過去の思い出を数えてしまう時に読むエッセイ
歳を取ると、無くしたものを数えてしまう。
それは仕方がない。
思い出ばかりがどんどん増えていくから。
そんなこと考えちゃダメだ。
未来に目を向けるんだ。
ぼくはぼくの心にそう言い聞かせてみるが、なかなか言うことを聞いてくれない。
ぼくの寿命を80年とすると、ぼくはあと20年しか生きられない。
60年分の思い出vs20年分の未来に起こること。
どう考えてみても、前者の方が圧倒的に多い。
そりゃ、思い出の数を数えてしまうのも仕方がない。
ぼくの子供の頃、ぼくの家族は5人いた。
両親、祖父、兄、そしてぼく。
今はぼくだけが生き残ってしまった。
15年前までぼくの家族は、ぼくを含めて6人いた。
両親、妻、息子二人、そしてぼく。
両親は亡くなり、息子たちは我が家から巣立っていった。
今は妻と二人になってしまった。
寂しいと言う感情はない、時代の流れについて行けていない、という方が合っているような気がする。
そんなことを思い出すと、追憶がいろいろな思い出に派生していく。
子供の頃に行った家族旅行のこと、
就職して初任給で両親にディナーをご馳走したこと、
結婚して子供が生まれた日のこと、
マイホームを買って家族六人が揃った日のこと、
息子たちと庭でバーベキューをしたこと・・・
数え上げれば切りがない。
ぼくの心が思い出を数え出した時、"すぐにやめるんだ"、とぼくはぼくの心に言い聞かせる。
そんなことしても意味がない。
未来に目を向けろ。
ぼくの心の胸ぐらを掴んで言い聞かせるが、言うことを聞かない。
なぜ言うことを聞かないんだろうか。
もう未来に期待していないからなのだろうか。
未来よりも、過去に楽しいことが溢れているからなのだろうか。
年金はもらえるだろうか、それだけで食っていけるだろうか、まだ残っている住宅ローンをどうすればいいのか、老後の心配は尽きない。
若い頃に考えもしなかった心配事が、どんどん増えていく。
未来には、楽しそうなことは待っていてくれていないようだ。
心配事だけを片付けながら生きていく未来。
そりゃ、過去の思い出を数えたくなるのも仕方がない。
しかし、それでもぼくは認めたくない。
なぜなら・・・
過去に楽しいことが溢れていた?
バカなことを言うなよ。
苦しいことなんて、山ほど乗り越えてきた。
歳を取ったから、もう乗り越えなくてもいい、なんてまさか思ってないよな。
これからも乗り越えるんだ。
乗り越えた先に、楽しいこと待っていただろ。
忘れたのか、いや忘れてないだろ。
だから、過去のことを思い出すな。
そんな暇があったら、未来へ突き進め。
ずっとそうやってきたじゃないか。
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小説を読んでいただきありがとうございます。鈴々堂プロジェクトに興味を持ってサポートいただけましたらうれしいです。夫婦で夢をかなえる一歩にしたいです。よろしくお願いします。