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マークの大冒険 常闇の境界編|空虚の刻 〜アリストテレス 無意味な世界〜


前回までのあらすじ
マークが哲学者たちと話し終えてしばらくすると、英雄ヘラクレスが帰還した。身長2メートルを裕に超える巨体。憧れの英雄との面会にマークは目を輝かせていた。



マークたちが作戦会議をしている中、遠目に一人の老人の姿が見えた。老人は俺に手招きしていた。不思議とそれが気になり、俺はマークたちのもとを離れて彼のところに向かった。

「青年、ここはひとつ、親切と思って孤独な老人の話を聞いてはくれないか」

「少しだけなら、構わないが」

「ありがとう。私はアリストテレス。アテナイに出てプラトンの下で学び、マケドニアの若き王子の師となった。幸福とは何かを多くの若者に教えてきた。だが今、彼らに償いたい。私は間違っていたと」

アリストテレス
トラキア地方のスタゲイロス出身。少年時代にアテナイに出て、プラトン主催の学園アカメデイアに入学。その後、フィリッポス2世に招かれてマケドニアに赴き、王子アレクサンドロス3世の指導教官となる。後にアレクサンドロスは大王と呼ばれるようになったが、彼の虐殺行為と世界征服にアリストテレスは自身の教えの意味に苦悩した。
アリストテレスの師はプラトンで、プラトンの師はソクラテスだったため、アリストテレスはソクラテスの孫弟子にあたる。当初、アリストテレスはソクラテス、プラトンの思想を継承していたが、他界する直前で彼らとは異なる思想に至った。



🦋🦋🦋



ある晩、私は弟子の墓を訪れた。月明かりの下、墓石は静かに佇んでいた。彼は30歳で他界した。病が彼を蝕み、その最期は苦しみに満ちていた。ある日、彼は病の床で私を呼んだ。痩せ細った顔で、私に弱々しく訊いた。

「先生、私は善く生きたのでしょうか」

「立派に生きた。徳を積み、正しく生きた」

彼は微笑んだ。だが、次の瞬間、涙を流した。

「では、なぜこんなにも苦しいのでしょう」

私は言葉を失った。何も答えられなかった。

それから3日後、彼は息を引き取った。葬儀の日、彼の妻が私のもとを訪ねた。幼い子どもの手を引きながら、泣いていた。

「夫は先生の教えを信じていました。善く生きれば、幸せになれると。でも、あの人は幸せだったのでしょうか」

私はまた、何も言えなかった____。

私は、アリストテレス。これまで人々に幸せとは何かを教えてきた。善く生きること、徳を積むこと、中庸でいること、それが幸せへの道だと。だが、私は気づいた。私は、ずっと彼らに嘘をついていた。もし私の教えが正しかったのなら、彼は幸せでなければならなかった。彼は誰よりも真面目に生き、誰よりも正しくあろうとした。朝早くから夜遅くまで学び、人を助け、家族を大切にしてきた。まさしく、私の教え通りに生きた。だが、彼は苦しみながら死んでいった。善く生きることが幸せへの道なら、なぜ彼は苦しんだのか。その晩、私はこれまでの人生を振り返らずにはいられなかった。

私は何を教えてきたのか。私自身は、その教えを実践して幸せになれたのか。答えは、否。私は師プラトンの下で学び、知を求めてきた。アレクサンドロス大王の師となり、多くの弟子を育ててきた。学園をつくり、人々に教えを説いてきた。徳を積み、中庸を保ち、善く生きようとした。だが、私は追われる身になっていた。弟子は去り、友は離れ、病が身体を蝕んだ。同じではないか。真面目に働き、家族に尽くし、人に優しくしてきた。正しくあろうとし、過ちを犯さないように心掛けてきた。だが、それで幸せになれたか。それで心は満たされたか。私は気づいた。私たちは皆、間違った前提で生きていたと。人生には意味がある。その意味とは、幸せになること。そして、幸せは善く生きることで得られる。私はこれをずっと教えてきた。だが、もしこの前提が間違っていたら。もし人生に最初から意味などなかったとしたら。弟子の墓の前で、私は誓った。残された時間で、この真実を伝えようと。それが彼、そして皆への償いになると信じて。人生の意味など、最初からなかったという真実を。それは絶望させるためではない。むしろ、解放させるために。なぜなら、この真実を知ることで、今まで抱えてきた重荷を下ろせるからだ。もう、誰も報われない努力で苦しまなくていい。もう、誰も善く生きなければという呪縛に囚われなくていい。さあ、その旅を始めよう。私が一生をかけて辿り着いた、人生の本当の姿を見せよう。


弟子の死


私はアテナイ郊外に学園を開いた。リュケイオンと名づけたその場所で、初めて教壇に立った日のことを、今でも覚えている。学生たちが集まってきた。目を輝かせて、私の言葉を待っていた。私は、彼らに問うた。

「人は何のために生きるのか」

学生の一人が答えた。

「幸せになるためです」

「その通り。では、幸せとは何か」

その問いには誰も答えられなかった。

「幸せとは、徳を実現することだ。徳とは何か。それは、人間が本来持つべき優れた性質のことだ。勇気、節制、正義、知恵。これらを身につけることで、人は幸せになれる。では、どのようにして徳を身につけるのか。それは習慣だ。正しい行いを繰り返すことで、徳は当人の性格となる。そして、大切なのは中庸だ。勇気とは、臆病と無謀の間にある。節制とは、放埒と無感覚の間にある。過剰でも不足でもない、ほど良い状態を保つ。これが徳だ」

学生たちは真剣に聞いていた。ある者は涙を流して、私に訊いた。

「先生、私にもできるでしょうか」

「できる。誰にでもできる。毎日、正しく生きればいい」

彼らは希望に満ちた顔で帰っていった。私も確信していた。この道が正しいと。この教えが人々を幸せにすると。だが、私は今、あの日を思い出して苦しくなる。私は彼らに何を与えたのか。希望か。それとも、呪いか。

若くして死んだ弟子は、最も熱心に学んだ一人だった。私の言葉をひとつも漏らさず、実践した。朝は誰よりも早く起き、学園に来た。夜は誰よりも遅く残り、本を読んだ。困っている人がいれば、必ず助けた。怒りを感じても、中庸を保とうと努力した。彼は完璧だった。私の教えの体現者だった。だが、彼は苦しみながら死んだ。病の床で、私に言った。

「先生、私は間違っていたでしょうか」

私は答えられなかった。彼は何も間違っていなかったからだ。彼は私の教え通りに生きた。だが、幸せにはなれなかった。これは何を意味するのか。私の教えが間違ってたのだ。


友人の死


師プラトンが亡くなった後、私はアテナイを離れた。そして、小アジアのアッソスという街に向かった。そこには、ヘルミアスという名の友人がいた。彼は若い頃、私と共にプラトンの下で学んだ学友だった。だが、彼は哲学者にはならず、政治の道を選んだ。彼はアッソスで、僭主となっていた。私がアッソスに着いた時、彼は歓待してくれた。

「久しぶりだな、アリストテレス」

「ああ、ヘルミアス」

私たちは夜遅くまで語り合った。哲学のこと、政治のこと、人生のこと。

「なあ、アリストテレス。俺はプラトン先生の理想を、この地で実現したい」

「理想の国家をつくるのか」

「ああ、哲学を学んだ者が政治を行う。それが最善の統治だと、プラトン先生は教えた」

私はそれを聞き、複雑な気持ちを抱えていた。師の理想を実現しようとする彼を尊敬すると同時に、不安も感じていた。数年間、私はアッソスに滞在した。ヘルミアスは政治に哲学者を参加させた。穏健な統治を心掛けた。人々は平和に暮らしていた。だが、ペルシア帝国が動いた。ある日、ヘルミアスが捕えられたという知らせが届いた。ペルシアの将軍に騙され、捕えられたのだ。私は動揺した。すぐに逃げる支度をした。ヘルミアスの協力者として、私の身にも危険が迫っていた。レスボス島に逃れる前、最後の知らせが届いた。ヘルミアスが処刑されたと。彼がどのように死んだかは、後から聞いた。拷問を受け、苦しみながら死んだと。だが、最期まで友人たちの名前を明かさなかったと。私は泣いた。なぜ、善人がこんな死に方をするのか。ヘルミアスは善く生きようとした。師の理想を実現しようとした。穏健に統治し、人々を導こうとした。だが、彼は拷問を受けて死んだ。これが善く生きることの結末なのか。これが正しくあろうとした人物の運命なのか。私には理解できなかった。いや、理解したくなかった。自分の教えが間違っていることを認めたくなかった。


師匠の死


私は17歳の時、アテナイに訪れた。プラトンの学園アカデメイアに入学するためだ。初めて師に会った日のことを覚えている。師は穏やかに微笑んで言った。

「ようこそ。ここで何を学びたい」

「幸福とは何かを知りたいです」

「良い問いだ。だが、答えは簡単には見つからない。真の幸福は、この世界にはないからだ」

「では、どこにあるのですか」

「イデアの世界にある。完全で、永遠で、不変の世界に」

私には理解できなかった。目に見えない世界が、どうやって幸福をもたらすのか。それからしばらく経ち、私は師に言ったことがある。

「やはり私は、現実の世界で幸福を見つたいです」

「それは難しい道だ」

「でも、人々が生きているのは、この世界です」

師は黙り、長い沈黙の後に言った。

「キミは、どうやら私とは違う道を行くようだね」

「はい。師の道ではなく、私の道を行きます」

師が亡くなる数日前、彼に会いに行った。師は私の手を握って言った。

「キミの道が正しいことを、私は願っている」

「必ず証明してみせます」

それから時が経ち、師が亡くなった時と同じ年齢になっていた。ようやく私は気づいた。師は何を見ていたのかを。師は知っていた。現実の世界では、幸福は見つからないことを。だから、師は別の世界を探した。私は師を裏切った。師の教えを否定し、間違った道を歩んだ。私は、師の正しさを認めざるを得ない。だが、遅過ぎた。私は既に大勢に間違った道を教えてしまった。師よ、許してほしい。私は傲慢だった。自分が正しいと、信じて疑わなかった。私は理解した。幸福など、どこにもないのだと。

人間は社会的な動物と、私は教えてきた。

「人間は社会的な動物だ。一人では生きられない。共同体の中で生きることで、幸せになれる。そして、友情こそが最も大切なものだ」

だが、今の私に友はいない。若い頃、多くの友人がいた。共に学び、共に笑い、共に夢を語った。師が亡くなった後、私はアテナイを離れた。友人たちは言った。

「また会おう」

数年後、私はアレクサンドロス大王の師となり、名声を得た。友人たちが集まってきた。

「久しぶりだな」

彼らは祝いの言葉をくれた。私は嬉しかった。友人がいることが。だが、アレクサンドロスが亡くなると、立場は一変した。アテナイで反マケドニア運動が起きた。私は大王のかつての指導者として、追われる身になった。友人たちに助けを求めた。だが、一人、また一人、私のもとを離れていった。ある友人が言った。

「キミのことは好きだが、家族がいる。キミを助ければ、家族が危険に晒される。本当にすまない」

別の友人が言った。

「キミを助けたい。だが、私にもできないことがある」

彼らを責めることができるだろうか。彼らには、守るべきものがある。家族、生活、将来。私一人のために、それを犠牲にはできない。分かっている。だが、それでも悲しかった。最後まで残ってくれた友人が一人いた。彼は言った。

「一緒に逃げよう」

「キミを巻き込めない」

「友人とは、そういうものだろう」

私は泣いた。

「だからこそ、キミを巻き込めない。キミには将来がある」

彼は去っていった。最後に振り返り、彼は手を振った。その背中を見て、私は気づいた。友情は状況によって変わる。それが人間だ。私は教えてきた。真の友情は、永遠だと。だが、そんなものは存在しない。人は皆、自分の人生がある。自分を守らなければならない。友情は美しい。だが、それは条件つきということだ。状況が変われば、友情の在り方も変わる。これが真実だ。私の教えは、理想でしかなかった。


王を教えた男の末路


私はアレクサンドロス大王の師だった。初めて会った時、彼はまだ若き王子だった。私は彼を7年間教えた。彼は聡明だった。私の話を目を輝かせて聞いた。

「先生、私は立派な王になります」

私は教えた。勇気とは何か。正義とは何か。節制とは何か。中庸とは何か。彼は全てを吸収した。

「先生のお陰で、正しい道を知りました」

彼は私に感謝した。誇らしかった。未来の王を、正しい道に導けたと思っていた。だが、彼が王になってから、全てが変わった。彼は世界征服を始めた。ペルシアを征服し、エジプトを征服し、インドにまで足を踏み入れた。多くの人が死んだ。多くの町が焼かれ、人々が苦しんだ。私の教えは、どこに行ったのか。正義は。節制は。中庸は。ある日、アレクサンドロスから手紙が届いた。

「先生、私は世界を手に入れました。これが私の幸せです」

私は震えていた。これが私の教育の成果なのかと。アレクサンドロスは若くして、異国の地で死んだ。彼の死を聞いても、私は何も感じなかった。ただ虚しかった。私は何を教えてきたのか。何を伝えてきたのか。結局、私の教えは無力だった。権力の前では、何の意味も持たない。そして、私はその権力の庇護下にいた。王の師として、人々は私を尊敬した。万学の祖と呼ばれた。だが、その名声は虚しかった。それは私の教えの成果ではなく、ただの権力の恩恵に過ぎなかったからだ。アレクサンドロスが死に、私は追われる身となった。かつての名声は、私を縛る鎖となった。名声など、いらなかった。権力との関係など、持たなければ良かった。だが、もう遅い。


世界と人生の真実

なぜ善人が苦しむのか。私は正義を信じていた。正しく生きる者が報われると。だが、真実は違った。不正を働く者が富を得る。人を欺く者が地位を得る。善良な者が苦しむ。

ある日、若い弟子が訊いた。

「先生、なぜ悪人が栄えるのですか」

「一時的なものだ。最後は正義が勝つ」

だが、本当にそうだろうか。私の人生を見てほしい。私は正しく生きようとした。嘘をつかず、誠実に生き、人々を教えた。だが、私は追われる立場になった。病が身体を蝕み、死が迫った。一方、不正を働いた者たちは栄えていた。権力を握り、富を得ていた。世界に正義などない。あるのは、力だけだ。力を持つ者が勝つ。正しさなど、関係ないのだ。

私は弟子たちに教えた。正義を行いなさい、と。だが、正義を行った者たちがどうなったか。弟子の一人は、苦しみながら死んだ。友人ヘルミアスは、拷問を受けて処刑された。そして私は、追われる立場にあった。正義など、無意味だった。だが、それでも私たちは正しくあろうとする。なぜか。それは、私たちが「正しくあるべきだ」という幻想を信じているからだ。善く生きれば報われる、という嘘を信じているからだ。そんな保証など、どこにもない。世界は、無関心だ。善人も、悪人も、等しく苦しみ、等しく死ぬ。これが真実だ。では、どう生きればいいのか。私が辿り着いた答えを話そう。

人生に意味はない。目的もない。善く生きても報われない。これが真実だ。これを聞いて、絶望しただろうか。だが、これは絶望ではない。これは自由だ。最初から意味がないということは、つくっていいということだ。私たちは今まで、与えられた意味に縛られてきた。幸せになるべきだ。善く生きるべきだ。徳を積むべきだ。成功するべきだ。認められるべきだ。これらは全て、誰かが決めた基準だ。社会が、親が、哲学者が、周りが決めた基準だ。だが、そんな義務はない。幸せにならなくてもいい。善く生きなくてもいい。成功しなくてもいい。認められなくてもいい。好きに生きればいい。若くして死んだ弟子は、私の教えに縛られて生きた。善く生きなければ。徳を積まなければ。中庸を保たなければ。その結果、苦しんだ。もし彼が自由に生きていたら。もしが彼が自分の好きなよう生きていたら。違う人生があったかもしれない。もっと笑っていたかもしれない。もっと楽しんでいたかもしれない。私は彼から、その自由を奪った。こう生きるべきだという教えで、彼を縛った。私はそれを心から後悔している。だから、伝えたい。もう誰かの期待に応えなくていい。もう社会の基準に合わせなくてもいい。もう「すべき」から解放されていい。報われなくてもいい。認められなくてもいい。幸せになれなくてもいい。ただ生きればいい。それだけで十分だ。意味など、最初からなかったのだから。

私の心は今、かつてなく穏やかだ。ようやく本当のことを話せた。この人生で、私は何を学んだか。人生に意味はない。善く生きても、報われない。友情も、愛も、正義も、儚い。幸福など、幻想だ。だが、それでいい。なぜなら、それが人間だからだ。私はずっと嘘を教えてきた。こう生きれば幸せになれる、という嘘を。今、本当のことを話せた。もう意味を探さなくていい。もう幸せを追い求めなくていい。もう善くあろうとしなくていい。ただ生きればいい。それだけで十分だと。

弟子よ、友人よ、そして全ての人よ、私を許してほしい。私は間違っていた。だが、もう苦しまなくていい。この真実を知った今、自由になってほしい。好きに生きてほしい。誰の期待にも応えず、誰の評価も気にせず、ただ自分の人生を生きてほしい。それが、私が最後に伝えたいことだ。真実を知った今、私の心はかつてないほどに軽い。長い間背負っていた重荷を、ようやく下ろせたからだ。ずっと背負ってきた偽りの教えという重荷を。死んだ弟子の墓を訪れた時、私は誓った。この真実を伝えると。今、その誓いを果たせた。これが私の償いだ。これが私の最後の贈り物だ。人生に意味などない。だからこそ、自由に生きていい。これを忘れないでほしい。


私はアリストテレス、空虚を受け入れし者___。


🦋🦋🦋



そうだ。友情も、愛情も、状況によって一変する。条件つきのもの。それが人間だ。アリストテレスは正しい。ソクラテス、プラトンの教えを礎に、彼が世界の本当の姿に気づいた。この世界に、人生に、最初から意味などない。全ては俺の心と同じく無。空虚だ。

俺は善く生きようとした。ひたすら勉強し、真面目に働き、家族に奉仕し、先輩を慕い、後輩を気遣い、親切さと謙虚さを常に心掛けた。それで幸せになれたか。答えは、否。妻に逃げられ、離婚され、子どもにも会えずにいる。妻の家族からは、娘を不幸にしたとして忌み嫌われ、憎まれている。金の切れ目が縁の切れ目。失職した稼ぎのない男など必要ないと。誰とでも結婚できた自慢の娘をお前が不幸にしたと。二度と顔を見たくないと。それから向こうの家族の信用を取り戻したくて、無茶苦茶に働いた。だが、全てが遅かった。全て無意味だった。それから実家に出戻り、自分の両親に今も迷惑をかけ続けている。母は泣いた。父は沈黙した。弟たちは困惑した。会社では代わりの利く部品のように扱われ、毎月養育費の捻出に苦悩し、仕事で帰りは遅く、自由はない。友人は皆、家族を持ち、疎遠になり、気づけば誰一人として自分に友人はいなくなっていた。

「俺は善く生きましたか?」

「善く生きた。立派に生きた。それは認める。だが、善く生きても報われない。それが、人間だ」

「分かりました」

「私は、キミを解放しに来た。善く生きなければならないという重圧から」

「ありがとうございました」

もう、幸せにならなくていい。ただ生きれば、それでいい。アリストテレスが正しい。ソクラテスよりも、プラトンよりも、セネカよりも、マルクス・アウレウスよりも。あなたは正しい。もう少し、もう少しで、俺もそちら側に行けそうな気がする。悟りの境地、極みの彼方に______。


「カスメガネ、どこに行ってた?」

「人に話しかけられてな」

俺は遠目に見える、去りゆく老人の後ろ姿を指さした。

「誰だ?」

「アリストテレスと名乗っていたが」

「アリストテレス!?気をつけろ、カスメガネ。セネカ先生が書いているように、アリストテレスになってはいけない。彼は怒りが時に、戦いで有益になると説いた。危険な考えだ。それだけじゃない。彼はプラトン先生を裏切り、イデア(究極の幻想)を夢見ることをやめた。ボクらはソクラテス先生たちのように、常に光明側でなければならない。アリストテレスのような暗黒側に堕ちてはいけない。アリストテレスは極めて優秀だった。万学の祖と謳われた。だが、最後の最後で暗黒に堕ちた。残念だったよ、アレクサンドロス大王の指導にあたるほどの賢者だったというのに」

「だが、真実としてはアリストテレスの方がきっと正しい。幸福など、どこにもない。それでも、イデア(究極の幻想)を求めるのが、人間なのか?」

「若くして死んだ弟子の話を聞かされたのか?それは彼が人を惑わす時の常套手段だ。だがカスメガネ、幸せとは"瞬間"を指す。最期に苦しみながら死んだとて、その人生の全てが幸せじゃなかったわけじゃない。瞬間、瞬間に幾つもの幸せがあったはずだ。友と語り合った夜、子どもが生まれた日、家族との他愛のない時間。そんな幸せが、彼にだって瞬間ごとにあったはずだ」

「そうか」

「ボクたち人は、プラトン先生たちが説いた、イデア(究極の幻想)を求め続ける必要がある。それがあったからこそ、人類はここまで発展して来れた。いつでも高みを目指して、理想を追いかけ続けたから今がある。そうだろ?」

「でも、それはお前がイデアの住人だからじゃないのか?」

「マーク、早くしろ!」

オデュッセウスたちが、こちらに向かって叫んでいた。

「え?」

俺の呟きは彼らの声に掻き消され、マークには聞こえなかった。

「何でもない。オデュッセウスたちのところに戻ろう。冥界を抜ける良い案は出たのか?」

「今、作戦会議中だ。キミが勝手に抜けるからだろう」

「そうか、すまない」




To Be Continued...


Shelk 🦋


マケドニア テトラドラクマ銀貨
アルテミス女神像

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