「あれは教員支援ではない」と言われて。僕なりの答え
「あれは教員支援ではない」
先日、僕が教育や地域と関わる中で進めている活動に対して、あるところからそんな声が上がっていると耳にしました。
正直なところ、胸の奥がチクッとして、モヤモヤとした感情が湧き上がってきました。でも、その違和感とじっくり向き合っていくうちに、ふと一つの疑問に行き着いたんです。
そもそも、本当の意味での「教員支援とはなんなのか?」と。
僕が良いと思っていても、周りは思っていない。そのズレはなんなのか?それを紐解くのも面白いと思う。
改めて『教員支援』を考えていきたいなって思いましたので、ぜひ一緒に考えてみてください。
先生だけが疲弊していく「すれ違い」の正体
そもそも僕がやるにしろやらないにしろ、先生という職業がネガティブなことにさらされているというのは多くのメディアによって周知の事実になってきているなって思います。
で、実際に現場に入っていくと…、今の教育現場には、学校を良くしたいと願いながらも、どうしていいかわからずに疲れ切っている先生たちがたくさんいます。
地域の見守りの課題
例えば、地域で子どもの足取りが分からなくなってしまうようなニュースがあったりしましたね。
「学校は何をしていたんだ」という声が上がることがあります。でも、これって本当に先生たちだけが抱え込むべき問題なのでしょうか?
もし、地域での何気ない見守りや、近所の人たちとのあいさつの輪があれば、防げたことかもしれないなって思うのです。
※ただ、車で20分くらいってことでご近所って感じではないのですけどね。
開門時間の課題
また、「親の出勤時間に合わせて、朝7時に学校の門を開けてほしい」という要望が地域から出ることもあります。朝7時は、本来先生たちの勤務時間外です。
それなのに、「先生なんだから朝早くから学校にいて当然だろう」と無意識に思ってしまっている人がいると感じています。
じゃなければ、このニュースのように群馬県の開門問題は起こらない。
逆に先生の側も、そのご家庭がどんな事情を抱えて朝7時に家を出なければならないのかを、深く知る余裕がありません。
先生は地域や保護者の生活を知らないし、地域や保護者は先生の本当の働き方を知らない。
お互いがお互いの事情を知らないという決定的なすれ違い。両方知ってるからこそ、先生たちを追い詰め、孤立させている一番の原因だと思っちゃうのです。
コミュニティスクールは、ただの対話の口実
なぜ僕は教員を直接助けないのか
「教員支援というなら、あなたが直接先生を助ければいいじゃないか」と言われることも、もちろんあります。
でも、僕は教員を直接支援する最前線には立ちません。僕自身が教員ではないからです。現場の先生たちには先生たちの世界観があり、専門性があります。だからこそ、直接的な支援は僕が所属しているNPO法人の信頼できる先生仲間たちに任せています。
僕にできることは、学校の外側から先生たちのモヤモヤを理解し、それを地域の保護者や子どもたちに分かりやすい言葉で伝え、両者を繋ぐことだと思うのです。
コミュニティ・スクールは単なる対話の手段
今の学校システムには、先生と地域、保護者がフラットに話し合う場がありません。
説明会や報告会はあっても、それは学校側から報告を受けるだけの場です。「皆さんはどう思いますか?」と本音を交わし合うような場所は、実はどこにもない。
だから僕は、【コミュニティ・スクール】という制度を活用しています。
誤解しないでいただきたいのですが、僕はコミュニティ・スクールを全国に広げることが目的ではないのです。
制度があることで、やっと学校と地域がテーブルを囲んで『対話』する口実ができる。
「こんな面白い人が地域にいるよ」「これなら私にも手伝えるよ」と、みんなで一緒に子育てをしている感覚を紡いでいく。そのための手段として、コミュニティ・スクールを使いたいと思っています。
ただ、その上で、コミュニティ・スクールのことを結局知らない人が多いので、協議会が報告会になりがちです。
だから、サポートしたり、講師として伝えたりしているのです。
教育を先生一人の背中から降ろすために
何か新しいことを始めようとすると、必ず「そんなの無駄だ」「やり方が間違っている」「今じゃない」「よく分からない」と批判する人が現れます。
教育というがんじがらめの世界では、とくに派閥や利権が絡んで、相手の足を引っ張り合うようなことが起きてしまいます。
でも、同じ「教育を良くしたい」という想いを持っているのなら、お互いのやり方を否定する必要なんてないと思うんです。
「君のアプローチも面白いね」
「そういうやり方もあるんだね」
と、まずは相手を認める。許容する。
っていうか、よく話もしていないのに「あれは教員支援ではない」とは普通、言えないですよね?(笑)
教員支援とはなんなのか。僕は、先生の仕事を直接肩代わりすることだけが支援だとは思いません。それは支援ではなく、"援助"です。
そして、がんじがらめだからこそ、僕の団体だけでなんとかなる業界ではないと思います。だから、いろんな人がいろんな方法で支援をする。
子どもの支援をするのも良いし
先生を支援するのも良いし
保護者を支援するのも良いし
本当にいろんな方法があるんですよ。それだけ教育業界は関係する人たちが多くいるのだと思います。
大事なことは学校と地域が対話し、お互いの事情を知り、「教育は先生一人が背負うものではない」とみんなで共有すること。地域全体で子どもを見守る関係性を作ること。
それこそが、先生の心を軽くする "本質的な教員支援" だと僕は信じて活動しています。
今日からできる小さなアクション
ここまで読んでくださった皆さんに、今日からできる5分以内の小さな提案があります。
新学期、お子さんが学校から帰ってきたら、
連絡帳の隅に、先生への「ありがとう」のひと言を添えてみませんか?
「いつも気にかけていただきありがとうございます」
「プリント、子どもと一緒に楽しく読みました」
そんな、ささいなひと言で構いません。クレームや要望ではない、温かい言葉を受け取ったとき、先生の張り詰めた糸はフッと緩みます。
その小さな対話のキャッチボールでも、実は教員支援になるだろうと思っています。
最後に
毎日、子育てや仕事で忙しい中、こうして学校のことや教育のことまで考えてくださっている皆さんは、本当に素晴らしいと思います。
「親としてもっとできることがあるんじゃないか」と自分を責めないでくださいね。
あなたが毎日、温かいご飯を作って子どもを迎えてくれるだけで、子どもにとっては十分すぎるほど安心できる場所です。
どうか、ご自身の頑張りを認めてあげてください。
でも、その上でもうちょっと興味を持っていただけるなら、「先生って何やってるんだろう?」って興味持って聞いてみてほしいです。
皆さんのご家庭や地域では、学校の先生とどんな風に関わっていますか?
ちょっとした工夫や、「こんなことに困っている」という悩みがあれば、ぜひコメント欄で教えてくださいね。
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