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楽園に「出口」はない。石垣・西表島の海を守るために、資本主義の矢印を曲げる試み。

羽田空港を飛び立ってから約3時間。

機体の窓から見下ろす景色は、徐々に分厚い雲に覆われていった。

南ぬ島(ぱいぬしま)石垣空港に降り立つと、小雨がアスファルトを叩く音とともに、ねっとりとした濃密な空気が肌にまとわりつく。

あいにくの空模様だ。

けれど、10月下旬だというのに、東京の冷たい雨とは違う。

植物たちが呼吸しているような、温かく、生命力に満ちた湿気だった。

「ああ、遠くへ来たんだ」 理屈ではなく、皮膚感覚でそう理解する瞬間だ。

ターミナルを出て、バスに揺られて石垣港離島ターミナルへ向かう。

そこは、八重山諸島の島々へ向かう旅人たちが交差する結節点だ。

私はそこから、さらに西へ向かう高速船に乗り込んだ。

目指すは「東洋のガラパゴス」とも称される西表島だ。

どんよりとした低い空の下、エンジンが唸りを上げ、船が港を離れる。

晴れている日の西表島の海

晴れていれば「西表ブルー」と呼ばれる鮮烈な海の色が見えるはずの海原は、今日ばかりは深く、重たい「鉛色」に沈んでいた。

船底が波を叩く激しい振動とともに、白い飛沫が窓を濡らす。

しかし、不思議と落胆はなかった。

むしろ、この厳しさを含んだ風景こそが、手つかずの自然が残る島の「素顔」なのだと感じる。

西表島。島の90%以上亜熱帯のジャングルに覆われ、イリオモテヤマネコをはじめとする希少な固有種が息づく島。

2021年に世界自然遺産に登録されたこの場所は、都市の喧騒とコンクリートに囲まれて生きる私たちにとって、手つかずの自然が残る「最後の楽園」のように映る。

大原港に到着し、迎えの車でさらに奥地へと進む。

車窓を流れるのは、雨に濡れて一層濃さを増した「緑」の壁だ。

空を覆い隠すほどの木々、雨粒を滴らせる気根、湿った土の匂い。

曇天の下、私はSUP(スタンドアップパドルボード)に乗り、マングローブが生い茂る川へと漕ぎ出した。

時折、パラパラと雨が水面を叩く。

その音が、かえって森の静寂を際立たせる。

川面は鈍色(にびいろ)の空を映し出し、あたり一面がモノクロームに近い幽玄な世界に包まれる。

晴れた日の明るいリゾート感とは無縁の、太古から続く森の姿。

複雑に絡み合うマングローブの根は、雨水をたっぷりと吸い込み、生命の循環を無言で物語っていた。

西表島には、日本全体のマングローブ林の大部分が集中しており、その規模は国内最大だ。

文字通り「日本一」の森が、ここにはある。

マングローブとは特定の植物名ではない。

海水と淡水が混じり合う「汽水域」に生育する植物群の総称だ。

この特殊な環境こそが、サステナビリティの観点からも極めて重要な意味を持っている。

一つは、「ブルーカーボン」としての機能だ。

マングローブ林は、地上の森林と比較しても高いCO2吸収・貯留能力を持つと言われている。

気候変動が叫ばれる現代において、ここは天然の巨大な空気清浄装置であり、炭素の貯蔵庫として機能している。

もう一つは、「海のゆりかご」としての役割だ。

複雑に入り組んだ根は、稚魚やカニなどの小さな生命を外敵から守る要塞となる。

ここで育った命が海へ旅立ち、豊かな漁場を支え、巡り巡って私たちの食卓へと繋がっている。

つまり、西表島のこの森を守ることは、単なる自然保護ではない。

地球の熱循環を正常化し、海洋生態系の根幹を守るという、私たちの生存戦略そのものなのだ。

その根元には、ハゼやカニたちが雨を避けるように、あるいは喜ぶように動き回る。

ここには、人間社会の時計とは違う、ゆったりとした、しかし力強い時間が流れている。

「美しい」 そんな言葉では追いつかない。

もっと根源的な、畏怖にも似た感覚。

私たちの祖先はかつて、こうした自然の中にを見出し、共生してきた。

その記憶が呼び覚まされるような没入感。

これこそが、私たちが求めていたものだ。

日々の仕事、人間関係、終わりのないタスク、SNSの通知。

それら全てを遮断し、この湿った「緑」の空気に身を委ねる時間。

――そう、ここまでは完璧な「楽園の旅」だった。

SUPを終え、心地よい疲労感とともに港近くの集落へ戻った時だ。

私の「観光客としての眼差し」に、ある違和感が飛び込んできた。

薄暗い空の下、美しい風景の裏側にあるはずのない、しかし確かにそこに存在する「異物」。

港の片隅に、うず高く積み上げられたものがあった。

コンテナではない。雨風に晒され、黒ずんだプラスチック製のパレットだ。

それも、一つや二つではない。

壁のように積み重なり、放置されている。

それは、島外から食料や生活資材、あるいは私たち観光客のための物資を運んできた物流の痕跡だ。

入ってくる荷物は膨大にある。

しかし、この島から外へ出ていく荷物は、入ってくる量に比べて圧倒的に少ない。

結果として、役割を終えたパレットだけが、帰る場所を失った亡霊のように、雨に打たれながら港に滞留しているのだ。

その寒々しい光景を見てから、私の目には「楽園の綻び」が次々と映るようになった。

ない。自動販売機の隣にあるはずの、「回収ボックス」が見当たらないのだ。

自販機はある。買うことはできる。

しかし、捨てる場所はない。

なぜか。答えはシンプルで、残酷なほどに合理的だ。

コストが見合わないのである。

本土から島へ物資を運ぶことには、当然ながら経済的な利益が生まれる。

我々は対価を払って商品を買い、企業は利益を得る。物流も活発に動く。

しかし、島から廃材や空き缶などのゴミを本土へ送り返すことには、莫大な海上輸送コストがかかるだけで、そこには1円の利益も生まれない。

入ってくるのは簡単だが、出ていくのは難しい

雨に濡れるパレットの山と、ゴミ箱のない自販機。

この二つの事象は、美しい離島が抱える「物流の非対称性」という構造的な病理を、無言のうちに告発していた。

私たちが「楽園」だと信じて消費しているこの場所も、資本主義という巨大なシステムの一部であり、そのシステムの末端であるがゆえに、歪みを一身に受け止めている現場でもあったのだ。

この「出口のない構造」は、陸の上だけの話ではない。

海岸線において、より深刻な事態を引き起こしている。

西表島は、その地理的要因や海流の影響を受け、近隣諸国や地域から膨大な量の漂着ごみが流れ着く。

マングローブの森で感じたあの生命の輝きとは対照的に、曇り空の下の海岸には、色あせたペットボトル、ちぎれた漁具、どこの国かもわからないプラスチック片が、どこか恨めしげに散乱している。

晴天の白い砂浜なら、まだ直視できたかもしれない。

けれど、今日のような灰色の空の下で見ると、その光景はあまりにリアルで、痛々しかった。

忘れてはならないのは、これが西表島だけの悲劇ではないということだ。

今回の視察で滞在した石垣島――年間100万人以上が訪れる華やかな南国リゾートでさえ、一歩裏側に回れば、その海岸線は深刻な漂着ごみに蝕まれていた。

八重山の島々は、どこも等しくこの『海からの侵略』の最前線に立たされているのだ。

そして、さらにやるせない事実がある。

これらの漂着ごみの多くは、海外から海流に乗ってやってきたものだ。

自分たちが捨てたわけでもない、国境を越えて押し寄せた廃棄物。

その処理費用の多くを、人口わずか4,000人ほどの竹富町が負担しているという現実だ。

小さな自治体の税金が、他国のゴミを片付けるために消えていく理不尽。

回収ボックスすら置けない経済合理性の外側で、町は悲鳴を上げている。

もし今、隣に自分の子供がいたら、私はこの光景をどう説明するだろうか。

「海はきれいだね」と嘘をつくのか。

それとも「大人が汚したんだ」と謝るのか。

胸の奥に、鈍い痛みが走る。

これまでは、島民の方々やボランティアの善意によって、なんとかその景観が保たれてきた。

環境問題に関心の高い人たちが、手弁当で、時には自腹を切って活動を支えてきた。その尊い努力には頭が下がる。

だが、あえて厳しいことを言えば、善意だけに頼るシステムはあまりに脆弱だ。

「ボランティア」という言葉は美しい。

だがそれは往々にして、熱意ある個人の自己犠牲の上に成り立っている。

「これだけ頑張っているのに、なぜ減らないのか」

そんな無力感に襲われ、燃え尽きてしまう人たちを私は何人も見てきた。

財源が尽きたり、キーマンが疲弊すれば、システムは停止する。

そうなれば、世界自然遺産の海は、またたく間にゴミに埋め尽くされてしまうだろう。

「キレイな海を守りたい」という純粋な想いだけでは、物理的な量と経済的な壁の前には無力だ。

精神論で守れるほど、現実は甘くない。

必要なのは、一時的な熱狂や自己犠牲ではない。

ゴミを拾うという行為そのものが、経済活動として自立し、永続的に回り続ける「仕組み」だ。

誰もが聖人君子にならなくても、ただシステムに参加することで環境が守られる。

そんなドライで強靭な構造が必要なのだ。

海岸で回収されたゴミ

今、この西表島で、その難題に挑む国家プロジェクトが動き出している。

私が出会ったのは、このプロジェクトの中核を担う「オーシャン太郎」の中村洋太郎氏だ。

「オーシャン太郎」代表の中村洋太郎氏

彼は、この深刻で重苦しい海洋ごみ問題に対して、悲壮感ではなく「楽しさ」を武器に挑んでいる。

「ゴミ拾いをしましょう」と真面目な顔で訴えても、届く層は限られている。

だから彼は、ゴミ拾いをエンターテインメントに変え、ワクワクするアクティビティとして再定義する。

このプロジェクトの核心にして、最も挑戦的な試み。

それは、海岸清掃を「有料のツアー」としてビジネス化しようとしている点にある。

「お金を払ってゴミ拾いをするのか?」
「ボランティアでお金をもらうならまだしも、払うなんて」

そう驚く人もいるかもしれない。

直感的な反応としては正しい。

しかし、ここには明確な対価がある。

私たちはマングローブの林をSUPで分け入り、普段は立ち入れないエリアへと冒険に出る。

専門家のガイドによって、複雑で美しい生態系のドラマを知る。

そして、そのフィールドを守るための活動に、自らの手で加わる。

それは「労働」ではない。

世界自然遺産という圧倒的な自然の一部となり、それを守る主体になれるという、得難い「権利」と「体験」への対価なのだ。

子供たちに、本当に残すべきなのは「モノ」だろうか?

私は思う。本当に残すべきなのは、美しい自然と、それを守るための「知恵」と「体験」だ。

だからこそ、このツアーは子供たちにこそ参加してほしい。

教科書で読むSDGsではなく、自分の手で拾ったゴミが島をきれいにする手触りを、その心に刻んでほしい。

さらに、このプロジェクトには続きがある。

回収されたゴミは、ただ焼却処分されるのではない。

島内で回収されたペットボトルなどの海洋プラスチックは、最新の技術によって資源化され、「Ocean Thread」という繊維に生まれ変わる

みねや工房の「みんさー織」

そしてその糸は、島の伝統工芸「みねや工房」の手によって、新たな製品として織り上げられる。

工房で機織りの音が響く中、鮮やかな青色に染められた再生糸が、伝統的な柄の中に織り込まれていく様を見学した。

機織りの音は、祈りの音に似ている。

かつてこの島の人々は、植物の繊維を紡ぎ、家族の幸せを願って布を織った。

その営みは、何百年もの間、途切れることなく続いてきた。

そこに今、現代の「プラスチック」という素材が混ざり合う。

伝統工芸に異物を混ぜることに、抵抗はないのか?

ふとそんな疑問が頭をよぎったが、すぐに思い直した。

そもそも伝統とは、過去の遺物を守ることではない。

その土地にある素材を使い、その時代の空気を織り込んで更新されていくものだ。

海を汚す厄介者だったゴミが、職人の手によって美しい「みんさー織」の一部へと昇華される。

それは、一度死んだ素材が再び命を得る「再生」の物語であり、この国の文化が持っていた、あらゆるものを無駄にしない精神そのものではないか。

ゴミが資源となり、商品となり、誰かの手に渡る。

その売上が、また次の回収活動の資金となる。

一方通行だった物流の矢印が、ここで初めてくるりと円を描く。

「環境を守る」という行為を、ボランティアという聖域から引きずり出し、経済という現実的なフィールドで回していくこと。

綺麗事ではなく、泥臭いお金の計算と物流の設計の上に、持続可能性を築くこと。

それこそが、真のサステナビリティ(持続可能性)の姿だ。

西表島の港で見た、雨に濡れるパレットの山。

そして、自動販売機の横に回収ボックスがないという現実。

それらは、私たちが享受している便利さや豊かさが、見えない場所でのコスト負担の上に成り立っていることを、無言のうちに告発していた。

誰かの負担の上に成り立つ美しさは、いつか必ず破綻する。

だからこそ、私たちは「適正なコスト」を支払う必要があるのだ。

美しい海を見るためだけの入場料ではない。

その海を守るシステムの一部になるための参加費として。

あるいは、私たちが排出したものが巡り巡ってこの島に辿り着いていることへの、せめてもの責任として。

2026年7月18日からの3日間。

西表島と石垣島を舞台に、この新しいスタディツアーがついに開催される。

これは、大人たちが子供たちへ見せる背中でもある。

問題を先送りにして、汚れた海を残すのか。

それとも、知恵仕組み問題を解決する姿を見せるのか。

私はまた、この島へ行くつもりだ。

次は、雲の切れ間から覗く「本当の青」が見られることを願って。

そしてその時は、ただの傍観者としてではなく、この循環の輪を回す一人の当事者として。

この国の景色を、次の世代へ手渡すために。

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