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悲しみで泣けることが嬉しい

2月の終わりの日。
我が家のキンタマーニ犬のメグが息を引き取りました。

数日前から食欲がなくなり、体調が悪いようで一日中家の中の静かな場所を探して寝ていました。

今までもこういうことはよくあり、1日か2日で回復していたので、最初は様子を見ていました。でも、さすがにそれ以上となると心配になり、獣医さんに来ていただきました。

注射と薬をもらって、翌朝は元気だったんです。ご飯も少し食べて、吠えることもできるし、もう一匹の犬とじゃれ合ったりしてた。

でも、夕方になって、急に息が荒く、重くなり、そのまま逝ってしまいました。

4匹きょうだいで、おうちで生まれた子。
お母さんはルナという少し勝気な性格の子でした。

わたしが乳がんの手術をした翌年、精神的にいちばんつらかったときに、この子たちの存在がどれほどの癒しになったことか。

メグは4匹の中でいちばん小さくて、弱々しい子でした。
他の子を里子に出したとき、この子だけは家に残すと決めました。

なぜか、放っておけなかったのですよね。
ゼイゼイと息をすることがあり、もともと肺があまり強くなかったのだと思います。

気が弱くて怖がり。
家族以外の人が来ると逃げて回っていました。
そんなところが人付き合いが苦手な自分に似てる、そう感じてました。

わたしが大人になってから発症したアトピーで苦しかったとき、
メグもまた鶏肉のアレルギーを発症し、そのデトックスで苦しみました。

つらい時期にいつもそばにいてくれ、そして苦しみを一緒に乗り越えてきた同士みたいで、メグの存在はわたしにとって特別でした。

だから、すごく悲しかった。
家族がいるのに、わんわんと泣いてしまいました。

でも、実はこれはわたしにとって初めての経験でした。

ずっと犬や猫を飼ってきた我が家では、今までたくさんの子を見送ってきました。
でも、悲しみに静かに涙することはあっても、感情的に泣く、ということができなかったんです。

わたしは、子どもの頃から感情を出すのが苦手でした。なにか許されないことだと無意識に感じていたのでしょう。

そのままの感情を出すということが、わたしの中では「安全ではない」と判断されたのです。

そして、感じ切らずに抑えつけた感情が自分の中で増えるごとに、その鎖は強固なものになっていきました。

でも、あるときわたしの生きづらさの正体は、この未消化の感情にあるのだということを知りました。

そしてこの数年間は鎖、つまり蓋をした感情をひとつひとつに光を当て、抱きしめていく作業に集中していったことで、わたしの心は自由を感じられるようになりました。

その隣には、いつもメグがいました。
わたしが解放されていくことで、メグももっと元気になる。
そう信じていたのですけれど…。

メグの亡骸は車で2時間ほど離れた夫の実家の敷地内、先に逝った仲間のルビーの隣に埋葬しました。

メグが逝ってしまったことは、とても悲しい。
でも、わたしは感情のままに泣くことができる自分になれたことが嬉しいのです。

それは、メグがわたしにくれた、最後の贈り物だったと思っています。

真ん中がメグ。もう一匹はもらわれていった後。

☆☆☆


最後に。

わたしは、動物たちは肉体がなくなっても魂は飼い主のそばにいる、と信じています。
そして、必要なら自分の魂を今生きている子とシェアして、またそばに来てくれる。

そんなふうに、わたしは感じています。

Luna & Meg
Meg & Ruby
Indi & Meg
There is a light that never goes to out







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YUKIE(までさりまめ) いつもありがとうございます。 わたしとあなたの中にはすべてがあります。

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