Chapter4 構造化でnoteが読まれてしまう
こちらは現在出版に向けて執筆中の文章になります。せっかくnoteについての本を出版するんだからnoteに直接書いていってやろうと思ってやってみてます(全文書き直しになったし...)。メンバーシップ「ほんとの情報商材、です。」に加入いただけたら全てお読みいただくことが可能です。まだ1stなんで結構変わると思います。執筆過渡期になったらnoteには書けなくなるかもしれません。ご了承ください。
4-1 読まれない時、人は文章を変える
お気づきかもしれませんが、ここまでで、文章の書き方についてはほとんど触れてきていません。
構成も、文体も、タイトルの付け方すらも。noteで1000万円、という話をしてきたにも関わらず、いわゆる「文章術」みたいなものは一度も出てきていない。
これは意図的に、そうしています。
なぜかというと、文章って、そもそも評価できないからです。
たとえば芥川賞の作品を読んで、「うわ、すごい」と思える人ってどのくらいいるでしょうか。受賞したあとにメディアで紹介されて、「そういう視点で読むと、たしかにすごいのかも…?」と思うことはあっても、受賞発表前の段階で「あ、これ賞取りそう」って思える人って、そういない。
つまり、文章の“良し悪し”って、判断できないんです。 読み手の文脈や関心、タイミングに左右されるものなんです。にもかかわらず、多くの人はnoteを読まれないと「自分の文章が悪かったんだ」と思ってしまう。
タイトルを変えたり、リード文を直したり、言い回しをやわらかくしたり、「読みやすくする工夫」を重ねていく。いや、たしかにそれも大事なんですけど、たいていの場合、それをやっても劇的には変わらない。
僕自身、そうでした。 読まれなかったnoteを何度も書き直して、「この言い回しがよくないのかも」「もっと有益そうな言葉にしよう」と延々いじっていたことがあります。
読み返すたびに違和感が出て、非公開にしてはまた直し、最終的には「これ、そもそも出す価値あるんだっけ?」とまで思ってしまう。そんなふうに、“中身を変えることでしか読まれるようにならない”と思い込んでいたんです。
でも、あるとき気づいたんです。
文章を変えなくても、読まれる方法はある。
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