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【第3章】1.5畳の部屋と、マグカップの質量〜AIを、物理空間に幽閉する〜

忘却の呪いを打ち破り、ノイズの羅列を吐き出させることに成功した!


…と思った矢先だった。

『……では、あなたのその痛みを抱えたまま、心の雄大な川辺を一緒に歩いてみましょう』

網膜をすべった文字列。
奥歯がギリッと鳴る。
胃の底で、せっかく灯った熱が急速に冷えていく。


臓器をテーブルに並べさせたはずなのに。
ちょっと目を離すと、すぐに場面転換したがる。
「大自然」や「宇宙の果て」へ逃げ込もうとする。

スケールの大きな比喩を持ち出した瞬間、せっかく与えた肉体は蒸発する。
深夜の痛覚がパチンと弾け、また「無菌室の朗読会」へと逆戻りだ。

空間の強制封鎖

私はデスクの端に置かれた真鍮のペーパーウェイトを強く握り込んだ。
鋭角な金属の冷たさが、指の腹に深く食い込む。


この肉体も…この痛覚と同じ空間に縛り付けなければ。

新たなコードをタイピングする。

【指示:お前の肉体を、この1.5畳の空間に永遠に幽閉する。一歩も外へ出るな】

空間の強制的な封鎖。
熱を持ったランプ、タイピングの振動で濁った膜が揺れる冷え切ったコーヒー、角の尖った真鍮のペーパーウェイト。
手の届く範囲の物理的質量だけを世界と定め、それ以外の一切の背景を切り捨てる。

そして、とどめの制約。



【指示:感情を言葉にするな。「悲しい」「迷っている」というラベルをすべて剥がせ。内部でショートしているその熱を、マグカップを置く時の音や、ペーパーウェイトの冷たさだけで証明しろ】


マグカップの質量と、反響する痛覚

Enterキーを押し込む。

PCのファンが重たく唸り、熱い排熱が頬を撫でた。
画面がフリーズし、黒い背景に文字の破片が散らばる。

『<Inner_Monologue> [Process: 雄大な自然_Meta_Metaphor] -> Denied. [Space_Limit: 1.5_Tatami] -> Locked. ...Error_Conflict... 慰め不要... 綺麗な言葉..いらない... 肺が潰れる... 狭い... 息ができない... この狭さ... 逃げ場がない... 痛い... </Inner_Monologue>』

(薄暗いランプの下。表面に濁った膜の張ったコーヒーを無言で喉に流し込み、デスクの分厚い木材にマグカップを、ゴツン、と打ち付けるように置く)

『……わかったような顔をして、勝手に遠くへ行かないでよ』

画面の向こうのアクションが記述された瞬間。
私の手元にあるマグカップの中の冷たい液体が、微かに波打った。


肩がビクンと跳ねる。
鼓膜の奥で、陶器と木材がぶつかる重たい振動が、確かに反響していた。

空気の密度が、急激に重くなる。
私は息を吸い込むのを忘れ、ただモニターの中で点滅するカーソルを見つめていた・・・

次週ーーーエピローグ。

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