製薬会社が創薬ベンチャーをどのように評価するかを整理してみた
創薬ベンチャーの経営者や研究者と話していると、よくこんな声を聞きます。
「サイエンスは優れているのに、なぜ製薬会社は我々の開発品に興味を持ってくれないのか」
本記事では、製薬会社が創薬ベンチャーをどのように評価し、ディールにつながっていくのかを整理していきます。最後には、評価される側として準備できることについても触れます。
私自身、投資銀行時代には製薬会社のライセンス案件や買収案件に数多く関わり、その後製薬会社に移ってからも複数のディール評価に関与してきました。本稿は、そうした現場での経験をもとに書いています。
栗原哲也
元製薬会社、元新生キャピタルパートナーズで、今はベンチャーなどを立ち上げるアントレプレナー。胃腸が弱く、生物学の道に入った。2023年に『創薬の課題と未来を考える バイオベンチャーがこれから成長するために必要な8つの話』(PHPエディターズ・グループ)を執筆。note https://note.com/new_life_science/
創薬ベンチャーをどう評価しているか
製薬業界は、自社の将来売上を比較的精度高く予測できる、珍しい産業のひとつです。
例えば、主力製品の特許が2030年に切れると分かっていれば、その売上が2031年以降急減することはほぼ確実です。このように、医薬品の特許期間は決まっており、特許が切れると後発品(ジェネリック)の浸食によって売上が急激に落ちます(特許切れについて詳しく知りたい方は以下)。
しかも、競合他社がどんな開発品を持っているかは、規制当局のデータベースや臨床試験登録サイトで大まかに把握できます。いつ頃、どのような有効性・安全性プロファイルの製品が出てくるか、事前に見えやすいのです。
つまり製薬会社は、「○年後に主力製品Aの特許が切れる。それに間に合うよう、この疾患領域のパイプラインを補強しなければ」という逆算で動いています。ライセンスや買収は、経営の空白を埋めるための戦略的アクションなのです。
この視点から、スクリーニングで問われる主な評価の視点は大きく三つあります。
① 疾患領域の戦略フィット
自社の研究開発や製造のノウハウが活かせる領域か。また、新たに取得するパイプラインが、既存の営業部隊が訪問する医療機関・診療科と合っているかどうかも重要な観点です。
② 競合状況
同じ疾患・ターゲットで、どれだけの競合品が存在するか。差別化の根拠があるか。
③ タイミング
今どのくらいのフェーズで、いつ頃市場に出てくるか。既存製品の特許切れに間に合うか。早すぎても遅すぎても、戦略上のミスマッチが生じます。
特にタイミングについては、近年、臨床後期フェーズにあるものが好まれるようになってきたと感じてますが、この後の章でもう少し考察をしてみたいと思います。
製薬会社は、どのフェーズで動くのか?
製薬会社は、創薬ベンチャーがどの開発段階にある時にライセンス・買収してくれるのでしょうか。
結論から言えば「どのフェーズでも起こりえる」のですが、フェーズによって誰が買うか、何のために買うか、いくらで買うかが大きく変わります。
製薬会社が最も動きやすいのは、フェーズ2でPoC(Proof of Concept:臨床での薬効の兆しの確認)を取得した後です。
「この薬は効く可能性がある」という証明が得られることで開発リスクが劇的に下がり、価値の見積もりがしやすくなります。そのため、買収価格はPoC前後で大きく跳ね上がるのが一般的です。
一方、非臨床段階での買収も珍しくはありません。特に、注目度の高い疾患領域や革新的なモダリティでは、競合他社に先手を打つために非臨床段階で動くケースがあります。
こうした早期段階のディールでは、対価は不確実性や競争環境によって大きく変わります。臨床データがない段階では開発リスクを双方でどう分担するかという観点から、契約時の支払いを抑え、開発進捗に応じた後払い部分を厚く設計するケースが一般的です。
一方で、複数の製薬会社が関心を示している場合には状況は大きく異なります。早期段階であっても、競争が生じれば対価水準や条件は引き上げられ、創薬ベンチャー側が交渉の主体となる局面も少なくありません。
もうひとつ、日本の創薬ベンチャーにとって気になる点として、「国内製薬会社は海外ばかりを買っていて、日本のベンチャーを買わないのではないか」という声があります。
確かに、国内大手製薬会社の大型M&Aは海外案件が中心ですが、日本のベンチャーが意図的に除外されているわけではありません。製薬会社は、国内外を問わず自社の戦略に合う最も優れた候補を探しています。
その中で、豊富な資金や厚い人材プールなどを背景に、より早く・より大きく育った海外ベンチャーが比較の結果として選ばれるケースが多いというのが実態です。
ディールの形はどう決まるか?
製薬会社が創薬ベンチャーから開発パイプラインを取得する場合、その手法はライセンス(導入)と買収に大別されます。
①ライセンス
製薬会社にとってライセンスが好まれる理由は、リスクと対価を時間軸に沿って分散できることにあります。
創薬ベンチャーは、契約時のアップフロント(契約一時金)、開発の節目ごとに支払われるマイルストーン、承認後の売上に応じたロイヤリティという3段階で対価を受け取ります。
製薬会社にとっては開発が進むにつれて段階的に支払っていけばよく、臨床試験が失敗した段階でそれ以降の支払いは発生しません。買収のように多額の対価を一括で支払い、その後の開発失敗リスクを丸ごと引き受けなくて済む点が、大きな利点です。
また、買収では創薬ベンチャー全体のリスク(訴訟リスク、財務上の問題など)や人員・研究所などのインフラも併せて引き受けることになりますが、ライセンスであれば特定のパイプラインや技術だけを切り出して取得できるため、リスクの範囲を絞り込める点もメリットです。
ライセンスの発展形として、近年よく使われるようになったのがオプション契約です。これは「いますぐ導入は決めないが、将来決まった時期(例えば第二相試験が終わる時期)に導入できる権利とその条件を先に決めておく」ものです。
オプション契約を結ぶ際に、その対価として製薬会社が一定の研究開発費を負担しますが、不確実性が高い早期段階で多額のアップフロントを支払わずに済み、データを見た上で権利を取得するかどうかを判断できます。製薬会社側が有利な契約です。
②買収
ライセンスではなく買収が選ばれるのは、主に次のような場面です。
ひとつは競争が激しい人気ベンチャーのケースで、創薬ベンチャー側が交渉力を持つ場合です。
複数の製薬会社が同じベンチャーにアプローチしているとき、ライセンス交渉に時間をかけていると他社に先を越されるリスクがあります。会社ごと取得することで、競合他社の手に渡ることを確実に防げます。
もうひとつは、技術・パイプライン・チームを一体で獲得したい場面です。特にプラットフォーム技術を持つベンチャーでは、価値の源泉が特定の開発品だけでなく、チームの知見や蓄積されたデータと不可分なことがあります。こういったケースでは、ライセンスよりも買収の方が合理的です。
ただし、買収の場合も対価を一括で支払うことへのリスクを軽減するために、アーンアウト(Earn-out)という手法が使われることがあります。
これは、買収対価を「契約時に支払う部分」と「一定の条件をクリアした後に支払う部分」に分割する仕組みです。
たとえば「買収完了時に〇〇億円、開発品が承認された時点でさらに〇〇億円を追加支払い」といった形で設計されます。
それでは、ライセンスや買収の価格はどのように決められているのでしょうか。
「いくら払うか」をどう決めているのか?
多くの製薬会社では、事業開発(Business Developmentの頭文字をとってBDと略されます)がライセンスや買収の主管部署となります。
そしてBDは「このパイプラインはどれだけの価値があるのか」を、社内の様々な専門部署と連携しながら、数字で算出していきます。
創薬ベンチャーの評価において最もよく使われるのが、DCF(ディスカウント・キャッシュフロー)モデルです。
これは、導入しようとしている製品が将来にわたって生み出す売上とコストを予測し、それを現在価値に換算したものです。(専門的な話になりますが、創薬ベンチャーは製品の承認まで売上が経たず赤字であるため、株価のようにPERやPSRでは評価されません。)
DCFでの計算にあたっては、臨床試験の成功確率、開発コスト、製造コスト、獲得できる市場シェア、特許期間、想定薬価、マーケティングコストなどを正確に見積もる必要があります。
これらの数字をBDだけで弾き出すことはできません。開発部門や、製造部門、マーケティング部門などがチームとなって評価を行います。
DCFモデルで弾き出した価値は、そのままディールの総額になるわけではなく、どのような形で創薬ベンチャーに支払うかを設計する段階に移ります。
ライセンスの場合、アップフロント・マイルストーン・ロイヤリティという3つの要素に分解されます。

アップフロントが低く設定される代わりにマイルストーンやロイヤリティが高めに設定されていれば、製薬会社にとってリスクを抑えた設計になっており、逆にアップフロントが高ければ創薬ベンチャーにとって確実性の高い設計といえます。
どちらが有利かは、開発ステージや双方の交渉力によって変わります。
買収の場合も、買収価格の設計という同様の問いが生じます。前章で触れたアーンアウトを用いる場合、買収対価は「契約時に一括で支払う部分」と「一定の条件を達成した後に支払う部分」に分割されます。

この分け方もライセンスと同じ論理で、契約時点での不確実性を製薬会社と創薬ベンチャーのどちらがどれだけ負担するかで決まります。
なお、DCFモデルと並行して参考情報として用いられるのがマルチプル法(類似案件比較)です。類似の取引事例を参照し、「あの案件にはいくらついていたか」を基準に妥当性を確認する方法です。
創薬ベンチャーが準備すべきこと
製薬会社の評価プロセスが分かると、創薬ベンチャーとして準備すべきことが見えてきます。
製薬会社は自社の現在の製品ポートフォリオを眺めながら、「いつ売上が落ちるか」「どの疾患領域が手薄か」を戦略的に考えています。
自社の開発パイプラインや技術を持ち込む際には、相手の製薬会社がいま何を必要としているかを事前にリサーチし、それに合ったストーリーを組み立てることが有効です。
どれだけ良いサイエンスであっても、「その製薬会社にとって今必要なもの」でなければ、優先順位はどうしても下がってしまいます。
持ち込み先として真っ先に思い浮かぶのはBDかもしれません。しかし、評価には社内の多くの部署が関わります。特に重要なのが研究開発部門です。
評価プロセスの初期段階では、BDよりも研究開発部門がサイエンスや開発戦略の妥当性を判断するケースが多く、「研究開発が面白いと言わない案件はBDが動けない」という現実があります。
学会発表や共同研究などを通じて研究者レベルでの関係を築き、研究開発部門にも味方を作っておくことは、ディールの実現確率を大きく高めます。
そして、製薬会社との理想的な関係構築は、ディールの交渉テーブルに座る時から始まるものではありません。何年も前から、定期的に進捗や戦略をアップデートし続ける関係こそが、実際のディールにつながっていくことがほとんどです。
製薬会社のBDも、いきなり持ち込まれた案件よりも、「以前から知っているベンチャーが、ついにPoCを取った」という流れの方が評価しやすく、スピードも上がります。
年に一度でも良いので、定期的なミーティングやアップデートの機会を作り、長期的な信頼関係を積み上げていくこと。これが、選ばれる側の最も大切な準備のひとつかもしれません。
このように、創薬の主戦場が外へと広がり、分業型のエコシステムが当たり前になった今、評価される側にもまた戦略が求められています。
製薬会社がどのように考え、どのように動いているのかを理解することは、ディールの可能性を高めるだけでなく、創薬そのものの成功確率を引き上げることにもつながるのではないでしょうか。
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