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ルーミー詩集『マスナヴィー』第一巻より ③「老いた楽師の物語」

☆mediopos4175(2026.4.4)

■13世紀のペルシャの神秘詩人
 ジャラール・ウッディーン・ルーミー
 詩集『マスナヴィー』

 第一巻より
 ③「老いたハープ奏者(The Harper / 老楽師)の物語」

「葦の歌」mediopos4118(2026.2.24)
「八百屋と鸚鵡の物語」mediopos4140(2026.3.13)に続いて、
「老いたハープ奏者(The Harper / 老楽師)の物語」をとりあげる。

少しばかり長い寓話だが、主には以下の通り。

かつて名高いハープ奏者だった老人が、老いて声が衰え、貧困と飢えに苦しんでいる。
ある日、 メディナの墓地で、神のためにだけハープを奏で、悲しみを歌い、糧を乞うたところ、天の声がカリフ・ウマルに告げ、ウマルは宝物庫の金を持って墓地へ行き、そこで眠る老人に与える。
老人は金を受け取ると即座にハープを打ち壊し、「これが私を神から遠ざけていた」と悔い、激しく泣き祈る。ウマルはさらにこう導く。「その泣きはまだ『自我』の状態だ。過去と未来のヴェールを焼き、悔いそのものからも悔いよ。真の境地は泣くことも笑うことも超えた、神の美への『溺没』なのだ」。
老人は自我を消し、神との合一(ファナー)に至り、魂が再生する・・・。

音楽は魂の「分離の嘆き」を表現するが、純粋に神のために奏でると神の応答を呼び起こす。しかし究極は、楽器(自我の象徴)を壊し、音そのものを超えること。
技巧や観客のための演奏は「自我の巡礼」でしかない。
真の音楽は、神の息吹が魂を通じて流れる、無音の合一である。

●以下、少し細かいあらすじ

導入部(老楽師の過去と現在)

ウマル・イブン・アル=ハッターブ(第2代カリフ、神の喜びあれ)の時代に、かつては名高いハープ奏者(楽師)がいた。若い頃の彼の声はナイチンゲール(小夜啼鳥)を狂わせ、死者さえ蘇らせるほど美しく、イスラーフィール(復活の天使)の伴奏者のようだった。集いの飾りとなり、象に翼を生やすほどの力があった。しかし歳をとり、声は老いて醜くなり(ロバの鳴き声のよう)、誰も雇わず、七十年もの間音楽で生計を立てていた彼は貧困と飢えに苦しむ。

展開1:墓地での演奏と魂の昇天

ある日、飢えに耐えかね、メディナの墓地へ行き、「神のために」ハープを奏でる。神に絹の弦の代金を乞いながら長く弾き、泣きながら眠りに落ちる。魂は体を離れ、天上の蜜の海・ヨブの泉のような霊的世界へ飛ぶ。そこで「頭も足もなく旅し、手なくバラを集め、天の住人と戯れる」至福を味わう。神は「棘(足の棘=執着)は抜けた、去るがいい」と命じるが、魂は慈悲の広大な領地に留まる。

挿話部(逸話)

ここでルーミーは以下の話を挿入
(「神の息吹」「霊的現実の証」として)

・アーイシャ(神の喜びあれ)が預言者ムハンマドに「今日は雨が降ったのに墓地から帰ったあなたの服が濡れていない」と問う → 霊的な「見えぬ雨(神の恵み)」の説明。
・春と秋の雨の違い → 聖者の息吹は春の雨のように心を活気づける。
・預言者の説教壇の「嘆く柱」 → 柱が預言者との別れを嘆き、ナツメヤシや糸杉になるか選ばせる話。預言者が柱を埋め、復活の日を約束。
・アブー・ジャフル(神の呪いあれ)の手の小石 → 小石が「神はなく、アッラー以外に。アフマド(ムハンマド)は神の使者」と信仰告白をし、奇跡を示す。

これらは「木や石さえ神の声を理解する」「理知を超えた神秘」を証明する。

展開2:ウマルの夢と行動

その夜、神はウマルに深い眠りを送り、夢で声をかける。「我が愛する僕(しもべ)が墓地で眠っている。公庫から700ディナール(金貨)を取り、徒歩で届けよ。『これを絹の代に使い、使い果たせばまた来るがいい』と」。ウマルは畏れを抱き、墓地を走り回る。最初は老人を「これではない」と見過ごすが、「多くの照らされた心は闇にある」と気づき、老人を見つける。

結末:贈与・悔悟・指導・合一

ウマルは金を与え、神からの挨拶を伝える。老人は全身で震え、恥じて、ハープを地面に叩きつけ粉々に砕く。七十年音楽に血を吸われ、神の完全の前に顔を黒くしたと激しく悔悟し、命の無駄を嘆く(イラクの旋律やジーラフガンドの音に没頭し、別離の瞬間を忘れた、と)。

ウマルは優しく諭す。「この涙もまだ『自己意識(清醒)』の印である。過去と未来は神の幕。火を投げよ。葦のように節(執着)がある限り秘密を分かち合えぬ。悔悟の悔悟をいつ悔いるのだ? 今こそ自己消滅(ファナー)の道へ」。

老人の心は目覚め、涙も笑いもなくなり、動物魂が去り、霊魂が生き、地と天を超えた驚愕・没入に至り、「言葉と思いの超えた」状態で「威厳の主の美に溺れる」。部分的な理性では普遍的な理性の神秘を語れないが、神の「要求の後の要求」(永遠の衝動)でその波は届く。

物語は「老人の体験は幕の後に退いた」「魂と霊は見えぬ世界から流れる水のように来る」で締めくられ、読者に「数十万の魂を賭けて霊的な森を追え」と呼びかける。

●スーフィーの教え

この話はスーフィズム(タサッウフ)の核心を多層的に教える「寓話」である。
ルーミーは単なる道徳的な話ではなく、弟子(ホサームッディーンなど)への実践的指南として用いている。

主な教えは次の通り。

① 神の予期せぬ慈悲(Divine Grace / ラフマ)と「見えぬ世界」の介入

・老人が「神のために」墓地で弾くだけで、天の声がウマルに直接届く。

・教え:神の恵みは計算不能。貧困・絶望の極みでさえ、聖者の「息吹(ナファス)」や夢を通じて降る(ハディース「主は汝らの時に息吹をなす」参照)。アーイシャの「見えぬ雨」や春の雨の挿話が象徴。スーフィーは「努力+待つ」ではなく、「神が動くのを信じる」姿勢を学ぶ。

② 世俗の才能・芸術(音楽)の「幕(ヒジャーブ)」と執着の断絶

・ハープは最初「死者を蘇らせる聖なる声」として描かれるが、老後には「血を飲む盗賊」「神の道を断つ幕」となる。老人はそれを粉々に破壊。
・教え:音楽・芸術・才能自体は悪くない(ルーミー自身が詩人・音楽好き)が、自我(ナフス)のために使うとヴェールになる。真の芸術は神への奉仕のみ。スーフィーの「放棄(タクリー)」の象徴で、師(ウマル=霊的指導者)が「破壊」を促す。

③ 悔悟(タウバ)の深化と「自己消滅(ファナー)」への移行

・老人の激しい泣き・嘆きは「まだ清醒(ソブリティ / 自己意識)の段階」。ウマルが「過去を燃やせ」「この悔悟を悔いよ」と言う。
・教え:初めの悔悟は必要だが、止まると新たな自我になる。究極は「ファナー・フィッラー(神における消滅)」——「我」は消え、「神だけ」が残る状態(老人は「溺れて救いなし、神の海以外に知る者なし」)。これがスーフィーのゴールで、後の「バカー(神における存続)」へつながる。ルーミーは「清醒は別の罪」とまで言う。

④ 聖者(アブダール / クトゥブ)の役割と「神の声の代行」

・聖者は「現代のイスラーフィール」「心の調べはペリーや人間を超える」。ウマルや預言者はその体現。
・教え:真の師は神の舌・目・意識そのもの(「我は汝の舌と目」「汝は神に属し、神は汝に属す」)。光の連鎖(アダム→ムハンマド→聖者→弟子)で、神の光が伝わる。奇跡(柱・小石)が示すように、理知(アクル)を超えた「味わい(ザウク)」で理解する。

⑤ 理知の限界と「非知性的な道(タリーカ)」

・論理学者・哲学者は「木の脚」で倒れ、盲人。柱や小石が語るのは「『有れ』の命令を知る者」だけにわかる。
・教え:マスナヴィー全体のテーマ「愛は理性の否定」。懐疑者(アブー・ジャフル)は草の下に隠れ、偽のムスリムになる。スーフィーは「未踏の道を非知性的とせよ、心に受け入れられたものとせよ」。

⑥ 現在瞬間(ハール)の重視と永遠の新しさ

・「過去と未来は幕」「毎瞬空になり満ちる太陽のように」。老人は「今」没入し、物語は「魂は流れる水のように来る」で終わる。
・教え:スーフィーの実践は「現在に生きる」。古い世界に新しさを与えるのが神の太陽(現実の太陽=神)。

この話は「音楽家から神の愛人へ」の変容を通じて、スーフィーの道筋(シャリーア→タリーカ→ハキーガ)を体現しています。ルーミーは「マスナヴィーは霊的開心手術」と評されるように、読む者に「数十万の魂を賭けよ」と迫ります。

●老いたハープ奏者(The Harper / 老楽師)の物語

(ウマル時代に飢えに苦しみ、神のために墓地でハープを奏でた老楽師の話)

ウマルの時代に、ハープの名手がいた。
麗しく輝く楽師、その声にナイチンゲールさえ狂おしくなる。
美しい調べ一つで、恍惚が百倍に膨らむ。
彼の息吹は集いの飾り、歌声に死者さえ蘇る。

イスラーフィール(セラフィエル)の如く、
その声は巧みに死者の魂を体に戻す。
あるいはイスラーフィールの伴奏者、
その音楽で象にさえ翼が生える。

やがてイスラーフィールが鋭く吹き鳴らし、
百年腐った者にも命を与えるだろう。
預言者たちも内なる調べを持ち、
神を求める者に無価の命を与える。
肉欲の耳はその調べを聞けぬ、
罪に汚れた耳ゆえ。

ペリーの調べも人間には聞こえぬ、
ペリーの神秘を捉えられぬから。
ペリーの調べもこの世のものだが、
心の調べは両者の息吹を超える。
ペリーも人も囚われ、
無知の牢獄に閉じ込められている。

ジン(精霊)と人の集いよ、『慈悲深き章』を誦せよ。
「汝ら能うならば出て行け」と知れ。
聖者たちの内なる調べが最初に言う、
「おお、無(非存在)の粒子たちよ、
否定の『ラ』から頭を上げよ、
この幻想と虚構から顔を出せ。
生成と腐敗に腐った者たちよ、
永遠の魂は生れもせず、育ちもせぬ。」

その聖なる調べを少しでも語れば、
魂たちは墓から頭を上げるだろう。
耳を近づけよ、あの調べは遠くない、
だが汝に伝えることは許されぬ。
聞け、聖者たちは今この時のイスラーフィール、
彼らから死者に命と新鮮さが来る。
彼らの声に、体という墓の死んだ魂が
死装束を纏って起き上がる。

彼は言う、「この声は他の声と違う、
死者を蘇らせるのは神の声の業。
我々は死に、完全に腐った、
神の呼び声が来て、我々皆蘇った。」

神の呼び声は、覆われていようと露わであろうと、
マリアに懐から与えたものを与える。
おお、皮膚の下で死に腐った者たちよ、
友の声に非存在から戻れ!

まことにその声は王(神)から、
たとえ神の僕の喉から出ようと。
神は彼(聖者)に言った、「我は汝の舌と目、
汝の感覚、汝の喜びと怒り。
行け、汝は『我によって聞く、我によって見る』者、
汝は(神の)意識そのもの、
『汝は意識の所有者』と言うのは不適切。

汝が驚愕により『神に属する者』となったゆえ、
我は汝のもの、『神は彼に属する』ゆえ。」
時に「汝だ」と言い、時に「我だ」と言う、
何を言おうと、我はすべてを照らす太陽。

我が息吹の灯龕から輝くところ、
一世界の困難が解ける。
地上の太陽が除けぬ闇を、
我の息吹で朝の明るき如くする。」

アダムに自ら(神の)名を示し、
他の者にはアダムを通じて名を顕わす。
アダムから光を受けよ、または彼自身から、
酒を甕から、または瓢から取れ。
この瓢は甕と密接につながる、
祝福された瓢は汝の喜ぶものとは違う。

ムスタファー(ムハンマド)は言った、
「我を見た者、我の顔を見た者を見た者は幸い。」
灯が蝋燭から光を得れば、
それを見る者は必ず蝋燭を見る。

百の灯に伝わろうと、
最後の灯を見るは元の光との出会い。
最後の光から全魂で取れ、差はない、
または燭台から直接。
最後の聖者の灯から神の光を見よ、
あるいは先人たちの蝋燭から。

(ハディースの解説:
「主は汝らの時に息吹をなし、それに向かえ。」)

預言者は言った、「この日々、神の息吹が満ちる、
耳と心をそれに傾けよ、そんな息吹を捉えよ。」 息吹が来て汝を見、去った、
望む者に命を与え去った。
もう一つの息吹が来た、
友よ、気をつけよ、これをも逃すな。

火の魂はそこで火を消すものを得、
死んだ魂は内に動きを感じた。

これはトゥーバーの木の新鮮さと動き、
動物の動きとは違う。
地と天に落ちれば、胆が水になる(恐怖に震える)。
この無限の息吹を恐れて、
「彼らはそれを負うことを拒んだ」と誦せよ。

さもなくば、山の心が血になる恐れはなく、
「彼らはそれを負うことを拒んだ」となぜあろう。
昨夜この息吹が別の姿で現れたが、
食物の欠片が来て道を塞いだ。

一口のためにルクマーンが質に取られる、
今はルクマーンの時、去れ、一口よ!
この肉の棘のために! ルクマーンの足の棘を抜け。

彼の足に棘などない、影さえ、
だが貪欲ゆえに汝らは見抜けぬ。
棘とは、貪欲で盲目な汝がナツメヤシと思ったもの。
ルクマーンの霊は神のバラ園、
なぜ霊の足が棘に傷つく?

棘を食む存在はラクダ、
その背にムスタファー生れの者が乗る。
おおラクダ、背にバラの荷、
その香りで百の数珠が内に生えた。

汝の性向は棘の茂みと砂、
無価値な棘からどんなバラを集める?
この探求で四方八方を彷徨う者よ、
いつまで「どこだ、バラ園はどこだ」と言う?

足の棘を抜くまで、目は暗い、
どうして歩けよう。

世界に収まらぬ人が、棘の先で隠れる!
ムスタファーは調和を成すために来た、
「語れ、フマイラー、語れ!」と。

おおフマイラー、馬蹄を火にくべよ、
汝の馬蹄でこの山がルビーの如く燃えよ。
「フマイラー」は女性語、アラブは霊を女性と呼ぶ、
だが霊に女性である害はない、
霊は男とも女とも無関係。

それは女性・男性を超え、
乾きと湿りで成る霊ではない。
パンで増す霊でもなく、
時にこう、時にああと変わるものでもない。

それは甘きをなし、甘きであり、
甘さの本質。賄賂を取る者よ、
内なる甘さなくば甘さはない。

砂糖で甘くなっても、いつか砂糖は汝から去る、
だが忠実の豊かさで砂糖になれば、
砂糖が砂糖から離れることがあろうか?

愛する者が内から純粋な酒を飲めば、
理性は迷い、友なきまま残る。

部分的な理性は愛を否定、
信頼者と称しても。
賢く知っていても、自存を失わず、
天使が無にならぬ限りアーリマン(悪魔)。

言葉と行いでは友だが、
内なる恍惚の場では無価値。
無なのは、存在から消え無にならぬから、
自ら無にならぬなら、無理に無になる。

霊は完全、その呼びは完全、
ムスタファーは言った、「ビラール、我を新たにせよ!」

おおビラール、汝の心に我が吹き入れた息吹から、
甘美な声を上げよ。
アダムを呆然とさせ、天の人々の知を奪った息吹から。

ムスタファーはその美しい声に我を忘れ、
タアリースの夜、祈りを逃した。
祝福された眠りから頭を上げぬまま、
朝の祈りが午前へ進んだ。

タアリースの夜、彼の聖霊は花嫁の御前で手を接吻。
愛と霊は両方隠され覆われている、
神を花嫁と呼んだのを咎めるな。

愛する者の不興を恐れて黙っていたが、
一瞬の猶予を与えられぬ。
だが彼は言う、「語れ! 来い、咎ではない、
見えぬ世界の定めゆえ。」

咎を見るのは咎のみを見る者、
見えぬ純粋な霊が咎を見るはずがない。

咎は無知な被造物に関わり、
恩寵の主にはない。
不信仰も創造主に対しては叡智、
だが我々に帰せば有害。

一つの咎と百の優越があれば、
サトウキビの木の如く、
両方秤にかけられる、
体と魂のように甘いから。
だから大いなる者たちは言った、
「聖者の体は本質的に霊のように純粋。」

彼らの言葉、魂、形、全てが絶対の霊、
外の痕跡なし。

彼らに敵意の霊は単なる体、
ナルドの「プラス」の如く、名のみ。
敵の体は地に入り完全に土に、
この聖体は塩に入り完全に純粋に。

ムハンマドをより洗練させる塩、
その塩味のハディースより雄弁。
この塩は彼の遺産に生きる、
その相続者たちが汝の傍に。求めよ!

彼は汝の前に座す、だが汝の「前」とはどこ?
彼は汝の前に、だが「前」を思う魂はどこ?

汝が「前」と「後」を思うなら、体に縛られ、
霊を奪われる。

「下」「上」「前」「後」は体の属性、
輝く霊の本質は方向を超える。

王の純粋な光で内なる視を開け、
近視のように思うな、
2010. 汝が悲しみと喜びの中のこの体だけと。
おお非存在よ、非存在に「前」「後」はどこ?

雨の日だ、夜まで旅せ、
この地上の雨でなく、主の雨で。

*老楽師の物語の続き:

時が過ぎ、彼は老い、弱り、
魂の鷹は蚊を捕る者に。
背は酒甕の如く曲がり、
眉は鞍の帯の如く。

かつて魂を爽やかにした声は醜く、
誰にも価値なし。
ズフラ(金星)が羨んだ音色は、
今や老いたロバの鳴き声。

美しいものが醜くならぬものなく、
屋根が絨毯にならぬものなし――
聖者たちの胸の声以外、
その息吹の反響が復活のラッパ。
彼らの心はすべての心を酔わせ、
彼らの無が我々の存在を生む。

彼はすべての思いと声の琥珀(磁石)、
啓示、霊感、神の神秘の喜び。

老いて弱り、稼げず、
一斤のパンの借金。
「長寿と猶予を与え給うた、
おお神よ、卑しい者に多くの恵みを。

七十年罪を犯しつつ、
一日も恵みを止め給わず。
稼げぬ今日、汝の客、
汝のためにハープを奏でる、我は汝のもの。」

ハープを抱え、メディナの墓地へ、
神を求め、「ああ!」と叫び。
「絹の弦の代を神に乞う、
彼は優しく偽金も受け入れる。」

長く奏で、泣き、頭を垂れ、
ハープを枕に墓に倒れ。
眠りが来て、魂の鳥は檻から逃れ、
ハープと奏者を捨て、飛び去る。
体とこの世の痛みから解き放たれ、
単純な霊の世界、広大な領域へ。

そこで魂は歌う、何が起きたか、
「ここに留めてくれれば、
この庭と春に魂は幸せ、
この広野と神秘のアネモネの野に酔う。

頭も足もなく旅し、唇も歯もなく砂糖を食す。
脳の病なき記憶と思考で、天の住人と戯れる。
目をつむって世界を見、手なくバラとバジルを集める。」

水鳥(魂)は蜜の海に沈む――
ヨブの泉、飲み、浴び、
ヨブの足から頭までを日出の光のように清め。

マスナヴィーが空の広さでも、
この神秘の半分も収まらぬ。
広大な地と空が狭く、心を裂く、
この夢で開かれた世界が翼を広げる。

この世界と道が顕わなら、
誰も一瞬もあそこ(物質界)に留まらぬ。

(神の命令が来る――「貪るな、棘は足から抜けた、去れ」――
魂は神の慈悲の広大な領地に留まる……)

(物語はウマルの夢、神の声、金の贈与、老楽師の悔悟、
自己消滅への移行へと続き、完全な「無」への到達で締めくくられる。)

(魂はなおも留まる、神の慈悲と恩恵の広大な領地に。)

天の声が眠れるウマルに語りかけた話
(神よ、彼を喜ばせ給え)

神はウマルに深い眠気を送り、
彼は抗えず、眠りに落ちた。
彼は驚きに震え言った、「これは未知のもの。
見えぬ世界から降りし、目的なきはずはない。」

頭を伏せ、眠りが彼を包む。
夢に神からの声が響く。
その霊は聞く――すべての叫びと音の源なる声、
まことにそれこそ唯一の声、他はすべて反響。

トルクメンもクルドもペルシャ語の民もアラブも、
耳も唇もなくしてその声を理解した。
ましてやトルクメン、ペルシャ人、エチオピア人など、
木や石でさえその声を理解したではないか。
毎瞬、彼(神)から呼びかける、「我は汝らの主にあらずや?」
実体も偶有も、存在へと生まれる。

「然り」の答えがなくとも、
非存在から存在へ来るそれ自体が「然り」なのだ。
石や木の親しみ(気づき)について語った説明として、
美しい物語を聞け。

預言者(平和あれ)のための説教壇が作られた時、
群衆が多くなり、「汝の祝福された顔が見えぬ」と嘆き、
嘆きの柱が訴えた話。
預言者と仲間たちはその嘆きを聞き、
ムスタファーは柱と明瞭に語り合った。

嘆きの柱は、預言者からの別離を嘆く、
理ある者と同じように。

預言者が言う、「おお柱よ、何を望む?」
柱は答える、「汝との別れに魂は血と化した。
我は汝の支えだったのに、汝は我を逃れ、
説教壇に寄りかかる場所を新たに作った。」

「望むか、東と西の人々が実を集めるナツメヤシとなることを?
あるいは彼岸で永遠に新鮮な糸杉となることを?」

柱は答える、「永遠に続く命を望む。」
おお無頓着な者よ、聞け! 木片以下になるな!

預言者はその柱を地に埋め、
復活の日に人々のように蘇らせるため。
ゆえに知れ、神に呼ばれた者は、
この世のすべての業から解き放たれる。

神から業と務めを持つ者は、そこへ入り、
世の業から去る。

霊的秘義の贈り物なき者は、
無生物の嘆きをどう信じよう?

彼は心からでなく、同意のため「然り」と言う、
人々が彼を偽善者と呼ばぬよう。

「有れ」の命令を知る者なくば、
この教え(無生物が語る)は世に拒絶されただろう。
無数の形式主義者、法学者たちが、
一つの疑いの汚れで深淵に投げ落とされる。

彼らの形式と論証からの証拠、
すべての翼と羽は意見に依る。

卑しき悪魔が疑いを起こす、
すべての盲人が頭から落ちる。

三段論法者の脚は木製、
木の脚は極めて弱い。

時代のクトゥブ(至高の聖者)、霊視の所有者とは違い、
彼の堅固さで山さえ眩暈する。
盲人の脚は杖、杖、
小石に頭から落ちぬよう。

軍の勝利をもたらした騎士は誰か?
宗教の軍にとっては、霊視を持つ者。

杖で盲人が道を見ても、
他者の保護の下でしか明瞭に見えぬ。

霊視の者、霊的王なくば、
世の盲人は皆死ぬ。盲からは蒔きも刈りも耕作も商いも利益も生まれぬ。
神が汝らに慈悲と恩寵を与えぬなら、
汝らの論証の木は折れる。

この杖とは何か? 推論と論証。
誰が盲人にその杖を与えたか? 全視全能の御方。

杖が争いと攻撃の武器となった今、
おお盲人よ、それを砕け!

近づくために杖を与えたのに、
怒りでそれをもって彼を打つとは。
おお盲人の集いよ、何をする?
見る者を神と汝らの間に置け!

杖を与えた御方の衣を掴め。
アダムの不服従から何を被ったか思え。
ムーサーとアフマド(ムハンマド)の奇跡を思え、
杖が蛇となり、柱が知を得た。

杖から蛇、柱から嘆き――
彼らは毎日五度、宗教のために栄誉の太鼓を打つ。
この味わい(霊的真理の感知)が非知性的でなければ、
どうしてこれらの奇跡が必要だったろう?

知性的なものは、奇跡の証拠なく、争いなく、
知性が飲み込む。
この未踏の道を非知性的とせよ、
幸運なる者の心に受け入れられたものとせよ。

アダムを恐れ、悪魔と野獣が島へ逃げたように、
嫉妬ゆえに。

預言者の奇跡を恐れ、懐疑者たちは草の下に潜む、
ムスリムとしての名声で偽善に生き、
汝らが彼らを知らぬよう。
偽金作りのように、卑金属に銀を塗り、
王の名を刻む。

彼らの言葉の外形は神の唯一性とイスラームの告白、
内なる意味はパンの中の毒麦の種の如し。

哲学者は一言吐く勇気なく、
一言吐けば、真の宗教が彼を困惑させる。
手足は無生物、彼の霊が命じれば従う。

懐疑者たちは舌で疑いの理由を述べても、
手足が彼らに反証を与える。

預言者(平和あれ)がアブー・ジャフル(神の呪いあれ)の手の小石に語らせ、
ムハンマドの真実を証言させた奇跡の話。

アブー・ジャフルの手に小石があった。
「おおアフマド、早くこれが何だか言え。
汝が神の使者なら、
我が拳に隠されたものを知るはず、天の神秘を知る者よ。」

彼は言う、「どう望む? 隠されたものを私が言うか、
それともそれらが私が正しいと宣言するか?」

アブー・ジャフルは言う、「後者がより驚異的。」
預言者は言う、「然り、だが神はそれ以上の力を持つ。」

遅れず、閉じた拳の真ん中から、
すべての小石が信仰告白を唱え始めた。

各々が「神はなく」、
「アッラー以外に」と言い、
「アフマドは神の使者」との真珠を連ねた。
アブー・ジャフルが小石からそれを聞くと、
怒りに駆られ、それらを地面に叩きつけた。

老楽師の物語の残り、
信仰の指揮官ウマル(神よ彼を喜ばせ給え)が、
天の声の伝言を彼に届けた話。

戻って老楽師の苦境を聞け、
待ちくたびれ、絶望した彼を。

神の声がウマルに来る、「おおウマル、
我が僕を貧しさから救え。

我に愛され、高く尊ばれる僕がいる、
労をいとわず徒歩で墓地へ行け。
おおウマル、起き上がり、公庫から七百ディナールを満ちた手を。
彼に届けよ、『おお我が選ばれし者よ、
今この額を受け、少なき贈り物を許せ。
これを絹の代に使い、使い果たせばここへ戻れ。』」

ウマルはその声に畏れ、起き上がり、
この奉仕に腰を固めた。

ウマルは財布を脇に、墓地へ顔を向け、
神の寵児を求めて走る。
長く墓地を駆け巡る、
貧しき老人の他に誰もいない。
「これではない」と言い、再び走る。
疲れ果て、老人しか見えぬ。

彼は言う、「神は言われた、『我に僕がいる、
純粋で価値あり祝福された者。』

老いたハープ奏者がどうして神の選ばれし者か?
おお隠された神秘よ、なんと素晴らしい、素晴らしい!」

再び墓地を彷徨う、狩りの獅子のように。
老人が他にいないと確かめると言う、
「多くの照らされた心は闇の中にある。」

百の敬意をもって彼の傍に座る。
ウマルがくしゃみをすると、老人が飛び起きる。

彼はウマルを見て、驚愕に固まり、
去ろうと震え始める。

内心で言う、「おお神よ、助け給え!
監察官が貧しき老ハープ奏者に落ちた。」

ウマルが老人の顔を見ると、
恥じらいと蒼白。

ウマルは言う、「恐れるな、我から逃げるな、
神からの喜ばしい知らせを汝に持ってきた。
神は何度汝の性質を讃え、
ウマルを汝の顔に恋焦がれさせたか!

我の傍に座れ、別離を作るな、
神の恩寵からの秘密を耳に語ろう。

神は汝に挨拶を送り、
汝の苦難と果てなき悲しみを尋ねる。
見よ、ここに絹の代の金片がある。
使い果たし、ここへ戻れ。」

老人はこれを聞き、全身震え、手を噛み、
衣を引き裂く。
「おお比類なき神よ!」と叫び、
貧しき老人が恥に溶けた。

長く泣き、悲しみが限界を超え、
ハープを地に叩きつけ、砕いた。

言う、「おお汝(ハープ)、神からの幕よ、
王の道を断つ盗賊よ。
七十年我の血を飲み、
神の完全の前に我の顔を黒くした汝!

豊饒で忠実なる神よ、
罪に費やされた命に慈悲を!」

神は命を与え、
その一日の価値を彼以外知らぬ。
我は息ごとに命を費やし、
高音と低音にすべて吐き出した。

ああ、イラクの旋律とリズムに気を取られ、
別離の苦い瞬間を忘れた。

ああ、ミノール・ジーラフガンドの液体の新鮮さから、
心に蒔いた種が乾き、心は死んだ。

ああ、二十四の音に没頭し、
キャラバンは過ぎ、日は遅くなった。」

おお神よ、この助けを求める我に対して助け給え、
正義を求めるはこの我以外に求めぬ。

我は誰からも正義を得ぬ、
ただ我より近い御方から。

この「我性」は瞬ごとに彼から来る、
ゆえにこれが我を失わせば、我はただ彼を見る。

金を与える者に目を向けるように、
自分ではなく彼に。

ウマル(神よ彼を喜ばせ給え)が彼に命じた、
泣きの段階(自己存在)から視線を転じ、
神への没入の段階(自己の無)へ。

ウマルは言う、「この嘆きも汝の清醒(自己意識)の印。
自己を過ぎた者の道は別、
清醒は別の罪ゆえ。

清醒は過去の回想から生じる、
過去と未来は汝と神の幕。
両方に火を投げよ、これらゆえにいつまで葦のように節だらけか?

葦が節ある限り、秘密を分かち合えぬ、
笛の唇と声の伴侶になれぬ。

神を求め彷徨う時、彷徨いに包まれ、
家に帰ってもなお自己と共にある。
2205. おお知の与え主を知らぬ知識の者よ、
汝の悔悟は罪より悪い。

過去の状態を悔いると求める汝よ、
この悔悟をいつ悔いる?

時に高音の低い響きに、
時に泣きと嘆きに接吻する。」

ファールーク(ウマル)が神秘の反射となると、
老人の心は内から目覚める。

泣きも笑いもなく、魂の如く。
動物魂は去り、もう一つの魂が生きる。
その時、彼の中に驚愕が生じ、
地と天から出でた――

すべての探求を超えた探求と捜索、
我は知らぬ、汝知るなら語れ!

言葉と思いの超えた言葉と思い――
彼は威厳の主の美に溺れた。

溺れ、救いなどなく、
神の海以外に彼を知る者なし。

部分理性が普遍理性の神秘を語らぬなら、
要求の後の要求(永遠の神の衝動)なくば。
要求が次々と来るゆえ、
その海の波がこの場所(部分理性の世界)に届く。

老人の霊的体験の物語がここに至り、
老人と体験は幕の後に退いた。

老人は話と言葉から裙を振り払い、
物語の半分が我らの口に残った。

この喜びと楽しみを得るため、
数十万の魂を賭けよ。

霊的森の追跡に鷹となれ、
この世の太陽のように魂を賭ける者となれ。
高き太陽は命を拡散、
毎瞬空になり、満ちる。

おお現実の太陽よ、霊的命を拡散せよ、
この古き世界に新しさを顕わせ!

魂と霊は見えぬ世界から人間の存在へ、
流れる水のように来る。

○訳註

・ペリー(ペリーの調べ/ペリーの神秘等)
ルーミーの詩では、美しい翼を持つ精霊だが、単なる妖精ではなく、人間より高いがまだ不完全な霊的存在を象徴し、霊的階層の比喩として用いられている。人間はペリの音さえ聞けないほど低い位置にあり、ペリ自身もまだ「囚人」。だからこそ、心を開いて聖人の導き(神の旋律)に耳を澄ませ、というメッセージである。

・イスラーフィール(セラフィエル):
単なる終末の喇叭(らっぱ)吹きという役割を超え、「魂の再生」と「霊的なインスピレーション」の象徴。

・トゥーバーの木:
イスラームの伝統およびスーフィズムにおいて、天国(ジャンナ)の中心にそびえ立つとされる巨大な聖なる木のこと

・ルクマーン:
クルアーン(コーラン)第31章の題名にもなっている伝説的な「賢者」

・フマイラー:
預言者ムハンマドが最愛の妻アーイシャに対して用いた愛称

・ビラール:
イスラーム最初期の黒人信徒で、世界で初めてアザーン(礼拝の呼びかけ)を行った人物

・ズフラ(金星):
「天上の音楽」と「美」の象徴

・メディナ:
「光り輝く都市(アル=マディーナ・アル=ムナウワラ)」として、魂が安らぎと導きを得る「霊的な聖域」を象徴。

・ファールーク(ウマル):
イスラーム第2代正統カリフ、ウマル・イブン・ハッターブに与えられた称号です。アラビア語で「真理と虚偽を峻別する者」を意味する。

・クトゥブ(至高の聖者):
アラビア語で「軸」や「極」を意味し、スーフィズムの階層構造において最高位に位置する聖者を指す。

・アブー・ジャフル:
アラビア語で「無知の父」を意味し、預言者ムハンマドの最大の敵対者の一人で

・ミノール・ジーラフガンド:
伝統的なマカーム(イスラーム圏の旋法体系)における特定の旋律や、古典音楽の構造に関連する用語。

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