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四国:香川 "こんぴらさん"へ(後編:琴平駅→こんぴらさん)


こんにちは、後編です。

前編はこちらから。


ことでん:琴平駅からスタート。

歩いて、”こんぴらさん”の参道へ向かいます。
時刻は12時12分。

ことでん 琴平駅

琴平駅の前の道路(207号線)を左に進み、最初の交差点を右に曲がると、金毘羅街道に入ります。
途中、道が細くなり、この道で合っているかどうか不安になりますが、気にせずまっすぐ進みます。

しばらく歩くと、途中で、半突き当りの様な所(個人の喫茶店:”北欧珈琲店さん”の正面に出ます)があり、新町商店街のアーケードと交差します。この交差点を右へ(アーケードの方へ)曲がります。

アーケードの中をまっすぐ歩いていきます。

新町商店街:両サイドに”こんぴらさん”の提灯が。
赤と黄色で、にぎやかさを醸し出してくる。


新町アーケードを抜けると、見覚えのある、この景色が。
時刻は、12時20分。

”こんぴらさん”の参道。
20年前、2回目来た時と雰囲気、全く変わらず。
この20年、色々あった。
何か分からないけど、泣きそうになる。

※雰囲気を。
曇天だけど、雨は上がったよう。

参道沿いの、見覚えのある、このお店でお昼を頂くことに。
12時24分。

てんてこ舞さん。ここもまだあった。
20年前も、ここで食べました。
隣にある”中野うどん学校”の直営店です。

にぎわっております。
注文の仕方は、大手のチェーン店と同じ。
うどんだけ作ってくれて、トッピングは自分でとっていくスタイル。
今回は、こちらを頼みました。

かけうどん(並)と、かき揚げ、ちくわ天、じゃこ天のトッピング。
今はもう、はなまる・丸亀製麺とか、讃岐うどんの全国チェーン店が、どこでもあり、
正直、今食べても、味とか(チェーン店と)あんま変わんないかなと思ってました。
でも…一口食べたら、やっぱ違う…。
だしが、すごくおいしい。シンプルなんだけど、何が違うんだろう…。
かき揚げも、薄いんだけど、かさましとかしてなくて、具がぎっしり。
たいへんおいしく頂きました。

※どうですか。この潔い位の”映え”の無さは。

食べ終えたら、参道へ。
奥に進むと、登り口の階段があります。

平日で観光客は少なめ。
そこかしこで、中国語が聞こえます。
12時44分。

”こんぴらさん” 登り口。
昔、ここ、もっと賑やかくて。
空地の両サイドにも、露店がいっぱい出てたり、
※”石段かご”の待機所みたいのもありましたが、
それも無くなってました…。

※”石段かご”:足腰が弱いお年寄りや子供さんも、途中の”大門まで”上がれるように、”石段かご”というサービス(かごに人を乗せて、剛力さん2人が担いで上がってくれるサービス)がありました。”石段かご”は、担ぎ手の高齢化や、客数の減少によって、2020年1月26日をもって営業を終了されたようです。

※登り口。

しばらくは、両サイドに土産物屋や商店が並びます。
ここも、昔は全部開いてて、活気があったけど。
今はシャッターが目立ちます。
シャッター、多いな…。
どこも、同じなのかなぁ。
時代の波を感じます。
手作りの、”金毘羅さんのうちわ”とかも、売ってます。
お一ついかがですか?

100段目の手前。

ここで、百段目らしいです。
奥に鳥居が。
”四海平穏、世界平和”
の下にシールびっしり。
あえて、はがさないという選択。
石段、まだまだ続きます。
大門到着。
この大門より中が”こんぴらさん”の境内になります。

365段目。大門到着。
大門の前は、少し開けていて、後ろを振り返ると、登ってきた参道が見渡せます。
12時55分。

そろそろお気づきだろうか、”灸まん”の静かな主張を…。


※雰囲気を。

大門から中へ。

境内に入ると、※”5人百姓”という、飴(加美代飴)を売っている露店があります。

※”5人百姓”
・石段365段目の大門を抜けると、5つの白い大きな傘が目につきます。この傘の下で売っているのが、黄金色をした”加美代飴”です。

・この傘のお店は、境内で物を売ることを許可されている特別なお店で、5軒しかありません。この5軒の飴屋の通称が”5人百姓”です。

・”5人百姓”という呼び名は、御宮の神事における役目となります。先祖による御祭神の供奉を行っていた功績が称えられ、特別に境内での営業を許された5軒の称号なのです。

”加美代飴”
・加美代飴はとてもシンプルな飴です。原材料は、砂糖・水飴・柚子油の3つから出来ております。ほのかに柚子の香りがする優しい味の飴です。

5人百姓:池商店HP
5人百姓
以前(20年前)は、5軒ありましたが、この日は、写真の1軒のみ。

この辺りも(以前は)黄色い垂れ幕やら、提灯やらが沢山あり、
賑やかかった記憶がありますが、今はひっそり。
ここも、時代の波かしら。
通りを抜けて、また階段。

477段目。書院に到着。
13時1分。

書院という所
ここも少し開けた場所です。
周りのものを見ながらちょっと休憩。


アフリカ象
神馬:月琴号
馬年齢:19歳
推定人間年齢:76歳 
(優しそうなお顔)
神馬:ルーチェ号
馬年齢:15歳
推定人間年齢:60歳
(ちょっとお疲れなのかなぁ…、気持ち、分かります…。)
月琴号+ルーチェ号
を撮る私。
推定人間年齢:42歳
(いい歳をして何を…×2回目)
徐々に日が差してきました。
最近は、どこへ行っても外国の方が多い。
どうですか、日本は?
若者たち。参拝おわったかい。

628段目。旭社に到着。
13時10分。

旭社
初めて来たとき、この建物が立派すぎて、ここが本宮だと勘違いしました。
建物も、敷地も、雰囲気も、ここが本宮だと言わんばかりの主張をしてくる。
惑わさないでくれないか。ただでさえ、常に惑っているのだから。
旭社の向かい 休憩所的な所
この門から先にしばらく行くと、上りと下りの道に分かれ、一方通行になります。
上りの方の道を進むと、本宮の正面からまっすぐ伸びる、4段階に分かれた急階段、
”御前四段坂”という最後の階段があります。

※写真にはありませんが、この門を潜った先の、手水舎の手前(闇峠)で、階段が一段下がった所があります。

・参道~本宮までの石段の数は、785段とされていますが、実際には786段あります。一説によると、786は、”なやむ”につながるため、ここで一段下げ、785段にしたともいわれています。

・”悩みを落とす”というご利益をあたえてくれるのだとも言われています。

金刀比羅宮/香川県観光協会公式サイト

闇峠で、”悩みを落として”から、

上りのほうの道へ。

そして…、

”御前四段坂”

御前四段坂を上ります。
いざ…、


※動画、音が出ます。音量に注意してください。

785段目。本宮に到着。
13時16分。

金刀比羅宮 本宮

本宮は、門前町や参道の規模にしては、意外と、こじんまりした感じ。

”こんぴらさん”は、20年前と、変わらず、何事もなかったかのように、
ただ、そこに佇んでいました。

”…。”

ここに来てみたかったんです。私は。もう一度。

友人と思い付きでふらっと来た、あの頃のように。

私は、本宮の脇にある展望台に移動し、そこから観光客でにぎわう本宮を、ぼーっと眺め、一人、感傷にひたっておりました。

この”こんぴらさん”に来るまで、過ごした時間、

地元から結構離れているし、時間無いなぁとか、次の日仕事だから…とか、お金使うよなぁとか、(若い頃に比べて、体力も気力も無くなってきて)長距離を移動するの億劫だなぁ…、それについてくる諸々の事(宿の予約、電車の時間を気にしたり)とかも、面倒だなぁ…とか、無意識に行けない理由を色々考えて、もう来ることなんてないのかなぁ、なんて思いながら、日々を過ごしていました。

でも、あの頃(20年前)の私たちだって、今と同じ様に、時間にも、(当時はお金にも)たいした余裕はなく、考えてみると、今よりもっと不確定要素が沢山あったはずなのに。億劫とか、面倒とかいう気持ちより、その不確定要素をむしろ楽しんでいた様な気がします。

なぜだろう。いつからか、私は、その不確定要素を楽しめなくなっていました。

不確定要素=面倒だと…。

単純に何回か来てるから(何となく分かっているから同じ所にまた行っても…)っていう気持ちもあるのかもしれない。

けど…、行先を、別の同じ位離れた所へ行くと仮定したって、今は、そこに行く好奇心よりも、何だか億劫だなぁ、面倒だなぁ、そこに行って何になるのかなぁ…、みたいな気持ちがが先に立ちます。

何かを失いつつあるのかもしれない…。私は。

この時、展望台で昔の事を思い出しながら、ちょっと思ったのは。

失いかけてるのは、”不確定要素を楽しむっていうような余裕”みたいなものなんじゃないかなぁ…と。そして、その”余裕”は…、

体力的な若さ(若さ、年齢的なもの)だったり、精神的な若さ(初めてみるものに心を奪われたり、何かに渇望したりとか、心が活発に動く事)だったり、不確定要素を一緒に楽しめる様な仲間・人間関係(旅に一緒に出掛けられる位の、信頼関係のある友人なり、家族なりがいる事)だったり、

そういったものが、作り出してた(支えられていた)んじゃないかなぁ…と。

そして、今、この展望台に立っている私は、当時の思い出を懐かしむ事と同時に、意識の底では、それを求めて、触れたくて、ここに来たのかも。

あの頃(20年前)と比べて、最近は物価高とか色々問題はありますが、(普段からそんなにお金を使うたちではない私は)つましいながらも、生活は(何とか)安定しております。

でも…、生活が安定したって事は、言い換えると、生活が固定、閉塞化していく事って言えるのかもしれなくて。長くそこに留まっていると、安定を得る事自体が目的になって、(安定を得るために)自分の考えや行動も偏っていくのだと思う。

それは、気づかない内に日常にも染み出してって、自分で自分を縛り付けてしまうのかもしれない。それが苦しいと自分で分かっていても。

だって、その考えが今の安定を生み出しているのだから。

この考え方自体も、
もうすでに安定した生活に取り込まれてるのかもしれない。

安定っていったい何だろう。
何を安定させたがっているんだろう。

考えずに行動する事が、難しい年齢になってしまったけれど、定期的に気の向くまま、思いの向くままにふらっと動いてみるのも、たまにはいいんじゃないのかなと思いました。

とりあえず、今の生活の外に出られるのだから。

展望台を振り返って、今度は、麓に広がる讃岐平野を眺めてみる。

今ここに立っていると、ふと思い立ってから、2日間でここに来れたのが、何だか嘘みたい…。

案外、実際にやってみると、できることって、まだあるのかもしれない。

うまく言えないけれど、あの頃の20年を2日で飛び越えてきたような感じがしました。

時間はずっと流れているし、そんなはずはないんだけどね。

でも、来れてよかった…。(また、来れるかな…。)

その展望台からの景色が、下の写真です。
ここから、麓に広がる讃岐平野が見渡すことができます。

写真で伝わりづらいかもしれませんが、平野の広がり方や、山の形や配置?とか独特だと思いませんか?

中央のボコッとした山は、丸亀市と坂出市の堺に位置する飯野山という山で、通称:讃岐富士というらしいです。

曇ってたけど、この景色はこれで、よかったかも。
ちょっと幻想的な感じで。

展望台から讃岐平野を臨む

本殿右の向かい側に、社務所があります。
ここで、こんぴらさんの(名物と言っていいのかな?)
”幸福の黄色いお守り”が売っています。

せっかくなので、お土産に買ってみました。

幸福になれるかしら。

社務所
”黄色いお守り”、買いました。

休憩後、まだ時間があるし、せっかくなので、奥宮まで行ってみる事にしました。

奥宮へ行くのは、今回が初めてです。

奥宮への入り口は、本宮の左側(本宮に向かって右側)にある、この脇道から。

奥宮へは、本宮から距離にして約1.2㎞。石段はあと、583段あります。

ただ今の時刻、13時22分。

奥宮へ。本宮の向かって右側。こちらから奥宮の参道へ入ります。
鳥居が見えてきます。
ここから、あと1.2㎞。583段。

奥宮へは、こんな感じの静かな山の中を歩いていきます。
参拝者の数も、本宮と比べ、ぐっと少なくなります。

奥宮までの道中、写真の様な”小さなお宮”が何か所かあります。
47段目 常盤神社 
138段目 白峰神社
御祭神である、”崇徳天皇”が祀られているそう。
白峰神社を通り過ぎます。
静かな山の中。
189段目 菅原神社
讃岐守(さぬきのかみ)でもあった、”菅原道真公”が祀られているそう。
この奥にチラッと見えている朱色の建物が、
313段目 ”卯花谷休憩所”

この休憩所を過ぎて、しばらく歩くと、
476段目 ※手水舎があります。

(※手水舎の写真ありませんでした…。)

ここで、手を洗い。

少し歩くと…、

583段目 奥宮に到着。
13時47分。

奥宮入り口

※雰囲気を。

奥宮は、本宮より、もっとこじんまりしてて、ひっそり。

奥宮
海抜は421メートル。表参道からの石段の数は、1368段です。

奥宮:
・”奥宮”は通称であり、正式な名称は、”厳魂神社(いづたまじんじゃ)”です。金刀比羅本教の教祖である厳魂彦命が祀られています。

・厳魂彦命は、戦国時代に生駒家の家臣の子として生まれ、早くから和漢神仏の学を修め、”宥盛”と称して、高野山で修業し、象頭山金毘羅大権現別当金光院主となり、戦国の兵火により荒廃した金毘羅大権現の再興に尽力、金毘羅信仰の発展の礎を築きました。

・慶長18年(1613年)”死して長く当山を守護せん”と言い残し、天狗と化して忽然と姿を消したと伝えられています。のちに金毘羅大権現の守護神”金剛坊”として祀られました。

・厳魂彦命が祀られる厳魂神社は、”こんぴらさま”を見守るかのように、現在も御本宮の方角に、向けて建てられています。

金刀比羅宮HP


奥宮からも、讃岐平野が見渡せます。

威徳巌(いとくのいわ):
厳魂神社(奥社)は讃岐岩質安山岩の急斜面に鎮座しています。この崖を”威徳巌(いとくのいわ)”といいます。厳魂彦命が参籠された旧跡です。崇徳天皇も参籠されたのではないかと伝えられています。断崖の上方には、天狗とカラス天狗の彫り物があります。

金刀比羅宮HP
威徳岩(いとくのいわ)岸壁。
上方に”天狗”と”カラス天狗”の彫り物があります。
どこにあるか、わかります?
ここ(赤丸の中)に、2体おられます。
多分だけど、写真の右が天狗。左がカラス天狗…かと。
鼻の形とか…、多分ね…。
奥宮の社務所


一応、おみくじ引いてみました。”吉”がでました。
(運勢)
”風まかせの姿勢が批判を受けるが、我を張るよりは、その方がよい。
むしろ、成り行きまかせがすんなりいくぞ。”と、どこかちょっと見透かされる。
そして…、
”小さな事にこだわらず、すべてにおおらかな気分で対応しなさい。”と、
やや上の方から言われる。だいぶ上の方からなので、なにも言えませんが。


少し休憩した後、奥宮を後にし、
元来た道を引き返します。

この奥宮から、本宮へ戻る途中。

私が参道を歩いていると、前方に、(見た感じ)私より10~15歳位年上の、見た目の厳つそうな4人連れのおじさま方(諸先輩方)が、ある特有の歩き方をしながら、狭い参道を、横に広がって歩かれていて。

追い越せなかったので、そのまま少し距離をとって歩いていました。

すると、その諸先輩方の会話が聞こえてきて…。

聞くつもりはなかったんだけど、話の一部が漏れ聞こえてきました。

4人の諸先輩方は、交互に話されていて…。

”おい、きついな、結構。”

”ダメだ。俺はもう。足、明日、ダメかもしれねぇ…。”

”マッサージしてもらわねぇと、ダメなんだよ…俺ぁ。あの…、アロママッサージな。”

”…。”

”エロマッサージじゃねぇぞ。”

”フフハハハ!”

”あれは、お前、○○(多分知り合いの人)が好きなやつだろ?”

”フフハハハ!”

”あいつは、なんか呼ぶだよなぁ…、”

”あんとき、○○に泊った時な。夜、いきなりあいつの部屋へ押しかけてやったらなぁ、あいつ(○○)、すげぇ綺麗な恰好して出てきやがって。”

”フフハハハ!”

”普段見たことねぇような、すげぇ綺麗な恰好で出てきやがって。”

”フフハハハ!”

”夜だぞ。”

”フハハハ!”

”小せぇ声で、何ですか…?だってよ。”

”フハハハ!フハハハ!”

”ハァーァ…。”

”戻ったら、○○時に、○○(店の名前)で、…な。会長と役員も来るから…。”

”あと、支部長と本部長な…、”

本宮への帰り道、先を行く諸先輩方の会話から

何の話を、どこでされているのか…。

そして、この諸先輩方は、普段は何をされているのか…。

私の思い違いかもしれない、思い違いなのかもしれないけど…。

”静かな山の中の参道”に響きわたる、”笑い声”と、”アロママッサージ”と、”何かの謎のドッキリ”と、”会長と役員と支部長と本部長…”と、”距離をとって歩く私”と、”しあわせさん、こんぴらさん”のコラボレーション…。

”…。”

そのまましばらく歩き、”卯花谷休憩所”にさしかかったとき、諸先輩方の一人が、私の存在に気づき、

”おい、後ろ。人来てるぞ。”

”端ぃ寄れ、端。”

”どうぞ。”

と、普段なら近づいただけで因縁つけられ、人目のつかない所に連れていかれ、身ぐるみ全部剝がされそうな雰囲気の、硬派で厳つめな雰囲気の諸先輩方は、私を通してくれました。

軽く会釈をして、通してもらう私…。

これも、”こんぴらさん”のなせる、わざなのだろうか。

そうかもしれない。

だってここは、1000年以上前から、存在し、いくつもの時代の波を、全部受け入れ、そのあり方を変えながら(※お寺→神社→一応神社?)、(あり方以外は)変わらず、そこに在り続け、令和になった現在でも、多様な参拝者・観光客を惹きつけ、受け入れてくれる、お宮。”こんぴらさん”なのだから。

※個人的な私見。

そんなこんながありつつ、

14時23分。
本殿に到着。

本殿を横切って、本殿右側の、この神馬の像の前に、下り専用の階段があります。


帰りは下りの方の一方通行で。

大門に到着。
14時33分。

”5人百姓”のお店で、”加美代飴”もお土産に買ってきました。
お店の方。気さくで、良い人だった。

参道に到着。
14時50分。

参道におりてきました。

この記事の写真を通して伝わりますかねぇ。同じ大きな門前町・参道でも、伊勢(三重)とも、京都や大阪とも違う、この何と言うか…、この四国?こんぴらさん?ならではの独特な雰囲気が。

何でしょう、この雰囲気は。街並みや景観、地元の人達が作り上げていった文化的なものだったりが、それを作っているのでしょうけど、それだけじゃない気がするんだよなぁ。

時代が移り変わり、全国的に、街並みが均一的にならされていく中で、地域の方の生活とか、少子高齢化、後継者不足とか色んな問題があって、難しいかもしれないけれど、(一観光客の、本当に勝手な一意見として)こういう地域の特色みたいなもの、後世まで残していってほしいと思う。

こういう、時代が変わっても、変わらずにそこにあるものを、大事に思っている人、私以外にもきっといるはず。

歩き疲れたので、ちょっと、こちらで一休みを。

”灸まん”のお店へ。
”灸まん”の静かな主張に絡めとられる。


”灸まん”と”羊羹”とお茶のセット。
疲れた身体に、しみわたります。
とってもいい空間。
ごちそうさまでした。

休憩後、少し名残惜しいけど、歩いて琴平駅に向かいます。
ことでん:琴平駅から高松築港駅の電車にのり、高松築港駅からは、歩きで高松駅に向います。

高松駅に到着。
岡山行きの快速、”マリンライナー”に乗車。
16時55分。

高松駅ホームにて 快速、”マリンライナー”

約50位かけて、高松駅から岡山駅へ。


途中、香川県側から、瀬戸大橋を通ったとき、偶然にも、この景色に遭遇。


瀬戸内海の夕暮れ。
17時27分。

夕日が沈む瀬戸内海。
こちらは、写真よりも、↓の動画で是非!


私は、これを、言葉で説明、表現する力はありません。
私が感じた情感を共有していただけたら幸いです。

これ見れたけで、私は、とうぶん何もなくてもいいと思いました。

そして、明日に控えている、私の変わり映えのない日常を、
何か、もうちょっと頑張れそうな気がしました。






岡山駅に到着。

当分何もなくていいと思った。




けど、








”ままかり”たべれなかったから、代わりの岡山グルメを…。

えびめしや 万成店さん
岡山B級グルメ ”えびめし”
スパイシーで深い、不思議な味。
おいしかったです。

駅から離れていて、バスの時間もなかったから、タクシーを利用しました。タクシーの運転手さんが、岡山の観光やB級グルメの事だったり、色々話をしてくれた。(気を…、使ってくれたのかな。)とても気さくでいい人だった。

岡山駅に戻った私は、大満足で帰路につきました…。

本当に何にも変わってない。私は…。
本宮の展望台で、安定や余裕がどうのこうの言ってたわりには、

実際に来てみると、せっかく来たんだから、どうせだったら
”これもやらなきゃ”、”あれもやらなきゃ”みたいな、

貧乏根性丸出しで、ブレブレで、
業や、欲にまみれて、振り回されてる。

のに、それを文面で埋めて、きれいに取り繕うとしてる。

でも…、それでいいと。
綺麗なものも、業も、欲も、取り繕う情けなさも、
実際、全部存在しているし、否定はできないでしょと。

むしろ、全部認めなさいと、受け入れなさいと、
全部ある事自体が、”しあわせ”でしょと。

”小さな事にこだわらず、すべてにおおらかな気分で対応しなさい。”
と、上からのお達しもあった事ですし…。

なんか、そう感じさせてくれる様な、
”こんぴらさん”の旅でした。

また、取り繕うとしてんなぁ。

こういうクセ、直したい。
直したいというか、受け入れて消化していきたい。

他の誰でもない、自分に向かって云ってみる。

色んな事を全部取っ払ってさ。
たまには外にでたほうがいいよ。

家でずっと考えこんでいるより。

ずっといい。

※本日もお疲れ様でした。
社会の片隅から、徒歩より。

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