人が納得し、共同体が動き、判断が持続するための仕組みの欠如と対策
例えば、僕のことを好きか嫌いかは横に置いて
現実の利害も横に置き、『風の谷のナウシカ』の感想を安全に話せる場であるのなら、「自然環境を守りたいね、環境を壊してはいけないよね」と話し合えるかもしれません。
そのナウシカを『クリスマスキャロル』に変更すると、スクルージの問題点とか、観察したりイメージしやすくないですか?
環境問題も富の集中と格差と貧困の問題も、抽象的で、地球規模にマクロでありながら市民一人一人の暮らしにも関係するため、柔軟なシステム思考も必要になるでしょう。あるいはブラックボックスを観察する力でもあります。マイクロプラスチックが生じる仕組みが全ては分からなくても、体内の中でとくにガードの高い脳や胎盤から出ていることから、優先順位を上げて取り組む問題だと推論するのは、ブラックボックスの扱いでしょう。
こうしたことは、全体像の把握が困難なはずです。さらに悪いことに人も四半期決裁も苦手な長期的な視点が必要です。
その上、認知特性の個人差があります。例えば、僕は聴覚優位で抽象思考だから、「愛」「人類」「神」と言われても、映像化せずに概念を受け取ることができます。
けど視覚優位な方は映像が浮かぶはずだし(映像に変換してから受け止めるはず)、身体感覚優位の方は、身体感覚の非言語的な「感じ」で
受け止めるはずです。
具体思考の方は、具体的に知っていることに近いほど分かりやすいはずです。
このように個人差があるし、スペクトラムみたいな濃淡もあるでしょう。
自然環境を破壊する問題も、富の集中と格差と貧困の問題も、大問題です。
けど、それを共有しにくい理由は、複雑で抽象的で分かりにくいからかもしれない。
産業革命より前の時代に大きな影響力を持った伝統的な宗教は
・神話
・物語
・倫理
・儀式
・統治
上記の組み合わせだと思います。人が納得するのは「物語」が必要だし、入学式・卒業式・結婚式・お葬式のように儀式も「納得」に意味があります。
もしも倫理が冷たく感じられたり、統治が乱暴だったり、神話が流行みたいにカリスマみたいに移ろいやすかったり、産業革命後の伝統的な宗教の影響が弱まった社会では、上記要素がチグハグになって、カルトにハマったり、陰謀論を信じたりするのかもしれません。
人類にとって「納得しにくい」世界は、言い換えるとカフカや村上春樹の描く疎外が起きる世界でもあります。
環境としてこうした制約がある上に、そこで抽象的で複雑な問題を共有するのなら、神社仏閣やカトリックの教会のような目で見て空間を体験できるタイプの分かりやすさが必要かもしれません。これらは、古典的なUI/UXともいえます。スマホやパソコンのスクリーンやモニターだけで伝えようとしても届かない伝え方の工夫です。
分かりやすく、正しい。
それでも足りない。
なぜならば、物語と儀式がないと、正しくても納得されないはずだから。
現在はUI/UXが無い上に、相手に分かるように説明する通訳や翻訳者も不足している。だから、人間の判断が問題解決のボトルネックになるのかもしれません。
— 三澤直己 | Trgr | カラストラガラ (@KarasuToragara) April 13, 2026
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