なぜ? クリスマスが世界的に愛されるイベントとなったわけ~PR目線暮らし
仕事を通じてコミュニケーションのあり方に思いを馳せたり、趣味を通して社会や世相を読み解いたり。日常をPR目線で観ることは、PRパーソンならきっとどこかで意識していること--というワケで始まったシリーズ「PR目線暮らし」。観察や感性がキャッチした“新しい世界”や、ふとした疑問や興味を起点に導かれた“気づき”などについて、オズマグループ社員が縦横に語ります。
こんにちは、広報室 吉村です。今年もあとわずかとなりましたね……!
キリスト教の信仰とは無関係に、世界中で親しまれているクリスマス。最近ではお隣の中国でも一般化が進み、イルミネーションやツリーが街に飾られ、家族や恋人同士でご馳走を食べたり、友人同士でプレゼントの交換を行う日として認知されつつあるのだとか。
人種や言語はもちろん、政治体制までを超えて、これほどまでに日常に溶け込み、愛されているイベントもないように思います。もしかしたら、史上最大規模で成功したグローバル・キャンペーン?という側面から、クリスマスに迫りたいと思います。
行事としてのクリスマスはローマ帝国時代初期に成立したと言われ、じつはイエス・キリスト降誕後何百年も後のこと。そして驚くべきことに、12月25日はキリスト「生誕の日」のお祝いではなく、「生誕したこと、そのもの」のお祝いの日なのです。というのも、聖書にはキリスト生誕日の明記がないから……。
ではなぜ、その「お祝いの日」が真冬の12月25日となったのでしょうか。これについては諸説あるようですが、北欧の冬至を祝う祭「ユール」や、当時ポピュラーだった、太陽を神と崇める「ミトラ教」からの関連が重要視されています。すでに親しまれている行事に絡めることで、認知度のアップを図ったわけですね。
結果的に“絡まった”のは日程だけでなく、クリスマスツリーはユールからクリスマスに取り入れられたもの、またサンタクロースは「農神祭」から取り入れられたものでは?という説が有力です。※絡まり現象のことを「習合」といい、特定の目的のもとに習合が図られることもあります
どういうことかというと……つまり、クリスマスツリーもサンタクロースも、キリスト生誕のお祝いとはまったく関わりがないということなのです。いわば、適当に決めたイベント開催日と、成り行きで決まったイベント内容……! 驚きですよね。そんなふうでどうして、今日までグローバルに開催されるイベントとなりえたのでしょうか?
それについても諸説あるのですが、先ほど挙げたミトラ教にフォーカスしてみましょう。ローマ帝国時代のミトラ教は古代インドを起源とする太陽信仰であり、キリスト教との接点については定説があるとは言えない状況だと思います。教義はごくごくざっくりいうと、「太陽は不滅である」「冬至にあたり、太陽は再生する」といった感じ……その昔ヨーロッパの冬は雪に閉ざされ、それはそれは殺人的に寒くて暗かった、ということなのでしょう。なので、こんな場面をイメージしていただくとわかりやすいかもしれません。
飢えか寒さか、その両方か……生命が脅かされるほど過酷な日々は続き、夜は果てしなく長く、心はもう今にも折れそうな……そんなある日、声が聞こえるのです。「救世主がお生まれになったぞ!」と。
キリストに太陽が二重写しとなったイメージ、それが“救世主”です。
クリスマスがキリストの死後何百年も経ってから、当時の為政者の都合で制定されたものだったのは先ほど述べた通りです。すでに、いったいいつが“救世主”の誕生日なのか分からない状況、ではあるのですが、信徒にとってそれはどれほど大きな救いとなったことでしょう。どんな信仰もまるでない私でも、そんなふうに想像するとグッと来てしまいます。
もう駄目かも、と思ったタイミングで届く、まばゆく暖かい光。現代日本に生きる自分の言葉でいうなら、それは希望です。キリストが「真冬生まれ」という設定があって初めて、ここに希望が生まれます……“たまたま設定”が、なんと核心を射抜いていたんですね!
その光は冬至の少しあと――一年で一番夜が長いときを、ちょうど過ぎた頃に届きます。日を追うごとに夜は短くなり、一度どん底を経験すれば、あとは上向くばかり。ここまで来れば、もう安心です。そうです、「大丈夫、この“闇”はきっと次の春に繋がっているから!」という確信が、つまりクリスマスではないかと思うのです。
その希望と確信を、「知っている」と思うのが錯覚だとしても。言葉を介さない無意識のレベルで、もしくは自分でも知らなかった遠い記憶を、それは“刺さる”というより“掠る”のです。そうして呼び覚まされるのは、大文字で書きたい「YES!」という感覚です。動物の生存本能に直接触れるような、素朴でビビッドな感覚です。
「YES!」というのは、全き肯定です。たとえ今がどんなにヒドくても、生きているのが嬉しい。また春が来るのが、嬉しい。……そんなわけで、クリスマスは生きとし生けるものを寿ぐ祝祭であり、“きっと来る春”を先取りして思いを馳せる、特別な日になったのではないかと思うのです。
以上、「クリスマスって、どうしてこんなに特別なんだろう?」「ワクワク心が浮き立つのはなぜなんだろう?」という理由について、拙い仮説をお話しました。
当然ではありますが、クリスマスの魅力という“謎”を解明しようと、たくさんの社会人類学者や哲学者が著作を残しています。調べてみると、本当に驚くばかりです。興味を持たれたかたには、ストロースの『火あぶりにされたサンタクロース』などお勧めしたいです。
こちらも合わせてご覧ください:シリーズ「PR目線暮らし」
https://note.com/ozma_inc/m/m8dbce3dcea7e
いずれもオズマグループ社員の個性と魅力が詰まった記事ばかり。ぜひご一読ください!
