サチコ50代の挑戦!写ルンです時代に怯えた私を、Geminiが救う。
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情けない話ですが、私は昔から写真というものが苦手だった。
嫌い、というよりは、むしろ怖い。
あれは一種の「呪い」だったではないかと思う。
昔のカメラ。写ルンですとか、あのシャッターを押すだけの一昔前のコンパクトカメラとか。
あれで旅先の、今日という日を、大事な人の顔を撮るでしょう。
フィルムをそっとカメラ屋さんに出して、数日後、「焼き増しですか?どうしますか?」なんて聞かれながら、仕上がった袋を受け取るまでの、あの緊張感。
そして、家に帰って、初めて袋を開けて見る「がっかり」。
光の加減がわからず、顔が真っ黒。ピントが合わずにブレてて何が何だかわからない。
一番撮りたかった風景の端っこに、知らない人が半身で写り込んでいる。
今のスマホのように、その場で「ポイ」と消すことができないから、その失敗は永遠にそこに居座るわけだ。
何千円も払って、手元に残ったのは、楽しかったはずの日の、証拠にもならない、ただの失望。
なんてコストパフォーマンスの悪い趣味だったんだろう。
だから、旅先で観光客に「写真撮っていただますか?」と聞かれるたびに、私は身を固くしていた。うまく撮れなかったらどうしよう。
あの人の旅の思い出を、私が汚してしまうのではないか、なんて、どうでもいい心配ばかりが頭をよぎる。
ああ、なんてちいさな人間なんだろうか、と思う。
そんな、写真に対して「がっかり」のトラウマを持っている私がいまさらですがカフェ巡りにハマっている・・だから、人生はわからない。
別に、流行りのスイーツが食べたいわけじゃない。
もちろん、コーヒーが美味いことに越したことはないけれど。私が惹かれているのは、その店の「空間」とか「空気感」という、なんとも曖昧で、写真に撮ろうとするといつも指の間からこぼれて逃げていくものだ。

カウンターの磨かれた木目の質感。
午後の傾いた光が、窓際の小さな花瓶に落ちる角度。
隣の席の人が、静かに文庫本を読んでいる、あの音も匂いもしない、静かな時間。
それを、なんとかスマホで「記録」しておきたくて、誰にも気づかれないように、こっそりシャッターを切る。
でも、だいたい失敗する。なぜ?
「あ!!!おしぼり写ってるやーん泣」
せっかくの洗練された空間の隅に、必ずと言っていいほど、無粋な白い塊が鎮座している。
ペラペラの紙おしぼりだったり、たまに、温泉旅館かと思うような熱々の分厚いタオルだったり。それが映り込んでいるだけで、全てが「生活」に引き戻され、私が求めていた「空気感」は、音を立てて崩壊する。
ああ、また失敗だ。もう諦めようか。
そう、昭和の落ち込み方でガックリ肩を落とす。
ところが、最近の私には「Geminiさん」という、まったくもって頼もしい、不思議な相棒がいるわけだ。
スマホで撮った「おしぼり付き」のガッカリ写真を、ただGeminiさんに放り投げて、「おしぼりを消して」と、何の感情も入れずに、ぶっきらぼうにお願いする。
すると、どうだろう。ものの10秒と経たないうちに、おしぼりが、まるで最初から存在しなかったかのように、背景の木目や、テーブルの質感と一体化して消え去ってしまう。

あの、数十年の写真に対する「呪い」。
誰かの思い出を台無しにしてしまうかもしれないという、ちいさな不安。
そして、自分の求めた「空気感」を、おしぼり一つに破壊されるという、くだらない挫折感。
Geminiさんは、そんな50代の、ちいさな、ちいさな「苦手」を、指一本の指示と、ものの数十秒で、あっさりと、無効化してくれる。
頑張っているなんて、大層なことは言えないけれど、こうやって私は、新しい時代の力を借りて、過去のちいさな呪いから解放され、今日もまた、誰にも邪魔されない「空気感」を、そっと写真に残そうと、スマホを構えるわけだ。ああ、全く、いい時代になったもんです。
ところで、昔のカメラの失敗談って、結構みんな持っているんじゃないかと思うんです。
皆さんの写真にまつわる「がっかり」エピソードや、誰にも言えない「失敗談」があったら、ぜひこっそり教えてください。
あの時、フィルムを破いちゃった、とか、楽しみにしていた旅行のほと
んどが指で隠れていた、とか。
あの時代の「ちいさな呪い」を、みんなで笑い飛ばしましょう。そして、Geminiさんと仲良しになってみてください。
