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日焼け止めを塗った。海には関係ないと思っていた

正直に言うと、私はあまり海で遊ぶタイプの人間ではない。

サーフィンもしないし、シュノーケリングもしない。

海との関わりといえば、ビーチクリーンに参加して、砂浜に打ち上げられたペットボトルやプラスチック片を黙々と拾い集めることくらいだ。

そんな私でも、夏場は日焼け止めを塗る。

いや、正直に言えばここ最近はほぼ一年中塗っている。

今年で37歳。肌の曲がり角は、とっくに曲がり終えている。

せめて下り坂をゆっくり降りたい、という切実な抵抗だ。

でも、ある事実を知ったとき、私は自分の滑稽さに気づかされた。

砂浜のゴミは丁寧に拾い集めていたのに、自分の肌に塗った日焼け止めが、シャワーで洗い流されるたびに下水を通じて海に流れ込んでいることには、まるで無頓着だった。

目に見えるゴミは拾える。

けれど、目に見えない化学物質は、意識しなければ存在すら認識できない。

そもそも私がサンゴ白化現象を知ったのは、Netflixのドキュメンタリー『チェイシング・コーラル』がきっかけだった。

海水温の上昇によって色鮮やかなサンゴが白く変わり、やがて死んでいく光景を映像で目の当たりにして、初めてこの問題が自分の中に入ってきた。

でも、白化の原因の一つが自分の肌に塗っている日焼け止めだと知ったのは、そこからさらに調べてからのことだ。

私は日焼け止めの成分表を、一度も読んだことがなかった。

この記事は、日焼け止めを使うなという話ではない。

紫外線が皮膚がんのリスク因子であることは医学的な事実であり、日焼け止めは必要なものだ。

問題は、「何が含まれている日焼け止めを選ぶか」という、たった一つの判断にある。

そしてその判断が、地球の海の命運を左右しているかもしれないという、少し信じがたい現実について、一緒に考えたい。


海の熱帯雨林が、静かに白くなっていく

サンゴ礁は「海の熱帯雨林」と呼ばれる。

地球上の海洋面積の1%にも満たないが、全海水魚の4分の1に相当する約4,000種がサンゴ礁域に暮らしている

それだけではない。

サンゴ礁は天然の防波堤として海岸線を浸食から守り、漁業資源を育み、観光産業を支えている。

そのサンゴが今、急速に白くなっている。

「白化」と呼ばれるこの現象は、サンゴの体内に共生する褐虫藻という植物プランクトンが失われることで起きる。

褐虫藻はサンゴに栄養を供給し、あの色鮮やかな姿を生み出している存在だ。

褐虫藻がいなくなると、サンゴの白い骨格が透けて見えるようになる。

白化が長引けば、サンゴは死ぬ。

白化の最大の原因は、海水温の上昇だ。

これは疑いない。

でも、もう一つの原因が、近年の研究で明らかになってきた。

私たちが毎日のように肌に塗っている、日焼け止めだ。

オリンピックプール6杯半に、たった一滴

2008年、海洋生物学者ロベルト・ダノヴァーロらの研究チームが、ある実験結果を発表した。

Danovaro et al., Environmental Health Perspectives, 2008

カリブ海、インド洋、紅海、太平洋の4地域から採集したサンゴを、1リットルあたりわずか0.01ミリリットルの日焼け止めを溶かした海水で飼育したところ、4日以内に白化が起きた。

日焼け止めを入れていない対照群のサンゴは、健康なままだった。

研究チームはさらに調査を進め、多くの日焼け止めに含まれる3種類の紫外線吸収成分(ケイ皮酸、ベンゾフェノン、ショウノウ誘導体)と防腐剤のブチルパラベンが、サンゴの白化を引き起こすことを突き止めた。

中でも特に有害性が指摘されているのが、オキシベンゾン(ベンゾフェノン-3)とオクチノキサート(メトキシケイヒ酸エチルヘキシル)という2つの化学物質だ。

2016年、ヘレティクス環境研究所のクレイグ・ダウンズらの研究では、オキシベンゾンがサンゴの幼生に深刻な奇形を引き起こし、DNAを損傷し、骨格の異常成長を促すことが報告されている。

その毒性が発現する濃度は、オリンピック競技用プール6杯半の水に対してオキシベンゾン1滴という、想像を絶する薄さだ。

2022年にはスタンフォード大学の研究チームが、そのメカニズムをより詳細に解明した。

オキシベンゾンは本来、紫外線を吸収して熱エネルギーに変換することで肌を守る。

でも、サンゴの体内に取り込まれると代謝によって化学構造が変化し、太陽光に晒されることで逆に有害なラジカルを生成してしまう。

つまり、「日焼け止め」が、サンゴにとっては「日光を毒に変える物質」になる。

皮肉としか言いようがない。

ここで科学的な誠実さのために付記しておくと、2022年の米国科学アカデミーのレビューでは、観光地周辺で観測される日焼け止め由来の化学物質の濃度が、実験室で毒性が確認された濃度と比べてどの程度なのか、まだ十分に解明されていないことも指摘されている。

実験室の結果がそのまま自然環境に当てはまるかについては、引き続き研究が進められている段階だ。

ただ、毎年推定6,000トンから14,000トンの日焼け止めが世界中の海に流れ込んでいるという事実は変わらない。

もちろん、最も深刻なのは、日焼け止めを塗ったまま海に入るケースだと思う。

塗布量の約25%が入水後20分で水中に溶出するとされ、しかもそれはサンゴ礁のすぐそばで、希釈される前の高濃度で直接接触する。

世界のダイビング・シュノーケリングスポットの大半は、サンゴ礁が集中する限られた海域に重なっている。

影響が局所的に集中する構造だ。

でも、海に入らない人間が無関係かといえば、そうでもない。

シャワーで洗い流した日焼け止めは下水処理場に流れ込むが、オキシベンゾンなどの紫外線吸収剤は従来の処理技術では十分に除去できないことが、複数の研究で指摘されている。

処理水に残留したまま河川へ、そして海へと到達する。

サンゴ礁周辺での濃度は、海で直接泳ぐ場合と比べれば桁違いに低い。

その点は科学的に正直に言っておくべきだと思う。

でも、毎日何百万人もがシャワーで流す日焼け止めの総量は、無視できる規模ではない。

私のように海で泳がない人間であっても、この循環の一部に組み込まれている。

ビーチクリーンでペットボトルを拾っていた私の足元から、排水溝を通じて目に見えない化学物質が海に流れ出ていたかもしれない。

世界は規制に動いた。日本はまだ動かない

この問題に対して、世界の観光地は黙っていなかった。

最も早く動いたのがハワイだ。

2018年に州議会でオキシベンゾンとオクチノキサートを含む日焼け止めの販売を禁止する法案が可決され、2021年1月から施行された。

さらに2022年10月には、マウイ郡がこの2成分だけでなく、あらゆる化学合成の紫外線吸収剤を含む日焼け止めの販売を禁止するという、より厳格な条例を導入している。

パラオはさらに踏み込んだ。

2020年1月から、オキシベンゾンとオクチノキサートに加え、オクトクリレン、エンザカメン、トリクロサン、メチルパラベン、エチルパラベン、ブチルパラベン、ベンジルパラベン、フェノキシエタノールの計10種類の化学物質を含む日焼け止めの販売と使用を禁止した。

違反した業者には1,000ドル以下の罰金、観光客が持ち込んだ場合は入国時に没収される。

パラオの規制で注目すべきは、紫外線吸収剤だけでなくフェノキシエタノールやメチルパラベンといった合成防腐剤も対象に含めている点だ。

これらは日本で一般的に流通している日焼け止めや化粧品に広く使われている成分でもある。

タイでは2021年8月から、国立公園内においてオキシベンゾン、オクチノキサート、4-メチルベンジリデンカンフル、ブチルパラベンの4成分を含む日焼け止めの使用が禁止された。

違反した場合の罰金は10万バーツ、日本円にして約35万円だ。

このほか、フロリダ州キーウエスト、カリブ海のオランダ領ボネール島、アメリカ領ヴァージン諸島、メキシコの自然保護区でも、同様の規制が施行されている。

そして2026年現在、規制の波はさらに広がりつつある。

世界第2位の面積を誇るメソアメリカン・バリアリーフを擁するベリーズ、ホンジュラスのロアタン島やウティラ島といったダイビングの聖地でも、海洋保護区内での有害成分を含む日焼け止めの制限に向けた議論が進んでいる。

こう並べると、日焼け止めを塗ること自体がなんだか罪であるかのように感じてしまうかもしれない。

でも、そういう話ではない。

これらの規制が問うているのは、「日焼け止めを使うかどうか」ではなく、「どんな成分の日焼け止めが市場に出回っているか」というシステムの問題だ。

では、日本はどうか?

日本では現在、日焼け止めに含まれる紫外線吸収剤に対する環境規制は存在しない。

オキシベンゾンもオクチノキサートも、厚生労働省が定めた化粧品に使用可能な成分リストに載っており、多くの製品に配合されている。

ドラッグストアで手に取る日焼け止めの大半に、これらの成分が含まれているのが現状だ。

沖縄の石西礁湖では2016年に97%ものサンゴが白化し、半数以上死滅したことが確認されている。

白化の主因は海水温の上昇だが、観光地であるこの海域に、毎年どれだけの日焼け止めが流れ込んでいるのか。

その影響を定量的に測定した国内の研究は、まだほとんどない。

そして、この問題は過去形ではない。

2023年2月から始まった世界規模のサンゴ白化は、2025年時点で地球上のサンゴ礁の84%にまで拡大し、史上最大の第4次世界サンゴ白化イベントとして記録されている。

82の国と地域で被害が確認され、過去最悪だった第3次(2014〜2017年、68%)を大幅に上回る規模だ。

事態があまりに深刻なため、NOAAのサンゴ礁監視プログラムは、既存の白化警報スケールでは表現しきれないとして、新たに3段階のアラートレベルを追加せざるを得なかった。

計測の尺度を超える事態が、今この瞬間も進行している。

ちなみに、この白化イベントの研究を主導したC・マーク・イーキンは、私がサンゴの白化を知るきっかけとなった『チェイシング・コーラル』の科学顧問でもあった。

あの映像で見た白化は、終わっていなかった。むしろ加速していた。

「個人の選択」だけの問題ではない

ここまで読んで、

「じゃあ、リーフセーフの日焼け止めを買えばいいんだな」

と思った人もいるかもしれない。

もちろん、それは素晴らしい一歩だ。

紫外線吸収剤の代わりに、酸化亜鉛や酸化チタンといった紫外線散乱剤(ミネラル成分)を使ったノンケミカルの日焼け止めは、現時点ではサンゴへの影響が少ないとされている。

でも、その前提すら揺らぎ始めている。

2025年にモルディブで行われた実験では、「reef-safe」「coral-friendly」と表示された酸化亜鉛ベースのミネラル日焼け止めが、化学系UVフィルターの製品よりもサンゴに深刻なダメージを与えた。

酸化亜鉛製品を使った実験群ではサンゴの96%が組織損失を起こしたのに対し、化学系UVフィルター製品ではほとんど影響が見られなかった。

「ミネラルだから安心」という単純な図式は、もはや成立しないのかもしれない。

私はここで立ち止まりたい。

「消費者が賢く選べばいい」という話に回収してしまうと、問題の本質を見失う。

なぜ、サンゴに有害な成分が、これほど多くの製品にデフォルトで配合されているのか。

なぜ、消費者が成分表を虫眼鏡で確認しなければ、安全な製品を選べない構造になっているのか。

化粧品業界には、石油由来の合成成分に深く依存してきた歴史がある。

石油由来の紫外線吸収剤は、テクスチャーが良く、白浮きしにくく、製造コストが低い。

つまり、「売れる製品」を効率よく作るために最適化された選択だ。

一方、ミネラルベースの日焼け止めは白浮きしやすく、塗り心地が重く、水に流れやすいという弱点がある。

消費者が使用感の良さを求め、メーカーがその期待に応えようとする限り、石油由来成分への依存は容易には断ち切れない。

ここに構造的な問題がある、と私は思っている。

こういう話を聞くと、「じゃあ何を選んでも駄目じゃないか」と途方に暮れる気持ちになるかもしれない。

その感覚はよくわかる。

私も同じだった。

でも、完璧な正解がないことと、何もできないことは、違う。

海洋汚染は、一人ひとりの「悪意」から生まれているのではない。

消費者の利便性を最優先する市場の論理と、石油由来原料に最適化された製造システムが、結果として海を蝕んでいる。

個人が「リーフセーフ」を選ぶことは大切だ。

でも同時に、「リーフセーフ」「サンゴに優しい」と表示された製品にすら、まだ公的な基準が存在しないという現実も知っておく必要がある。

メーカーの自主判断に委ねられている以上、その表示が本当にサンゴを守る処方であるかは、消費者には検証のしようがない。

この問題は、すでに法廷に持ち込まれている。

アメリカでは「reef friendly」と表示した日焼け止めブランドに対して集団訴訟が提起され、大手小売のWalmartやTargetも訴訟対象となった。

EUでも2024年のグリーンウォッシング指令により、「reef-safe」「eco-friendly」といった環境表示に科学的根拠の提示を義務づける規制が動き出している。

世界は、表示の信頼性そのものを法的に問い始めた。

日本では、その議論すらまだ始まっていない。

必要なのは、個人の努力だけでなく、業界の構造そのものを問い直していくことだと思う。

石油由来原料に依存しない処方を、例外的な「エシカル商品」としてではなく、業界の選択肢として広げていくこと。

石油にもミネラルにも頼らない、第三の道

石油由来の化学系か、ミネラル系か。これまで私たちの選択肢は、その二者択一に限られていた。

でも今、その枠組み自体を超えようとする動きが、世界各地で始まっている。

2026年1月、シンガポール南洋理工大学の研究チームが、ツバキの花粉の外殻を利用した日焼け止めのプロトタイプを発表した。

花粉の外殻は、植物の遺伝情報を紫外線から守るために進化した天然のUVバリアだ。

実験では、化学系日焼け止めが2日目でサンゴを白化させ、2週間で死滅させたのに対し、花粉由来の製品は60日間の観察でもサンゴに有害な影響が見られなかった。

同じ月、中国の清華大学のチームは、分子が大きすぎて肌やサンゴ、藻類に浸透しないポリマーUVフィルターを開発したと報告している。

動物実験ではオキシベンゾンや市販の日焼け止めよりも高い紫外線防御効果を示した。

サキュレアクト社の化粧品原料に使用されている微細藻類(ソラリス)

国内でも、石油由来原料を一切使わない化粧品を開発してきたサキュレアクトが扱う微細藻類は珪藻類(けいそうるい)であり、その外形を活用し紫外線から肌を守るための紫外線吸収剤の代替原料の可能性に着目し研究を検討している。 

藻類由来であれば、肌を紫外線からまもりながら海洋環境にも負担をかけない日焼け止めを開発できる可能性がある。 

まだ研究段階だが、「サンゴに優しい」「reef-safe」といった表示が記号のように消費されがちな今、ラベルの貼り替えではなく原料の根本から変えようとする試みには、注目する価値があると思う。 

考えてみれば、元々海にいた微細藻類が海の生命と親和性が高いのは、ある意味自然なことかもしれない。

もちろん、いずれも研究段階や小規模展開の域を出ていない。

石油由来原料を使わない処方開発には膨大な試行錯誤が必要であり、大量生産・大量消費の論理からすれば極めて非効率な選択だ。

でも、非効率であることと、間違っていることは、同じではない。

もちろん、明日から全員がこうした製品に切り替えられるわけではないし、それを求めるつもりもない。

今使っている日焼け止めを捨てる必要もない。

使い切ってから、次に手に取る一本を少しだけ意識してみる。

それくらいの距離感でいいと思う。

花粉、微細藻類、巨大分子ポリマー。

こうした小さな挑戦が一つずつ積み重なることで、

「石油にもミネラルにも依存しない日焼け止め」

という選択肢が、特殊なものではなく当たり前のものになっていく。

そうなってほしいと、私は思っている。

化粧品の原料そのものを問い直していく動きは、海洋汚染という問題の「上流」に手を打つことに他ならない。

知ることが、最初の抵抗になる

私がこの記事で伝えたかったのは、「あなたの日焼け止めが悪い」という糾弾ではない。

つい最近まで、私自身が成分表を一度も読んだことのない人間だった。

砂浜のゴミは拾うのに、自分の肌から海に流れ出るものには無頓着だった。

誰かを責める資格など、持ち合わせていない。

ただ、知った以上は、知らなかった頃には戻れない。

この夏、日焼け止めを手に取るとき、裏面の成分表にほんの数秒だけ目を落としてみてほしい。

「オキシベンゾン」
「メトキシケイヒ酸エチルヘキシル(オクチノキサート)」

という文字がないかどうか。

それだけで十分だ。

急に生活を変える必要はない。

ただ、知っている状態で選ぶのと、知らない状態で選ぶのとでは、同じ一本でも意味が違ってくる。

世界のサンゴ礁の84%が、今この瞬間も白化の熱ストレスにさらされている。

沖縄の海で、石垣島の海で、それは進行している。

そしてそれは、海で泳ぐ人だけの問題でもない。

日焼け止めを塗り、シャワーを浴びるすべての人が、この循環の中にいる。

私たちの肌を守るために作られたものが、私たちの海を壊している。

この矛盾を解くのは、技術であり、制度であり、そして私たち一人ひとりの「知ろうとする意志」だと思う。

知ることは、小さな抵抗だ。

そして、その小さな抵抗の集積だけが、構造を変える力になると、私は信じている。


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