裸のRain drops
Rain dropsの復活
あの東京ドームのデビュー十周年記念ライブでカツラとギターが宙に舞う恥晒しを全国ロードショークラスに晒し果てたRain dropsはそれに対してなんの弁解もせずにいきなりバンド活動の休止を発表した。そのバンドのカリスマで恥晒しの張本人であるボーカル&ギターの照山は失踪後こっそりと何度か復帰を目論んだが、その度にかつらが飛び回る恥晒しを繰り返しもはやバンド活動どころか社会に復帰出来るのかどうかさえ危ぶまれる事態にまで陥った。
バンドは世間に散々嘲笑され尽くし、時が経つと話題にも上らなくなったが、しかしこの純粋すぎる少年性で日本のロックを根底から変えてしまったRain dropsという全てのロックファンの夢を凝縮したバンドがこのまま人に忘れられるはずがなかった。
Rain dropsが活動停止してからしばらく経った頃、どこからかわからないが自然発生的に(それも仕込みだとかなり信ぴょう性の高い噂があるが)いろんな人たちがRain dropsの事を口にし始めたのである。その中にはまず恥さらしがあっても支持し続けたファンがいた。恥晒しに呆れ果て見放した元ファンもいた。それと同業者のミュージシャンをはじめとした音楽関係者もRain dropsや彼らの音楽について語りだした。それだけでなく他のジャンルの有名人たちもなぜか急にRain dropsの事を熱を込めて、不自然なほどあの恥晒しには触れずに語りだしたのである。当然ながら最初はアンチRain dropsの連中や野次馬たちがネット等いろんなところであの東京ドームでのギターとカツラが宙に舞う恥晒し事件を持ち出して思いっきり彼らを嘲笑しまくり、Rain dropsの支持者たちとネットでもリアルでも警察沙汰になるぐらいの騒動を起こしに起こした。Rain dropsの音源がサブスクに入るというニュースはその騒動にさらに火をつけた。今までRain dropsを童貞向けのイカ臭ロックと完全にバカに仕切っていた某通向けの音楽雑誌は手のひら返しでRain dropsを表紙にして大々的な特集を組んで彼らの音楽を『日本のロックの根幹である少年性を軸に、ビートルズからオアシスまでのブリティッシュロックと、ボブ・ディランからオルタナに至るまでのアメリカンロックを融合させさらにその先に進もうとするものであった』と、なんか無理矢理にもほどがあるだろうって文章を書いて持ち上げに持ち上げまくった。
その騒ぎの渦中にRain dropsの活動再開という超強力な爆弾が落とされたのだった。ファンには即昇天ものの、アンチには反撃システムを作動させ自動爆弾返しをさせてしまうようなこの特大級の爆弾に日本中が沸騰した。ファンは待ってましたとロックの少年キリストの照山をフロントに据えたRain dropsの復活を喜び、アンチは東京ドームのギターとカツラが舞う恥晒し事件の動画を次々と各動画サイトにアップロードして苛烈なまでにRain dropsを嘲笑し罵倒した。そのコメントか何かでアンチの一人はこう書いている。
「どうせまた自然に髪が生えたって嘘つくよ。ライブで照山のカツラ飛ぶのが楽しみで仕方がないね」
Rain dropsの事務所はそれらのアンチの行動を黙って見逃しはしなかった。SNSのRain dropsのアカウントは固定でこんなメッセージを出した。
『Rain dropsのメンバーを揶揄するような書き込みと当事務所の許可を得ていない動画のアップロードは禁じています。そのような行為をされているのを見つけ次第法に従い厳正な対応を取らせていただきます』
この事務所のメッセージに当然ながらアンチは嘲笑し罵倒しまくったが、しかし忠告が効いたのかこのメッセージが出されてから急にRain dropsへの悪口が少なくなった。SNSではRain dropsの悪口を書いたアカウントは悉く消されるとのうわさが流れたが、その噂によるとそれはアンチだけでなく、ただ『照山君いつも眩しいね』とただ無邪気にバンドを褒めたコメントを書いたファンでさえ誤解の果てにアカウント削除を食らったという。またRain dropsの活動停止中にアイドルのバックバンドで活動していたギタリストの有神を「自分も禿げとるんか?」と髪を引っ張っていぢり倒したお笑い芸人はバンドの復活の報道が流れてからいくらもしないうちに突然レギュラー番組を全て下ろされたというこちらはれっきとした事実もある。
Rain dropsの東京ドームでの恥晒しは急速にタブーとなりつつあった。東京ドームのライブを始めとする照山の再三に亘る恥晒し動画も軒並み削除され、その代わりにAIで作成されたと思しき髪ありライブ動画が立て続けにアップロードされた。そんな状況に抗してか、あるアンチは照山のハゲ晒しの恥晒しについて仄めかし程度に揶揄したが、それを見つけたものが吹いた犬笛で一斉突撃を喰らいアカウント削除にまで追い込まれた。Rain dropsの復活宣言以降このようなケースが頻繁に報告されるようになったが、勿論真相はわからない。ただ一つ言えるのは各業界の関係者がRain dropsをあからさまな歴史改変までして持ち上げ、バンドの、特にフロントマンの照山への誹謗中傷を掃討戦のごとく草すら生えぬようにまで狩り尽くすのは、決してRain dropsのためでなく自らの属する業界に莫大な利益をもたらすからである。復活宣言以降各業界はその思惑を剥き出しにしてRain dropsを持ち上げまくっていた。
Rain dropsのある1ファンの物語
復活のニュースが流れてから各業界は一斉にRain dropsを取り上げた。歌番組は勿論、バラエティ番組やニャース番組、各局で放送されているドラマでも(その中にはなんと大河ドラマもある!)今まで使っていた音源を無理やり差し替えてRain dropsの楽曲を流した。あるドラマの最終回に至ってはストーリーまで完全に書き換えてしまい彼氏と別れた主人公がRain dropsを聞いて未来への新しい一歩を踏み出すというラストになっていた。ドラマのラストシーンで「やっぱりRain dropsっていいね。少年じゃないのに少年になったような気分でまた一からやり直せそうだよ」と主人公が発したこのセリフは業界の仕掛けかネットで異様にバズりまくった。もう大谷ハラスメント以上のRain dropsハラスメント状態だった。その放送されたRain dropsが登場する番組の中で一番話題になったのはやはり某国営放送局で放送された活動休止期間中のRain dropsを追った三時間超にもわたる大ドキュメンタリーだろう。
このドキュメンタリーは活動休止期間中のRain dropsの姿をありのままに撮ったとナレーションなどで言われていたが、実際の内容はありのままとは程遠いなんだかわからないものであった。まずあの東京ドームの恥さらしの詳細についてはその場面がAIかなんかで頭に髪がつけられ、ナレーションに至ってはハゲには一言も触れず照山はずっと原因不明の頭の病気に悩まされていたとか訳の分からないことを言っていたのだ。「照山はずっと頭の病気に悩まされていた。だけど彼は自分に救いを求めているファンのために病気を治すことよりもRain dropsの活動を選んだ。ファンのために、自分の音楽で世界の不幸な少女たちを救うために」。彼らの音楽と共に途中途中で挟まれる大御所やらRain dropsの影響を受けたという若手バンドやらの同業者や他の業界の有名人のインタビューも提灯ぶりの酷いもので国営放送局でここまで堂々とAIまで施しの歴史改変してよいのかと思われるほどのものであった。
「こんなの照山くんじゃない!」とテレビの前でかぶりつきでこのドキュメンタリーを見ていた一人の女がが叫んだ。
「こんなの照山くんじゃない!照山くんは嘘なんかつかない純粋な少年だったのに!照山くん、あなたは髪と一緒に少年の心まで抜けてしまったの?あの少年丸出しで純粋さを煌めかせていたあなたはどこにいったのよ!」
この女はRain dropsがメジャーデビューする前からの熱狂的なファンであった。かつてトー横で彷徨っていた彼女はRain dropsと出会ったことによって更生した。彼女は出来るなら照山と結婚してその少年ぶりを独占したいといういかにも少女らしい夢を見ていた。だが年月が経ちそれが叶わぬ望みであると自覚し、勤めていたキャバクラで出会った金持ちと結婚して子供を産んだのだった。
とはいえ所詮生活のための無理やり絞り出させた末の授かり婚だから夫婦仲などまるで良くなかった。彼女は現実の照山を諦めても夢の中の照山は決して手放さなかった。夫とベッドに入る時もこの腐れチンポの夫を照山に見立てたぐらいだ。しかし産まれた息子の成長する姿を見ているうちに彼女はふと自分がいつの間にか少女ではなく母親になってしまった事を自覚して愕然とした。もう夢見る少女じゃいられないと相川七瀬に突っ込まれる前に照山という夢から醒めなくてはいけないと彼女は思った。だが少女時代から自分に寄り添ってくれた照山を捨て去ることなど出来るはずがなかった。それで彼女は照山への憧れを捨てる代わりに自分の息子を照山の代わりに仕立て上げようと思った。この子を照山くんに匹敵するロックアーティストに育てる事。それが私の照山くんへの愛だ。
金持ちの男とはすぐに離婚し高額の慰謝料を手に入れた彼女は息子の照山教育に存分にお金を費やした。この息子はどこか照山に似ていた。絵に描いたような純粋でまっすぐ過ぎる瞳。少年が透き通るような真っ白な肌。彼女は自分の息子が成長していくごとに照山に似てくるのを見て歓喜した。彼女は成長してゆく息子を見る度にもしかしたら私は照山くんの生まれ変わりを(っと勿論照山は生きているのだが)産んだのかと歓喜に咽んだ。ああ、私の照山くんへの想いはDNAを超えて照山くんへと真っ直ぐ繋がっている。照山くん見て。私の赤ちゃんはあなたのDNAの垣根を超えて私に授けられたのよ。
この息子は母親のまるで教育ママのピアノのお稽古のような厳しい照山レッスンに何一つ文句を言わず、むしろ母親と同じような熱情でRain dropsのCDや動画を観て見よう見まねで母親から与えられた照山と同じモデルのギターを弾き始めた。確かにギターを習うにはあまりにも幼すぎて運指などまるで出来なかったがしかし成長してゆくとおぼつかないながらも徐々にギターを弾き始めたのであった。懸命にギターを弾く息子を見て彼女は照山の幼い頃もこうしてギターを弾き始めたのではないかと妄想しまるで自分が照山の母親になった気になって嬉しさのあまり悶え狂った。
彼女は母親になってもRain dropsのライブに通い続けた。まだ赤ん坊の息子は適当な託児所に押し付け昔のように少女となってライブに参戦していた。照山の恥晒しの兆候が現れ始め、そのせいでRain dropsの曲が暗くなり少なからずのファンが一旦去っても彼女はどこまでも照山を信じてついていった。その後照山が恥晒しを心理的にも隠す術を身につけ再び生気ある曲を書き始めRain dropsが再び調子を取り戻したのライブで彼女は最前列で号泣しながら彼らの復活を祝った。そしてあの恥晒しの東京ドームライブには今まで託児所やいろんな人に押し付けまくっていた息子を連れて行く事にしたのであった。息子ももう五歳、この子ももうすぐ少年の入り口に立つ。照山くんを継ぐ息子に本物のRain dropsを見せなきゃいけない。あの少年そのままの、嘘偽りなど何一つない純粋で清らかなあの少年たちからロックの全てを学んでもらうために。母親の自分がいつまでも少女のふりをしても滑稽なだけだ。もう私は母親としてRain dropsや息子のような少年たちを見守る立場なんだと彼女は自分に言い聞かせた。私はこれからは未来の照山の息子の保護者としてライブに参戦しよう。それが今の私の使命なのだ。
こうして彼女は五万分の一のチケット争奪戦を表裏のあらゆる手を使って勝ち抜きチケットを手に未来の照山となる息子を連れてドームのアリーナ席に乗り込んだのだった。ライブの開演前、彼女は息子に向かって今から起こる事全てをしっかり覚えておくよう言い聞かせた。息子はその母の厳しい顔で述べた戒めに無言でコクリと頷いた。幼いながらも彼にはわかっていたのだ。もうすぐ現れるであろうRain dropsが自分の運命を変えてしまう事に。
開演のアカウンスの後しばらくしてステージに現れたRain dropsのライブは最高だった。Rain dropsの全力の演奏には彼らの十年間の軌跡が凝縮されていた。全力でギターを掻きむしりながら歌う照山は無限の少年性を発散させていた。初期から現在までの波あり谷ありのバンド活動の中で生まれた珠玉の名曲たちは照山の少年性で一層輝いていた。ライブの本編が終わって二回のアンコール。大盛り上がりの中照山は二度目の『少年だった』を歌った。この曲はRain dropsを一躍ブレイクさせたバンドの代表曲でありRain dropsの象徴でもある曲だ。この曲を照山は超絶なハイテンションで歌い、そして興奮し切って曲の終わりにギターを真上に放り投げた。
その時に起きた照山の異変をアリーナ席の彼女と息子は生涯忘れる事はないだろう。あのギターと一緒に飛んでしまったカツラとステージの中央で客に向かってにこやかに微笑む照山の堂々たるハゲ散らかしの姿を。そのライトよりも満開に光り輝く照山の頭皮を。ハゲ散らかしの照山を見た彼女はたまらず絶叫した。息子は発狂した母を懸命に宥めた。会場はハゲ散らかしの照山を見て阿鼻叫喚となりもうライブの続行は不可能な状態になってしまった。会場に集まった全ての人々の心情を代弁するかのような一人の女性の叫びが会場に痛切にこだました。
「照山くん!そんなハゲ散らかす前にどうして抜け毛治療しなかったのよ!もう無茶苦茶じゃない!」
Rain dropsと息子
今、テレビの前で泣いている女はRain dropsとの出会いから東京ドームでの恥晒しライブまで振り返りテレビの前に崩れ落ちて号泣するのだった。私の青春の全てを捧げたRain drops。子供にまで照山くんの精神的DNAを注入したのはそのRain dropsのフロントマンでロックの新たなる救世主である永遠の少年の照山だった。だが今画面に映っている照山にはその少年性の面影など何一つなかった。確かに画面の向こうの照山は植毛かなんかしてごく自然に髪も生えていて一見昔そのままの少年のように見えた。しかしそんな偽りの少年ぶりなど彼女のようにずっとRain dropsと共に生き続けてきたファンを騙せえるはずがなかった。彼女にとってテレビの向こうの照山は少年ぶり自分の恥晒しの真相と称して嘘八百を並べ立てるおぞましい化け物でしかなかった。
「嘘つき!照山くんの嘘つき!あなたがどんなに禿げ散らかしても正直に毛根ナッシングな頭を晒して今まで騙してごめんなさいって謝ってくれれば許してあげようと思うのに、そんなに堂々と嘘をつかれたんじゃもうお終いよ!あなたは少年じゃなかったの?嘘つきの大人になんかならないって歌っていたじゃない!」
床に這いつくばって泣き叫ぶ母親を見て息子も母と同じだった。彼もまた母親と同じように悲しんだ。母が自分に照山教育を施すぐらい大好きなその人が自分が禿げである事を隠して嘘を並べ立てるとは。彼自身もまた世界一純粋な少年だと尊敬していた照山のこのあまりに醜悪な姿に裏切られた絶望と怒りを感じて母と共に泣いた。彼は絶望に暮れて泣いたまま起き上がれない母の肩に手を当てて慰めた。
「ボクが照山さんの代わりになるよ。僕がいつかママの少年になるから。ボクは絶対にハゲないから。だからもう泣かないで。ママのそばに少年のボクがずっといるから」
母は我が子を抱いて泣いた。たった六歳でここまで人に優しく接せられるなんて。もしかしたらこの子こそ自分が求めていた真のロッカーなのかもしれない。あんな恥晒しのハゲ散らかしじゃなくて少年へまだ目覚めていないこの子こそがいずれ少年になってロックを清らかな少年の光で導いてゆくのだ。彼女は胸に抱いた子に向かって語りかけた。
「ああ!ママあなたを産んでよかった!そうよあなたこそ真の少年なのよ!あの何年も禿げ隠しをして騙し腐っていた詐欺師よりも純粋無垢なあなたの方がよっぽど少年らしいわ!ママ、あなたを立派な少年にしてみせるわ!あなたを詐欺師照山なんぞよりずっと立派なロッカーにしてみせるわ!そのためだったらお金なんかいくらだって惜しまない!もしあなたが望むならあのチンカス野郎を騙し腐って慰謝料倍額にしてやるわ!」
親子は互いに抱き合って泣いた。互いの体のダムが空っけつになるまで泣き尽くした。母は息子を照山を余裕で超えるロックカリスマにしようと深く誓ったし、息子も六歳にして少年を旗印にいずれ自分が照山を超えて母を永遠に眩しく照らしてやると決意したのであった。
六歳の未だ少年の入り口に立たぬこの幼児は照山を超えんと以前よりもさらに熱中してギターと歌に取り組んだ。彼はギターをある程度習得するとなんと曲まで作り始めた。この六歳児の曲は流石にまだ幼すぎて子供のおままごとレベルであったが未来のロックカリスマたる可能性は充分に秘めていた。母は息子の成長ぶりに驚き涙した。この子は確実に照山を超えるであろう。そうしたら未だ風呂場の排水口の毛のようにこびりつく自毛ありし頃の照山の残像を消せるのではないかと思った。
親子が共にロックへの夢の道を歩み始めた時、後ろからの不意打ちのように突然忘れ去ろうとした照山の亡霊が現れた。それはRain dropsのファンクラブの会員更新の可否の確認と会員向けのトーク&ミニライブのお知らせメールであった。母は照山への未練から恥晒し事件以降もファンクラブに在籍し続けていたがすでに息子と共に新たな道へと歩み始めていた彼女にとっては会員で居続ける意味はないとすぐに脱会の手続きを取ろうとした。だが彼女はその前に確認のためにもう一度メールの文章を読んで書かれていた内容に激しく心を揺り動かされた。その文章はトーク&ミニライブの部分だがそこには照山のコメント付きでこう書かれていたのであった。
『東京ドームで僕が引き起こした事件についてみんなに謝りたい。長い間放っておいてゴメンね。僕は今までずっと逃げていたんだ。だけどもう逃げない。僕はこのライブでファンのみんなにあの事件の事を正直に話したいんだ』
この文章を読んで母は照山への愛と憎しみに揺れに揺れた。どうせこんな謝罪ライブなんて意外にファンが自分のハゲ散らかしの釈明に納得してないのがわかったから慌てて企画したイベントなのだろう。ファンの前でも照山はやはり誠実さを装ってまた誤魔化を重ねるつもりだろう。だけどそんなもの無駄無駄無駄。世間のバカどもは騙せても私たちのようにデビューからずっと見守り続けたファンは騙せない。彼女はイベントなんぞにいくもんかと憤然としてファンクラブ脱会の手続きを取ろうとしたが、しかし未練がそれを食い止めた。どんなにハゲ散らかしても照山くんは照山くん。もし彼が謝罪ライブで正直に全てを話してハゲ散らかしの事を謝罪すれば許してやらない事もない。もし彼が不誠実に各メディアで述べていた嘘誤魔化しを繰り返していたならその時は思いっきり声を上げて彼を告発してやる。未来の照山たる息子を見せてあなたは偽物で本物はこの幼い我が子なのだとハゲ散らかしの予兆もない息子を見せてやる。ああ、辞める前にライブに行ってやるとも!これが今まで尽くしてきたRain dropsへの最後の餞だ!彼女は未だ残る照山への愛と憎悪に悶えながらライブの抽選フォームをクリックした。そしてそれが終わると箪笥なら未だ大事にしまってあった照山のプロマイドを引っ張り出して髪在りし日の照山を偲んだのであった。
Rain dropsの謝罪ライブ
母と子は幸運にしてRain dropsのファンクラブ向けのトーク&ライブのチケットの抽選に当たった。しかも最前列であった。会場も東京ドームとは比較にならない小さな会場で照山たちRain dropsの面々を間近に見ることが出来る場所であった。母は謝罪ライブの当日まで近所のセレブ連中からライブに行くという事実をなんとか隠し切った。彼女はRain drops?それ美味しいの?なんて無関心を装っていたがしかし心の中では照山へのいろんなすぎる想いが溢れに溢れていた。髪在りし日の少年ぶりから現在の髪なしの嘘八百野郎へと落ち切った照山への幻滅。でも未だ残る本物の髪在りし頃の照山への思い。もし照山が私たちファンにありのままの真実を告白し、ハゲ散らかしについて心からの謝罪をするならば昔の髪ありし頃の少年の輝きで私たちを照らしてくれた事に許してやらない事もない。彼女は照山を信じる事にしたのだった。照山がまだかつての少年を心に持っているならば。彼が正直に禿げた耳のあたりに寂しく残っているだけの地肌を晒して正直に謝罪するなら私は照山くんを受け入れようと思った。ああ、許しはしないがせめてありのままのハゲ散らかしの彼を受け入れよう!彼女はRain dropsの謝罪ライブの当日久しぶりに少女時代に着ていた服を着ながらこう考えたのであった。
会場へと向かうハイヤーの中で母はずっとこれから久しぶりに会う照山のことばかり考えていた。隣に座っている息子など完全にガン無視で彼が声をかけててまるで気づかなかった。勘の鋭い息子は母の心が照山に全振りしているのを見て嫉妬の感情に襲われた。ママどうしてあのハゲ散らかしを忘れられないの。アイツは少年じゃなくてハゲなんだよ。本物の少年は今ママの隣に座っているボクだよ。ホラこの少年ぶりを見てと息子は母を真正面から見つめて自分の存在をアピールしようとしたが、しかし母は彼を見もせずに心の中の地毛ありし日の照山を思い浮かべるのであった。
会場の前でハイヤーから降りた母は会場の小さなイベントホールの前にひしめく女性たちの表情が一様に暗いのを見てとった。彼女はその女性たちが今回の謝罪ライブに来た人々なのだと察した。彼女たちの表情は本当に暗かった。あの照山に今までだったら考えられないほどの至近距離で会えるのに、嬉しそうな人間など一人もいなかった。まるで今の照山のハゲ隠しの嘘八百ぶりに不満を持つファンだけを集めたかのようだった。この女たちを見て彼女は彼女たちも照山くんに対して自分と同じような思いを抱えているのだと思った。きっと彼女たちも照山くんに問いただしたいのだ。あなたは自分が禿隠しをしていることをずっとあなたを支えてきた私たちファンに対して恥ずかしいと思わないのかと。もう正直に自分が禿だって告白してよ。私たちの前でだけは正直に何もかも話して。私たちは絶対に口外しないから。
やがて開場時間が来て謝罪ライブに集まった客たちは何故か喪服のような黒一色の服を来たイベントのスタッフの指示に従って厳重なチェックを得てホールへと入って行った。だが、持ち込み禁止のスマホを取り上げられたファンの一人とスタッフと揉めたので一時混乱が起きた。
「なんでスマホ持っちゃいけないのよ!私はただ照山くんの髪がホントに生えているんだって事を友達に証明したいだけなのに!」
まるで葬式のような異様な沈黙が会場を包んでいた。もうすぐ照山たちRain dropsが出てくるというのに会場は沈み切っていた。ここに集まったRain dropsファンに心にあったのは未だに全く晴れぬ疑いであっただろう。東京ドームの恥さらしとその恥さらしの上塗りを重ねた照山への重犯罪級の罪を犯した容疑者へのそれと同じ疑いはいくらテレビをはじめとしたいろんなメディアが無実だと弁明しても晴れるものではなかった。ここに集まったRain dropsファンにとってこのイベントはただのライブではなく最高裁の判決の場であった。今照山が被告人としてステージに引き出されそこで彼の最終弁論を聞く。その弁論が終わってから陪審員であるRain dropsファンによる最終判決が下される。今まで照山を見てきたファンの審判は裁判官などよりずっと厳格であろう。長年ハゲ隠しでファンを裏切り続けてきた照山はしかるべき判決を下されるべきなのだ。
母はぐっと息子の手を握った。まるで何かにすがるように、もし照山が相変わらずハゲ隠しの嘘をついて自分を幻滅させ切った時に息子の少年性への期待を保険にするように。息子は母の握りしめている手を不快に思った。ママはボクをあのハゲ散らしの代わりとしか思っていない。ママ、アイツはハゲなんだよ。東京ドームで見たじゃないか、YouTubeの動画で再三確認したじゃないか。アイツの窪みしかない毛穴まで静止画の拡大画像で確認したじゃないか。もうあのハゲに未練を持つのはやめろよ。アイツはハゲ隠しにカツラとか植毛しているただのオジサンでしかないんだよ。
沈黙の会場でファンはそれぞれ照山についていろんなことを思っていただろう。彼女たちは照山が来ないかと頻繁に無人のステージを観たり、ただ天井を見上げて物思いに耽ったり、目を瞑ってRain dropsの曲を頭に思浮かべたりしてもうじき来るであろう照山を待っていた。最前列の母は再び息子の手を強く握って「照山くん」と呟いた。息子はその母のRain dropsへの愛に腹が立ちたまらず手を解いた。母はその息子の拒絶に驚いて声をかけようとしたが、その時会場からアナウンスがあったので息子を放って耳をそばだてた。
「皆様、今回のRain dropsのトーク&ライブにご来場ありがとうございます。今回のライブはメンバーのファンの皆様への感謝と長年バンド活動を休止していた事への謝罪をしたいという強い希望で実現したものです。特にメンバーの照山が活動再開に当たって絶対にファンにみんなに謝罪したい、しなければ僕の中の少年を裏切ることになると申しております。メンバーと共にこのライブの主催である当事務所も皆様に謝罪します。それでは今からこのトーク&ライブの開催に当たってのいくつかの注意事項を述べたいと思います。まずトークイベントにおいてステージのRain dropsへの質問などは一切禁じます。もし決まりを破って質問されたお客様は即刻会場から退出させていただきます。またバンドへの誹謗中傷をされたお客さまに於いては速やかに裁判に訴える所存であります。申し訳ありませんがこれは少年であるRain dropsを、特にバンドのフロントマンである照山を世の穢れから守るために必要不可欠な措置であります。またすでにお持ちのチケットなどのライブの注意書きにスマホなど撮影録音器具の持ち込みを禁止することを記載していますが、万が一会場に持ち込んだスマホなどで撮影録音などされた場合、撮影器具の没収とデータの全消去と警察への対応を法に従い厳正に対応させていただきます。また本ライブの事をSNSなどに一ミリでも掲載した場合も同様の措置を取らせていただきます。このような措置をとらざるを得ないのは繰り返し申し上げますが、あくまでRain drops、特に少年を体現する照山のその純粋なる少年性を穢れから守るために撮らねばならない措置なのです。それを皆さまにご理解いただきたく思います。それでは開演までもう少々お待ちください」
Rain dropsの謝罪
この申し訳程度の謝罪のアナウンスとライブの注意を装ったあからさまな脅迫を聞いて会場のファンはざわついた。このイベントはとりあえずファンに向かって謝罪しましたというアリバイ作りのために企画されたものである事は明らかであった。ライブの情報の口外はおろかファンにとって一番大事な質問さえ禁じ一方的な釈明だけで済まそうとするとは。Rain dropsと関係者にとってはファンの事などどうでもいい存在なのだろうか。この昔の少年だったバンドからは、特に髪のあった頃の照山からは想像も出来ないこの傲慢な運営に長年彼らを支えてきたファンは頭に来ただろう。もう退場者がいてもおかしくない状況であった。しかしそこは長年のRain dropsファン。フロントマンでバンドのシンボルである照山がハゲて頭にも心にも嘘八百をつくような醜い化け物になり果ててもまだ彼の少年性を信じてこの傲慢な運営への怒りをグッとこらえてバンドの登場を待ち続けていた。それはあくまでも照山を信じての事であった。ファンは照山という人間を信じていた。何があっても嘘はつかないその少年その少年性を信じていた。頭は少年じゃなくなっても心はまだ少年に違いない。それに照山の言っていることが全て真実だったという可能性だってある。ファンは一斉にステージを凝視して照山の登場を待った。
母が緊張のあまりたまらず唾をのみこんだのを息子はハッキリと見た。それは今まで自分の前では滅多に見せない少女の顔だった。ああ、まだ母は照山に囚われているのだろうか。あの東京ドームで堂々たるギターとカツラ飛びの恥さらしを間近で目撃してもなお照山を慕うのだろうか。自分こそが本物の少年なのに。今後二十年以上は(とっくに母と離婚して別れた父親が若ハゲだったのでかなり不安だが)多分少年で居続けるだろう僕を無視してもう髪を被るなり付けるなりして少年性を装う事しか出来ないあんなオヤジに夢中になるなんて!
その時ステージにまずは今回のイベントの司会進行役でありメンバーへのインタビュー役も務める人気女子アナが黒服で登場した。しかし照山しか見えず彼に近づくすべての女を激しく敵視しているファンたちは彼女に拍手すらしないどころか逆に死ねとばかりの侮蔑の眼差しを投げた。このハードコアなRain dropsファンの態度に女性アナは腹が立ったのか「みなさ~ん。私が今回この照山くんたちのイベントの総合司会を担当させていただます。皆さんの代わりにたっぷりと照山くんたちに質問しますので楽しみにしていてくださいねぇ~」と特権感丸出しの挑発をかました。場は一気に暴発寸前の状態になったが、そこに照山たちRain dropsが現れたのでファンたちは女子アナなんか無視して照山に釘付けになった。
照山たちRain dropsもまた全員黒のスーツで神妙な顔で登場した。ファンたちは照山をはじめとしたRain dropsのメンバーのこの芸能人の謝罪会見のような嘘くさい態度に腹が立った。今までの少年だったRain dropsからは考えられない今の彼らの業界人と化したこの態度にファンは皆また照山がウソをつきまくると思った。ステージの中に置かれた自分の椅子に座った照山はまず深々と頭を下げて今回集まってくれたファンにお詫びをした。
「まずここに集まってくれたみんなに感謝の言葉を述べたいと思います。みんなここに集まってくれてありがとう。僕は本来みんなの前に出る資格なんてないんだけどそれでも恥を忍んでみんなに謝りたくてこの場を設けたんだ。僕はみんなに許してもらおうだなんて思わない。だけど僕のみんなに謝りたいこの気持ちだけは伝えたかったんだ。僕は……ぼくは……ボクは!」
ここで照山は声を詰まらせて泣き出してしまった。この照山の突然の涙に会場は戸惑ってしまった。今までこんなに近くで見たこともなかった人がこうして自分たちのために泣いているのだ。会場のそこかしこからすすり泣きの声が聞こえた。だがそれでもほとんどのファンは泣いている照山を厳しい表情で見ていた。母もまたそうであった。こんな見せかけの涙じゃごまかせるわけないんだから。早く何もかも打ち明けて謝罪しなさいよ。そうじゃなかったら私はあなたを一生許さない!
だがそんな彼女たちのかたくなな心も照山が謝罪を始めた途端に一瞬にして解けてしまった。照山はその謝罪でも決してハゲの事には触れなかった。それどころか新しい嘘を塗りたくって事実そのものまで改変しようとした。しかしその少年らしい感情をむき出しにした純粋なまでの謝罪がファンの心をまるで雪を解かす春の暖かさのように溶かしてしまったのだ。
「ゴメンね。僕はずっと酷い頭の病気に悩まされてまともに君たちに向き合えなかった。その病気があの東京ドームでハゲカツラまで用意してのあの酷い冗談をさせてしまったんだ。あれは抜け毛で悩む人を侮辱した酷い冗談だった。だけどあの時僕はそれほど混乱していたんだ。この頭の病気から逃れたくって、いっそこの世から消えてしまいたくって。ボクは……」
照山は語っている最中に突然声を上げて泣き出してしまった。照山をインタビューしていた女子アナもまた照山につられて泣きだしてしまった。Rain dropsのメンバーは照山を慰めてその肩を抱きしめた。ステージでのRain dropsメンバーの大号泣大会につられてファンも泣き崩れた。
「照山くん、あなたが悪くないってわかったからもういいよそんなに謝らなくって!むしろ私たちが謝りたいよ。私、照山くんがそこまで私たちファンのために苦しんで頭の病気になった事なんて知らなかった。ごめんね照山くん!あなたは私たちのためにずっと苦しんでいたんだね!」
心に深く残っていた照山への思いがファンたちに彼を信じさせた。人は事実よりも真実の方を上に置くもの。あらゆる宗教は真実の重さで信仰を計るもの。Rain dropsのファンは涙ながらの照山の告白に真実を見出しそれにすがって風呂場のカビごときでしかない事実を捨てたのだ。母もまた照山を信じた。やっぱり照山くんは私を裏切らなかった。やっぱりこの人はずっと少年だった。だから東京ドームでもハゲカツラまで用意しての少年らしいいたずらをしてしまったのだ。母はたまらず立ち上がって照山に向かって叫んだ。
「やっぱりあなたは少年だった!昔と全く変わらない少年だったわ!」
この少年カリスマ照山崇拝の場と化してしまったこの会場でただ一人息子だけは一人冷静だった。この六歳の、母親からハゲの照山の代わりを託された幼児は照山に向かって叫ぶ母親の隣で異様に据わった目で彼を見ていた。この未来の少年はステージの上の大ウソつきのハゲ隠しのオヤジに対して激しい義憤を感じていた。みんなこのハゲの悪党に騙されている。ボクが、この未来の少年ロッカーとなるこのボクがみんなを救わなきゃ!
「みんな騙されないで!この人はカツラか植毛だよ!上手く隠そうとしても光の加減で髪が偽物だって事はすぐわかるじゃないか!この人は神様か王様に見えてもホントはただのハゲたおっさんなんだよ!童話じゃないけどこの人はただの裸の王様だよ!」
裸のRain drops
この少年の照山を最大限に侮辱した発言に会場は阿鼻叫喚の騒ぎとなった。ああ、これはきっと他のバンドの仕込みだ。Rain dropsが復活して損害を受けるパクリバンドのどれかだ。許せない、このガキをつまみだして警察に訴えてやるっ!こんな罵声が飛び交う中、母親はもう会場にいられぬと息子を引っ張って逃げようとした。しかし息子は母を振り切ってそのまま直立して照山を睨みつけた。
最前列にいた子供から発せられたこのあまりに酷い侮辱に現代日本のロックのカリスマであるRain dropsの照山はただ目を瞑った。そしてしばらくしてから目を開いて子供に向かってこう言った。
「坊や、僕はハゲのおっさんじゃなくて少年だよ。ちゃんとママから教えてもらわなかったのかい?」
「いや、それでもアンタハゲだよ!いい年してどうしてハゲをごまかして少年ぶるんだよ。アンタもう少年とか言ってる年じゃないだろ?もっと大人になれよ!」
この子供のダメ押しの言葉で完全に会場は無法状態になった。この照山に無礼を働いた悪がきをとっちめんと一斉にファンが最前列になだれ込んだ。母親はもう自分を拒む子供の襟を引っ張って無理やり会場から脱出した。
「何やってんのよこのガキ!照山くんに向かって何であんなひどい事言えんのよ!ああ、アンタのせいで照山くんがまた病んだらどうするのよ!Rain dropsがまた活動休止したら私はアンタを一生呪うわ!」
「でもママはボクの少年のように純粋に生きろって言っていたじゃないか。それにあの人は少年じゃなくてオヤジだよ。ママはハゲたオヤジをずっと嫌っていたじゃないか!」
「やかましいこのクソガキ!アンタみたいなガキンチョが生意気に少年を名乗るんじゃないわよ!ああ、どうしてこんな子生んだんだろう!さっさと中絶しておけばよかった!」
会場から離れた公園で母は思いっきり息子を罵倒した。怒りのせいで制御の利かなくなっていた母はその中で本音をただ漏れさせてしまった。だが息子は母のその罵倒にも屈せずただまっすぐ彼女を見つめていた。彼はこれが大人というものかと思った。大人とはこの母のように願望のために真実から目をそらし崇拝する人間がハゲであることを認めることが出来ず容易く嘘に乗せられてしまう人間の事をいう。息子は自分の中で育てている少年が母のような大人を拒否しているのを感じていた。僕はいつか少年になってあのハゲを世間にハゲだと認めさせるためにロックへの道を進んでやる。そして本物の少年がどういうものであるか世間にわからせてやる。少年はまだぺらぺらと自分を怒鳴っている母に向かってこう宣言した。
「ママ、僕は今ロックへの道を進むことに決めたよ。僕はいつか本物の少年ロッカーになってあの照山ってオヤジがハゲだって事を世間に知らしめてやるんだ」
それは一人の少年ロッカーの目覚めであった。この六歳児がその後どうなったのかは未来過ぎて予知さえできないが、Rain dropsの少年魂はこうして時を越えて未来へと受け継がれていくのであった。
