高市政権の下で創薬ベンチャー支援は加速する
日本の創薬ベンチャー支援はここ数年で、資金・制度・人材の面で様々な支援策を打ち出しています。
栗原哲也
元製薬会社、元新生キャピタルパートナーズで、今はベンチャーなどを立ち上げるアントレプレナー。胃腸が弱く、生物学の道に入った。2023年に『創薬の課題と未来を考える バイオベンチャーがこれから成長するために必要な8つの話』(PHPエディターズ・グループ)を執筆。note https://note.com/new_life_science/
高市政権の誕生
2025年10月、日本は新たな転換点を迎えました。高市早苗氏が第104代内閣総理大臣に就任し、「強い経済の再建」を掲げる高市政権が誕生したのです。
所信表明演説では、「強い経済の基盤となるのは、優れた科学技術力であり、イノベーションを興すことのできる人材です」と明言。AIや量子技術と並んで、医療・バイオ分野を戦略領域に位置づけ、「大胆な投資促進、国際展開支援、人材育成、スタートアップ振興、研究開発、産学連携、国際標準化」に言及しました。
同月、ノーベル生理学・医学賞には大阪大学の坂口志文特別栄誉教授が、化学賞には京都大学の北川進特別教授が選ばれ、日本の科学技術の底力を世界が再び注目したタイミングでもありました。
11月4日には、日本成長戦略本部が設置され、政府は17の戦略分野を公表。その中に「バイオ」「創薬」が明確に位置づけられています。日本は今、科学技術と産業政策を一体化した「成長戦略の再構築」に本格的に動き始めました。
※施政方針演説を受けて追記(2026年2月26日)
2026年2月の衆議院議員選挙で自民党は歴史的な大勝を収め、高市政権は安定した政治基盤を手にしました。
その直後の2月20日に行われた施政方針演説では、創薬を含むバイオ分野が「17の戦略分野」の一つとして位置づけられ、税制措置と規制改革を一体的に講じ、研究開発投資を強力に促進する認定制度を創設する方針が示されました。
創薬は「国家戦略」
過去を遡ると、創薬分野ではこれまで様々な戦略が打ち出されてきました。
・安倍政権下で「バイオ戦略2019」が公表
創薬を含むバイオ分野の資金調達環境の改善が、重点課題として掲げられ た。研究開発に対する大規模な資金支援や、政府系金融機関・官民ファンドによるリスクマネーの供給強化といった施策が明示され、長期的かつ安定的な資金循環の形成に向けた方向性が示された。
・菅政権下で「最重要戦略分野」に
菅政権下で、「骨太の方針2021」においてライフサイエンス分野が「デジタル・グリーンと並ぶ重要戦略分野」として明記。政府として創薬分野を戦略的に位置づけた。
・岸田政権下では資金調達のチャンスが広がる
岸田政権下では「スタートアップ創出元年」が宣言。5年間でスタートアップ投資を10倍に拡大する方針を掲げた。ディープテックやバイオ分野へのリスクマネー供給を後押しする政策が展開され、創薬ベンチャーにとっても資金面での支援機会が広がり始める。
・2023年、「バイオ戦略2023」が策定
2023年に策定された「バイオ戦略2023」では、ライフサイエンスを経済安全保障と成長戦略の両面から支える国家的重点分野として再定義。創薬力の強化を明確に掲げ、医療・ゲノムデータの利活用、トランスレーショナルリサーチ(橋渡し研究)の支援、創薬ベンチャーの事業化支援など、研究から実用化までを一貫して支える体制の整備が打ち出される。
このように創薬は、国が未来の産業として重点的に投資する「戦略分野」へと位置づけられています。本稿では、国による研究・資金・人材支援が拡充する中で、創薬ベンチャーに対する支援の現状を、他産業のスタートアップ支援とも比較しながらひもといていきます。
日本と米国の創薬エコシステム、その差を生んだ構造
創薬は、どの国においてもチャレンジングです。研究開発には長い年月と大きな資金が必要で、たとえ途中まで進んでも治験の結果次第では、プロジェクトが白紙になることもあります。
それでも、アメリカのように創薬ベンチャーが次々と立ち上がり、成功を収める地域がある一方で、日本ではそうした事例が長らく限られてきました。その差はどこにあったのでしょうか。
資金調達環境
まず挙げられるのは、創薬ベンチャーの資金調達環境の違いです。米国では、ベンチャーキャピタル(VC)や、アメリカ国立衛生研究所(NIH)などの政府系機関から創薬研究に対する大型の投資が集まります。
たとえばボストン周辺では、年間1兆2,000億円規模のVC資金が創薬ベンチャーやバイオ関連ビジネスに流れ込んでいると言われています。それに対し、日本では創薬ベンチャー向けの民間投資が非常に限られており、シードやアーリー段階で十分な資金を得ることが困難でした。
専門人材の不在
次に挙げられるのは、創薬に必要な専門人材の不足です。米国の創薬ベンチャーでは、製薬企業や研究機関で実績を積んだ研究者や経営人材のキャリアとして、創薬ベンチャーに参画することが良くあります。
経験豊富な経営者や薬事、知財、臨床開発などの専門人材がチームを組むことで、研究成果を事業化へと結びつけています。一方の日本では、アカデミア、製薬企業、創薬ベンチャーでの人材の流動性が低いため、創薬ベンチャー内で経営や開発経験を持つ人材が乏しく、研究開発や事業推進で壁に直面することが多いのが実情でした。
出口(エグジット)の乏しさ
さらに、日本では創薬ベンチャーの上場やM&Aといった事例が少ないことも、投資の循環を阻む要因となってきました。米国では、大型上場事例が数多く見られることに加えて、臨床段階で大型製薬企業が数百億〜数千億円規模で買収するケースが珍しくなく、早期のリターンが見込めるためVCや機関投資家が積極的に資金を投じます。
一方、これまで日本では製薬企業による買収・提携のスケールが相対的に小さく、上場後も資金調達環境が限定的なままというケースが多く見られます。その結果、投資家にとって創薬領域は「出口が見えにくい市場」として敬遠されがちでした。
国の支援はここまで手厚い
こうした背景を踏まえると、これまで日本で創薬ベンチャーが育ちにくかったのは、決して科学技術力が足りなかったわけではなく、支援する仕組みと土壌が整っていなかったからだと言えます。
これらの課題に対し、国は特にバイオ戦略を策定した2019年以降、対応を本格化させています。バイオ・創薬分野を成長戦略の中核に据え、支援制度の整備やエコシステムの構築に取り組んでいるのです。
これまで制度や資金の不足が障壁となっていた創薬ベンチャーに対し、複数の省庁が連携した支援体制が整いつつあります。以下は、創薬分野に特化した主な支援策です。

創薬ベンチャーへの直接的な支援として、最も注目されているのが経産省とAMED(国立研究開発法人 日本医療研究開発機構)が連携して実施する「創薬ベンチャーエコシステム強化事業」です。
2021年に開始されたこの事業は、2031年までの10年間にわたって1件あたり最大で100億円規模の支援を可能とし、非臨床から臨床まで、段階的に研究開発資金を供給する仕組みが整えられています。支援全体の原資には3,500億円規模の基金が用意されており、創薬分野への本気度がうかがえます。
また、文部科学省とAMEDによる「橋渡し研究支援プログラム」では、大学で生まれた医薬シーズを事業化へと導くための研究(トランスレーショナルリサーチ)を支援しており、年間最大9,000万円、通算で約2億円規模の支援が見込まれます。
さらに、JSTの「D-Global(ディープテック・スタートアップ国際展開支援プログラム)」は、ディープテック全般を対象に、最大3億円・3年間の助成が可能で、創薬分野を中心に研究の事業化のフェーズで活用されています。
これらの支援策は、以下の表のように、それぞれ支援対象やステージに応じた制度設計がなされており、創薬ベンチャーの成長過程を段階的にサポートする体制が整えられています。

加えて、創薬を支えるインフラや支援拠点の整備も進んでいます。昨年度の補正予算で始まった厚生労働省の「創薬クラスターキャンパス整備事業」は、自治体や支援機関、民間企業が、スタートアップ向け研究施設や共用設備の整備、起業支援プログラムの構築などを行う際に、1件あたり最大12.5億円の支援が行われます。
また、「創薬エコシステム発展支援事業」では、シーズの実用化に向けた研究支援、ターゲット・コンセプト検証試験、スタートアップ設立支援、当該スタートアップの研究開発支援等を加速化させる取り組みとして、VCなどの支援事業者に資金が提供されています。この2つの事業はいずれも補正予算による単年度事業ですが、今後継続化されるかもしれません。

このように、創薬ベンチャーは単体への資金支援のみならず、研究・事業化・出口戦略にいたるまで多層的な支援を受けられる環境が、国の戦略的施策によって急ピッチで構築されています。
創薬分野の支援は他の産業と比べても手厚い
スタートアップ支援が広がる中で、創薬分野に対する国の支援は、他の分野と比べてどのような位置づけにあるのでしょうか。比較をしてみると、創薬領域がいかに重点的かつ規模の大きい支援を受けているかが浮かび上がってきます。
まず、IT分野では、比較的短期間・小資本で事業化が可能なことから、公的助成は数百万〜数千万円規模にとどまるのが一般的です。
スタートアップ支援としては、NEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)の「研究開発型スタートアップ支援事業」による上限2億円の助成などが対象になりますが、ITに特化したものではありませんし、採択件数も限られています。資金調達の中心は民間ベンチャーキャピタルであり、国による直接的な支援は創薬に比べて限定的です。
一方、ディープテック分野では、D-Globalにより最大3億円の支援が行われています。対象はエネルギー・マテリアル・宇宙など幅広く、先述の通り創薬も対象になるものです。
また、近年はグリーンイノベーション基金やポスト5G通信基盤など、数十億円規模の公的支援も拡大していますが、これらは大学や大企業を含む広域対象であり、シードやアーリーステージのスタートアップに特化した制度とは言い難いのが現状です。
これに対して、創薬分野の支援は支援額が大きいことに加え、シーズ段階から臨床試験まで、フェーズごとに切れ目のない支援が用意されている点も特徴です。
例えば、モデルケースとしては、起業前にはD-Globalで最大3億円、起業前後の橋渡し期にはAMEDの「橋渡し研究支援プログラム」で最大2億円の助成を受けられます。さらに、非臨床から臨床試験の段階では、ベンチャーキャピタルの出資に加え、「創薬ベンチャーエコシステム強化事業」により最大100億円規模の公的支援を受けることが可能です。

このように、創薬ベンチャーは研究初期から治験フェーズまで、段階ごとに明確な支援スキームを活用しながら、民間投資と公的資金を両輪で成長させることができます。これまでの資金が成長のネックになってきたという点も踏まえ、創薬は他産業には見られない、国が戦略的に支援を行う領域となっています。
高市政権でどうなる?
かつて国内では、創薬ベンチャーが育ちにくいとされてきました。長期かつ高額な研究開発コスト、リスクの高い臨床試験、シード期からの資金調達の困難さ。加えて、インキュベーション環境の不在や、IT分野に比べて希薄な投資リターン構造も課題でした。
しかし現在、国の明確な経済政策のもとで、創薬は「戦略領域」として再定義され、制度は着実に整備が進んでいます。
岸田政権下で策定された「バイオ戦略2023」では創薬力の強化が明確に掲げられ、AMEDや経産省、文科省などが連携して橋渡し研究や創薬ベンチャー支援を体系化しました。2022年の「スタートアップ創出元年」以降は、官民ファンドや大学ファンドを通じたディープテック・バイオ分野への投資も拡大し、リスクマネー供給の環境が拡充されています。
そして2025年に発足した高市政権においても、所信表明で「科学技術立国の再興」とともにバイオ・創薬を重点戦略領域として位置づける方針が示されたほか、来年度に向けた予算配分の検討の中でも創薬に対する施策の強化・重点化が見込まれています。そのため、これまでの政策の流れを引き継ぎ、創薬ベンチャー支援は今後さらに加速していくことが期待されます。
長らく育ちにくいと言われてきた創薬ベンチャーに、ようやく本格的な追い風が吹き始めました。制度も資金も整備された今こそ、研究者や起業家がその仕組みを最大限に活かし、新たな価値を社会に還元できるかどうかが問われています。創薬ベンチャーにとって、そして日本のライフサイエンスにとって、今はまさに歴史的な転換点にあると言えるでしょう。
編集協力/コルクラボギルド(金子千鶴代・頼母木俊輔)
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