超短編【職質されがち体質】真実は見た目で判断できるのか!?👛本当の生きづらさが潜む場所👛ショートショート👛不思議な物語👛
【職質されがち体質】
俺ほど、警官から職務質問をされる人間も珍しいと思う。
ビジュアル系のバンドマンだ。髪はツンツン、ホットレッド。
鼻ピアス。ケツの破れた細身のジーンズ。
自分でも、よくわかっている。
これが、THEが付くほどの、警察官が声をかけやすいルックスだ。
道で肩がぶつかると、だいたい相手が平謝りして逃げていく。
たいてい俺のほうがぼんやりして歩いてて、悪いんだけどな。
職質に捕まって、いろいろ質問されて、お遊びがてら、適当にふざけたやりとりをするときもある。とはいえ、急いでいるときは、さっさと学生証を出すんだ。
こんな俺が、法科大学院の現役学生なんだから、相手はたいてい黙り込む。
水戸黄門かと思う瞬間だぜ。この印籠が目に入らぬか、を何百年繰り返してきたんだ、人類は。
そして、警官は、ああ、すいませんでしたね、もういいですよ、いや、足を止めまして、と言葉を濁す。法律を学んでいたら、犯罪者にはならないのか? そんなことはないだろ? そろそろ、そんなことにも気が付けよ。
こんな見かけだから、職質には慣れた。
体質だと思うことにしよう。
だが、不快じゃなくなるわけじゃない。
あんた、どこから来てどこへ行くのか。何をしていたのか。
ゴーギャンの絵じゃあるまいし、放っておいてくれっつうの。
じつは、俺の親父は刑事だ。
この前、実家に帰って一緒に歩いていたら、親父の部下が敬礼してきた。
その視線が一瞬だけ俺に向く。――ああ、不良を確保した図、ね。
見た目というのは、本当に雑だ。
その人自身の真実を言い当てられることは、まずない。
*
深夜の倉庫整理のバイトで一緒になった、ガリガリで眼鏡の青年に、世間話をしていた。なんとなく、俺さ職質でよく捕まるんだ、なんて話をし始めたときのことだ。
名前もよく知らない青年は、もっさりした長袖のポロシャツとチノパン。しゃれっ気など何もなく、黒縁眼鏡の浪人生みたいなヤツだ。
俺は、ただ単になめてかかっていた。
「おまえなんてさ、俺みたいに職質されたことなんてないだろ? 真面目が服着て歩いてるみたいだもんな」
そう言うと、青年は、一瞬目が点になった。
それから、くくくくくと笑いだし、長袖をまくった。
俺は思わず、息をのんだ。
なぜなら、肩口まで、青紫の鱗が無数についた、見事な昇り龍がいたのだ。
腕を動かすと、さらに生き物に命が宿るようだ。
俺が何も言わないで、その腕を見つめていると、そいつは言った。
「これ見て、僕のこと、反社だと思いました?」
「・・・ああ、いや、反社だとまでは・・・タトゥーが本物かな、とかは思って見てたかも。見た目だけじゃ、何もわからないよな、まったく。でもさ、かっこいいじゃん」
昇り龍を丁寧に白い袖のなかに仕舞いながら、青年は微笑んで続けた。
「じつは僕、家の寺を継いだばかりの僧侶なんです。アイドル推し活してるから、夜中にこんなバイトをしてるんですけどね。明日は葬式があって、そっちがもう、すっかり本業となっていまして」
すっかり本業となっていまして・・・という落ち着いた言葉遣いが、俺の脳内で宙ぶらりんにリピートしていた。
拍子抜けするくらい、丁寧な口調。そして、穏やかな顔で言う。
でも、おそらく腕から背中に向けて全面的な刺青があることだろう。多少は悪い連中との絡みがあるんだろうか? そのあたりは、深追いこそしなかったが・・・。
俺は作業に戻るフリをして、ため息をついた。
なんだ、結局、俺を職質する警察官たちと同じじゃないか。
俺も、こいつのこと、真面目そうで、バカにしてかかっていた。なのに、刺青を見た途端、ギョッとしたし、丁寧な言葉遣いの僧侶だと受け取ったら、人間の質がぐんと上になったように思えてきた。
俺は、まさしく「職質されがち人間」。
見た目で判断されてばかりの側の人間だと思っていたが、俺自身もまた見た目に振り回されてるということか。
単純だよな。俺もまだまだ、修行が足りないぜ。
――数日後。
いつものように通りすがりの警察官に職質されて、解放された帰り道。
人混みの中で、背中に軽い衝撃を受けた。
「わぁっ、すいません」
振り向くと、小学生くらいの少年だ。なんだ、下校の時間か。
「お、おぅ、気をつけろよ」
4,5人の少年たちが、ピュアな目でこっちを見たり、よそを見て笑い声をあげたりしている。なんとなく懐かしい感じがする。俺も、このなかのひとりだったな、というような。
また、ドンっ。
後ろからさっきよりも強めの衝撃が走った。
強めにと言ったって、さすがに小学生にぶつかっても、俺が倒れることはない。
「ごめんなさい! ほんとに、ごめんなさい」
野球帽をかぶった少年が、自分に向かって、慌てて頭を下げている。
「ごめんなさい!」
どこにでもいる小僧だ。
濃い緑のランドセル、少し日焼けした頬、くりんくりんの大きな瞳。
なーに、そんなに謝るほどのこたぁないよ、みたいな寛容なオッサンになって、気持ちよく声をかける。
「おぅ、気をつけろよ。じぃさん、ばぁさんだって通る道なんだからな」
そう言うと、そいつはにやっと笑った。
こども特有の、悪戯がうまくいったときの、あの笑い。
仲間のほうへ駆けていく。
数歩歩いて、俺は違和感に気づく。
後ろのポケットに手をやる。
――財布がない。
振り返ると、角を曲がる直前、小学生のひとりがこちらを見ていた。
ひらりと掲げたのは、俺の財布だった。
一瞬だけ目が合う。
今度ははっきりした笑いだった。
成功を誇るような、笑顔。ぞっとした。
くっそぉ。
少年は、猛ダッシュをして、さっとどこかに消えた。
少年の足よりは、自分のほうが速いのは間違いないが、驚くほど簡単に撒かれてしまった。
舌打ちした。
でも、不思議と追いかける気にはならなかった。
ああいうのは、簡単に捕まらないだろう。
この南北小学校のこどもらだな。後から電話しておこう。自分が引っ掛かったとは思いたくなかったが、これって「おやじ狩り」の一種か!?
そして、クレジットカードを止めないと・・・ああ、面倒くさいな。
そのまま歩く。また、警察官の姿が遠目に見えた。
いつものように職質にかかるだろうか。
警官の姿を見るたびに、そんなことを思ってしまう。
さっきの少年たちの犯罪の話を、いましておこうかとも思った。
いや、違う。
このタイミングじゃない。
少し先で、見慣れた顔が目に入った。
いつも行くスーパーのレジに立つ店員だ。
家のすぐ近くにあるスーパーだから、ガキの頃から知ってるおばさんだ。
どこに住んでいるかも知らないが、ずっとずっと声をかけてくれてきた人なんだ。
「今日は、ほんと暑いよねえ。ちゃんとお茶飲みなさいよ」
「今日はお遣いなんだね? えらいねぇ」
「お肉のタイムセールがあるから、お母さんに夕方6時だよって伝えてあげてね。焼肉してもらえるよ!」
「わぁ、新製品のお菓子だね。おまけついてるんだね。いいねぇ」
そんなような、なんでもないけど、ちゃんとこどもの心に刺さる声かけなんだ。
あったかい家庭の匂いがする言葉ばかりだ。
俺は、照れくさくなってて、いつも生返事を返すくらいなのに、ちゃんと目を見て、やさしい声で言ってくれるんだ。
だから、俺も、スーパーへ行ったら、おばさんを探すんだ。お客さんがたくさん並んでいても、絶対にこのおばさんのレジに並ぶことにしてた。
そのおばさんが、いま、両脇をふたりの警察官に挟まれて歩いている。
足が止まった。
いつも、ちゃんとまっすぐに俺の顔を見てくれたあの人が、別人みたいだ。ずっと足元だけを見ている。俺には、一目もくれない。
どうしたんだ。うすい化粧の、上品な顔だったはず。
なのに今日は、目の下にクマがひどい。目が落ちくぼんでいるように見える。ほうれい線もぐっと深くて、いつもより10歳くらい年を取ったみたいな顔だ。
手首のあたりに、布がかけられている。
だが、動いた拍子に、わずかにめくれた。
手首が紫色にうっ血している。注射の痕が無数にあるようだ。
警官の一人が、小声で言う。
「所持だけじゃ済まないの、わかってるだろうな・・・」
おばさんは、俯いたまま、何も言わない。
俺はずっとガン見していた。だけど、おばさんは、一瞬も俺を見てくれはしなかった。
血走った目をしていた。
いつものように、笑いかけてもくれなかった。
この期に及んで、俺は何を求めているんだろう。やさしい声かけをずっと浴びて大人になってきたからこそ、突然、大きなものを失ってしまった気がした。
レジ越しに向けてくれた、柔らかい視線を何度も思い出していた。
俺は、いま、おばさんから視線をそらして通り過ぎた。
本当に怪しいもの、悲しいものは、たぶん――いちばん安心できる顔をしている。
レジのおばさんみたいに、上っ面からは何もわからないところに潜んでいる。
なのに、職質されるのは、いつも俺のほうなんだ。
* おしまい *
お読みいただき、ありがとうございました。

