見出し画像

終活をいつ始めればいいのかわかりません

終活という言葉を、最近よく耳にするようになった。

ぼくは還暦になってしまったけど、まだまだ必要ないかな、と思っていた。

終活をするとなると、いつのことになるのだろうか。

数年後には仕事をリタイヤして、子供たちも独立し、年金を頼りに暮らすことになる。

もうそろそろ人生を終えてもいいな、と思う日が来るのだろうか。



ぼくの母は91歳で他界した。

生前は一週間に三度、人工透析を受けていた。

それまでに、度々足の手術をして満足に歩けなかった。

それでも"早くお迎えが来ないかなぁ"、とぶつぶつ言いながら、しぶとく生きていた。

毎日のように電話をしたり、友達を家に招いて、大声で楽しそうに話していた。

終活する気は、さらさらなさそうだった。

生きることに執着があったんだろうな。


終活についてインターネットで調べてみると、「人生の終わりについて考え、備える活動であり、残された家族の負担軽減と、残りの人生を充実させるための前向きな活動」と書かれている。

「家族の負担軽減」はよくわかる。

ぼくもいずれはやらなければいけないと思っている。

「残りの人生を充実させる前向きな活動」について、思うことがある。

残りの人生なんて、誰にもわからない。

誰だって明日死ぬかもしれないし、何十年も生き続けるかもしれない。

ぼくが100歳まで生きられないなんて、神様以外の誰にも決められない。


批判的なことを書いてしまったが、ぼくもこんな年齢に差し掛かり、終活を意識するようになるのだろうな。

しかし、始めるタイミングがわからない。

いずれ社会から必要とされなくなる時が来るが、人生まだまだ楽しみたい。

やってみたいことがたくさんある。

小説を書き続けたい。

だから、人生が終わるイメージができない。

そんなやつは、終活をする資格がないのだろうか。


人それぞれに人生観があって、好きにすればいいことなのだろう。

人はいずれ死ぬ。

そのデッドラインがわからないから、人生は面白いんじゃないだろうか。

誰もわかりもしない未来の幕引き勝手に決めて、残りの時間を楽しもうなんて考えは、ぼくの性に合わない。

ぼくの終活はいつのことになるのやら。

いいなと思ったら応援しよう!

鈴々堂/rinrin_dou@昭真 小説を読んでいただきありがとうございます。鈴々堂プロジェクトに興味を持ってサポートいただけましたらうれしいです。夫婦で夢をかなえる一歩にしたいです。よろしくお願いします。