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【小説】二人、江戸を翔ける! 18話目:過去を知る男②

■この話からの登場人物
えり、せり、らん:いろはの従業員で、凛の同僚。

■本文

 次の日、は昼過ぎにいろはへ出勤した。大家の仕事が入った時は遅れて出勤することが度々あり、お梅婆さんも了承済みである。

 矢絣やがすりの文様が入った着物にはかまという店の制服に着替え、表に出る。そしてえりせりらんの三人娘と交代しようとすると、その三人が何やらひそひそと話し込んでいた。三人とも眉をひそめていたため、凛は何かあったのかと思った。

「何かあったの?」

「あ、凛」

 声を掛けると三人娘のうち、せりが振り向いた。

「実はね、さっきちょっと変な客が来たんだ」

「変な客?」

 江戸は大都会なだけあって、様々な客が店を訪れてくる。気難しい侍、やたらとスケベな坊さん、女性っぽい男性などなど、実に多種多様だ。
 そういった人たちの扱いには長けているせりが『変な』とわざわざ付けたので、凛は余計に気になった。

「変な、じゃないでしょ、あれは。気味が悪いって言うのよ」

「…………」

 えりはさも嫌そうな顔をし、蘭も同調するようにこくこくとうなずく。

「気味が悪いって、随分な言い方ね……」

「いや、凛ちゃんだってその場にいたら、そう思ったはずよ。だって、顔の半分くらいをこうやって布でぐるぐる巻いてたんだもん」

 せりが身振りを交えて付け加える。

「それだけじゃないのよ。注文取りに行った時とか丼を持って行った時とか、なんにも言わないで人の顔をじとっと値踏みするように見てくるのよ。あぁ、気持ち悪い」

「……魚の死んだような目、してた」

 えりも蘭も客商売をしているとは思えないほど、辛辣な表現をする。

「そりゃまた…… 変わった客ね」

 一方の凛は、見もしない人物を悪しざまに言うのが憚られ、曖昧な言い方に留める。だが、三人娘の方は気が静まらないのか、気味の悪い客についての話が止まらなかった。

「ああいう奴って、性格も悪いに決まってるのよ。ねっとりじっとりして、裏から人を陥れようとする…… そういう人って、何て言ったっけ? い…… い?」

「陰湿?」

「あ~、近いけど、少し違う」

「……イケてない」

「だいぶ違う」

 三人娘のやり取りを聞いていた凛は、ふと昨日のひさ子の発言が頭をよぎった。

「イン、キン……」

 そして思わず、その時と同じ言葉を口にする。

「いんきん? 何それ?」

「それも近いけど、違う気がする」

「……かゆそう」

 三人娘の反応はそれぞれであった。

 ◇

 気味の悪い客の話題はあったものの仕事はつつがなく終わり、凛は一人で土左衛門店へと帰る。いつもの道を歩いていると、誰かが自分の後をつけていることに気付いた。

 気付いたものの暫くは歩き続け、まっすぐな通りを半分くらい過ぎたところで、いきなりくるっと振り返った。すると、何者かが慌てて建物の影に隠れたのが見えた。

 すぐに凛は隠れた場所まで近づくと、強い声で言った。

「ちょっと! 私をつけているでしょ! そこに隠れているのはわかってるんだから! こそこそしてないで出てきたらどうなの!」

 すると、一人の男がゆらりと現れた。

「!!」

 瞬間、凛は思わずたじろいだ。男は顔の半分以上を布で覆っており、湿り気のある、嫌な雰囲気をまとっていた。凛の頭に、三人娘の会話がよみがえった。

「……よく、わかったな」

 凛が黙っていると、男の方が話しかけてきた。濁声だみごえで眼がよどみ、しかも人をねめつけるような視線で、非常に薄気味が悪かった。と、同時に凛は気づいた。最近感じていた視線はこれだったと。

 背中に嫌な感触が走るのを覚えた凛は、警戒心を一気に高める。

「だ…… 誰よ、あなた!」

「俺か……? まあ、あの野郎の古い知り合い、といったところか」

 男は凛を見据えたまま、にいっと笑う。笑い方も薄気味悪いものであった。

「……あの野郎って、誰のことよ?」

「うん? あんたの、よ~く知ってる奴さ」

 遠回しな言い方に、凛はついカッとなった。

「回りくどいのよ、あなたは! 言いたいことがあるなら、はっきり言いなさいよ! それと、私に何の用よ!」

 すると男はまたも、にいっと目を細める薄気味悪い笑い方をする。

「気が強いんだな、あんたは。……まあそうでなきゃ、白光はっこうとつるむなんて、出来ねえか」

「!!」

 『白光鬼』という単語が出た瞬間、凛は思わず身構える。それを見た男は手をかざして、宥めるように言った。

「おっと。別にあんたとやり合うつもりはねえんだ。……話があるんだよ、あんたに」

「はなし?」

 凛の警戒が少し緩んだのを見てとったのか、男は嬉しそうに笑った。

「ああ。……あんた、あいつの過去を知ってるのか?」

「え……?」

 思いがけない内容に、凛は固まってしまった。

「その様子じゃ知らねえんだろ? あの野郎が、どんな奴だったかなんて」

「…………」

 凛は言葉が出てこなかった。男はにいっと笑う。

「知りたきゃ、ついて来な」

 そう言うと、くるりと背を向け歩き出す。

「…………」

 凛は悩んだ末、男の後をついて行くのであった。

つづく

↓この話の第一話です。


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