見出し画像

エッセイストだけどなんも言えねぇ。

九九の練習をしてYouTubeを見る権利を手に入れた8才と、便乗する5才が2階へ上がり、ダイニングにぽっかりと夫婦の時間が現れる。土曜午前11時、テーブルには二人分の棚からぼたもち、ではなくカフェラテとケーキ!私はニコニコしてしまう。

ただ、夫がおもむろに立ち上がり、コピー用紙と鉛筆を持ってテーブルに戻ってきたときに、いやな予感がしてきた。夫がやりそうなことなんて、娘たちと同じくらい、手に取るようにわかるものだ。

夫は紙に、鉛筆でしゃーっと横線を引いた。定規のように目盛りをつけて、0に当たる場所に6時半と書く。この時点で、私は彼がやろうとしていることがピンときた。

「ねぇ、そうやってまた私をいじめようとしてるんでしょ?」「いやぁ、ちょっと確認したくて」ってうそぶく夫。夫はアメリカからの帰国子女なのに、天邪鬼にしか主張できない人なのだ。

彼の意図はわかった。しかし出会って17年、結婚して9年。売られた喧嘩を、そう簡単に買う気はない。ないのだけれど、夫がふっかけようとしているのは、喧嘩ではなく…真っ当な異議申し立てな気がしている。心当たりがありすぎる。

収めるべき年貢は私にあり、彼はいわば、私の年貢がいくらなのかを計算しているのだ。横軸のタイムラインには、あっという間に夫の一日の稼働時間が可視化された。

夫の仕事は2、3月が死ぬほど忙しい。
そして怒涛の冬のトンネルを抜けると、そこにはー
多忙のどさくさに紛れ、家事、育児を放棄する妻がいた。

しかも妻は、エッセイストになるのだとほざいている。

私がnoteの毎日投稿を始めた2月から、おそらく私は1日たりとも、夫より早く起きていない。寝るのも私の方が早い。今日も夫は6時半、私は7時半に起きた。

夫は朝から晩まで一馬力でうんと働いて帰宅して、妻が夕飯を作れなければ、娘たちを夕食に連れ出し、妻が起きれない朝は、娘たちを連れてコンビニへ行く。

目が覚めた娘たちが、私ではなく夫を起こす。そんな朝がもう長いこと続いている。土曜日の習い事は、毎週夫が連れて行っている。

家事育児をギリギリまで切り詰めて、私は一心不乱にエッセイを書いている。が、今ばかりは仕方ない、少しでも年貢を納める誠意を見せなせれば。

「今日は私がダンスに連れて行こうか?」
気休めのサル芝居を試みる。

「……まいちゃんの言い方次第だと思ってたけど、いいよ。僕が行くよ」

「……」

なんも言えねぇ。

「いーや!私が行くよ」は全くもって本意ではない。ぶっちゃけ全然行く気はない。でも、さっき自分から「ダンスに行こうか?」と聞いた手前、「あ、どうぞどうぞ。」はサイテーだ。ダチョウ倶楽部かよ。

夫は紙にもう一本線を引く。私の一日のスケジュールを、見ていたかのようにスラスラ埋める。11:00に洗濯をしながらライブDVDと書かれたので、私は急いで「今週は一回も見てないよ!」と訂正する。

詰められてはいるのだが、私はだんだんヘラヘラしてくる。夫の本音も私の魂胆も、このテーブルに堂々と置かれていて、会話だけが上滑りして追いつかない。おかしかった。

夫もつられて半笑いになったのを良いことに、私はこの数ヶ月で磨いた表現力で、ペラペラと話しだす。

わかってるよぉ。私ってほんと意味わかんないよね。あっでもね、先週は10人くらいフォロワーが増えたよ。
書いていると楽しくて、どんどん上手くなってるのがわかるの。君も読む?でも君はエッセイ全般興味ないよね〜。

君のスネを齧って、私ってほんと、フーテンの寅さんみたいだよね。いや私ならぷーてんのブタさんか。

99%勝手なのに、あと1%、良いお母さんのフリをしたくなるし、君たちのこと大好きだよって言いたくなるんだよ。でもそういうのずるいよね。

気づけばヘラヘラ泣いていた。
年貢は収めないくせに、涙は出る。

書けば書くほど、上手い人のうまさがわかる。エッセイストがいかに遠いか。1円にもならないことに、夫をどれだけ振り回しているか。

目を絶対に逸らさないところだけ、夫はアメリカから持ち帰ったらしい。
彼の目の奥の優しい光の意味も、私は手に取るようにわかる。お人好しだなぁ。だから毎朝娘たちに起こされちゃうんだよ。

「…まぁさ、バズるかは運だからさ。
すっごい綺麗な一般人もいれば、そこそこだけど超一流の芸能人もいるし」

「でも、コンテンツって残るからさ。気長に待ってるよ。がんばりな。」という夫。

天邪鬼のくせに、なんでこういうときだけ、私の欲しい言葉をくれるんだろう。

「まいちゃんは織田信長だ」って夫に最近言われるの、独裁的って意味だろうけど、実は嬉しいんだよ。すごい人って、君から期待されてるみたいでさ。

眼鏡をはずして、パジャマの袖で涙をぬぐう。

夫に少しでも笑って欲しくて、「私がゴッホなら、君はテオだよね。死んでからならエッセイが売れるかも。だから私より長生きしてね。」と言う。

夫はふふっと笑いつつ、
「いやでも、まいちゃんゴキブリ並みにしぶといから、きっと僕の方が先に死ぬよ。」

実感がこもった比喩だ。
エッセイストだけどなんも言えねえ。

テーブルに残されたA4用紙。

「それ、冷蔵庫に貼るつもりでしょ?」と私がジトっと睨むと、「こんなの捨てていいよ」と、紙飛行機にしてそれを飛ばす。

夫は数学の教師だから、よく飛ぶ紙飛行機も折れるのだ。いつだって余裕と遊び心がある。くやしいけれど。

夫は落ちた飛行機を拾って、くしゃくしゃに丸めてゴミ箱に捨てた。準備してくるねと、リビングを出る。送迎は夫が行ってくれるらしい。

私はゴミ箱から紙クズを拾って、テーブルにおいて、手でアイロンのように皺を伸ばす。

そして性懲りも無く、この紙について、私はエッセイを書いている。
しぶとさだけが取り柄なのだ。





⇩一番読まれているエッセイ⇩


⇩「書くこと」のマガジンも、よければどうぞ⇩

いいなと思ったら応援しよう!

海沼 衣々花(みぬま・いいか) 書くを仕事に。一歩踏み出したばかりです。 毎日ヨタヨタ、おろおろ書いてます。 サポートいただけると跳び上がって喜びます。 コーヒーをご馳走していただくお気持ちで、お待ちしてます☕️