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マークの大冒険 常闇の冥界編 | 憤怒の刻 〜英雄たちの怒り〜


前回までのあらすじ
プラトンとの話を終えた俺は、かつての記憶を取り戻した。この物語は、壊れて散らばった俺の心を取り戻すための物語だった。マークは、現実逃避した俺から生まれた分身。俺の中に眠った最後の優しさのカケラ。マークとの夢の旅を通し、俺は自分を取り戻そうとしていたのだった。


この物語は、壊れて散らばった俺の心を取り戻すための物語だった。マークは、現実逃避した俺から生まれた分身。俺の中に眠った最後の優しさのカケラ。マークとの夢の旅を通し、俺は自分を取り戻そうとしていた。

エジプト、ギリシア、ローマ、フランスでの旅。そして、そこに出てきた強敵は、全て俺自身の心の弱さの化身だった。傲慢、軽率、頑固、短気、狡猾、偽善、そして、憤怒。俺は自分の心の弱さを克服するために、マークを通して夢の旅をしていた。

俺は頑張ったが、報われなかった。誠実だったが、報われなかった。親切だったが、報われなかった。そうした報われなさは、次第に俺を飲み込む暗黒になった。

そして、気づいた。

鬱と絶望の先にあるのは、「無」だと。この「無」の領域に入った人間は、もう感情があった頃には戻れない。鬱も絶望も感情がある証拠だった。人間である証拠だった。「無」となった俺は、もう人間ですらない。

だが、それでいい。

俺は、ただ生きる。

幸福は、もういらない。

記憶を取り戻し、全てを悟った俺だが、ひとつだけまだ分からないことがある。

俺は、この夢を現実世界のどこで見ているのだろう?




🗝️🗝️🗝️


プラトンと別れた後、神殿の前でマークたちが再び話していると、新たに人影が現れた。甲冑を着て武装するギリシア兵の装い。戦士だが、その顔立ちには品があり、威厳を感じさせる。男はこちらを見やると、静かに声を発した。

「見ない顔だな。冥府の侵入者とはお前らか」

男は俺とマークの方を見て、不思議そうな表情を浮かべて言った。だが、その眼光は鋭く、決して獲物は逃がさないといった感じだった。

「ヘクトル!」

一歩前に出たアキレウスが目の前の男の名を叫び、怒りを露わにした。

「アキレウス、なぜお前がここにいる?侵入者の味方ごっこか?」

「お前こそ、よく俺の前に出て来れたな。トロイアの負け犬が」

「憎きアキレウス。私の仲間の数多を冥府に送った死神。埋葬もろくにできず、野犬野鳥に喰らわれるしかなかった彼らの無念を今ここで晴らしてやろうか」

野犬野鳥に喰らわれるしかなかった
このくだりは、ホメロス『イーリアス』の冒頭部分。『イーリアス』は古代ギリシア最古の文学作品で、前8世紀頃の作と推測されている。


「パトロクロスを殺したのはお前だろう?先に手を出したのはお前の方だ」

「パトロクロスをお前だと思っていた。奴はなぜ、お前の鎧を着ていた?」

「アカイアは俺の離脱で傾いた。だからパトロクロスは俺のフリをして、軍の指揮を上げようとしていたんだ」

「どおりで弱すぎると思ったよ。天下のアキレウスがこんなものかと」

「殺してやる!何度やっても、お前は俺に勝てない。あの時のようにもう一度、串刺しにして引きづり倒してやる。プリアモスにお前の無残な亡骸を見せた時は、最高の気分だったよ」

「かかってこい、アキレウス。私は鍛錬を積んだ。あの頃とは違う!」

「半神半人のアキレウス相手に勝てるわけがない。トロイア戦争だって、正直アキレウス一人で十分だった」

オデュッセウスがマークの隣で小さく呟いた。

ヘクトル
トロイア王国の王子で、プリアモスの息子。トロイア最強の戦士だったが、アキレウスに敗れて命を落とす。ホメロスの『イーリアス』は、ヘクトルの葬儀の場面で終わりを迎える。親友パトロクロスを討った怒りの原因であるヘクトルの死と葬儀をもってアキレウスは怒りを鎮めるに至った。

パトロクロス
アキレウスの戦友にして、親友にして、同性愛の恋人。アキレウスは二刀流で、ブリセイスを筆頭に多くの女性と関係を持ったが、男性のパトロクロスとも特別な関係性にあった。古代ギリシアの世界では、生殖が伴わない同性愛こそが究極の愛と解釈する考え方もあった。日本語では愛だが、古代ギリシアでは愛は2つの概念に分けられていた。生殖を伴う肉欲的な愛エロスと、精神的繋がりに重きを置く無性の愛アガペーである。

プリアモス
ヘクトルの父で、トロイア王国の国王。オデュッセウスが考案したトロイアの木馬作戦で、アカイア軍に攻め込まれた際、城内で襲撃されて命を落とした。『マークの大冒険 古代ギリシア編』では、死に際に黄金の果実をマーク託した。


「怒りを抑えろ、アキレウス。挑発に乗ったら、ボクらの負けだ。怒りは全てを滅ぼす」

マークが必死にアキレウスをなだめた。

「どけ、マーク。売られた喧嘩は全て買う。俺に歯向かう奴は、誰であっても地獄に送る」

「もうここが地獄だろう。無意味な争いはやめよう!」

マークは再びアキレウスの暴走を止めようとした。

「ヘラクレスとオデュッセウスも下がっててくれ。こいつは俺が殺る!」

マークの言葉は、アキレウスには全く届かなかった。

アキレウスを主人公とした『イーリアス』は、彼の怒りから始まり、彼の怒りが収まる場面で終わる。怒り、それは俺が最も苦しまされた感情。セネカやマルクス・アウレリウスらストア派哲学者でも、完全なる克服までは成し得なかった。あのソクラテスでさえ、怒りに支配される時があった。

俺は、ここでどうすればいい。

ただ見ていればいいのか。

それとも、彼らの戦いを止めるべきなのか。

正解はあるのか?

いや、

もしかして、これは......

現実世界の俺が今、直面している問題そのものなのか?

それを神話で再現している?

怒り狂うアキレウスも、憎しみに燃えるヘクトルも、止めに入るマークも、全て俺自身?

無の世界を悟って人間でなくなった俺に、再び感情を取り戻させようとしている?

俺は、本当は取り戻したいのか?

人間の証である感情を。

たとえ、それが負の感情であったとしても。


To Be Continued...



Shelk

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