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【ちょい旅】尖石縄文考古館へ行ってきた・続

 前回から引き続いての、縄文考古館の話です。前回は国宝2つについてのお話でしたが、今回はそれ以外にも面白かった、目を見張った展示物を紹介して参ります。よろしくどうぞ。

①遺跡の地図

諏訪湖周辺 遺跡分布図
上写真の青枠拡大図 (和田峠、霧ヶ峰周辺)

 こうして見ると、遺跡だらけなのがわかります。尚、緑は旧石器時代遺跡、赤は縄文時代遺跡、水色は弥生時代遺跡です。

 赤が多いのは縄文時代の長さから考えればわかります。気になったのは、緑が霧ヶ峰や和田峠に多いこと。……つまり、黒曜石の産出ですね。旧石器時代から掘っていたとは! 驚きです。

 水色は川や湖の近辺に多いですが、これは水稲農耕が始まったせいでしょう。時代ごとの分布を見ただけで、色々推測出来ますね。

②板状土偶

板状土偶 たくさんあった

 ちっこい土偶がたくさん、しかも同じものは一つとしてなし。お守りとかで持ち歩いていたんでしょうか。 縄文人の創造性、凄いですね。

③土器

両端の二つは何とも大きく、70cmぐらいはありました
凹凸がはっきりした土器。今回見た中で一番驚いたやつ

 大きい土器もどうやって作ったのか? と驚きましたが、それ以上に上の土器が一番驚きました。それは何かって? ずばり、真ん中あたりに設けられた細い棒状の装飾部分です!

 うねうねしている部分はを現していると思われますが、これをどうやって作ったのか? に注目しました。よ~く観察すると、掘ってこの形にしたのではなく、後から付け加えたものであることがわかります。

 すると、『粘土を細い形状にして、しかも綺麗に蛇の形にする』『それを土器にくっつけてる、それもその後の諸工程に耐えられるぐらいの強度で』が必要になる訳です。

 蛇の部分をよく見ると、接触部分を押し付けた風には見えないので、何かで接着した可能性が高いです(縄文時代、漆や松ヤニなどを接着剤として使ったと言われてます)。

 それでも形を崩さずに、整形して綺麗に留めろなんて…… 自分にはとても無理です。しかもこれ、展示してあるということは、『土から掘り出す』『洗浄する』の工程を経ても壊れなかったくらいの強度があるということですぅう!!

 いや~、驚きました。この土器を作った人が現代にいれば、名工、国宝人間と呼ばれたでしょうね。この知恵や技術が脈々と受け継がれ、技術大国に繋がったのだと考えると、誇らしい気持ちになります。

 ちなみに、土器作りが如何に大変かは、自分がよく観ているYou tube『週末縄文人』を見て頂ければよくわかると思います。ということで、下にリンクを貼らせて頂きます。


④他、目を引いたもの

 少し興奮してしまいました。疲れたので、他に気になったものは写真だけでさらっと流していきたいと思います。😆

お馴染みの竪穴式住居。これだって作るの大変そう……
住居の中。結構広くて、明るい
ヒスイ。まん丸の穴が開いているので、回転系工具(縄文式)を使ったのだと予想
石棒。神社の境内にもあったりしますね。ちゃんと大人になってます(笑)
黒曜石。元が大きい! これを遠くまで運んだのか…… 凄い
太鼓として使われた土器。どんな音がするのだろう?
ミニチュア土器。おままごとみたいです

 ってな感じで、尖石縄文考古館の紹介を終わらせて頂きます。
 か・な・り、見応えのある考古館でしたので、興味がある方はいらしてください。八ヶ岳の風景も見える、良い所です。

 それでは、また。

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