　そんな風に書いてみたけど、正直に言えば0歳や2歳のころ、その何気ない登園がどんな風だったのかをはっきりと思い出すことはできない。子供のいる日々は変化が大きすぎて、すぐに少し前のことを忘れてしまう。出来るだけ動画を多くとったり、日記をたまにつけたりしなければ、全ては忘却の幕の向こう側へ過ぎ去っていく。</p><br/><a href='https://note.com/taketake25/n/n152246168283'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>竹林秋人</note:creatorName>
      <pubDate>Mon, 30 Mar 2026 16:53:31 +0900</pubDate>
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      <title>習慣化という希望</title>
      <description><![CDATA[<p name="026e5e36-4b44-42e4-ac32-38ccd3674707" id="026e5e36-4b44-42e4-ac32-38ccd3674707">井上新八著『時間のデザイン』という本にだいぶ影響を受けている。<br>毎日やる習慣を100近く持っているというブックデザイナーの方で、200近い本のブックデザインをこなしつつ、本を出したりほぼ毎日映画を見たり、はたまたどうぶつの森をやりダンスの練習をするという多忙な日々をどうこなしているかを書いた本だ。<br>この本から学んだのは習慣は力になる、そして、習慣というのはとにかく毎日仕組み化してやるしかないということだ。<br>一番参考になったのは、習慣というのは連続させるのが良いということだ。Aが終わったら、次はBをこなす。それをルール化する。そして、BからC、CからDと繋げていけば、どんどんいろんなことを無意識でこなせるようになる。<br>確かに、これはうまく行く気がする。自分も朝ごはん後に、ストレッチを4種類こなして、2-3個筋トレするというのを始めたけど割と成功率が高い。考えることもせず、ただ習慣として連続する。それが最も頭のリソースを使わない。正しい気はする。</p><p name="11b76b44-9a00-4aa6-871e-b896b8feb750" id="11b76b44-9a00-4aa6-871e-b896b8feb750">何より思うなら、この考え方には夢がある。<br>他の時間がほとんど何かに埋め尽くされていても、5分長くて30分の習慣をもてれば確実に人生が変わる。すぐ変わらなくても5年や10年で変わる。<br><br>歳をとるほど思うけど、動かせないものが増える。家族でそこそこ暮らしていくお金は欲しいし、子育てには時間がかかる。仕事の付き合いもあるし、昔ながらの友達とも繋がっていたい。お金もさほどはないが、時間はさらにない。<br>小さな時間でも積み重ねればいいというのは、変えられないものが多い人への希望であり福音である。<br></p><br/><a href='https://note.com/taketake25/n/naf0e348bf3ac'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>竹林秋人</note:creatorName>
      <pubDate>Fri, 27 Feb 2026 23:25:28 +0900</pubDate>
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      <title>頭から仕事を抜くこと</title>
      <description><![CDATA[<p name="d3f76df6-e5bb-4832-9bf2-e77c0956d78c" id="d3f76df6-e5bb-4832-9bf2-e77c0956d78c">最近、放っておくと頭の中で「仕事」のことばかり考えていた。<br>会社の仕事のことも重なり、自分のキャリアのことも悩みが多く、諸々の副業のこともある。投資や不労所得について考えてるのも含む。で　それらのどれかを考えてしまっている時間が長くて、余白がない。</p><p name="89f46828-6d5f-4882-9029-b778e5a60a6d" id="89f46828-6d5f-4882-9029-b778e5a60a6d">余白がないと人は疲弊してく。<br>最近、ただ散歩として家の周りを歩き回ったりしている。考えながら歩くこともあるけど、あえて考えを止めて歩くこともある。足裏の感覚が感じられる足袋のような靴を履き、青空やら夜空やらを眺めつつ、できるだけ雑念を消す。景色に集中することもあるし、感謝することを考えたたかることもあるし、慈悲の瞑想と言われる自分や誰かの幸福を祈る経文を唱えることもある。<br>昨日はパズルゲームをダウンロードしてやってみた。雑念を追い払うのには、単純作業に集中するのは良い気がした。『花束みたいな恋をした』の麦くんがパズドラばかりやっていたことが思い出された。</p><br/><a href='https://note.com/taketake25/n/nd3935755ab17'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>竹林秋人</note:creatorName>
      <pubDate>Thu, 26 Feb 2026 22:33:42 +0900</pubDate>
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      <title>ばいばい、たがめちゃん</title>
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      <description><![CDATA[<p name="61eb4524-d706-4af3-81c7-4754f0a07117" id="61eb4524-d706-4af3-81c7-4754f0a07117">　6歳の息子とお話を作るようになったのは、おともだちが流した「こわい話」のYouTubeがそもそものきっかけだった気がする。それがお気に入りだった息子は、「ぱぱ、こわい話して」と保育園の行きかえりやお風呂の中でねだるようになった。そして、私が色々な話を作るようになった。</p><p name="75f4aee1-d6fc-4210-852c-845c1381d432" id="75f4aee1-d6fc-4210-852c-845c1381d432">　はじめは「こわい話」として、当時読んでいた「カラダさがし」と「学校の怪談」を混ぜたような話を作った。次は、金曜ロード―ショーでやっていた「名探偵コナン」を見た後だったので、バディ物の探偵もの風。その後、息子自身の名前をつけたキャラが忍術で活躍をする話が一通り盛り上がった後、二人だけのロングラン作品になったのが、当時息子の好きだった水棲生物を主人公にした『たがめちゃん』だった。</p><br/><a href='https://note.com/taketake25/n/n4bb64f311a34'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>竹林秋人</note:creatorName>
      <pubDate>Sat, 31 Jan 2026 06:53:21 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/taketake25/n/n4bb64f311a34</link>
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      <title>問い読感想：未知なる対話を通じて、他者の眼でちょいムズ本と出会いなおす</title>
      <description><![CDATA[<p name="cb83d784-34f0-40da-b4cc-b7f207a18344" id="cb83d784-34f0-40da-b4cc-b7f207a18344">　終わって振り返ってみると、<strong>問い読の最大の魅力は「対話」という体験</strong>だった。</p><p name="e642492a-a8d4-4977-84f5-eae0221f701f" id="e642492a-a8d4-4977-84f5-eae0221f701f">　見たことも考えたこともないが魅力的な問いに対して、同じぐらいの真剣さを持った仲間と一緒に向かい合う。深い共通理解があるから、「こんなことを言ったらいけないのでは」と発言に遠慮をする必要もない。自分の過去の知識や経験を総動員した発言が、別の参加者の意外なアイディアとなり帰ってくる。そして、議論が終わったときには、全く想像もしていなかった未知の結論にたどり着いている――。</p><br/><a href='https://note.com/taketake25/n/n9f3c930f2a10'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>竹林秋人</note:creatorName>
      <pubDate>Fri, 26 Dec 2025 11:42:43 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/taketake25/n/n9f3c930f2a10</link>
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      <title>映画『ラストマイル』とアイヒマン問題</title>
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      <description><![CDATA[<p name="f8500b0d-590e-4a3c-a39b-19384e01fdf3" id="f8500b0d-590e-4a3c-a39b-19384e01fdf3">夜中にふと観返した映画「ラストマイル」が、思っていた以上に心に残りました。<br>サスペンスとして面白いのはもちろんなんですが、どこかで身につまされる感覚が残る。その理由を考えていたら、昔読んだハンナ・アーレントの「アイヒマン問題」を思い出しました。<br> <br>映画は、Amazonをモデルにしたと思しき巨大EC企業ブラックマンデーという一年で最も荷物が多い日に、爆発物が紛れ込んでいる可能性が出てくるところから始まります。主人公はの配送センターの配送責任者。危険な荷物を止めるという「正しい」判断をしつつも、爆弾が複数あるかもしれないという犯行予告動画を見つけながら、株価への影響を考えて発表を遅らせてしまう。<br>身につまされるのは、ややオペレーションより企画寄りでしたが、自分自身が物流の業務に携わっていたからだと思います。<br>物流の仕事って、止めることによる損害が途方もなく大きくて、動かし続けることが“善”のように扱われる。ミスなく、正しく、動かし続けることが正義。逆に言えば、止めることが悪。それが基本的な価値観なので、その構造の中では、「少しぐらい怪しいものが混ざっていても、とにかく流し続けるほうが“正しく”に見えてしまう瞬間がある」というのは非常によく理解できる。<br> <br>思い出したのがいわゆる「アイヒマン問題」。<br>ナチスのユダヤ人大量殺害を担ったアイヒマンは、特別に邪悪な人物ではなく、ただ組織の指示に従った“官僚的で普通の人間”だったという指摘。アーレントは、恐ろしい出来事は怪物によってではなく、“考えることを放棄した普通の人”によって進んでしまう、と書きました。<br>「普通の人間が組織の論理で悪を成す」という構造ラストマイルに非常に似ている。<br>でも、この比較で考えた場合、より『ラストマイル』の方が身につまされる理由は、組織がナチスから「実在しそうなグローバル大企業」に変わっている点。そして、主人公たちがその行動をとる思想信条として扱っているのが、会社の共通のバリューである「カスタマーセントリック」というキーワードであること。この、バリューベースで動くというのは、むしろミッション-ビジョン-バリューの浸透という文脈では「素晴らしい事」として扱われることが多い。<br>この物語に出てくる企業に属している人物は、ただ会社の利益やキャリアを優先し、組織の論理に従っただけの“普通の管理職”にすぎない。でも、それが利益至上主義や、それをベースにしたバリューを読みかえることにより、かなり犯罪に近い黒よりのグレーの行動をしかねない。<br>突き付けられてくるのは、「自分の所属している企業の論理に抗ってでも「正しい」振る舞いが出来るの？」という問いです。これは、同じ組織に長くい続けるほど、より難しくなる。繰り返される日々の判断自体が、会社の論理にのっとったものになっていくから。<br> <br>この物語の中では、主人公もまた完全な善人ではない。Twitterの投稿が爆弾予告のである可能性にいち早く気づき、類似の事故が起こってしまう可能性を薄々勘づきながらも、それをすぐには通報しない。<br>これはかなりグレーな行動だと個人的には感じました。例えば、三菱自動車のリコール隠しを考えてみる。車の欠陥情報や事故につながる不具合を数十年にわたり隠蔽し、国への報告やリコール実施を怠った事件。結果として重大事故が発生し、三菱自動車の経営危機に繋がっている。<br>これもスタートは「報告すべきことを、適切なタイミングで報告しなかったこと」であると考えれば大きくは変わらない。<br>もちろん、今回の物語においては主人公は爆弾を仕掛けられた側の被害者であり、情報の真偽もわからない。だから“完全な悪”とも言い切れない。ただ、そこだけ切り取られて、例えばX(旧Twitter)にでも流れれば、炎上しそうな案件ではある。<br> <br>恐らく、今回の登場人物であっても悪いことがしたいとは、まったく思っていない。<br>けれども、影響が広くにわたる仕事は特に「悪」に近い行為に近づくことがあり、その時に組織の論理に従うとそれを助長してしまうこともあり得る。けれども、そこで自分の意思で、ある意味その組織にい続けられないことを含めて、それを止められるか。止められない場合、「アイヒマン」と自分は何が違うのか。<br>中々難しい問いだな、と改めて思いました。<br> </p><p style="text-align: center" name="55a3e42e-ef4b-448d-a0cc-2067f9f77ccc" id="55a3e42e-ef4b-448d-a0cc-2067f9f77ccc">＊　＊　＊</p><br/><a href='https://note.com/taketake25/n/n98e4cc743f5e'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/81337518/profile_b3f87df111b83e3917d32deda0a59daa.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>竹林秋人</note:creatorName>
      <pubDate>Tue, 18 Nov 2025 04:54:57 +0900</pubDate>
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      <title>問考⑦　問い読を振り返って、問いの作り方と議論への学びを引き出すDay2　訪れてみたい風の谷</title>
      <description><![CDATA[<p name="549eae75-155e-49f6-a62e-02e2d7ac859a" id="549eae75-155e-49f6-a62e-02e2d7ac859a">　前回に引き続き、問い読で体験した問いと議論について振り返りつつ、<strong>「問いを作ったり考えたりすること」について役立ちそうな学び</strong>について考えていく。あと、今回は問いを受けた議論についても考えています。</p><p name="85d6cc53-1560-46bf-989e-33684fc04513" id="85d6cc53-1560-46bf-989e-33684fc04513">　今回はDay2。</p><br/><a href='https://note.com/taketake25/n/n84a36b99f0e1'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/81337518/profile_b3f87df111b83e3917d32deda0a59daa.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>竹林秋人</note:creatorName>
      <pubDate>Sun, 26 Oct 2025 11:12:10 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/taketake25/n/n84a36b99f0e1</link>
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    </item>
    <item>
      <title>問考⑥　問い読を振り返って、問いの作り方と議論への学びを引き出す：Day1・地球善</title>
      <description><![CDATA[<p name="99099b79-fbb3-44ea-a201-1ce53bc5b68c" id="99099b79-fbb3-44ea-a201-1ce53bc5b68c"> 　「問い読」は、「問いから始めるアウトプット読書ゼミ」というタイトルの通り、問いを中核に置いた読書ゼミだ。読みたい本（私は『「風の谷」という希望』コース）を選び、6回に分けて担当するパートを読んでいき、グループに分かれて問いを考え、それを他のメンバーを含めて議論を行う。<br>現時点で3回が終了しているため、それぞれの問いとその後自分が体験した議論を振り返りながら、その「問い立て」から何か学べることがないか考えてみたいと思う。<br>　それを通じて、<strong>「問いを作ったり考えたりすること」について役立つTipsが明確にできれば</strong>と思う。</p><p name="94203270-fe42-4733-a5ab-858c898e2fc5" id="94203270-fe42-4733-a5ab-858c898e2fc5">　また、補助線として『問うとはどういうことか？』（梶谷真司著）を参考にしようと思う。この本、「問う」という行為の教科書のような本で、「何のために問うか？」「具体的に何を問うか？」「実際に、どのように問うのか？」という問いの作法を説明してくれている。大変興味深い一方で、具体的な「問い」を考えずに読むと分かったようで分からないような気がしている。<br>　その意味ではこの本自体の理解を高めるために、このテーマを設定した部分もある。</p><br/><a href='https://note.com/taketake25/n/nf9c14e22743b'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/81337518/profile_b3f87df111b83e3917d32deda0a59daa.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>竹林秋人</note:creatorName>
      <pubDate>Sun, 26 Oct 2025 09:59:05 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/taketake25/n/nf9c14e22743b</link>
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    </item>
    <item>
      <title>問考⑤　問いを広げる、育てる</title>
      <description><![CDATA[<p name="14fca54e-4dff-47f3-aea9-9138f4cbaa8c" id="14fca54e-4dff-47f3-aea9-9138f4cbaa8c"> <strong>「問い」は一度作っただけでは完結しない。<br>　別の問いを考えて幅を広げ、個別の問いに答えようと格闘し、大きな問いに立ち戻る中で育てていくべき</strong>。<br>　色々な本を読んでいて共通して出てくる姿勢だ。<br>　仕事、プライベート、あるいは哲学など、様々な場面における「問い」で共通する事実として言えそうだ。</p><p name="1390ddb7-0943-4ccd-a270-dc8bf6be5cda" id="1390ddb7-0943-4ccd-a270-dc8bf6be5cda">　まず、哲学における問いの育て方について青山拓央さんという哲学者が以下のように書いている。</p><br/><a href='https://note.com/taketake25/n/n0e54be652ffd'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/81337518/profile_b3f87df111b83e3917d32deda0a59daa.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>竹林秋人</note:creatorName>
      <pubDate>Sun, 12 Oct 2025 08:39:50 +0900</pubDate>
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    </item>
    <item>
      <title>問考④　問いは羅針盤</title>
      <description><![CDATA[<p name="2b286be8-b9b6-4356-a0c9-38e56742d5c2" id="2b286be8-b9b6-4356-a0c9-38e56742d5c2">　ふっと降りて来た比喩だけど、色々類似点があって良いと思った。<br>　短く書いてみる。<br>　</p><h3 name="153abe28-e1c3-4585-9800-a242d9e62660" id="153abe28-e1c3-4585-9800-a242d9e62660">問いが方向性を決める</h3><br/><a href='https://note.com/taketake25/n/n85856cbd9785'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/81337518/profile_b3f87df111b83e3917d32deda0a59daa.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>竹林秋人</note:creatorName>
      <pubDate>Fri, 10 Oct 2025 13:52:51 +0900</pubDate>
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    </item>
    <item>
      <title>問考③　なぜ、自分の問いを作ることが重要なのか？</title>
      <description><![CDATA[<p name="4824776c-f641-44c5-8d50-e8ec64097a31" id="4824776c-f641-44c5-8d50-e8ec64097a31">　「問いから始まるアウトプット読書ゼミ」、通称「問い読」の初回で、一番「これは参加してよかった！」と感じたのは「与えられた問い」-「自分で考えた問い」というフレームワークだった。<br>　「問い読」は、読書会をするにあたり、参加者が「問い」を考える。その際、二つ重要視する軸があり、その一つがこの「与えられた問い」ではなく、「自分で考えた問い」である、ということだった。</p><p name="5b13672b-0cb7-4be1-a97d-628e75246205" id="5b13672b-0cb7-4be1-a97d-628e75246205">　自分で問いを考えることを重視する。<br>　これまで、あまり考えたことがない軸だった。<br>　でも、考えるほどに重要な考え方だと思う。その理由を整理する。<br></p><br/><a href='https://note.com/taketake25/n/nb503b5b55cee'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>竹林秋人</note:creatorName>
      <pubDate>Sun, 05 Oct 2025 17:14:15 +0900</pubDate>
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    </item>
    <item>
      <title>問考②　三宅香帆著　『話が面白い人は何をどう読んでいるのか？』から「問い」の力を考える</title>
      <description><![CDATA[<p name="b76129a3-371c-46a7-ad66-fe99f192fe77" id="b76129a3-371c-46a7-ad66-fe99f192fe77">　読み終えた時の感想は、まず、「こういう本だと思ってなかった！」。その次に、「でも「話が面白い人」の読み方って、確かにこうなんだな……」というものだった。<br>　一瞬肩透かしを食らったようで、でも読み終えると確かに学びがある。そんな不思議な読書体験。<br>　問いを考える、という意味でもすごく興味深い体験だった。</p><p name="0640ab8e-b4aa-4a84-8559-4ba4fdecca8d" id="0640ab8e-b4aa-4a84-8559-4ba4fdecca8d">＊    ＊　＊</p><br/><a href='https://note.com/taketake25/n/nd3b83c7de280'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/81337518/profile_b3f87df111b83e3917d32deda0a59daa.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>竹林秋人</note:creatorName>
      <pubDate>Mon, 29 Sep 2025 06:48:01 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/taketake25/n/nd3b83c7de280</link>
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    </item>
    <item>
      <title>4年間毎月投稿した</title>
      <description><![CDATA[<p name="58b89511-76a1-463b-b062-dd462fc0f11a" id="58b89511-76a1-463b-b062-dd462fc0f11a">　noteのバッヂでそれを知った。<br>　元々毎週投稿を目指していて、それがずるずるペースダウンし、結果的に月１本ペースまで落ちてしまっている。毎日投稿が続いている同期達は本当にすごいと思う。<br>　とはいえ、4年間、文章を書き続けたんだなぁ、、、と思うと感慨はあるし、嬉しい。</p><p name="17bd6e03-86ab-40fc-b35a-d064bbb96d63" id="17bd6e03-86ab-40fc-b35a-d064bbb96d63">　しかし、これまではつぶやきでこういう投稿をしていたが、今後はどうすればいいのだろうか、、、とも思う</p><br/><a href='https://note.com/taketake25/n/n7fa276456c7b'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/81337518/profile_b3f87df111b83e3917d32deda0a59daa.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>竹林秋人</note:creatorName>
      <pubDate>Sat, 27 Sep 2025 07:06:32 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/taketake25/n/n7fa276456c7b</link>
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    </item>
    <item>
      <title>「良い問い」が何かを考える　①なぜ良い問いを考えるのか？</title>
      <description><![CDATA[<p name="ee279f4a-041c-45a4-9f14-32ca59727b7b" id="ee279f4a-041c-45a4-9f14-32ca59727b7b">　「良い問い」って何だろう？<br>　思わずそれを考えてみたいと思わせてしまうという問いは何なのか。<br>どういう条件を満たしていれば良い問いなのか。<br>　逆に、あまり刺さらない問いや、解いても意味のない問いと、「良い問い」はどう違うのか？<br>　人生自体を変えてしまうような問いは存在するのか？<br>　こんなことの周りでぐるぐると考えてみたい。</p><p name="3090ec42-f490-4b6c-9b9b-0c1ef7c70aac" id="3090ec42-f490-4b6c-9b9b-0c1ef7c70aac">　きっかけは、書籍の企画を考えるようになったことにあると思う。<br>　去年、書籍の企画を考えて持ち込ませて頂くありがたい機会を頂いた。人生ではじめて書籍の企画書を作り頭を抱えながら書き直し、結果、10本程度の企画書を作成したと思う。　<br>　そこで改めて学んだのは、特にビジネス書や新書などの本は、「問題解決」のために書かれている、ということだった。読者が抱えている問題があり、何らかの専門性や経験を持った書く理由のある著者が、再現性と新規性のある方法を示す。<br>　そして、本の企画が走り出す段階、つまりその書籍企画が検討するに値するかを考えるタイミングでは、その企画が純粋に魅力的かどうかが判断される。つまり、一文も書かれていないけれども、その本が面白そうでかつ売れるかどうかが企画書で判断される。そこでイケると判断されれば、企画は前に進むし、駄目ならば霧のように消え去る。</p><br/><a href='https://note.com/taketake25/n/n034ecea5edec'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>竹林秋人</note:creatorName>
      <pubDate>Sat, 27 Sep 2025 06:59:05 +0900</pubDate>
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    </item>
    <item>
      <title>2か月で5kg痩せた「ChatGPTダイエット」</title>
      <description><![CDATA[<p name="9a2a9d69-f5bf-46a3-89b0-75e08006f6d3" id="9a2a9d69-f5bf-46a3-89b0-75e08006f6d3">　生成AIの使い道は色んな所で議論しつくされているけれども、「ダイエットに生成AIを使う」もかなり良い。　</p><p name="d5b8d7ab-f7d4-4a5a-9a0a-da3ad655df6b" id="d5b8d7ab-f7d4-4a5a-9a0a-da3ad655df6b">　より具体的に言えば、ダイエットの継続に役立つ。<br>　継続の２文字がポイントだ。個人的には、過去も体重を絞ろうかな、、、と思ったことが何回かあったけれども、１週間や２週間の短い期間で終わってしまったことが多かった。でも、生成AIを使うと、モチベーションを維持しつつ、ダイエットを継続することに役立つ気がしている。</p><br/><a href='https://note.com/taketake25/n/n96b7441feee7'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/81337518/profile_b3f87df111b83e3917d32deda0a59daa.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>竹林秋人</note:creatorName>
      <pubDate>Sat, 30 Aug 2025 21:58:36 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/taketake25/n/n96b7441feee7</link>
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    </item>
    <item>
      <title>「覚えていたい記憶ってなんだろう」と日記をつけて思う</title>
      <description><![CDATA[<p name="b8efd788-b987-42fe-97da-fae7d7984777" id="b8efd788-b987-42fe-97da-fae7d7984777">1ヶ月くらい前から日記をつけ始めた。<br>息子が6歳の年長さんになり、今年保育園を卒業して小学生になる。遅まきながら、保育園時代の息子の記憶を持って残しておきたい、と思った。<br>元々写真は撮っている。動いている姿も見返したいと思うので、動画も多めに撮っている。でも、どうしても撮るのは外出や保育園行事、歩い息子の趣味の虫取りなどの、少し「ハレ」のイベントになってしまうことが多い。</p><p name="859cd432-17b6-41f7-b2aa-b806a0fd0da1" id="859cd432-17b6-41f7-b2aa-b806a0fd0da1">でも、なんとなくもっとささやかな記憶と覚えておきたいと思った。<br>例えば、3週間くらい前の日記にこんなことが書いてあった。</p><br/><a href='https://note.com/taketake25/n/n469f7cf0c23f'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/81337518/profile_b3f87df111b83e3917d32deda0a59daa.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>竹林秋人</note:creatorName>
      <pubDate>Mon, 28 Jul 2025 12:17:30 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/taketake25/n/n469f7cf0c23f</link>
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    </item>
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      <title>やや体調を崩す</title>
      <description><![CDATA[<p name="7955b3b2-9718-4bd4-9105-0e9c0ace0329" id="7955b3b2-9718-4bd4-9105-0e9c0ace0329">　はじめは、眉の上の腫れだった。ぶつけた記憶がないのに赤い腫れが出ていて、駆け出しのボクサーのようになっていた。そのあとに目の左と右上に虫刺されのような小さな腫れが出てきて、より負けの込んだボクサーのようになった。更に右耳の後ろ当たりに小さなしこりのようなものが出来た。良く分からない頭痛が時々起こるようになり、頭皮を触ると感触がおかしい。そして最後に右耳の穴が痛み、食事をしていても妙に気になるようになった。<br>そして、何故かそのすべてが右半身だった。全てが片側というのも気持ちが悪い。もしも脳の関係だったら嫌だ、と思う。<br> <br>　とりあえず、皮膚科に行くことにした。謎の腫れは何なのか。寝ている間に眉の上をぶつけて、子供と虫取りに行った時に目の周りをたまたま蚊に刺されたのかもしれないが、そうでないならば理由を知りたい。かなり待つことになったが、診断の結果としては「アレルギー」だった。おそらくは疲れているのだろう。治るまではアルコールと温泉やサウナは控えたほうがいい、と言われて軟膏を渡された。<br>　だんだん耳の痛みがひどくなってきたので、次は耳鼻科に行った。こちらも1時間近く待たされたが、耳の穴を見た若い女性の先生が「これは外耳炎ですね。耳かきで傷つけましたか？」と訊かれた。耳かきでそれほど強くやった記憶はなかったが、インナーイヤのイヤフォンを使いすぎている自覚はあった。仕事のオンライン会議も使うし、podcastかYouTubeで聞き流していることも多く、寝る時も聞きながら寝落ちすることが多い。24時間中10時間ぐらいは耳に入れている気がする。今度は点鼻薬ならぬ点耳薬と飲み薬を貰う。すぐにAmazonに飛び、インナーイヤではないイヤフォンを購入する。<br>　何故か朝早く起きてしまうことも多かったので睡眠導入剤も飲んで寝ることにした。<br> <br>　結果、短期的に2種類の軟膏に飲み薬が1錠、睡眠導入剤が1錠、さらに点耳薬が1つと、急速に薬漬けになったが、体調はかなり治っている。頭痛が急減したのが特にありがたい。頭が時々でも痛むと、色々なことのやる気が一気に低下する。<br>　最近、ランニングを減らしたこともあり無理のきかない身体になってきている気がする。とはいえ、子育てしつつ、会社で働きつつ、他にやりたいことがあると一定は無理をしないと回らない。下半期やりたいことも増やす予定にしている。とりあえず改めて走り始めるのと、食生活を見直そうかと思う。<br>　色々なことが始まると健康は後回しにしがちだが、あと回すと1-2週間一気にスローダウンする。もっと長くかかることも、今後はあり得るのかもしれない。そう思うと、面倒でも一定は気を使ったり、時間を掛けたりしないといけない。そういう年齢になった、ということなのだと思う。</p><br/><a href='https://note.com/taketake25/n/n0d156295c5e1'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/81337518/profile_b3f87df111b83e3917d32deda0a59daa.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>竹林秋人</note:creatorName>
      <pubDate>Mon, 30 Jun 2025 02:41:17 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/taketake25/n/n0d156295c5e1</link>
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    </item>
    <item>
      <title>庭で野菜を育てて知る、自分の無知</title>
      <description><![CDATA[<p name="03386f3f-8c6d-4df5-a64b-c814a094ce92" id="03386f3f-8c6d-4df5-a64b-c814a094ce92">　育てる前の野菜との付き合い方は、「そのアーティストの一番有名な曲だけ知っている」状態に似ているように思う。<br>　ミスチルなら『終わりなき旅』、宇多田ヒカルは『Automatic』しか知らない、みたいな状態。<br><br>＊　＊　＊</p><p name="0a37801b-4060-4699-9238-79fdd759e2bb" id="0a37801b-4060-4699-9238-79fdd759e2bb">　そもそも庭があるということが家を選んだ時の一つの大きな加点ポイントだった。<br><br>　今年5歳になる息子が虫を中心に自然が好きで、植物を育てることにも興味が強かった。<br>　保育園では3歳の時から、年長さんが野菜を育てているプランターに毎日行き、「今日は茎がこれだけ伸びた」「今日は葉っぱが増えた」と喜んでいた。<br>　家の内覧に行った時も、庭で育てている植物をずーっと見ていて、心を躍らせていた。これは、子供はかなり楽しめるだろう。<br>　元々、自分の実家でも姉が好きだったこともあり、プランターで様々な花やハーブなどを育てていて、知識はないが植物の栽培にも少しだけ馴染みがあった。<br>　前のマンションでもプランターできゅうりを植えてみたりはしたが、南向きで日差しが強すぎたこともあり、あまりうまく行っていなかった。</p><br/><a href='https://note.com/taketake25/n/nea831eb39246'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/81337518/profile_b3f87df111b83e3917d32deda0a59daa.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>竹林秋人</note:creatorName>
      <pubDate>Sat, 31 May 2025 20:53:06 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/taketake25/n/nea831eb39246</link>
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    </item>
    <item>
      <title>AIのある生活</title>
      <description><![CDATA[<p name="28de8513-c67b-40ee-84c8-6abc81c39192" id="28de8513-c67b-40ee-84c8-6abc81c39192">やや遅まきながらAIをサブスク契約をして、色々なことを頼んでみている。まぁ、とても便利である。機能の1/100も使えていないんだろうが、それでもとても便利だ。<br>AIをどうしたら使いこなせるのかも聞いていくと教えてくれる。つまらない質問や、雑な質問についてもちゃんと推測して教えてくれる。打ち間違えて途中で送ったことを忖度して答えてくれたりする。よく言われてるけど、いくらでも何度でもやり直しを依頼出来て、大体はすぐ返答してくれるのが楽だ。人間相手にはこんな仕事の仕方はできないと思う。</p><p name="a691b9ff-7cfc-41f3-9928-e6bdebee606a" id="a691b9ff-7cfc-41f3-9928-e6bdebee606a">思い返せばはじめてスマホを持った時もそんな風に感じていた気がする。電話だけじゃなくて、ネットも見やすいし、なんか色々なアプリが入れられるらしい。音楽も沢山入れられる。これはすごいし、なんか格好いい！<br>でも、そんな感覚を今となっては覚えることは全くない。むしろ、スマホ依存、スマホ脳、あるいはSNSの弊害など、叩くことの方が多いぐらいだ。</p><br/><a href='https://note.com/taketake25/n/n06f6cdb993b6'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>竹林秋人</note:creatorName>
      <pubDate>Wed, 30 Apr 2025 21:00:57 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/taketake25/n/n06f6cdb993b6</link>
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      <title>5年前に憧れていた仕事が出来ている人に訊いてみたいこと</title>
      <description><![CDATA[<p name="c7fcf207-32e7-40f0-a7cb-41196dde1e81" id="c7fcf207-32e7-40f0-a7cb-41196dde1e81"> 5年前に憧れていた仕事が出来ているか？<br>その質問を自らに問うた時、幸せなことに答えはイエスだ。当時のやりたかった仕事をやりたいとアピールし、たまたまタイミングも合って、そのプロジェクトにアサインされた。一度プロジェクトを回すと、「経験者」ということで優先的にアサインされやすくなる。<br> <br>では、5年前に憧れていた時の「テンション」を保っているか？<br>そう自問すると、答えはノーだ。理由は色々とある、思ったような成果がなかなか出せない。やってみると、意に沿わない業務が大量にある。見えていなかった社内力学を分かるほど疲れる（面白さもあるけど）。<br>でも、一番の理由は「慣れ」だと思う。憧れが目標になり、日常になる。それは、夢をかなえていくプロセスであると同時に、遠い世界にいた夢を毎日に引きずりおろす行為でもある。<br> <br>最近コーチングでキャリアについて相談していた際、「燃え尽き症候群みたいなものかもしれませんね」と言われた。そうなのかもしれない。今の業務に喜びは感じつつも、あの時の焦がれるような憎しみすら混ざった熱のようなものはない。<br>そして、こうした「目標を一定かなえてしまった平坦さ」というものを感じている人は、一定数存在するのかもしれない。だから、人が憧れる仕事をしているように見えた人が、まったく違うことに挑戦を始めたりする。有名歌手がNYでジャズピアニストを目指したり、成功したベンチャー経営者が会社を売却して違う事業を始めたりする。<br> <br>夢は叶えた後よりも、かなえている最中に夢中な瞬間が一番幸せだ。<br>そんなことが書かれた本を思い出す。<br>それは正しい気もするが、その最中に自覚するのは相当老成していないと感じられないことだと思う。そして、それがあるからと言って、本当に目指していない夢を探すのも間違っているような気がする。<br> <br>みんな、夢と、叶った夢と、どう付き合っているんだろう。そんなことが気になる。<br> <br> </p><br/><a href='https://note.com/taketake25/n/n78826055c0eb'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>竹林秋人</note:creatorName>
      <pubDate>Mon, 31 Mar 2025 19:36:55 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/taketake25/n/n78826055c0eb</link>
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      <title>遠のいていく</title>
      <description><![CDATA[<p name="115e07ed-f025-4093-aca7-c62ffd0adf25" id="115e07ed-f025-4093-aca7-c62ffd0adf25">気が付けば、前のnote投稿からほぼ1ヶ月経った。数日前に「ああ、今月投稿しないと、連続月更新が途切れるな」と思ったことを思い返して、書き始めている。<br>会社の仕事に変化があったこともあり、文章を書く量が大幅に減っている。その大きな原因の一つは、やはりこのnoteの毎週更新が途切れたことだ。<br>そうなると、だんだん自分が「書く人」だという意識すら少しづつ遠のいていく気がする。</p><p name="1c479824-84cf-466e-9b7a-d9c0da3fcf00" id="1c479824-84cf-466e-9b7a-d9c0da3fcf00">8月までは週一必ず書いていた。今振り返るとそれも「何十連続」というバッジがあったからだと思う。途切れた途端書く頻度が一気に衰えてしまった。<br>バッジに動かされる私。<br>なんともしょうもない。シールを求めて習い事をやる五歳児と変わらない。と思いつつ、そんな強制力でもいいので、書く習慣は続けたい。</p><br/><a href='https://note.com/taketake25/n/n37e6c0ef3bdf'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>竹林秋人</note:creatorName>
      <pubDate>Fri, 28 Feb 2025 12:05:11 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/taketake25/n/n37e6c0ef3bdf</link>
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      <title>新しく学ぶ</title>
      <description><![CDATA[<p name="d9972bc3-4b89-42a2-8011-5c766ea35b46" id="d9972bc3-4b89-42a2-8011-5c766ea35b46">昨年の11月に会社で部署の異動になった。同じ会社の異動だけど、全く違う製品、全く違う業界なので、かなり大きなギャップがある。<br>前の部署にはかなり長くいたので、製品や市場、過去の検討の経緯や人間関係などもかなり詳しい方だった。それが一気にゼロとなり、かといって年齢的にはそれなりの仕事も降ってくるので、中々きついはきつい。<br>会議の議論に全くついていけない部分があったり、自分の発言が的外れだなと感じた瞬間に、気持ちに影が落ちる。<br>一方で、いつまでも新しいことに取り組める自分でもありたいと思っている。新しい学びの瞬間が一番テンションが上がるし、それは新しい場の方が得やすい。であれば、こう言う落ち込みは、新しい場に飛び込んだ時とセットだとは思う。<br>ただ、40歳を超えて「自分の人生は半分を過ぎた可能性も高い」と考えると、あと何個か新しい場と出会えるのか、あるいはその場で何が達成できるのかを考えてしまう。</p><p name="741e3fe7-7293-4d61-98ef-223687ee1c57" id="741e3fe7-7293-4d61-98ef-223687ee1c57">地球滞在時間は無限ではない。<br>何処に行くのかは、後悔しないようにしないといけない。<br>じゃあ、具体的にどうするのかは難しいが。</p><br/><a href='https://note.com/taketake25/n/n9a629fbc2ddf'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>竹林秋人</note:creatorName>
      <pubDate>Wed, 29 Jan 2025 08:11:57 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/taketake25/n/n9a629fbc2ddf</link>
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      <title>副業収入ではじめて買い物をしたクリスマス</title>
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      <description><![CDATA[<p name="cee45bdf-18df-4c98-82b1-d94195c5ed72" id="cee45bdf-18df-4c98-82b1-d94195c5ed72">　家族内だけに言う定例のジョークがある。<br>　「じゃあ、このお金で高いワインでも買うか」というもの。<br>　部屋を掃除していたら何故か1万円札が出てきたり、残業が多くて残業手当が意外とあったり、どこかで商品券を貰ったり。そんなときに言うのが上記のジョークだ。この全然面白くない会話を「ジョーク」と言うのは、「またその話か」とか妻から突っ込みを受けてそれで話が終わるからだ。実践したことはこれまでない。<br>　<br>　話は全く変わるが、今年から副業としてコーチングを始めた。<br>　月に1-4回程度、一回1～1.5時間程度なので、本当に「副業」という扱いのものだ。「兼業」というほど鼻息荒くやるイメージではない。どちらかと言えば、色々な人の話を聞いて、会社外でも誰かの役に立てること、コーチングのセッションや勉強会を通じて人の生活の違う側面が見えることを目的にやっている。<br>　とはいえ、お金を頂いてサービスとしてやっているので、お金はすこしづつ溜まっていく。個人間でPayPayで支払ってもらうことが多いので、PayPayの残額表示が少しづつ増えていく。なんとなくそれが嬉しくて、PayPayはコーチング専用としてその残額を眺めていた。<br> <br>　その金額が6桁にほぼ近づいてきた12月のXmas、思い立って件のジョークを実践してみることにした。<br>　今年始めた副業のお金で、Xmasを祝う。なんかいいじゃないか。年の瀬という感じもする。<br> <br>　Xmasの当日、最寄りのデパートの中にある酒屋に立ち寄る。Xmas当日だけあって、いつもよりもごった返している。いろいろなお惣菜屋さんやケーキ屋がXmas仕様になっている中、その酒屋はワインと並んで日本酒もしっかりと推していた。こういう所にも好感が持てる。<br>　お店の人にお願いして、「1万円ぐらいの赤ワイン、普段はニューワールドを良く飲む、今日Xmasで呑む」などの情報を伝えておすすめを教えてもらう。やや高めの金額を出すのでフランスのワインなのかが勧められるのかな、と想像していたが逆にブルゴーニュ等のワインは辞めたほうがいいとアドバイスされた。当日いきなり飲むと澱が落ち着かず飲みづらいとのことだった。購入して数日たってから呑む方が良いらしい。<br>　結局イタリアのワインを勧められて、それを選ぶことにした。<br>　レジでの支払いで久しぶりにPayPayのアプリを立ち上げる。QRコードを読み込み、7,614円の支払いを行う。「ペイペイ」という高い声が小さく響き、ポイントが付与されたことを知らされる。</p><p name="377aa980-7cde-4cd6-b013-72f5826c34e9" id="377aa980-7cde-4cd6-b013-72f5826c34e9">　副業で得たお金を使うというのも、なんだかうれしいものだな、と改めて思う。<br>　はじめてコーチングで会社外でお金を頂いた時も無意味にくるくる回るような嬉しさがあったが、そのお金を使うというのも特別なうれしさがある。<br>　普段会社員としてはるかに大きな金額を貰い、日々の生活に使っているけれども、それとは異なる喜びだ。<br>　自分の多様性が社会に認められている感覚なのかもしれない。普段は光が当たらない自分の一部分が、社会の循環の一部になっている。１年前は「こんなことが出来たらいいね」だった妄想が、いつもの街角の日常になっているという実感。<br>　まだまだいろんなことが出来る。そう改めて思う。</p><br/><a href='https://note.com/taketake25/n/n99d2f21b1e84'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/81337518/profile_b3f87df111b83e3917d32deda0a59daa.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>竹林秋人</note:creatorName>
      <pubDate>Sat, 28 Dec 2024 13:41:01 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/taketake25/n/n99d2f21b1e84</link>
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