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いじる人といじられる人のいびつな関係


こんにちは、無口おばけです。
子どもの頃無口すぎておばけみたいな存在だったのが名前の由来です。
今は個人でカウンセラーやってます。

私のnoteでは主に子どもの頃の環境が原因でメンタルの問題や対人関係の悩みを抱えてる人向けの記事を書いてるので、気になる方はフォローよろしくお願いします。

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はじめに:その関係、対等に見えて対等じゃない

職場でいじられている。

笑いが起きる。場が盛り上がる。でもなぜかいつも、消耗しているのは自分だけ。

この非対称さ、気のせいじゃないんです。

いじる人といじられる人の関係には、見えにくいけど確かな構造があります。今日はその構造を、一緒にひも解いてみましょう。

まず「いじり」の地図を描いてみる

いじる人といじられる人の関係を図にすると、こうなっています。

いじる人 ──── 笑い・注目 ────▶ 周りの人
   │
   ▼
いじられる人(コストを払っている)

笑いの恩恵を受けているのは、いじる人と周りの人。コストを払っているのは、いじられる人だけ。

これ、経済学の言葉で言うと「外部不経済」に似ています。利益は別の人が受け取って、コストだけ特定の人に押しつけられている状態です。あなたが疲れるのは当たり前なんです。

「いじり」はどうやって始まるのか

最初から「この人をいじろう」と計画している人は、ほとんどいません。

多くの場合、こんな流れで始まります。

あなたが何かに反応した。周りが笑った。いじった人が「おいしい」と感じた。また同じことをした。また笑いが起きた……。

心理学では「強化」と呼ばれる仕組みです。良い結果が出た行動は、繰り返される。あなたの反応が、相手の「いじり」を育ててしまっているんです。

これはあなたのせいじゃない。でも、仕組みを知っておくことは武器になります。

二人の間に生まれる「暗黙のルール」

いじる・いじられる関係が続くと、やがて二人の間に見えないルールができあがります。

「この人はいじっていい人」「この人にいじられるのが自分の役割」

これ、社会学では「役割の固定化」と言います。

怖いのは、このルールを最初に内面化するのがいじられている本人だということです。「自分はいじられキャラだから」と、自分の方から役割を受け入れてしまう。断ることへの罪悪感まで生まれてくる。

気づいたら、自分で自分を縛っている状態になっているんです。

日本の職場が、この関係を強化する

日本の職場には、この構造をさらに強める文化的な土台があります。

「空気を読む」文化。

いじられている最中に「それは嫌です」と言うことは、場の空気を壊すこととほぼ同義とされてしまいます。周りも笑っている中で一人だけ異議を唱えるのは、「ノリが悪い人」になることを意味する。

だから黙って笑う。笑うことで「許可」を与えてしまう。いじる側はそれを「仲がいい証拠」と解釈する。この悪循環が静かに続いていきます。

「和を乱すな」という圧力が、あなたの「嫌だ」という声を飲み込ませているんです。

いじる人の内側で起きていること

少し視点を変えて、いじる人の内側を見てみましょう。

いじる人は多くの場合、「注目されたい」「面白いと思われたい」「場を仕切りたい」という欲求を持っています。

心理学者のアルフレッド・アドラーは、人間の行動の多くは「優越性の追求」から来ると言いました。誰かより上にいることで、自分の存在を確認しようとする。

いじりの構造はまさにこれです。いじることで「俺がこの場のリーダーだ」という感覚を得ている。あなたはそのための舞台装置として使われています。

いじられる人の内側で起きていること

一方、いじられている人の内側では何が起きているか。

「嫌だ」という気持ちと「場を壊したくない」という気持ちが、毎回ぶつかっています。そのたびに後者を選んで、前者を飲み込む。

これを心理学では「感情の抑圧」と言います。

一回一回は小さくても、積み重なると心に重さが溜まっていきます。さらに怖いのは、続けているうちに「これくらい我慢するのが普通」と感覚が麻痺してくることです。自分が傷ついていることにすら、気づきにくくなってしまうんです。

この関係が「笑い」に見える理由

外から見るといじりは笑いです。でも当事者にとっては全然違う。

哲学者のトーマス・ネーゲルは「コウモリであるとはどのようなことか」という有名な問いを立てました。コウモリの感覚は、外から想像しても絶対にわからない。

これ、いじりにも当てはまります。

周りの人には「楽しそう」に見えている。でもいじられている人の内側がどんな感覚かは、外からは絶対にわからない。「笑ってるから大丈夫」は、周りの思い込みに過ぎないんです。

あなたの感覚だけが、本当のことを知っています。

この関係は変えられるのか

結論から言うと、変えられます。ただし、変えるのは相手じゃなくて関係の構造です。

いじる人を「良い人にしよう」とするのは、ほぼ無理です。相手の内側にある欲求や習慣は、あなたには変えられない。

でも構造は変えられます。

リアクションを変える。 大げさに反応するのをやめると、いじりの「おいしさ」がなくなります。静かに薄く流す。それだけで、相手の行動は少しずつ変わっていきます。

役割を自分の中で解除する。 「自分はいじられキャラだから」という思い込みを、そっと手放す。役割は誰かに決められたものじゃなくて、あなたが受け入れ続けることで成立しているんです。

「それ、ちょっとキツいです」とさらりと言う。 怒らなくていい。淡々と、一言だけ。感情を爆発させると「ノリが悪い」になりやすいですが、静かな一言は意外と相手に刺さります。

まとめ:その関係の主導権は、あなたにある

いじる人といじられる人の関係は、最初から決まっているものじゃありません。

あなたの反応が育て、あなたの沈黙が維持し、あなたの役割の受け入れが固定してきた。逆に言えば、あなたがその構造のどこかを変えれば、関係は必ず動きます。

相手を変えなくていい。あなたが変わればいいんです。

嫌だと感じているその感覚は、「何かがおかしい」と教えてくれているサインです。その声を「気にしすぎ」と打ち消さないでください。

あなたの感覚は、正しいです。

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