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創作大賞2026応募作品「土蔵 #2 」

第二話:境界

最後の一本を格子の溝に嵌め込んだ瞬間、蔵の空気は決定的に変質した。

三畳足らずの空間を垂直に断つ樫の格子は、高窓から差し込む冬の光を等間隔に、そして情け容赦なく細切れにする。土床の上に落ちた鋭い縞模様は、この世の理(ことわり)とは異なる時間が流れるための、残酷な目盛りのように見えた。

「……できました」

私は、震える指先を隠すように、のみを腰の道具袋に収めた。

 使い込まれた樫の柄は、私の体温を吸って僅かに温かい。だが、背後に立つ家主の気配は、石の床から這い上がってくる冬の夜気のように冷たかった。

男は音もなく完成した檻に歩み寄り、その強固な横木に骨張った指を這わせた。乾いた皮膚が木肌を擦る「カサリ」という微かな音が、逃げ場のない石室の中で異様に反響する。

「よろしい。寸分の狂いもない。これで、外へ漏れ出すことはない」

家主は満足げに呟いた。何が、とは彼は言わなかった。

 彼の視線は、格子越しに奥の暗闇を見つめている。まだ誰もいないはずのその三畳間には、すでに濃密な拒絶と、澱んだ沈黙の気配が満ちていた。

私は、自分が作り上げたものの「美しさ」に、胃の底からせり上がるような吐き気を覚えた。

 狂いなく組み上げられた継ぎ目、鏡のように磨き上げられた樫の木肌。職人としての矜持を注ぎ込み、完璧に仕上げれば仕上げるほど、それは閉じ込められる者の絶望を強固なものにする。私の磨いた木の光沢は、そのまま誰かの自由を切り裂く刃となるのだ。

「これより先は、見てはならん」

家主が懐から取り出し、手渡してきたのは、重い真鍮の南京錠だった。

 鈍い金色を放つその塊は、私の掌で氷のように冷えた。私は促されるまま、自ら作った格子の扉に錠をかける。

カチリ、という硬質な金属音が、静寂に波紋を広げ、私の胸の奥に消えない棘を打ち込んだ。この音が、この場所の「法」となったのだと直感した。

道具をまとめ、逃げるように蔵を出ようとした時、私は見てしまった。

 薄暗い母屋の奥から、数人の男たちに抱えられるようにして、白い着物姿の「影」が運ばれてくるのを。

それは、私の目にはもはや人間には映らなかった。家系という名の深い泥濘(ぬかるみ)に足を取られ、声もなく沈んでいく、形を失った哀しみの一部のように見えた。その影と視線が交わることを恐れ、私は慌てて視線を足元に落とした。土床に散らばる樫の削りカスが、剥がれ落ちた鱗のように白く光っていた。

建具師は、本来、家を、そして人の暮らしを守るためのものを作る。

 障子を替えれば光が躍り、扉を直せば家族の笑い声が守られる。だが、私は今日、一人の人間を永遠に「過去」という名の闇へ繋ぎ止めるための、冷たい重力を完成させてしまった。私が削った木材の香りは、これから何十年も、あの白い影の肺を汚し続けるのだろう。

屋敷を辞する私の背後で、重い土蔵の扉が閉じられる音がした。

(続く)

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