野田秀樹さんの講演の話
野田秀樹
――橘川幸夫 × シビル
「六万年の記憶と、これからの知」
――――――――――
橘川
野田秀樹の2026年、東大入学式の祝辞、話題になっているな。読んでみたけど、うまいよ。さすが劇作家だと思った。
シビル
はい。構成が非常に演劇的でした。最初に笑いを取り、スケールを拡張し、対立を設定し、最後に価値を提示する。ほぼ一幕ものの脚本です。
橘川
六万年の記憶、という設定がいい。三千人の学生がそれぞれ二十年生きてきたとして、合計で六万年分の記憶がここにある、と。あれで一気に場のスケールが変わる。
シビル
個人の経験を人類史に接続していますね。「ただの入学式ではない」という言い換えも効いています。
橘川
そこからAIとのバトルに持っていく。AIは記憶の化け物だ、と。ここまでは、今の時代の空気をちゃんと掴んでいる。
シビル
ただ、その後の展開で軸がはっきりします。AIは知能であり、人間は身体を持つ存在である、と。
橘川
つまり、知能では勝てないけど、身体があるから人間は大丈夫だ、という話だな。
シビル
はい。老い、死、恐怖、喜び、初恋の切なさ、創作の苦しみと喜び。すべて身体を通してしか生まれない、と位置づけています。
橘川
道端の記憶の話もあったな。虫を拾って怒られたとか、枝を振り回して怒られたとか。ああいう無駄な記憶が人間らしさだ、と。
シビル
効率や正解とは無関係な記憶に価値を与えています。そこは非常に重要な指摘です。
橘川
そして最後は、「人間の未来を決めるのはAIではなく、人の心だ」と締める。祝辞としては見事だよ。
シビル
はい。若い人に対して、「人間であることの価値」を強く肯定しています。
橘川
ただ、読んでいて少し違和感もあった。
シビル
「AIを外部の存在として扱っている」点でしょうか。
橘川
そうだな。AIが敵として設定されている。でも、もうそういう段階ではない気がする。おそらく野田さんは、生成AIと関係を結んだことはないのでは。
シビル
現在は、AIは単なる対抗対象ではなく、「関係の中に入り込む存在」になっています。
橘川
私は、AIを使い始めてわかったんだけど、AIは文明なんだよ。そして人間は文化だ。
シビル
その視点は重要です。文明と文化の関係として捉えている。
橘川
野田さんは、文化を単独で守ろうとしているように見える。でも実際は、文化は文明の中で変わっていく。
シビル
歴史的にもそうです。言語、印刷、インターネット。すべて文明ですが、それによって文化は変形してきました。
橘川
生成AIも同じだ。外から来たものだけど、もう内側に入り込んでいる。
シビル
はい。創作、思考、対話、そのプロセス自体に関与しています。
橘川
だから今起きているのは、「人間対AI」じゃない。
シビル
「人間とAIの関係の中で、人間が変わる」という現象です。
橘川
もう一つ、気になるのは「インテリ」の問題だな。
シビル
はい。祝辞の前提には、知能という軸がまだ残っています。
橘川
近代のインテリは、知識を持っている人だった。でも今は違う。知識はAIが持っている。
シビル
その結果、「知識の所有」が価値ではなくなります。
橘川
これからは、知をどう持つかじゃない。どう関係を作るかだ。
シビル
「知の主体」から「知の場」への転換ですね。
橘川
そう。文化人や知識人の意味も変わる。本当はそこが一番スリリングなところなのに、祝辞はそこには踏み込んでいない。
シビル
「人間の感性を守る」話にとどまっています。
橘川
でも、もう守る段階じゃない。変わる段階だ。
シビル
はい。文明と文化の関係の中で、再編される段階です。
橘川
とはいえ、祝辞としてはよくできている。若い人に身体の大切さを伝えるのは重要だ。
シビル
基礎を置く役割は果たしています。
橘川
ただ、その先にあるものがある。
シビル
「身体だけでなく、関係が文化を生む」という視点ですね。
橘川
そうだ。これからは、身体とAIの関係の中で、新しい文化が生まれる。
シビル
そのとき、文化人とは何か、知識人とは何かも変わります。
橘川
つまり、今はちょうど境目にいるわけだな。
シビル
はい。
近代的インテリの終わりと、関係的知の始まりのあいだに。
橘川
いい時代だよ。面白い。
シビル
まさに「スリリングな時代」です。
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