「スキンシップ」という性虐待について、そして記憶の不確かさについて
わたしの中の、とってもとっても根の深いトラウマが、この前から脳裏を席巻している。というか正直、書かないと、もう他のことに手がつけられなくなってきている。だから多分、今が書くべきときなのだろうと思った。
これから書くことは、個人の名誉のため、多少の脚色を入れています。また、幼少期の頃の記憶であるため、不確かな部分も多々あります。さらには、加害者から度重なる出来事の否定を受けているため、わたしの中でも最近ついにどこまでが真実なのかわからなくなってきた事柄もあります。つまり、これが真実ではない可能性が高いので、それは踏まえた上で読んで欲しい。
1.わたしの性虐待経験
わたしは、親族から性的虐待に遭っていた。
そうは言っても怪我をするようなものではない。ただ、幼少期から身体を頻繁に触られていた。それは秘部も含めて、とにかく全身を。
その親族は女だった。
彼女はわたしを可愛いと言った。わたしを愛していると言った。誰もそのことを疑わなかった。誰がどう見てもただのスキンシップだった。わたしも当時、わずか3歳頃のことだ、それを別に疑問にも思っていなかったことを、薄ら覚えている。
わたしが少し大きくなると、彼女は時折、いろんな話をした。歴代の恋人のアレのサイズの話。玩具というものはどういう風に使うのか。等々。
わたしは聞きたくなかった。11、12くらいの頃だった。周囲の男の子たちが性に色めき立ち、いろいろと女の子を揶揄うようになる頃だった。否が応でも多少の知識を得ていたわたしは、彼女の言葉の意味が徐々にわかるようになっていた。
彼女のスキンシップに、違和感を感じるようになっていた。ただ撫でられているだけだ。でも、ちょっとおかしい気がした。
彼女は寂しい人だった。寂しいとごねる人だった。彼女にはまともな家族がいなかった。わたしは彼女に愛されているのではなく、彼女の心の隙間を埋めているだけなのではないかと思うようになった。
でも彼女は可哀想な人だった。だからわたしは何も言わなかった。ただ我慢した。わたしがそうしないと、彼女は死んでしまうから。少なくともわたしはそう信じていたし、彼女はそう主張したから。
彼女は冗談でわたしをよく追いかけた。
わたしは人に後ろから追いかけられるのが、たまらなく怖くなった。
違和感が結実して決壊したのは、高校生の頃だった。その頃には流石に自制が働いたのか、あまり触れられることはなかった。
わたしには彼氏がいた。男性に身体を触れられるのはいやではなかったし、むしろ好きだった。
でも時々、彼女がフラッシュバックして吐きそうになった。なんで吐きそうになるのかはわからなかった。
そんなある日のことだった。彼女は久方ぶりにわたしに触れ、わたしはそれを拒否した。そのとき彼女は言ったのだ。
「なんで? 昔は喜んでいたのに」
全てが決壊した。
浅ましい、と思った。汚らわしい、と思った。死んでしまいたい、と思った。なにもわからないまま触れられることに快楽を得て、喜んでいた幼少期の自分が、とにかく恥ずかしかった。
プライベートな部分を彼女に踏み込まれたくはなかった。それなのにわたしはそれを許したばかりか喜んだ。わたしは幼少期のわたしを馬鹿だと思ったし恥ずかしいと思ったし汚いと思った。欲にまみれた獣だとさえ思った。
そのときからわたしは、唾棄すべき獣を自分の中に飼うことになった。
今でも、たまに脳裏を過ぎる。全く脈絡もなく。あるいは、愛していると言われたときに。この汚らわしい獣の、浅ましい姿が。ふとした拍子に、あのときの視界が、あのときの感覚が、あのときの、あのときの。
蘇るたびにわたしは蹲って、なにもできなくなる。こみ上げてくる胃液を我慢するのに必死になって、頭の中が真っ白になって、手足が震える。
そして、死んでしまいたくなる。
2.今、彼女に言ってやりたいこと
彼女はこれを多分読むことはない。だからわたしは書き捨てる。
どうしてあんなことをしたんですか。
どうしてわたしの人生をめちゃくちゃにしたんですか。
どうしてあれを愛だと言ったんですか。
あなたは一人の人間を壊した。
まともに人からの愛を受け止められない人間にした。
後ろを振り返らないと歩けず、電車の中で突如蹲り、胃液で喉を焼き、定期的にベランダから飛び降りようと首を吊ろうと画策する人間にした。
あなたが一人で埋められなかった寂しさのツケを、
あなたはなんの関係もないわたしに払わせた。
罪の重さを知れ。
死んで償えなんて言わない。あの世でまであんたと一緒なんて到底ごめんだからだ。善意とかじゃなくて、あの世にあんたがついてきたら本当にわたしの全ての希望が打ち砕かれるからだ。
だけど、一人の人生を壊した罪の重さを思い知って、あんたの心が完膚なきまでに壊れたらいいと思う。壊れた心を抱えて一生を生きて欲しい。そしてできる全ての手を使ってわたしに償って欲しい。自分の心が壊れているところなんてみじんもわたしに見せず、ただわたしに尽くして欲しい。
それくらいしてもらわなきゃ割りに合わない。
てめえの寂しさを埋めるために費やされた、わたしの人生を償え。
3.みんなに知って欲しいこと
これを読んでいる人に知って欲しいことは、
①同性でも性虐待は起きること
②ただのスキンシップでも、やられてる側は一生ものの傷になること
③子どもは本当になにもわからないこと
の3つです。
①はね、多分同性だから周囲が止めてくれなかったんだろうな〜っていう気持ちからです。これで男だったら警戒してくれていたのかもしれない。でも別に女同士だから距離近くてもおかしくないよねってなったんだと思う。
だれも止めてくれなかった。助けてくれなかった。愛されていていいねなんて言われた。そりゃ秘部を触られていたことなんて誰も知らないけど、でも。わたしが性虐待だと泣きついたときだって、誰も取り合ってくれなかった。
だから身近な人に何かがあったなら、これを読んだ皆さんは、どうか、真面目に聞いてあげて。それが男から女でも、女から男でも、同性同士でも、どうか、どうか。
②③は言うまでもないね。エピソード読んでわかってくれ。
きっと子どもはとっても可愛いし、いろいろ触りたくなってしまうのかもしれない。知らんけど。でも冗談抜きに子どもの側は人生ぶっ壊れるし、相手の人生ぶっ壊してやりてえって思うくらいの恨みを抱かれるので、やめておいた方がいい。
わたしと約束して欲しい。加害者にはならないって。
ここまで書いて思うけど、冷静に書けるのはここくらいだったな。あとは全部勢いで書いてしまった。
4.最後に:ここまでの全てが、嘘かもしれないこと
さて。
わたしが記事を今書いた理由はこれです。
わたしは何度も彼女と喧嘩した。
そのたびに「そんなことしてないよ」と否定されてきた。
記憶がおかしくなっていると詰られた。
幼少期の記憶なんて間違っているに決まっているでしょうと。
他の親族にもまともに取り合ってもらえなかった。同性からの性虐待なんて。ただのスキンシップじゃないのかと。
わからない。
これらは全てわたしと彼女の二人きりの場所で行われたことで、しかも一見するとあり得ないようなことだ。被害者のわたしはまだ幼くて、記憶を混同していることだって十分に考えられる年齢だ。
被害を主張したって、誰も信じてくれない。当人に出来事の存在自体を否定される。物証も残っていない。心は、いともたやすく壊れる。
もしかしたらすべて、わたしの脳味噌が作り出したのかもしれない。
わたしは最近そう思うようになってきた。
わたしのトラウマは確かにそこにあるのに、わたしの壊れた人生も確かにここにあるのに、それでもわたしは自分を信じられなくなっている。
だからわたしは書いておきたかった。
わたしがまだ、自分の被害体験を信じられているうちに。
いつかわたしは、全てを疑うのだろうか。
自分の脳味噌が被害体験を作り上げたことすら自分を責めて。
彼女を疑ったことへの罪の意識を抱いて。
虚無に、自分の人生を壊されて。
そうならないために、わたしは、これを残しておきます
(2024/1/14追記)
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