いつか、物語のように〜前期を振り返って【さとのば生エッセイ 後編】
こんにちは、ももです。

さとのば大学2年生、昨年は秋田県の五城目町に、今年は長野県長野市で暮らしています。
出身が北海道なので、最近は「だんだん南下していっています」と自己紹介をすることも多いです。
今回は、わたしのさとのば2年目の前期についてお話ししたいと思います。
▼前編はこちら
どんなこと考えてた?
長野での暮らしや2冊目のZINEを作るなど、楽しそうに過ごしていたように見えるわたしですが、5月後半から6月にかけて、自身のことやさとのばでの学びについてモヤモヤを抱えていました。
それは、2年目という境遇のためか、アルバイトを始めたことで価値観が揺らいだためか、長野での環境のためか、昨年とは違うさとのばの環境のためか。定かではありませんが、「わたしがここ(さとのば)にいる意味ってなんなんだろう?」と思い悩んでいました。
アルバイト先に選んだところは、温室のような環境で育ってきたわたしには痛いくらいに厳しく、学びになることも多かったのですが、行くたびに擦り切れるような思いでいました。
当然のように、価値観はぐらっぐらに揺さぶられました。
また、昨年度、暮らしていたまちとは規模感や出会える世代も違う。講義も、人数が増えたこともあって進み方やカリキュラムの具合も少しずつ違う。勝手に自分の中で、1年生だった頃と比べてしまっていた部分もありました。
今まで、「ももちゃんだから大丈夫だよね」と何度も言われてきました。そこにはもちろん、信頼しているがゆえという気持ちがあるということもわかります。でも、だからこそその言葉が、時折鋭い痛みに感じる時もありました。「ああ、この人の前ではわたし、”大丈夫”でいなきゃ」と。
そうやって、大丈夫なふりと逃げることだけはうまくなっていきました。

ずっと、大丈夫だと思っていた、いや、言い聞かせてきたけれど、全然大丈夫なんかじゃなかった。平気だと言い聞かせてきたけれど、本当はとっくのとうに限界を迎えていたのです。
そのツケが、今になって回ってきて、気づかないように蓋をしてきたことに、そろそろ正面から向き合わなきゃいけないなと思うようになりました。
気づかなければ、その痛みに気づくこともないはずだからと、薄々気づいてはいたけれど認知はしないように目を背けていたことに、ちゃんと目を合わせなければいけないと思うようになりました。
また、同じことしてるということにも、その時は気づいていませんでした。
同じことを繰り返したくないと思ってさとのばへ来たのに。
浪人を経験して、ゾンビのようになって、それが嫌だなって思って来たのに。
自分自身に、何度苛立ちを覚えたことか。
けれど、「向き合おう」と思うようになったのも、やはり環境や価値観が揺れ動くような経験や出会いをしたからなのだと思います。
水曜日の講義は学年ごとに別れるのですが、水曜講義のコアキナイ演習では随分苦戦して、自分が本当に好きなもの、やりたいことはなんだったのかわからなくもなりました。けれど、プロジェクトメンタリングの時間を通して、「生きるを仕事にするのがエッセイスト」という言葉を教えてもらい、灯りが差したように感じました。
わたしは、毎日よくわからないことで笑い合ったり、みんながみんな気にも留めないようなふとした景色や瞬間、感情が好きで、だからこそ言葉を書くことを愛しているのだと思います。それがきっと、わたしにとっての”生きること”で、これを仕事にすることができるなんて最高じゃないかと。
結局、最後までやり切ることはできなかったものの、本当に大事にしたいものがなんだったのか気づくことができたので、不要な時間ではなかったのではないかと思っています。
変えてはいけないものを変えないという意地を。
変えるべきところを変える勇気を。
そんな落ち込み期間を経て、夏休みも目前のリフレクション(振り返り)の日。
ーメンタルも成長痛を起こすでしょう。
Mrs.GREEN APPLEが歌っている。
メンタルも、成長痛を起こすらしい。
ああ、今ってわたし、メンタルというか、成長痛を起こしているんだな。
だからこんなにも痛くて、だけど学んで成長に向かっているような実感はあるんだな。
だから、多分考えたり立ち止まっている方が痛みを感じやすいのかもしれない。
7月18日 ーsatonova way ともつくより
最近のモヤモヤだったり、どんなことがあったのか振り返って、その最後にまとめとして感想を書いている時。自分は、今、メンタルが成長痛を起こしているのだと思うとすごく納得がいくような感じがしました。こういう時、音楽の力は偉大だなと感じます。
厳しい環境下で、ぐいーっと引き伸ばされて、けれどその環境から逃れることはできなくて。痛いけど、成長している実感はそこにある。
今はぐぐっとしゃがみ込んで力を蓄えて、飛ぶための準備をしている最中。地に根を張るように、ちゃんと立っていられるように。1年生の時が、上に上に芽を出そうとしていたのならば、きっと今年は根を張る2年生なのです。だから、成長は焦らないでいたいなと思っています。

まとめ
簡単ではあるのですが、これが前期の主な出来事と、わたしの中にあった葛藤や思いです。
今でも、わたしの中で整理がついていないことが多く、とりとめのない文章かと思います。気持ちが上向きになってきたかと思えば、また沈んでいたりして、全く厄介な生き方をしています。
けれど、手がかかるものほど愛着が湧くということも知っています。
なんだ、手がかかるなぁまったく!と思いながらも、こんなわたしも嫌いじゃありません。どんな物語にも、主人公が落ち込んだり、うまく立ち行かなかったり、厳しい局面はあるものです。ただひたすらにうまく行っている物語は面白くありません。
だから、こんなふうに悩んだり失敗したりするのも必要なことだと思います。
痛いので、あまり多くなくていいのになと本音のところでは思っていますけど。
これからやってみたいこともたくさんあるし、残り少ない長野での暮らしをどう楽しもうか考えています。
ZINE2作目が完成した時に、「もうZINEはしばらくいいかな…」と思ったのですが、最近なんだかんだ作りたくなっています。長野のさとのば生が使えるコワーキングスペースの入っているR-DEPOTという建物には古道具屋さんもあるのですが、そこで買った800円のフィルムカメラが直らないかな、直ったら使えるなとわくわくした気持ちもあります。イベントもやってみたいし、まだ行ったことのない長野のまちもみてみたい。

好奇心がある限り、人は立ち止まれないのかもしれません。
まだまだ落ち込むこともあるけれど、わたしは元気にやっています。
むしろ、落ち込んでいない時なんてないかもしれないくらいには弱いわたしです。
全然大丈夫なんかじゃないけれど、でも立ち止まることはできません。
不器用なので、まっ直ぐにしか進めないのです。
ーいつかもし、わたしの人生が朝ドラになったら。
そんなことを妄想しながら、今日もぎゃあぎゃあと1人で悩んでもがいてさとのばでの学びを楽しんでいます。

